部室感染 の小説カバー

部室感染

8.7 / 10.0
静まり返った放課後の校舎、その一角にある部室という閉鎖空間から、平穏な日常を根底から覆すような異変が静かに、しかし確実に始まりを告げる。かつては生徒たちの笑い声が絶えなかった憩いの場所は、いつしか正体不明の怪異が蠢く底知れぬ恐怖の深淵へと変貌を遂げていた。壁の向こう側から聞こえてくる不可解な物音、そして影に潜む何者かの気配。誰もいないはずの空間で、目に見えない脅威がまるでウイルスのように次々と伝播し、学校全体を底なしの絶望へと引きずり込んでいく。この場所に一体何が起きているのか。逃げ場のない校内で、生徒たちは正体不明の怪異がもたらす極限の恐怖に直面することになる。それは、決して逃れることのできない呪縛の始まりに過ぎなかった。学校という日常の舞台に突如として現れた異形なる存在。その真実を解き明かす術はあるのか。静寂を切り裂く悲鳴とともに、想像を絶する怪異の全貌が今、白日の下にさらされようとしている。青春の輝きは、抗いようのない闇に飲み込まれ、校舎はかつてない戦慄に包まれていく。

部室感染 第1章

世の中には不可思議な、科学では到底説明出来ないような現象が度々起きる。

 それは、人に対しても動物に対してもである。

 この昨今、大半の事象は科学で証明される時代になりつつある。心霊現象の金字塔でもあった火の玉も科学で証明されている。

 だが、未だ不可解な事象も、証明されていない。例えば、この少年のような事例である。

 半田雅人は21歳。この時、雅人含め数人の友人が集まり、怪談のネタをそれぞれ話しまくった。

「俺なんてよ、あの○○通りの傍の小道を何回も通っちゃってよ・・・」

「僕は入院した時に、夜トイレ行ったら鏡に白い靄が映ってたよ!!」

 だが、雅人からして、この周りの連れの経験談は在り来たり過ぎて大した事ないと思っていた。あくまでも、同室している連れはどれもみな、目で見たものばかりである。この雅人が経験した事は、肌で体感した恐怖である。

 6年前の初夏

 日差しが無く、空が暗くなり出す、かなり蒸しっとした6月。この時期になると余り催しが行われなくなる。ただ昔の水無月、所謂旧暦の6月は、全く雨が降らない時期であった。

 西暦を採用した事により環境が逆転した6月。かなり陰気な季節にも成り得る時期でもある。

 この時の雅人は15歳。陸上部に所属していた彼は、当然6月中の放課後は暇を持て余していた。とは言っても陶然部活はあり、放課後になると校舎の廊下で助走の練習をしたりしていた。

 この頃になると男女の性の障壁とわだかまりがなくなり始め、ここから恋愛に発展するケースは珍しくはない。

 この雅人も例外ではなかった。

 部活仲間の女子以外にクラスの女子にも気兼ねなく話しかけるようになった。そしてこの日も練習が始まった。

 相変わらずのしとしと雨で、空の曇り具合を見るととても止みそうにない。かなり濃い灰色をしている。ただその曇り具合が作り出したのか、校舎の中はとてつもなく暗かった。本来なら夕刻であるが、ほぼ夜中さながらの暗さである。

 廊下と教室から灯が煌々と照っているが、その灯が弱すぎるのか、光の届かない階段と閉められた教室が一層暗く際立って不気味さを増していた。

 だが雅人ら陸上部の面々はこの暗闇には慣れていた。日没寸前の校舎はかなり暗いというのはお約束である。怪談話でも暗い校舎は一種のジャンルになっている。かと言って見慣れた暗闇に微かな不安を抱くわけではない。皆も無意識にそう思っていた。

 雅人自身もそう思っていた。この日までは・・・。

 「ハンちゃん。もうえっか」

 部長川井京次が言った。そう言われ雅人は部員を見渡すと、皆は疲れてはいなかったものの早く帰りたいと言う、訴え一色の顔をしていた。

「そりゃそうだろ。お前ボーっとしてる間にもう6時半じゃねえか」

 雅人は冗談交じりに諭した。

 いくら8月に大会を控えていると言っても今からじゃ早すぎだ、と雅人が思考した判断だった。

「俺、ぼーっとしてた?」

 川井は如何にも半信半疑の振りをした顔を繕った。これに男子部員らが失笑し、女子部員らは少しバツの悪い顔をした。

「か、解散解散!!明日は・・・、練習いっか」

 「お前ほんとに気まぐれだよな」

 同じ部員で雅人と同級の横井智が水を差す。陸上部に3年男子は雅人と京次、智の3人しかいない。

 男子だけでも過去30人と言うかなりの人数を誇った陸上部の部室はかなり広く作られていたが、たった3人なので今の部室はかなり異常に広く思えた。

「まあいいじゃん!ああでもしなかったら女子連中から何言われるか・・・」

 京次は渋るが、顔が何となくにやけている。

「んだよ、何にやけてんだ?」

 智は更に問い詰めだした。

「へ?」

 不意に聞かれた為か、京次が一気に堅固な顔つきを崩し、かなり助平な表情になった。

「女出来たな!」

 智の顔が勝ち誇っている。

「な、何でもねぇ!!」

「嘘だ嘘!!部活一筋のおめぇがいきなりあんなこと言い出すわけねぇ!!」

 そうこう二人が言い合っていた。だが雅人は二人が何を言っていたかは全く覚えていない。ただはっきり覚えていたのが、部室の片隅をじっと見つめていたことだけだった。

 そこに、はっきりと形を持っておらず、壁にぼやけたように見えていたのだが、雅人は思っていた。

 女の人?雅人は視線を捕らえられていた。よく表情は見えなかったが、その女は明らかに、笑っていた。

 ニッと歯を見せて笑っていた。歯は全て濃い、青い色をしていた。女の肌は青白く、生気がまるで無いようにも見える。そこに赤いワンピース。袖が無いため青白い肌が訴えるかの如く強調されている。そのワンピースも真っ赤とは言えず、ところどころ赤黒い、濡れた何かを被って出来たシミのように見えた。

「ハンちゃん、ハンちゃん!!」

 2回、京次に呼び止められて雅人はやっと我に返った。

「何してるんだ?そこまで歩いて?」

 智も不可思議な表情を取った。雅人は居直って自分の居場所を確かめた。雅人は二人の傍にいなかった。京次と智はロッカーの方に居たが、雅人はそこから3、4mも移動していた。

 無意識のうちに?そこで急いで後ろを振り返り、あの片隅を見た。

 誰もいなかった。

「どうした?」

 智は更に不可解な表情になって行く。

「・・・いや、何でもない。疲れてるだけだろ」

 雅人は取り合えずそう取り繕った。今見たものを誰が信用してくれるのか、雅人の自信度は正に皆無だった。

 かと言ってただ疲れてるだけと片付けてよかったのだろうか?否、明日はいつもと変わらない日常だ。だが、

「見たのか?ハンちゃん・・・」

 京次は呆然としていた。見ていたのは雅人だけではなかった。

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