離婚予定の妻に完全飼育される暴君 の小説カバー

離婚予定の妻に完全飼育される暴君

9.7 / 10.0
欲望が鋭利な刃物のように研ぎ澄まされた世界で、二人の邂逅は男に静かな衝撃をもたらした。これまで危険と背中合わせの快楽を糧にし、無謀さを武器に裏社会を生き抜いてきた暴君。彼は、一人の女によって自らの強固な警戒心が崩されるなどとは夢にも思っていなかった。しかし、平穏な日常の裏側に潜む真実が巧妙な嘘で塗り固められていると察した時には、すでに手遅れだった。男は知らぬ間に引き返せない深淵へと足を踏み入れていたのである。女が周到に用意した駆け引きという名の遊戯に絡め取られ、支配されていたはずの彼は、いつしかその仕掛け人である妻の魅力に抗うことができなくなっていた。完全に飼い慣らされ、彼女の掌の上で翻弄される日々。冷徹な男の理性は、甘美な罠の中で次第に溶けていく。離婚を目前に控えた夫婦という歪な関係性の中で、愛と憎しみが交錯するスリリングな愛憎劇が幕を開ける。男は己の敗北を悟りながらも、彼女が支配する禁断の檻から逃げ出すことができない。

離婚予定の妻に完全飼育される暴君 第1章

高橋美月は藤原悠真の胸に寄り添いながらも、どこか上の空だった。ふと視線が合うと、途端に胸の奥がざわついて、思わず目を逸らしそうになる。

藤原悠真は、彼らのあいだに子供をつくることを許していなかった。結婚して3年、悠真はずっと避妊していた。

元々美月だって、子供を作る気はなかったが、この半年はどうしても子供が欲しかった。自分と悠真の血を受け継いだ子供が。

1年前、彼女は悠真への感情が変わっていることに気づいた。冷めた反発心から、好意へと。

もっと正確に言えば、愛だ。

......

悠真はするりと彼女の身体を離すと、バスローブを羽織り、洗面所へ向かった。

その背が高くスラリとした後ろ姿が完全に見えなくなるまで、彼女は目を逸らせなかった。

耳障りな着信音が鳴り響いた。

美月が悠真のスマホを手に取ると、画面には「桃花」の文字が点滅していた。

中村桃花。

悠真の秘書。

一挙手一投足がしなやかで女性らしい女で、青葉市訛りの甘ったるい喋り方は、男はおろか女が聞いても心地よく感じるほどだ。

噂によれば、桃花は6年前に東都の高給の仕事を辞めて藤原グループに入社したらしい。すべては悠真のそばにいるためだとか。二人は表向きは上司と部下の関係だが、実際は誰にも言えない関係だった。

突然、骨ばった腕が伸びてきてスマホを奪い取り、通話ボタンを押すと優しく呼びかけた。『桃花』

その語尾には、甘さと喜びが滲んでいた。

美月の心はまたズタズタに引き裂かれた。

悠真が彼女と電話する時はいつも要件のみで、感情の一切こもらない冷たい声だ。こんなに優しくされたことなど一度もない。

『悠真、誰かに絡まれてるの、早く助けて――ミッドナイトクラブにいるの――』

悠真は美月を避けることなく電話に出たため、桃花の助けを求める声は彼女の耳にもはっきりと聞こえた。

『すぐに行く。 近くに友達が住んでるから、先に向かわせる。まずは鍵をかけて立てこもれ。 悠真はひどく険しい顔をして、足早にクローゼットへ向かった。警察には通報したか……』

美月は怒りで体を震わせ、靴も履かずに後を追った。

先月、彼女はテレビ局の同僚と北郊外へロケに行った際、対向車線を逆走してきたダンプカーを避けようとして、乗っていた車が道端の溝に横転した。

幸い命に別状はなかったものの、全員がケガを負った。

彼女は右脚を負傷して血を流しながら、パニックの中で悠真に電話をかけた。

悠真はちょうど会食中で、声を上げて泣きじゃくる彼女に対し、「電話できるなら死にはしないだろ」と言い放って電話を切ったのだ。

なのに今、桃花がトラブルに巻き込まれたと知るやいなや、悠真は酔っているにもかかわらず二つ返事で駆けつけようとしている。これが本物の愛じゃなくて何だというのか。

悠真は服を着替え、クローゼットから出てくる時もまだ優しい声で慰めていた。桃花が何を言っているのかは美月には聞き取れず、ただかすかに途切れ途切れの泣き声が聞こえるだけだった。

美月は先回りしてリビングの玄関ドアの前に立ち塞がり、唇を強く噛み締めた。「お酒を飲んだんだから、運転なんてダメよ」

悠真は瞳の奥に名状しがたい光を浮かべ、手を伸ばして彼女の顎を持ち上げた。「嫉妬か、それとも俺の心配か?」

彼女はまなざしを少し和らげ、きっぱりと言った。「心配してるの」

「そういう白々しい真似は結構だ」 悠真はふいに腕を下ろし、血も涙もないほど冷え切った声を出した。

彼女が反応する間もなく、悠真に乱暴に引っ張られて体勢を崩し、そのまま床に尻もちをついた。

ドアの鍵が閉まる音がして、悠真は去っていった。

だだっ広い部屋に彼女だけが取り残された。この3年間の結婚生活のように、ひどく空虚だった。

言葉にできないほどの切なさと惨めさが胸いっぱいに広がり、全身に絡みついて離れない。

彼女の顔からは完全に血の気が引き、目元だけが赤く染まっていた。溢れ出しそうな涙をこらえるのに必死だった。

同じ姿勢のまま床に長時間座り込んでいたため、立ち上がった時には両足がしびれていた。

美月は寝室に戻る気になれず、目を閉じてソファに丸くなり、ぼんやりと思考を巡らせた。

再び耳障りな着信音が鳴り、彼女は現実に引き戻された。

悠真からだと思い、猛ダッシュでリビングから寝室へ駆け込み、スマホを手に取って通話ボタンを押した。

『美月、あんたのクズ旦那が中村桃花のためにミッドナイトクラブで暴れたわよ!ビール瓶で相手の頭をカチ割って、血みどろの大惨事だって!』

親友の三浦莉子だった。

まるで新大陸でも発見したかのように、ひどく興奮している。

美月は息が詰まるのを感じながらも、無理して平然を装い「ふーん」とだけ返した。

悠真が桃花をどれほど大切にしているかを考えれば、暴行はおろか人殺しをしたって彼女は驚かない。

ミッドナイトクラブは、白川市で最も高級な会員制ラウンジだ。

悠真が遊び仲間たちとよく入り浸っている場所でもある。

『酔っ払いが中村桃花をトイレに追い詰めて、あちこち触りまくったらしいの――』

莉子はさらに噂話を続けた。『最初に駆けつけた目撃者の話じゃ、中村桃花の胸元はキスマークだらけで、下着も下ろされてたって!中村桃花が機転を利かせて、女子トイレに立てこもったから良かったものの……』

その後何を言っていたのか、美月の耳には一言も入ってこなかった。

莉子からの電話ですっかり目が冴えてしまい、スマホを握りしめる手は恐ろしいほど青白くなっていた。

腹が立たないわけがない。

さっき莉子の前で平静を装ったのは、ほんのわずかに残ったプライドを守るためでしかない。

ドロドロした感情から目を背けるように、スマホを開いた。

だが予想外なことに、悠真がミッドナイトクラブで暴行事件を起こしたというニュースは、すでにネット上で拡散されていた。

プレイボーイが愛する女のためにブチギレただの、藤原グループ副社長と美人秘書の秘密の恋だの……。

悠真を、愛のために火の中水の中へ飛び込む情熱的なイケメン御曹司のように書き立てている。

美月は読めば読むほど腹が立ち、いっそスマホを投げ捨てて電気スタンドを消した。

暗闇に包まれると、かえって頭は冴え渡った。

籍を入れて3年になるが、悠真は2人の関係を世間に公表しないどころか、ラウンジの女たちと浮き名を流し、桃花に至っては悠真の寵愛を笠に着て、遠慮なく彼女を挑発してくる始末だ。

この瞬間、彼女は中身から腐りきったこの結婚について考え始めた。

外からドアを開ける音が聞こえた時、スマホを見ると午前5時半だった。

悠真は寝室には戻らず、まっすぐ隣の書斎へ向かった。

美月はベッドから降りた。

ドアをノックする前に深呼吸をする。

悠真からの返事は一向にない。

もう何度かノックしてから、彼女はドアノブを回した。

悠真は、ふいに現れた彼女をチラリと見てムッとしかめた。「誰が入っていいと言った?」

彼女は両手を強く握り締め、悠真の冷酷な目と真っ向から視線を合わせた。「離婚しましょう」

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