
家族全員が私の敵だった
家族全員が私の敵だった 第1章
死んだはずの義妹が、私の夫と腕を組み、隠し子を連れて銀座を歩いていた。
「あの女にバレないよう、事故を装ってくれたのよね」
義妹の笑い声を聞いた瞬間、私を愛すると誓った夫も、私を引き取った養父母も、全員が共犯者だと悟った。
彼らは義妹が死んだと偽り、偽名で生きる彼女を匿いながら、私に睡眠薬を盛って操り、私の人生を搾取していたのだ。
孤児だった私が信じた「家族の愛」は、私を閉じ込める残酷な檻に過ぎなかった。
私は全ての財産を放棄する離婚協議書にサインし、彼らの盛大なパーティーの日に、全ての罪の証拠を置き去りにして姿を消した。
これからは過去を捨て、私だけの新しい人生を生きる。
第1章
―― 本間結紗 ――
信じていた家族と夫に、私は二重に裏切られていた。それは、五年前に始まった、あまりにも残酷な偽りの幸福だった。
私が実の家族である本間家に引き取られて間もない頃だった。幼い頃に誘拐され、児童養護施設で育った私の人生は、本間結紗として新しく始まろうとしていた。しかし、本間家には長年育ててきた養女、本間愛莉がいた。彼女は私の存在を強く嫌い、不良を雇って私を襲わせようとした。その計画は幸いにも未遂に終わったが、警察が介入し、事件は明るみに出た。
両親は心配そうに私の元へ駆けつけた。夫となる舟橋大輝もまた、私の手を強く握り、固く守ると約束した。長年の孤児院での生活で愛情に飢えていた私は、彼らの言葉を心から信じた。私は、集めた愛莉の悪事の証拠を全て彼らに託した。彼らは厳正に対処すると言い、私はその言葉を何の疑いもなく受け入れた。
数日後、両親と大輝は私に衝撃の事実を告げた。愛莉が家を出された後、交通事故に遭い、亡くなったというのだ。彼らは悲痛な表情で語り、葬儀も家族だけで済ませたと言った。私はその死を悼み、同時にかすかな安堵を覚えた自分を責めた。 大輝は私を抱きしめ、「これからは君だけを守る」と誓った。私はようやく得られた「家族の愛」と「夫の愛」に包まれていると信じ、偽りの平穏に身を委ねた。
あれから五年。大輝と私は結婚生活を送っていた。大輝は舟橋グループの若き社長として多忙を極め、私も翻訳の仕事を細々と続けながら、穏やかな日々を過ごしていた。私は幸福だった。
しかし、ある日の午後、銀座の街を歩いていた私は、信じられない光景を目にした。死んだはずの本間愛莉が、小さな男の子の手を引き、満面の笑みで歩いている。その隣には、親しげに愛莉の腰に手を回す大輝の姿があった。彼は男の子に優しく微笑みかけていた。
私の心臓は激しく打ち鳴らされ、全身の血が凍りついた。私は気づかれないように彼らを追い、カフェの隅の席に座ったところで、彼らの会話を耳にした。
「あの女、本当にしつこかったわよね。私を陥れようとしたなんて、よくもまあそんな嘘を」
愛莉の声は甲高く、私の名前を嘲笑った。
「でも、あなたがあの時、どれだけ私を庇ってくれたか。あの女にバレないよう、事故を装ってくれたのよね。おかげで私は、こうして新しい名前で生きていける」
新しい名前。その言葉が、私の中で冷たく響いた。愛莉は死んだのではなかった。彼女は偽名で別の人生を生きていたのだ。 大輝は静かに頷き、愛莉の髪を優しく撫でた。
「もう大丈夫。これからはずっとあなたとこの子のそばにいるわ。あの女に奪われた私の人生、あなたが償ってくれるのよね?」
大輝は愛莉の手を握り返した。「ああ、約束する」
その言葉が、私の脳裏を駆け巡った。結婚生活という名の薄っぺらい仮面が、音を立てて剥がれ落ちた。両親の安堵させる言葉も、大輝の揺るぎない支えも、その全てが嘘だった。私の信じていた世界は、粉々に砕け散った。
私は五年間、何を見ていたのか。愛莉は死んだのではなく、名前を変え、戸籍上は「失踪」扱いで処理されていたのだろう。そして今、彼女は私の夫と子供を連れて、公然と銀座を歩いている。それが、彼らから私への答えだった。
大輝、愛莉、そしてあの子供。彼らこそが本当の家族だった。私は部外者、彼らの芝居の小道具に過ぎなかった。私はどれほど盲目で、どれほど愚かだったのだろう。愛に飢えていた私は、全ての兆候を見過ごしたのだ。自己嫌悪の波が私を飲み込み、心臓は耐え難い痛みに軋んだ。
私はもう、この偽りの愛情にしがみつかない。この欺瞞に満ちた人生との縁を全て断ち切る。私の心は、冷たい決意で固く閉ざされた。
この苦痛な真実が、私の解放となる。私はそう信じることにした。そうでもしなければ、その場に崩れ落ちてしまいそうだったから。
数日後、私は公園で両親の姿を目にした。彼らは愛莉とあの男の子と一緒にいた。母、静枝は楽しそうに子供を追いかけ、父、源は満面の笑みで写真を撮っていた。彼らはまるで最高の祖父母のようだった。私の喉が締め付けられ、口の中に苦い味が広がった。
母は愛莉の手を優しく撫でた。
「愛莉、最近はどう? ジュエリーブランドも順調みたいね」
父も続けた。「このマンションも、大輝が手配してくれたのかい?」
愛莉は微笑み、答えた。「ええ、おかげさまで。大輝さんとご両親のおかげです」
母の微笑みがわずかに揺らいだ。「でも、結紗にばれたらどうするの?」
父はため息をついた。「大丈夫だ。結紗は何も知らない」
「睡眠導入剤も効いているし、疑うはずがない」
睡眠導入剤。その言葉に、私の全身が硬直した。彼らは私に薬を盛っていたのだ。最近、朝起きるのがやけに辛く、一日中ぼんやりすることが増えたのは、そのせいだったのか。
そこへ大輝が愛莉のために花束を持って現れた。彼は愛莉の額に優しくキスをし、男の子を肩に抱き上げた。子供は喜びの声を上げ、大輝の顔は純粋な愛情で和らいでいた。その瞳には、私に向けられたことのない愛が宿っていた。
愛莉は大輝を見上げ、甘い声で言った。
「結紗さん、本当に鈍いから、何も気づかないわよね」
彼女はクスクスと笑った。「私を悪者にしたのはあの女なのに、今も私の方が幸せなのよ」
両親は目と目を合わせたが、愛莉を咎めようとはしなかった。それどころか、母は薄く微笑み、父はただ顔を背けた。彼らの沈黙は、耳をつんざくような容認の響きだった。私は彼らの共犯関係がどれほど深いかを、その瞬間に悟った。
私は自分の人生の幽霊だった。盗まれた私の幸福を、気づかれずに観察する者。真の被害者でありながら、無力で、声なき存在。私の存在そのものが残酷な冗談のように感じられた。
しかし、その虚無の中で、一つの疑問だけが冷たく輝いていた。彼らはなぜ、ここまでして私を騙し続ける必要があるのか。そこには、単なる愛莉への寵愛だけでは説明できない、別の理由があるはずだ。私はその答えを見つけ出さなければならない。それが、私の復讐の第一歩になる。
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