天下界の無信仰者(イレギュラー) の小説カバー

天下界の無信仰者(イレギュラー)

8.4 / 10.0
三体の神が「神理」で支配する天下界。全人類が恩恵を享受する中、唯一の無信仰者として迫害される少年・神愛は、謎の少女ミルフィアとの出会いを機に世界の秩序を揺るがす戦いへと身を投じます。本作は神の理に抗う少年の運命を描く王道fantasyであり、手に汗握るactionと壮大なadventureが楽しめるweb novelです。輪廻する運命の果てに、神愛が選ぶ新たな神話とは。神の支配に挑むイレギュラーの軌跡を描いた注目のlight novelがいよいよ開幕します。
「天下界の無信仰者(イレギュラー)」のあらすじ
三体の神が定めた絶対的な法則「神理」がすべてを支配する世界、天下界。この地で生きる人々は、三つの神理のいずれかを深く信仰し、神からの恩恵を授かることで日々の営みを送っていた。しかし、そんな神の秩序が絶対とされる社会において、ただ一人だけ神を信じぬ「無信仰者」として生きる少年がいた。少年の名は神愛。周囲から異端として激しい迫害を受け、孤独な日々を過ごしていた彼の前に、ある日、自らを奴隷と称する謎の少女ミルフィアが姿を現す。なぜ神愛は神理の加護を受けない無信仰者となったのか、そしてミルフィアが現れた真の目的とは何なのか。輪廻の果てに結びつけられた二人の邂逅は、停滞していた世界の運命を大きく変える新たな戦いの火蓋を切ることになる。これは、既存の神話をも凌駕する新たな伝説の始まり。神が作り上げた盤石な秩序を根底から揺るがすイレギュラーな存在が、閉ざされた世界の理に挑む。過酷な運命に抗い、自らの道を切り拓く壮大なファンタジー・アクションが今、ここに幕を開ける。
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天下界の無信仰者(イレギュラー) 第1章

世界の敵が、泣いていた。

「うっ、うっく、うう!」

 晴れた天気の下、すすり泣く男の子がいる。頭上に広がる青空に反し彼の様子はしくしくと雨模様だ。塀に囲まれた家の裏庭では壁が影になっており、固い地面の上で少年は独りぼっちでうずくまっている。

 ここには彼以外誰もない。心は荒れて、涙をいくら流しても。それでも彼を慰めようとする人はいない。

 なぜなら。

 この世界に彼の味方はいない。ずっと一人で、彼はいつも泣いていた。

 しかしこの時、俯いていた視界に足が映り込んだ。少年は顔を上げてみると、そこには知らない子供がいた。

「うわあ!」

 同い年くらいの白いワンピースを着た女の子だ。目の前の少女は金色の短い髪をしており、丸みのある瞳や体型は人形のように可愛らしかった。

「き、君は誰!?」

 会ったことも見たこともない少女だ。親戚か、近くに住んでいる子だろうか。少年は聞き、問いに少女はワンピースの裾を持ち上げ小さく頭を下げた。

「はじめまして、|我が(わが)|主(あるじ)。私のなまえはミルフィアといいます」

「あ、初めまして。僕は|宮司神愛(みやじかみあ)っていいます」

 ミルフィアと名乗る少女につられて|神愛(かみあ)も頭を下げる。なんとも礼儀正しい、というよりも大仰なあいさつに面食らってしまう。まるでお城の舞踏会で出会ったようだ。

「えっと、名前は分かったけど……。どうして僕の家にいるの?」

 当然自分の家に知らない人がいればおかしい。やはり知らない親戚だろうか。それで|神愛(かみあ)は聞いてみたのだが、しかし。

 彼女の答えは驚きのものだった。

「私があなたの|奴隷(どれい)だからです、主」

「奴隷!?」

 眉が曲がる。突然の奴隷宣言。この少女はなにを言っているんだ?

「えっと、どうして君は僕の奴隷なの?」

「あなたが、いにしえの王だからです」

「え?」

 唖然(あぜん)となる。反対に微笑むミルフィアの頬は可愛らしい。しかし話はまったくかみ合わない。

「えっと、ちょっと待って。ん? え!?」

 考えてみたけど無駄だった。どういう意図で言っているのかさっぱり分からない。なにかの遊び? いたずらか、もしくは罰ゲームか? |神愛(かみあ)は誰か見ているんじゃないかと辺りを見渡してみたがここには二人以外誰もいない。

 少女の言っていることは意味不明だが、しかしこれだけは確かに言える。

「ううん、僕はそんなんじゃないよ」

 そんなことあってたまるか。そんな気分だ。

「いえ、|宮司(みやじ)|神愛(かみあ)。あなたこそが私が仕えるべき王なのです」

「そう言われても……」

 真顔で言ったのだがミルフィアは否定する。かなりの強敵だ。|神愛(かみあ)は肩を落としつつ、彼女の青い目を見た。

「どうしてぼくが、いにしえ? の王様なの?」

「あなたが王だからです、わたしの主」

(いや、そうじゃなくて)

 返ってくる答えが答えになっていない。

「僕が王様の理由を教えてよ」

「理由などありません。あなたは初めから王であり、わたしも初めからあなたの奴隷なのです」

 そう言われてはお手上げだ。|神愛(かみあ)は「はあ」と呟く。

 それでも自分が王ではないのは確かなので、|神愛(かみあ)は分かっていない少女を説得させようとする。だが、説明に移る前、嫌なことを思い出してしまい表情が暗くなった。

「僕は、そんなんじゃないよ。むしろ逆なんだ……」

 |神愛(かみあ)はつい先ほどまで泣いていた。その理由が胸を重くする。

「知ってる? 僕たちが住んでいる世界とは別の世界に、三人の神様がいるんだって」

 |神愛(かみあ)は目線を空へと向けた。雲一つないきれいな青空だが、見たいのは空の景色ではない。さらにその先、

 ――|天(てん)|上界(じょうかい)だった。

 |天(てん)|上界(じょうかい)。それはこの世界、この宇宙のさらに先にある神の|居城(きょじょう)、神々の世界だ。そこには|三柱(みはしら)の神と呼ばれる三人の神がおり、人々が暮らす|天(てん)|下界(げかい)に神が創ったルールを設けている。

「だから、みんなは神さまが作った教えを守って生きている。みんなは生まれる前に、三人の神さまから一人を選んで生まれてくるんだって」

 |神愛(かみあ)は説明する。それは|天(てん)|下界(げかい)の常識、ここでのあり方だ。|天(てん)|下界(げかい)にいる者はみな神の教えを信じ、信仰者と呼ばれている。|天下界(てんげかい)に生きる者は生まれた時から信仰者なのだ。

 だが、|神愛(かみあ)のその言い方は、まるで他人事のようだった。

「でも、僕はそうじゃないんだ。神さまなんか知らない。僕だけがそうなんだ。だから友達もいないし、いつもみんなから駄目な奴だって言われてる……」

 |神愛(かみあ)は落ち込み視線が空から地面に落ちる。自分の足元をじっと見つめ、悲しそうに目つきが細くなった。

 無信仰者。それが神愛(かみあ)の泣いている原因だった。世界の敵。信仰者しかいない|天(てん)|下界(げかい)で無信仰者など最大の異物だ。許される存在じゃない。

 生まれてきたこと自体が誤りの、誰とも相容れない者だった。

「そんなことはありません」

 だが、聞こえてきた言葉に顔が上がる。そこには自信に満ちた表情のミルフィアがおり、神愛(かみあ)の悲しみを励ましていた。

「主は偉大な王です。あなたに、出来ないことなどありません」

「で、でも……」

 ミルフィアの言葉に困ってしまう。自分が王であるはずがないし、そもそも、神愛(かみあ)が置かれている立場は王どころか普通の人よりもひどいのに。  

「ぼく……、いじめられてるんだ」

 再び視線が下がる。自分がいじめられていること、誰にも相談したことがない。唯一の無信仰者に味方などいるはずもなく、故に神愛(かみあ)は一人で泣いていた。

 しかし、ミルフィアは駆け足で近寄ってきた。

「主が? そんな! それはいつですか?」

「え?」

 ミルフィアは神愛(かみあ)の手を両手で握ってきたのだ。女の子に触られるなんてことは初めてでドキリとしてしまう。

「その、ついさっき」

「なにをされたのですか?」

「石を投げられた」

「だれにですか?」

「近所のこどもたちに」

「どこでですか?」

「公園だけど」

「分かりました」

 ミルフィアは目つきをキツくすると歩き出した。いったいどこに? 果たしてなにをしに?

「殺してきます」

「ちょっと待ってぇえ!」

 レッツ、ジャスティス!

 やる気満々のミルフィアはキルゼムオールをしに公園と向かっていくが|神愛(かみあ)は慌てて掴んだ。

「あの、殺すって、もちろん冗談だよね?」

 本気ではないだろうが一応確認しておく。そもそも女の子がそう簡単に人を殺しにいくとは考えづらいし、やろうとしても不可能だろうし。そのため冗談だと信じてはいるが。

「本気です」

 本気だった!

「で、でも! どうやって殺すつもりなの?」

 ミルフィアは|神愛(かみあ)と同じ子供だ。殺そうと思って殺せるものではないはずだが。

 神愛(かみあ)はいろいろ考えてしまうが、ミルフィアの答えはまったく違うものだった。

「首を百八十度回して殺します」

「どうやってぇえええ!?」

 どんな方法だよとツッコみたくなるが、それよりも、神愛(かみあ)はミルフィアの真剣な眼差しを見た。

「ミルフィア、人を殺すなんて駄目だよ!」

「しかし……」

 |神愛(かみあ)は止めるがミルフィアは納得がいかないのか心配の目で見てくる。今後も神愛(かみあ)がいじめられるのではないか考えてくれているのだろう。

 それは|神愛(かみあ)も嬉しいが、それとこれでは話が違う。

「ミルフィア、僕のために頑張ろうとするのは嬉しいけど、でも、人を殺すなんてしちゃ駄目だよ。ぜったいだ」

 |神愛(かみあ)の言葉にミルフィアは意外そうな顔をした。だが、すぐに笑顔に変わると神愛(かみあ)の手から離れた。何をするかと思えば、その場に跪いたのだ。

「え、どうしたの?」

 |神愛(かみあ)の困惑した声にも動じることなく、ミルフィアは片膝を地面につける。

 彼女の表情は満足そうで、初めての命令を達成できることを喜んでいるように。右手を左胸に当て、主と|仰ぐ(あおぐ)|神愛(かみあ)へ言った。

「はい、わたしの主。あなたがそれを望むなら。わたしはあなたの奴隷。主が望むことならば、なんでもいたします」

 初めて会った、しかも会ったばかりの少女が自分のために頭を下げている。大袈裟な言葉には動揺してしまうが、ミルフィアは本当に奴隷として振る舞ったのだ。

 しかし、|神愛(かみあ)は奴隷が欲しいとは思わなかった。むしろ罪悪感を覚えてしまう。

 そこで、|神愛(かみあ)は思い付いた。

「ね、ねえミルフィア!」

「はい、なんでしょうか主」

 呼びかけにミルフィアが顔を上げる。

「奴隷じゃなくていいよ。その代りさ」

 |神愛(かみあ)は、この子ならずっと抱いていた願いを叶えてくれると思ったのだ。

「僕と、友達になってよ!」

 |神愛(かみあ)はずっと一人ぼっちだった。無信仰者の自分では友達になってくれる人は誰もいない。だから|神愛(かみあ)は奴隷ではなく、一緒に遊べる友達が欲しかったのだ。ずっと一人きりで生きてきた人生を、誰かと共に歩けるなら。それが神愛(かみあ)にとって最も幸せなことだ。

 ようやく友達ができる。|神愛(かみあ)は笑顔で喜んだ。

 しかし。

「それはなりません」

「え?」

 聞こえてきた声に表情が凍る。彼女は今、なんと言った?

「主、あなたは偉大な王です。対して私はあなたの奴隷。ですので、友人にはなれません」

「なんで……」

 当然友達になってくれると思っていただけに、その言葉は残酷だった。

 友達ができる。ようやく、周りからいじめられ惨めな生活が変わる。それは|神愛(かみあ)にとってついに訪れた希望だった。

「なんでも、願いをきいてくれるんだよね!?」

「はい、それが主の望みなら」

「本当だよね!?」

「本当です」

「じゃあ、友達になってよ!」

「なりません」

 しかし答えは先ほどと同じ。神愛(かみあ)の瞳から光が退いていく。

「私はあなたの奴隷。ですので、友人にはなれません」

「そんな……」

 今まで感じたこともないがっかりした気持ちが胸を重くする。

 そんな神愛(かみあ)の心を知ってか知らずか、ミルフィアは再び口にする。決意を込めて。

「わたしの主。私はあなたの奴隷。わたしは永遠にあなたのしもべです。あなたが望むことならば、わたしはなんでもいたします」

「だからさあ……」

 少女からの|催促(さいそく)に、しかし|神愛(かみあ)は願いを言わなかった。すでに無駄だと知っているから。

 自分の願いは叶わない。なんでも言うことをきいてくれる少女が目の前にいながら、胸に抱くたった一つの願いが叶わない。

「僕は、友達が欲しいだけなのに……」

 呟きは無情にも空と消えてしまう。頬を撫でる穏やかな風だけが|神愛(かみあ)の心を|宥(なだ)めているようだった。

 それから、数年の月日が流れた。

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