聖女は死んだふりをした の小説カバー

聖女は死んだふりをした

9.5 / 10.0
「私の死を偽装してほしい」――親友の奈々にそう告げた私の心は、冷え切った復讐心に支配されていた。孤児院育ちの私が財閥の御曹司・松谷晴司に見初められ、世間から「現代のシンデレラ」と羨まれてから数年。夫は私を「聖女」と崇めて指一本触れず、私はそれを高潔な愛だと信じ込んでいた。だが、妊娠中に届いたのは夫と幼馴染・朱莉の情事、そして二人の間に生まれた双子の動画だった。ショックから流産し、血の海に沈む私を見て夫が放ったのは「清らかなままでいてくれ」という残酷な安堵の言葉。彼は私を神聖な偶像として棚上げし、朱莉を性欲と繁殖の道具にしていたのだ。絶望の淵で愛は殺意へと変貌した。私は飛行機事故を装って自身の死を演出し、表舞台から姿を消すことを決意する。彼が私の死を嘆き、遺品を整理するその瞬間に、不貞の証拠と流産の診断書という絶望を突きつけるために。偽りの聖女が仕掛ける、残酷な復讐劇の幕が今上がる。

聖女は死んだふりをした 第1章

「奈々, お願いがあるの. 私を死んだことにしてほしい」

私の声は乾ききっていた.

親友の奈々は, 持っていたグラスを落としそうになった.

貧しい孤児院育ちの私が, 財閥の御曹司・松谷晴司に見初められ, 誰もが羨む「現代のシンデレラ」となったはずだった.

夫は私を「聖女」と崇め, 神聖な私を汚したくないと, 夜の営みさえ拒んだ.

私はそれを純愛だと信じていた.

しかし, 妊娠した私に届いたのは, 夫と幼馴染・朱莉の情事, そして二人の間に生まれた双子の動画だった.

ショックで流産し, 血まみれで倒れる私を見て, 夫は安堵の息を漏らした.

「よかった. 佳実の体は弱いから心配だったんだ. 子供なら朱莉が産んでくれたから, 君は清らかなままでいてくれ」

私の愛は, その瞬間に殺意へと変わった.

彼は私を「聖女」として棚に上げ, 性欲と繁殖の道具として朱莉を使っていただけだったのだ.

だから私は, 彼への復讐を決めた.

私は飛行機事故を装い, この世から消えることにした.

彼が私の死を知り, 絶望の中で遺品整理をする時, そこに置かれた「流産の診断書」と「不貞の証拠」を見つけるように仕組んで.

さあ, 地獄のショーの始まりよ.

第1章

佳実 POV:

「奈々, お願いがあるの. 死んだことにしてほしい」

私の声は, ひどく乾いていた. 親友の奈々は, グラスを落としそうになった. 彼女の顔色は, 蝋のように青ざめている.

「佳実, 冗談でしょう? 何を言っているの? 」

冗談なんかじゃない. これは, 私の人生を終わらせるための, 唯一の方法だった.

松谷晴司と結婚して三年. 世間は私たちを「現代のシンデレラカップル」と呼んだ. 貧しい孤児院育ちの私が, 財閥の御曹司に見初められ, 幸せな未来を手に入れた. まるで物語のような展開に, 誰もが心を奪われた.

晴司は, 私を溺愛していた.

「佳実, 君は僕の聖女だ. この世の何よりも清らかで, 美しい」

彼はいつもそう言って, 私を崇拝するように見つめた. 私のために, 名家との縁すら切った. 家族から勘当同然の扱いを受けても, 彼は私を選んだ. 世間は彼の「純愛」を称賛した.

彼は私の嗅覚の才能を見抜き, 私だけの研究所を建ててくれた. 最高の設備, 世界中の珍しい香料. 私が望むものは何でも手に入った. 彼の愛は, まるで太陽のように私を照らし, 私の人生に彩りを与えてくれた. 私は心から彼を愛し, 彼こそが私の救い主だと信じて疑わなかった.

私たちが初めて出会ったあの日, 晴司は私に狂ったように執着した.

「君の香りは, 僕の魂を呼び覚ます. 二度と手放さない」

彼はそう言って, 私の手を握りしめた. その日から, 私の世界は彼を中心に回り始めた. 彼は私の才能を世界に広め, 私の調香した香水は瞬く間に世界的ブランドになった.

彼は私を常に一番に考え, どんな困難からも守ってくれた. 家族からの反対, 名家からの嫌がらせ, 全て彼が盾となって私を守り抜いた.

「佳実, 僕が君の唯一だ. 君も僕の唯一でいてくれ」

彼の言葉は, 私にとって絶対だった.

私は彼の愛に深く感謝し, 彼のために何でもしたいと願った. 彼が私に求めたのは「清らかさ」だった.

「君は汚れてはいけない. 僕の聖女でいてほしい」

その言葉を, 私は忠実に守った. 彼が忙しい時, ストレスを抱えている時, 私は彼の隣で静かに寄り添い, 癒やしを与えた. 肉体的な関係は, 彼が「神聖な君を汚したくない」と言って, あまり求められなかった. 私はそれを彼の深い愛情の表れだと思っていた.

結婚三年目, 私は妊娠した. 晴司は狂喜乱舞し, この上ない幸福だと言った. 私もまた, 彼の子供を宿したことに喜びを感じていた. しかし, その喜びは, ある日突然, 打ち砕かれた.

スマートフォンに届いた, 匿名のメッセージ. 再生された動画には, 私の夫, 松谷晴司が映っていた. 彼は幼馴染の豊川朱莉と情事を繰り広げ, その傍らには, 私ではない子供たちの姿があった. 双子. まぎれもない, 晴司の隠し子だった.

私の心臓は, 氷のナイフで切り裂かれたように感じた. 信じられない, 信じたくない. だが, 動画はあまりにも鮮明で, 現実を突きつけてきた.

奈々は震える手で私の手を握った.

「佳実, 嘘でしょう? まさか…」

私はただ, 空虚な目で奈々を見つめ返した. この世の光が, そのまま闇に変わってしまった瞬間だった. 私の愛は, 憎悪へと反転した.

その日, 身体に激痛が走り, 私はその場で倒れ込んだ. 流産だった. 意識が朦朧とする中, 聞こえてきたのは晴司の声.

「佳実の身体は弱いから, 子供は無理だと思っていたんだ. でも, 朱莉が跡継ぎを産んでくれたから, これで安心だ」

彼の声は, 安堵に満ちていた. 私の身体が弱いこと, 子供が望めないことを嘆くどころか, 朱莉が生んだことで安心している. 私の心臓は, 完全に機能を停止した.

晴司が私を「聖女」として崇め, 性的な欲望やストレスのはけ口として朱莉を利用していたことを, 私は今, 知った. 彼は私への愛は本物だと信じていたが, それは自己愛の延長に過ぎなかったのだ. 私の唯一の光は, 最大の闇だった.

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