幽霊は検事の隣で真実待つ の小説カバー

幽霊は検事の隣で真実待つ

9.3 / 10.0
産業スパイという身に覚えのない罪を擦り付けられた私は、婚約者である正人の妹・美奈子によって廃墟に監禁されてしまう。薬物で自由を奪われた体で、最後の希望を託して正人に助けを求めた。しかし、電話越しに届いたのは「俺を巻き込むな」というあまりにも非情な拒絶だった。絶望に打ちひしがれる私を、かつて火事から命懸けで救ったはずの美奈子が嘲笑いながら炎の中へと突き落とす。なぜ信じてくれなかったのか、なぜ彼女の嘘を見抜けなかったのか。激しい憎しみと共に命を落とした私は、幽霊となって現世に留まることになった。目覚めた私の目の前にいたのは、皮肉にも私の「自殺」を担当することになった検事の正人だった。死の真相が闇に葬られようとする中、私は彼の傍らで離れることなく真実を見つめ続ける。彼が己の過ちに気づき、真実を知って後悔と絶望に身を焼き尽くされるその瞬間を、特等席で見届けるための復讐劇が幕を開ける。

幽霊は検事の隣で真実待つ 第1章

産業スパイの濡れ衣を着せられ, 婚約者の妹・美奈子に廃墟で監禁された.

薬で麻痺する体を引きずり, 最後の望みをかけてスマートウォッチで婚約者の正人さんに助けを求めた.

しかし, 受話器の向こうから聞こえてきたのは, 氷のように冷たい一言だった.

「もう俺を巻き込むな. 勝手にしろ」

その言葉に希望を絶たれた私を, 美奈子は嘲笑いながら炎の中へと突き落とした.

どうして信じてくれなかったの? 私が命懸けで火事から救った美奈子の嘘を, どうして….

次に目覚めた時, 私は魂となり, 自分の「自殺事件」を担当する検事になった正人さんの隣に立っていた. 彼が真実を知り, 後悔に身を焦がす復讐劇を, 特等席で見届けるために.

第1章

桜庭心 POV:

「助けて, 正人さん... 」. 私の唇からかろうじて漏れたその声は, 薬で麻痺した喉の奥から絞り出された, か細い響きだった. 手足は麻痺し, 体は熱く, まるで溶けていくようだった. 私のスマートウォッチが, 誰かに繋がろうと必死に光っている. 最後の頼みの綱. 愛する婚約者, 奥村正人. 彼だけが私を助けられると思っていた. だけど, 彼が私を信じてくれないことも知っていた. 美奈子の巧妙な嘘が, 私たちの間に深い溝を掘っていたから. 私は, 産業スパイの濡れ衣を着せられ, 正人の信頼を失った.

体は鉛のように重く, 意識は薄れていく. それでも, 微かな希望が私を突き動かした. 腕に嵌めたスマートウォッチの音声機能を, 震える唇で操作する.

「…S…O…S…」.

掠れた声が, 命令として認識されたのか, ディスプレイが青く光った.

数時間前, 私は美奈子に呼び出された.

「兄さんに最後に話しておきたいことがあるって言ってたでしょう? ここで待ってるから, 早く来てね」.

彼女の甘い声に騙され, この廃墟のような場所に連れてこられた.

そして, すぐに私の体は拘束され, 口には粘着テープが貼られた.

美奈子の顔は普段の可憐な妹のそれとは全く違っていた.

歪んだ笑みを浮かべ, 私の腕に針を刺した.

「兄さんはね, 私のものなの. あなたみたいな嘘つき女に, 兄さんを渡すわけにはいかないのよ」.

その時, 私は以前, 正人への最後の連絡手段として, スマートウォッチの緊急通報設定を密かに変更していたことを思い出した. もしもの時のために. それが今, この絶望の中で唯一の希望だった. 喉は渇き, 体中の関節が軋む. 薬のせいで思考が鈍るけれど, それでも, 私は生きようと必死だった.

スマートウォッチの画面が, 正人の名前を表示している. 繋がっている.

私の心臓は, 激しく脈打った.

「正人さん... 」.

声を出そうとするけれど, 喉は締め付けられ, ただ, か細い呻き声しか出てこない.

その時, 電話の向こうから, 聞き慣れた正人の声が聞こえた.

「またか. cocoro, もういい加減にしろ. 会議中なんだ」.

彼の声は, 冷たく, 感情がこもっていなかった.

私の心臓が, きゅっと掴まれたように痛んだ.

「違う, 正人さん, 私は... 」.

言葉にならない.

体は思うように動かない.

目の前には, 美奈子が冷たい目で私を見つめている.

背後からは, ガソリンのような臭いが漂ってくる.

美奈子が持っていたライターの炎が, ゆらゆらと揺れている.

炎が, 私の視界を赤く染めていく.

「また自分を困らせるための狂言か? 」.

正人の声が, 電話の向こうから聞こえる.

それは, 私を信じない彼の, 決定的な言葉だった.

そんなはずはない.

私は嘘をついていない.

私は彼の会社の大切なデータなんて盗んでいない.

どうして, どうして信じてくれないの.

必死に首を振る.

だが, 正人は私の声を聞いていない.

彼は, 私が美奈子の策略に嵌められ, 産業スパイの濡れ衣を着せられたことを, 真実だと信じ込んでいる.

「信じて... お願い... 」.

力を振り絞って, もう一度, 声を出す.

だが, それはやはり, か細い呻き声でしかなかった.

美奈子の冷酷な目が, 私を射抜く.

彼女の顔には, 勝利の笑みが浮かんでいた.

「兄さんは, 本当にあなたを嫌っているのね. あなたの声を聞いただけで, こんなに冷たくなるなんて」.

美奈子が, 私のスマートウォッチを奪い取ろうと手を伸ばす.

私は, 必死に腕を引いた.

それが, 最後の抵抗だった.

「もう俺を巻き込むな. 勝手にしろ」.

正人の声が, 電話の向こうから, 私の耳に直接響いた.

その一言が, 私の心の中で, 最後の希望の光を消し去った.

私の体から, 抵抗する力が抜けていく.

スマートウォッチが, 美奈子の手に落ちた.

美奈子は, 満足そうにそれを眺めると, 無造作にライターの炎に投げ込んだ.

炎が, 小さな機械を瞬く間に飲み込んでいく.

電話が切れる音がした.

プツン, と, 世界から音が消えたようだった.

私の心臓の鼓動だけが, どくどくと, 不気味に響く.

もう, 何も聞こえない.

もう, 誰も, 私を助けてくれない.

正人さんの言葉が, 私の全てを砕いた.

「勝手にしろ」.

そうか, 私のことなんて, どうでもいいんだ.

私を愛しているはずの, 私だけを愛していると誓ってくれたはずの, たった一人の人からの, 最後の言葉. それが, これだった.

疲れた.

もう, 何もかも, どうでもいい.

昔, 全身を焼くような痛みに襲われたことがある.

美奈子を火災から救った時だ.

あの時も, 私は正人さんに信じてもらえなかった.

「また自分を困らせるための狂言」.

この無関心こそが, 私を殺した.

私の魂が, 肉体から抜け出すのを感じた.

私は, もういない.

「助けて, 正人さん... 」.

再び, 声にならない声で叫んだ.

目の前には, 美奈子が立っていた.

冷酷な笑みを浮かべ, 私の体を見下ろしている.

私は, 最後の力を振り絞り, スマートウォッチの音声機能に語りかけた.

「…緊急通報…」.

微かな声が, スマートウォッチに届いたのか, 画面が青く光った.

私の体は, 縛られたままだ.

だが, ほんの少しだけ, 手首が緩んでいた.

体をずらし, 指先でスマートウォッチのボタンを叩く.

「…奥村…正人…」.

私の声が, AIに認識された.

電話が繋がるまでの数秒が, 永遠のように感じられた.

どうか, どうか, 今度こそ.

正人さん, 私の声を聞いて.

願いは届き, 電話は繋がった.

「正人さん... 」.

だが, 喉から出るのは, ただの呻き声だけだった.

言葉にならない.

「あら, そんなことして, 楽しい? 」.

美奈子の声が, 私の耳元で響いた.

彼女は, 私のスマートウォッチを奪い取ると, 電話の向こうに向かって, 甘えた声で言った.

「もしもし? 兄さん? 私, 美奈子よ」.

正人の声が, 電話の向こうから聞こえる.

「美奈子か. cocoroはまた何か言ってるのか? 」.

「うん... なんだか, また兄さんを困らせようとしているみたいで... 」.

美奈子の声は, とても優しかった.

私の口は, 粘着テープで塞がれた.

体は, もう動かない.

「もう俺を巻き込むな. 勝手にしろ」.

正人の声が, 電話の向こうから聞こえた.

それが, 私への, 最後の言葉だった.

美奈子は, 満足そうに私のスマートウォッチをライターの炎に投げ込んだ.

電話が切れた.

世界は, 炎の音と, 美奈子の高笑いに包まれた.

私の最後の希望は, 燃え尽きた.

正人さんは, 私を信じなかった.

たった一言, 「勝手にしろ」という言葉で, 私の命を奪った.

数時間後.

サイレンの音が, 遠くから聞こえてきた.

消防車とパトカーの赤い光が, 廃墟の壁を照らす.

私は, 魂となって, その光景を見ていた.

レスキュー隊員たちが, 訓練された動きで中に入っていく.

その中に, 見慣れた顔があった.

東京地検特捜部の検事, 奥村正人.

彼は, この謎の多い自殺事件の担当検事に任命されたのだった.

私は, 彼の隣に佇んだ.

「正人さん... 」.

私の声は, 彼に届かない.

燃え尽きた建物から, 私の肉体が運び出された.

焦げ付き, 原型を留めていない体.

「身元不明の遺体を発見しました」.

レスキュー隊員の声が, 正人の耳に届く.

彼は, ちらりと遺体を見たが, すぐに視線を別の場所に移した.

彼の顔には, 何の感情も浮かんでいなかった.

彼は, 私のことなど, 少しも気にしていないようだった.

彼は, 私を認識していない.

私は, 彼の婚約者だったのに.

彼の愛する人だったのに.

私の魂は, 激しく震えた.

信じてほしかった.

ただ, それだけだったのに.

もう, 全ては手遅れだった.

この絶望的な現実は, もう変えられない.

翌日.

新聞の一面には, 廃墟の火災事件が大きく報じられていた.

社会は, この「謎の多い自殺事件」に衝撃を受けていた.

警視庁捜査一課と東京地検特捜部が合同捜査を開始した.

「奥村検事. この事件の担当を命じる」.

上司の声が, 正人の執務室に響いた.

「身元不明の遺体, ですか」.

正人の声は, 冷徹だった.

「ああ. 火災による損傷が激しく, 身元特定は困難を極めている. だが, 君の鋭い視点と, 過去の産業スパイ事件での功績を買って, この事件を君に任せることにした」.

上司は, 正人の顔を真っ直ぐに見つめた.

正人は, 無言で頷いた.

彼の顔は, まるで感情のない彫刻のようだった.

彼は, 私の死を捜査することになる.

皮肉な運命.

私の魂は, 悲しみと, ほんの少しの安堵を感じた.

正人さんが, 私の死の真相を突き止めてくれる.

それが, 少しだけ, 私を慰めた.

「ごめんなさい, 正人さん」.

私は, 心の中で呟いた.

私の遺体は, 都内の総合病院の霊安室に運ばれた.

正人さんが, ここに来るだろう.

私の魂は, 冷たい空気に包まれた霊安室で, 彼を待っていた.

しばらくして, 霊安室のドアがゆっくりと開いた.

正人さんが, 疲れた顔で入ってきた.

彼の目は, 鋭い光を宿している.

「遺体の状況を詳しく報告してくれ」.

正人の声は, 低く, 感情を感じさせなかった.

鑑識の担当者が, 遺体安置台のカバーをゆっくりと捲った.

「遺体は全身に重度の火傷を負っており, 特に顔面と四肢の損傷が激しい. 性別は女性と判明しておりますが, 年齢の特定は困難です」.

正人の眉間に, 微かな皺が寄った.

「他に, 何か痕跡は? 」.

彼の声に, 僅かな苛立ちが混じった.

「はい. 手首と足首に, 不自然な索状痕が見られます. 生前, 緊縛されていた可能性が高いです」.

その言葉に, 正人の顔が凍りついた.

彼の表情は, 一瞬で緊迫したものになった.

私の魂が, 震えた.

あの時の, 縄の感触.

美奈子の冷酷な笑み.

全てが, 鮮明に蘇る.

「…拘束されていた…ということか」.

正人の声が, さらに低くなった.

「はい. そして, 口元にも粘着テープによる圧迫痕が確認されました. 声を出せないようにされていたと思われます」.

「なに... ! 」.

正人の顔に, 初めて怒りの色が浮かんだ.

彼の拳が, ぎゅっと握り締められる.

私の魂は, その怒りが向けられているのが, 私ではないことに気づいた.

彼は, 被害者の無残な姿に, 純粋に怒りを感じているのだ.

「さらに, 体内からは高濃度の睡眠薬が検出されました. 抵抗力を奪われた状態で, 火災に巻き込まれた可能性が非常に高いです」.

鑑識担当者の言葉に, 正人は激しく壁を叩いた.

ゴン, と鈍い音が霊安室に響き渡る.

「つまり, 彼女は... 抵抗もできず, 声も出せず, 薬で朦朧としたまま, 火に焼かれて死んだ, と! 」.

正人の声は, 怒りに震えていた.

「はい. 極めて残忍な事件であると断定できます」.

鑑識担当者も, その言葉に頷いた.

「奥村さん... これは, あまりにも酷い... 」.

若い検事助手も, 顔を青ざめさせて呟いた.

「犯人を, 必ず捕まえる」.

正人の目に, 強い決意が宿った.

彼の怒りは, 私の魂を少しだけ温めた.

だが, その怒りの矛先が, まだ私に向けられていないことを知ると, 私の心は再び冷えていく.

「それと, もう一つ, 奇妙なものが見つかりました」.

鑑識担当者が, 正人に向かって言った.

「なんだ? 」.

正人の声に, 再び鋭さが戻る.

「遺体の左手首から, 金属のような破片が発見されました. 衣服に付着していたと思われますが, 火災の熱で溶けて, 遺体の一部と癒着していました」.

正人の顔色が, さっと変わった.

私の魂にも, 不穏な予感が走った.

「…金属…? 」.

正人の声が, 僅かに震えている.

「はい. 非常に小さく, 判別が難しいのですが... どうも, スマートウォッチのようなものの一部ではないかと」.

「やめろ! 」.

正人の声が, 鑑識担当者の言葉を遮った.

彼は, 深呼吸をすると, 再び声を絞り出した.

「…徹底的に調べてくれ. これ以上, 見落としがないように」.

彼の目には, 何かを拒絶するような, 強い光が宿っていた.

彼は, まだ, 信じたくないのだろうか.

「奥村検事, 何かご心配ですか? 」.

上司が, 正人の肩に手を置いた.

「いえ... ただ, この遺体が, 何かを隠しているように感じられて」.

正人は, 私の遺体から目を離さなかった.

私の魂は, 必死に彼に呼びかけた.

「正人さん, 私よ! 私がここにいるのよ! 」.

だが, 声は届かない.

「そういえば, 桜庭さんの安否確認の連絡は取れたのか? 」.

上司が, 何気なく言った.

正人の顔色が, 一瞬で変わった.

「あの女のことなど, どうでもいい」.

彼の声は, 氷のように冷たかった.

私の魂は, 再び全身が凍ったように感じた.

私の母は血の繋がりがない. 養子だ. しかし, 彼にとっては, 私自身も家族ではないと切り捨てた.

「あの女」という言葉が, 私を深く抉る.

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