炎の記憶、裏切り夫を捨てる の小説カバー

炎の記憶、裏切り夫を捨てる

9.3 / 10.0
猛火の中から命懸けで夫・古川一を救い出した私。しかし、次に意識を取り戻した時、私は肉体を失い魂だけの存在となっていた。そこで目にしたのは、あまりにも残酷な裏切りの光景だった。夫は私の弟である瑞樹を冷酷に見捨て、愛人の榊原千絵とその娘を迎え入れて、まるで新しい家族のような生活を謳歌していたのだ。適切な治療を受けられなくなった瑞樹は、最期まで私の名を呼び、苦痛の中で孤独に息を引き取った。絶望の淵で、私は火災の最中に夫が囁いた「必ず助ける」という偽りの言葉を信じた自分を激しく呪った。なぜ、愛する弟を犠牲にしてまで、あのような男を助けてしまったのか。激しい後悔に苛まれながら意識を失い、再び目を覚ますと、そこは火災が起きる三日前の見慣れた寝室だった。運命を変えるチャンスを手にした私は、自分を欺き弟の命を奪った夫への復讐と、最愛の弟を守り抜くことを誓う。炎の記憶を胸に、偽りの愛に終止符を打つための逆襲が今始まる。

炎の記憶、裏切り夫を捨てる 第1章

命を懸けて火事から救った夫, 古川一. しかし, 次に目覚めたとき, 私は魂だけの存在になっていた.

夫は私の弟, 瑞樹を見捨て, 愛人の榊原千絵とその娘と新しい家族のように暮らしていた. 治療が滞った瑞樹は「姉さん, 痛いよ」と苦しみながら息絶えた.

その絶望の瞬間, 私は炎の中で夫が囁いた「必ず助ける」という言葉を信じた自分を呪った. なぜ, 私はこの男を助けてしまったのか.

そして, 目が覚めた.

そこは火災が起きる三日前の, 見慣れた寝室だった.

第1章

佐藤瑞希 POV:

私の心臓は, まるで凍てついた湖の底深く沈んでいくかのように, 静かに, しかし確実に砕け散った. 目覚めた私は, 過去の残酷な記憶と, 夫である古川一の裏切りを, 痛みと共に抱きしめていた.

熱と煙が視界を覆い尽くす中, 私は古川一を助けた. 命がけで. あの炎の中で, 私たちは助け合ったはずだった. 意識が薄れる中, 一は私の手を握り, 「瑞希, 必ず助ける」と囁いた. その言葉を, 私は信じていた. それなのに, 次に意識が戻った時, 私は魂だけになっていた.

弟の瑞樹は, 病院のベッドで苦しんでいた. 私が見捨てられたせいで, 治療が滞っていたのだ. 「姉さん, 姉さん... 」瑞樹のか細い声が, 私の魂を深くえぐった. 私は彼に触れることさえできない. ただ, その苦しみを傍観することしかできなかった.

古川一は, 一度も病院に来なかった. 彼は恋人である榊原千絵と, その娘の千景と, まるで新しい家族のように寄り添っていた. 私が命をかけて救った男は, 私と弟を見捨てた. 彼らの楽しそうな声が, 瑞樹のうめき声と重なって, 私の耳に響く.

「瑞樹, 大丈夫だからね. 姉さんがいるよ」私はそう囁いたが, 声は届かない. 瑞樹の顔から, みるみるうちに血の気が引いていく. その小さな手が, 宙をかきむしる. 「姉, さん... 」

瑞樹の命の炎が消える瞬間, 私の魂は激しい怒りと後悔に焼かれた. なぜ, 私はあの時, この男を助けたのか. なぜ, 私は信じてしまったのか. 私の世界は, 音を立てて崩れ去った.

そして, 目が覚めた.

全身が鉛のように重い. 頭はがんがんと痛み, 喉は焼け付くように乾いていた. ゆっくりと目を開ける. 見慣れた天井. ここは, 私たちの家だ. 見慣れた寝室. 古川一と私が結婚してからずっと過ごしてきた場所.

「... 何, これ? 」

掠れた声が漏れる. 手のひらを広げ, じっと見つめる. 細い指, 薄い手のひら. 火傷の痕はない. 身体のどこにも, 前世で負ったはずの重い傷はない. 私はベッドから起き上がり, 鏡の前に立つ. そこに映っていたのは, 26歳になったばかりの, 健康な私だった.

カレンダーを睨む. 今日の日付は, 火災発生の三日前. 私は, 過去に戻ったのだ.

携帯電話を手に取る. 頭の中で, 前世の記憶が鮮明に蘇る. あの火災の三日後, 私は意識不明の重体となり, そのまま弟を失った. そして, 古川一の裏切り. 彼の携帯電話のロック画面に映っていたのは, 私ではない女性と子供の笑顔だった.

震える手で, 一のスマートフォンを手に取る. ロックを解除するパスワードは, 彼の誕生日. 一は, 私が彼の誕生日を忘れるわけがないと自信を持っていたから. 画面が開く. トークアプリの通知が山ほど来ている.

一番上には, 「千絵」という名前.

タップする. そこには, 大量のメッセージと写真があった. 一と千絵, そして千絵の娘である千景が, 腕を組んで笑っている写真. 千絵が膨らんだお腹を優しく撫でている写真. 「赤ちゃん, 順調だよ. パパに会えるのが楽しみだね, 一」そんなメッセージが並ぶ.

私の胃の底から, 冷たい塊がせり上がってくる. 吐きそうだ.

千絵は, 私と一が結婚していた間も, ずっと一の恋人だった. そして, 妊娠までしていた. あの火災の日, 一が私を見捨てて千絵と千景を優先したのは, 千絵が妊娠していたからだったのか. 私を救った恩人である千絵の父親への「恩返し」を口実に, 一は千絵とその娘を常に優先すると言っていた. その「恩返し」が, こんな形だったとは.

私の頭の中で, 古川一の声が響く. 前世で, 私が意識不明の重体で, 弟が死んでいくのを傍観している間に, 一は千絵とその娘に言ったはずだ. 「瑞希はもうすぐ死ぬ. お前たちを守るためだ」.

一は, まるで過去の私を嘲笑するかのように, 千絵のSNSアカウントもフォローしていた. 私はそのアカウントを開く. そこには, 幸せそうな千絵と千景, そして一の姿があった. 千絵は, 儚げで優しい女性を演じる人気インフルエンサー. だが, その裏では, 私から一を奪うためなら手段を選ばない狡猾な女だった.

「み, ずき... ! 」

私の意識は, 激しい頭痛と共に, 再び過去の記憶へと引き戻される. 弟の瑞樹が, 病院のベッドで苦しんでいた.

姉さん, 姉さん, 寒いよ, 痛いよ...

あの時, 私は瑞樹の隣にいられなかった. 一は私を見捨てて, 千絵と千景を選んだ. あの時の瑞樹の絶望が, 再び私の心を深くえぐる.

私の喉からは, 声にならない嗚咽が漏れた. 私はベッドに倒れ込み, シーツを握りしめる. 指の先が白くなるほど, 強く. この痛みは, 前世で瑞樹が感じた痛みだ. 私が, 助けられなかった痛み.

私の脳裏に, 千絵が送っていたメッセージがフラッシュバックする. 「瑞希さんは, もう目覚めない方が, みんなのためでしょうね」.

これは, 古川一と千絵が仕組んだことなのか?

私の頭の中に, 冷たい怒りが燃え上がる. 過去の私は, 一を信じていた. 彼の言葉を, 彼の愛情を, 信じていた. だが, それは全て幻想だった.

「ふざけないで... 」

私は震える声で呟いた. 古川一. 榊原千絵. そして, 榊原千景.

この憎悪は, 私を突き動かす力となる. もう, 誰も信じない. 私は, もう二度と, 彼らの思い通りにはならない.

夜遅く, 古川一が帰宅する音が聞こえた. 玄関のドアが開き, 彼の靴音が廊下に響く. 私はベッドから起き上がり, 寝室のドアを開けた. 私の顔は, きっと冷たい無表情だっただろう.

古川一は, 私を見ると少し驚いた顔をした. 「瑞希, どうしたんだ? まだ起きていたのか? 」

その声は, 前世での私を安心させた優しい声だった. だが, 今の私には, その声が吐き気を催すほどの偽りに聞こえた.

「一」

私の声は, 私自身でも驚くほど冷徹だった. 古川一は, 私のその声に, 眉をひそめた.

「どうしたんだ, 瑞希? 何かあったのか? 」

私は, 彼の目を見据えた. 彼の瞳の中に, ほんの少しの動揺が見えた. それは, 私が見てはいけないものを見たことを, 彼が察したからだろう.

「あなたと, 離婚したい」

私の言葉は, 静かだったが, 部屋の空気を一瞬で凍らせた. 古川一の顔から, 血の気が引いていく. その表情は, 私が見たことのない, 完全に混乱した顔だった.

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