傷ついたルナの秘めたる復讐の誓い の小説カバー

傷ついたルナの秘めたる復讐の誓い

8.2 / 10.0
ある日、クリニックを訪れた見知らぬ女。彼女が連れていた少年は、私の伴侶である宗佑の血筋にしか現れないはずの遺伝病を抱えていた。女は宗佑が父親だと言い放ち、絆を通じて伝わってくる彼の感情は、嘘を重ねながらもその愛人を深く愛しているという残酷な真実を告げていた。悲劇は組織の祝賀会で加速する。宗佑はその子を庇うために私を突き飛ばし、私はその衝撃で、宿したばかりの新しい命を失った。血の海に沈む私を顧みることなく、彼は軽傷を負っただけの息子を懸命に慰めていたのだ。その後、彼の愛人の手によって私は崖から突き落とされ、彼の名のもとに存在を拒絶される。死の淵を彷徨いながらも、私は奇跡的に一命を取り留めた。一週間後、私は過去を捨てるべくスイス行きの機内にいた。彼によって無残に踏みにじられ、灰となった絶望の中から、私は復讐と再生を誓い、別人として生まれ変わるために歩み出す。

傷ついたルナの秘めたる復讐の誓い 第1章

ある女が、私の伴侶の目をした少年を連れてクリニックにやってきた。少年は、彼のアルファの血筋にしか現れない遺伝子疾患を抱えていた。女は、私の伴侶である宗佑が父親だと告げた。そして、私たちの絆を通じて、彼が嘘をつきながらも彼女を愛しているのが、痛いほど伝わってきた。

その夜、組織の祝賀会で、彼はその子を守るために私を突き飛ばした。その衝撃で、私は宿したばかりの赤ん坊を流産した。床に血を流して倒れる私を一度も見ることなく、彼は膝を擦りむいた息子のほうを慰めていた。

後日、彼の愛人は崖から私を突き落とし、彼の名において私を拒絶した。

でも、私は生きていた。一週間後、私はスイス行きの飛行機に乗り込んだ。彼が破壊した女の灰の中から、生まれ変わるために。

第1章

月島 玲奈 POV:

薬草の清潔な香りが、私のオフィスを満たしていた。いつもなら心を落ち着かせてくれるその香りが、今日は檻のように感じられた。黒月グループの筆頭治癒師としての初日。私が努力して手に入れた地位であり、私の運命の番である黒崎宗佑も一緒に祝ってくれた地位だ。

だが、私の向かいに座っている女は、癒しを求める患者ではなかった。彼女は、宣戦布告そのものだった。

彼女の名前は葛城沙耶。下位のオメガだという。彼女の膝の上では、宗佑の嵐のような灰色の瞳をした小さな男の子が、もじもじと身じろぎしていた。

「この子、時々…発作を起こすんです」

沙耶は、私の神経を逆なでするような、甘ったるい声で言った。

「組織の医者は役立たずで。筆頭治癒師にしか診断できないって」

私は少年、怜央に目を向けた。彼の放つ気は不安定で、微かだが馴染みのある混沌とした響きを持っていた。それは稀な気の乱れ。古い文献でしか読んだことのない、黒月グループのアルファの血筋にのみ現れる疾患だった。

私の内なる狼が、不吉な予感に低く唸る。

その時、私は気づいた。少年に纏わりつく香りに。彼の母親の安っぽい香水の匂いの下に、ほとんど消えかかっているその香りに。

それは、松林に嵐が吹き荒れるような、生の土とほとばしる稲妻の香り。

宗佑の香り。私の番の香りだった。

心臓が肋骨を激しく打ち、否定の叫びをあげていた。

「父親のお名前は?」

私は、絞り出すような声で尋ね、問診票を机の向こうへ押しやった。

沙耶は、ゆっくりと、意図的に唇を歪めて微笑んだ。ペンを取り、優雅な筆跡で書き込む。

『黒崎 宗佑』

その名前が、私を見つめていた。白い紙の上の、黒い染み。世界が、ぐらりと傾いた。

「アルファの血筋には、それを守るための完璧な家族が必要だと思いませんこと? 月島治癒師」

その挑発は、刃物のように鋭かった。私が答える前に、彼女のスマートフォンが鳴った。彼女はそれに出ると、声をとろけるように甘くする。

「宗佑さん、あなた…」

運命の番の絆、月女神が二つの魂を結びつける神聖な繋がりを通じて、宗佑からの温かい愛情の波が押し寄せてきた。それは、目の前の女に向けられたものだった。その感覚は物理的な打撃となって、私の肺から空気を奪った。

私は目を閉じ、念話で彼に呼びかけた。私たちの組織に属する者だけの、沈黙の会話。

『どこにいるの?』

隠しきれない必死さが、私の思考に滲む。

彼の返事はすぐに来た。滑らかで、手慣れたものだった。

『長老会との会議だ、愛しい人。夕食には遅れるかもしれない』

その嘘は、絆の中に突き刺さった冷たい刃となり、私の腹の底で不快にねじれた。

沙耶は電話を切り、その笑みを勝ち誇ったものへと広げた。

「宗佑さんが、私たちを迎えに来てくれるそうですわ」

私は立ち上がり、こわばった動きで窓辺へ歩いた。私のオフィスからは、メインプラザが見下ろせる。数分後、宗佑の黒い車が停まった。彼は、組織の仕事で来たアルファの堅苦しい態度ではなく、父親としての気楽な様子で車から降りてきた。

彼は息子の怜央を腕に抱き上げた。沙耶に話しかける彼を、私は見ていた。彼女に寄り添うように頭を傾け、まるで幸せな家庭の一場面のようだった。完璧なアルファの家族。

鋭い精神的な響き、私の番の念話だけが持つ特徴が、意識の中でこだました。

『会議が長引いた』

彼の精神的な声は、偽りの後悔に満ちていた。

『チームで外食することになった。今夜は帰れない』

だが、彼の言葉の背後から、彼が隠しきれない別の音が漏れてきた。子供の嬉しそうな叫び声。

「パパ!」

その嘘が、私の理性の最後の欠片を粉々に砕いた。彼を中心に築き上げてきた私の世界が、塵となって崩れ落ちた。

手は震えていたが、私の行動は揺るぎなかった。私はデスクの電話を取り、数ヶ月前に覚え、彼のために一度もかけなかった番号をダイヤルした。

落ち着いた、訛りのある声が二回目の呼び出し音で応えた。

「月影研究所、理事長の有栖川です」

「理事長」

私は、虚ろな声で言った。

「黒月グループの月島玲奈です。六ヶ月間の研究員制度の件ですが…まだ募集はしておりますでしょうか?」

間があった。

「月島さん。もう諦めかけていましたよ。ええ、まだ空きはあります。しかし、このプログラムは完全な隔離を必要とします。期間中、所属組織との連絡を一切断つことはできません」

「承知しております」

私は、窓の外で、私の全てであり、魂の片割れであった男が、もう一つの家族と走り去っていくのを見つめながら言った。

「お受けします」

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