臥待ち月の情人 〜月曇り〜 の小説カバー

臥待ち月の情人 〜月曇り〜

9.2 / 10.0
大人気作『臥待ち月の情人』のその後を綴る待望の続編。物語の舞台となるのは、美しき男娼・夕(ゆう)と、彼を傍で支え続ける陽(あき)が織りなす危うくも切ない愛の世界です。平穏な日々を過ごしていた二人でしたが、ある日、店に一人の客が姿を現します。その男は、丁寧な言葉遣いの裏に傲慢さを滲ませる慇懃無礼な人物でした。不穏な空気を纏うその来訪者は、夕が心の奥底に封印し、決して誰にも触れられたくなかったはずの凄惨な過去を詳細に把握していました。予期せぬ再会、あるいは執着か。男の登場によって、秘められていた真実の断片が静かに、しかし確実に露わになっていきます。過去の呪縛が再び二人を翻弄し、平穏だった日常には暗い影が差し込み始めます。夕と陽、二人の絆が試される新たな試練。ミステリアスな雰囲気が漂う中で、隠された過去の謎と愛の行方が交錯する、珠玉のBLロマンス・ミステリーが幕を開けます。夕の知られざる過去とは一体何なのか、そして男の真の目的とは。月光の下で紡がれる、濃密な物語の続きをぜひお楽しみください。

臥待ち月の情人 〜月曇り〜 第1章

「夕…入っていい?」

 「ええよ、どうぞ」

 俺は夕の部屋のドアをノックした。 部屋の中から漂ういつもの白檀の香り。それにわずかに混じる石鹸の匂い。夕は濡れ髪をタオルで押さえながら、ひょいと顔を出した。

 「ごめん、風呂上がり?」

 「ん、でも大丈夫や。どうしたん?」

 「これ」

 客に刺された夕の傷が治り、明日から「臥待月」は通常営業に戻る。 俺は傷が完治するまで、夕の部屋を訪れるのを控えた。仕事復帰を第一に考えていた夕の気持ちを邪魔したくなかったからだ。 が、仕事のことを考えなくていい最後の夜を夕と過ごしたくて、二代目のオーナー、晴登さんが店の再開祝いに送って下さったワインを口実にした。俺はふっくらとした形のボトルを夕の目の前にかざして見せた。

 「一緒に飲もうと思って。もう飲んでも傷は大丈夫だよね」

 「せやね。ありがたく頂こか」

 夕は微笑んで、キャビネットからグラスを二つ取り出した。ブルーの切子は夕のお気に入り。 葡萄色が照明に照らされて美しい。フルーティな香りを楽しみながら、俺と夕はグラスを合わせた。 ストレスですっかり痩せてしまった夕は、最近やっと元通りの体つきを取り戻した。

 「臥待月」の業務は体力を要する。一日一組しか受け付けない代わりに、翌朝客が宿を後にするまで、極上のもてなしを提供しなければならない。 体力、気力ともに夕が元に戻るまでに、半年を要した。

「明日からだね。予約が殺到して大変だったよ」

「それは陽も同じやろ?」

 「…俺を指名する数の倍だよ?」

 「年の功やって。休んだ分、喜んでいただかないとあかんね」

「年の功って……とにかく無理はしないで。しばらくの間、俺ここに泊まるから。しんどい時は言って」

以前なら、こういうとき夕は俺の申し出を丁重に断った。しかし今、俺の目の前で夕は嬉しそうにうなづく。 この変化が俺には嬉しかった。 ふたりの間にあった壁は今はもう見えない。

夕の頬がほんのり色づいている。 客の前では酒を飲んでも酔うことはない。酒に強いだけではなく、コントロールする術を持っていると言っていた。が、今は気楽にワインと会話を楽しんでいるように見えた。

「美味しくて飲み過ぎてしまいそうやな…このぐらいにしておくわ」

夕はテーブルに手をついて立ち上がった。思わず心配で俺も立ち上がる。 ふらつくことはなかったが、夕はふわふわとした足取りでキッチンへ向かう。俺は夕の背中に手を添えて歩いた。

「陽…」

グラスをシンクに戻すと、夕は振り向かずに俺を呼んだ。 その背中が言いたいことを察して、俺は夕を後ろから抱きしめた。

 「夕……どうしたの」

「……不安で……前のように僕、仕事できるやろか」

「大丈夫だよ。夕は…俺を教えてくれた人だ。出来るよ」

 「だといいんやけど……」

俺は夕の首筋にキスをした。それに応えるように夕が顔だけ振り返った。 唇を合わせると、夕は瞼を閉じた。 若い絵描きの客の前で夕を抱いたことがある。それは飽くまでも仕事だったが、その時、夕は夢うつつに俺の名を呼んだ。そのことが、悩んでいた俺の心を後押ししてくれた。 怪我を乗り越えた夕に、もう一度自分の想いを伝えるなら今だと、直感が伝えていた。

俺は言った。

「俺が……ついてるから、夕」

「あき…」

夕が振り返り俺を見上げた。ごく自然にお互いの顔が近づき、もう一度唇が重なった。細い腰を抱き寄せると、遠慮がちに夕は俺の背中に腕を回した。

「……行こうか」

「ん……」

俺は夕を抱き上げ寝室へ向かった。夕は黙って、俺の胸に顔を寄せていた。ベッドに夕を横たえさせると、長い黒髪が広がった。その一房をすくいあげキスをすると、白檀の香りがする。 夕の手が伸びてきて俺の頬に触れた。掌が熱い。

「あき……僕な」

「うん?」

 「どないしたらいいか……わからへんのやけど」

「…何が?」

「ずっと…お客様としか……したことないから…」

夕は目を逸らした。そして俺と目を合わせないまま、言った。

 「…好いたひとに抱かれたこと、ないから…」

 出来るだけ優しく、傷に障らないように、抱きたいと思っていたのに。 気が付いたら俺は夕に覆い被さって、めちゃめちゃにキスをしていた。

「あ…きっ、んっ……待っ…」

「……そんなこと言われたら、セーブきかない」

 着物の衿合わせに手を差し込む。夕の心臓の音が、掌に伝わる。 おそらく仕事の時にはこんな風に激しく脈打ったりしない。素の夕の反応が俺を急かした。 着物を大きく左右に開く。薄桃色の乳首にそっと口づけると、夕の口からため息が漏れた。舌で転がすと、びくん、と上半身が跳ねる。

 「……傷、痛くない?…嫌なことあったら、言って」

左の腰の傷。 反らせた背中の隙間に手を入れてそっと触れる。うすく盛り上がった縫われた痕。痛々しい傷に、薄れたはずの怒りが蘇る。このきれいな身体に傷がつくなんて。

「大丈夫…やから…」

 俺の心を見透かしたように夕が呟く。愛おしさが増していく。 帯に手をかけ、もどかしい思いを隠して結び目をほどいた。裾を開くと、閉じた両足に守られて、夕の中心は甘く勃ちあがりかけていた。 そこに触れながら唇を塞ぐと、夕の舌が俺の舌に絡みついてきた。 俺の首に腕を回し、下半身の疼きに身体を震わせる。 客を翻弄する姿からは想像できない夕の姿。

愛する相手に抱かれたことのない夕。 どんなに客を虜にしても、彼自身の心が満たされることはなかったはずだ。 吐息を漏らす夕の顔を見下ろしながら、後ろに手を伸ばす。指の先が触れただけで、夕は身じろぎして声をあげた。俺の指の先が、夕の中につぷりと飲み込まれる。

「あきっ……んっ」

「嫌?」

「嫌…やない……」

「どうしてほしい?」  

「…陽だけの…ものに……なりたい」

客を相手にするときはどんな要望にも応える夕。無理を強いられることもよくあることだ。 自分の意志など、心の奥深くに押し隠して。 そんな夕が、俺に身をゆだねている。

 俺は出来る限りの優しさで、夕を抱いた。

続きを読む

臥待ち月の情人 〜月曇り〜 目次一覧

Ch. 1 Ch. 2 Ch. 3
Ch. 4
Ch. 5
Ch. 6
Ch. 7
Ch. 8
Ch. 9
Ch. 10
Ch. 11
all

おすすめの作品

新着リリース小説

覚醒ヒロイン、IQはタコ超え の小説カバー
8.2
人気俳優との別離を機にダイビングへ向かった私は、巨大なタコから墨を浴びせられるという奇妙な災難に見舞われた。しかし、その瞬間から私の体質は激変する。タコが持つ九つの脳、八本の触手、そして三つの心臓という驚異的な遺伝子が私を侵食し始めたのだ。かつて私を翻弄し続けてきた「恋愛脳」は霧散し、圧倒的な知性を誇る「仕事脳」へと覚醒を遂げる。覚醒した知能は、周囲の人間の本性も残酷なほど明確に映し出した。私は裏表のあるマネージャーを即座に解雇し、自らの人生を完全に支配下に置く。ネット上の論争でも数百人を一蹴するほどの知略を手に入れたある日、元恋人の俳優から連絡が入る。既読無視を責める彼に対し、私は冷徹に、そして誠実に告げた。「今の私は、あなたという存在では満足できないほどに賢くなりすぎてしまったの」と。感情に溺れていた過去を捨て、人知を超えたIQを手にした一人の女性が、自らの意志で世界を再構築していく。
初恋を捨てた夜、彼の親友に美味しく蹂躙されました の小説カバー
9.4
Mio Katayama's world shattered when her secret crush on her uncle, Rintaro Kanzaki, was exposed, leading to her exile and a life branded by scandal. Years later, despite becoming a brilliant scientist, she is forced into a strategic marriage with the formidable Soma Fujiwara to protect Rintaro’s reputation. Believing it to be a cold business arrangement, Mio is stunned by Soma’s intense, possessive passion. As she finds true devotion in his arms, a pregnant Mio finally discards her past feelings. When a regretful Rintaro returns to reclaim her, he finds himself locked out, while Soma claims his prize with ruthless, suffocating love.
覇王の略奪、裏切られた高貴な令嬢を支配する の小説カバー
9.1
After witnessing her fiancé’s betrayal with her cousin, noblewoman Elena is left shattered. In her moment of despair, she encounters Shoma Nakazawa, a ruthless billionaire and her fiancé’s business partner. He seduces her with a dark proposition: to ruin those who hurt her by descending into a world of sin. Despite her family’s ruinous state and her fiancé’s humiliating demands at a yacht party, Elena finds a dangerous ally. As Shoma touches her in secret while her oblivious fiancé bows to him, she decides to stop being a victim. Embracing Shoma’s cold obsession, she resolves to use this devil to drag her enemies into the depths of hell.
拾った子がまさか億万長者の息子だったなんて!? の小説カバー
8.0
「不妊である」という冷酷な宣告を突きつけられ、清水瞳は四年前、鈴木家を追われるように去った。絶望に打ちひしがれた彼女は、逃げるように辿り着いた地方の町で、激しい雨に打たれ捨てられていた赤ん坊を救い出す。その子を育てる決意をした瞳にとって、息子との暮らしは生きる希望そのものだった。しかし四年後、彼女の質素な住まいに高級車が列をなし、一人の男が現れる。大富豪である天草蓮は、ブラックカードを無造作に差し出し、多額の報酬と引き換えに実子である少年を連れ去ろうとした。瞳は必死に息子を庇い、命を懸けて守り抜く覚悟を鋭い眼差しで蓮にぶつける。我が子を誰にも渡さないと言い放つ彼女の強い意志と、眩しいほどの気高さに触れた蓮は、不敵な笑みを浮かべた。彼は息子を抱き上げるだけでなく、瞳の腕をも強引に引き寄せ、驚くべき宣言をする。子供だけでなく、彼女自身もまとめて自分の手中に収めるというのだ。そこから、孤独な母子と傲慢な億万長者の、新たな運命が動き出す。
婚約破棄当日、彼女は帝都の御曹司の禁断の花嫁となった の小説カバー
9.4
結婚式を目前に控えた宮沢沙織は、婚約者と実姉の不貞を映した映像を突きつけられ、残酷な破局を迎える。参列者からの嘲笑を浴び、ワインで汚れたドレスを脱ぎ捨てて激しい雨の中へ飛び出した彼女は、偶然通りかかった高級車を止め、車内にいた見知らぬ男に復讐心から強引なキスを仕掛けた。その場限りの過ちで終わるはずだったが、相手は帝都で強大な権力を誇る上田家の御曹司、上田拓海であった。翌朝、沙織のアパートを訪れた元婚約者は、冷酷無慈悲と恐れられる拓海がエプロンを纏い、献身的に朝食を作る姿を目撃し愕然とする。拓海は沙織の腰を力強く引き寄せ、逃がさないと言わんばかりにその首筋に顔を埋めた。そして独占欲に満ちた瞳で、冷徹かつ官能的に囁く。「選べ、俺かあいつか。もし選択を間違えれば……一生檻に閉じ込めて、俺だけを見続けることになるぞ」。最悪の裏切りから始まった運命は、帝都の支配者による執着と狂愛に満ちた新生活へと塗り替えられていく。
見捨てられし愛玩、マフィアの女帝 の小説カバー
9.7
8歳の冬、燃え盛る炎の中から私を救い出した黒崎龍司は、絶大な権力を握る裏社会の支配者だった。それから10年、私は彼を唯一無二の守護者として、神のごとく崇めて生きてきた。しかし、二つの組織を統一するという野望のため、彼は他家との婚約を一方的に発表する。家に連れてこられた婚約者は、周囲の目の前で私に安物の金属製首輪をはめ、「ペット」と呼び捨てて嘲笑った。龍司は私が金属アレルギーであることを知りながら、冷徹な視線でそれを受け入れるよう命じる。その夜、壁越しに聞こえてくる二人の情事の気配に、私は幼い日の約束がすべて偽りだったことを悟った。私は家族ではなく、ただの所有物に過ぎなかったのだ。10年に及ぶ献身的な愛は、絶望の中で完全に灰へと帰した。彼の誕生日、新たな門出を祝う宴の裏で、私は黄金の鳥籠を抜け出す決意をする。用意されたプライベートジェットは、私を真の父親のもとへと運んでいく。それは、龍司にとって最大の宿敵である男だった。
今すぐ読む
共有