娘と殺された身代わり、今度は全て奪い返す の小説カバー

娘と殺された身代わり、今度は全て奪い返す

8.9 / 10.0
病室で孤独に逝った最愛の娘、果穂。その骨壷の温もりさえ消えぬ間に、元夫は別の女性と華やかな結婚式を挙げていた。私は娘の保険金まで奪われた挙げ句、冷酷な仕打ちによって東京湾の底へと沈められる。かつての私は、凛々紗という女の「身代わり」として虐げられ、養母からは金のために川辺家へ媚びるよう強要される屈辱の日々を送っていた。薄れゆく意識の中で、娘の絶望に満ちた瞳を思い出し、私は加害者たちへの凄絶な復讐を誓う。「もし次があるのなら、必ず代償を払わせてやる」と。次に目覚めた時、視界に飛び込んできたのは満開の桜が舞う高校の教室だった。教室内には、私への降級処分を告げる教師の冷徹な声と、周囲からの容赦ない嘲笑が響き渡っている。そこは、後に続くすべての悲劇が幕を開けた、あの忌まわしき日の朝だった。運命の歯車が再び回り出し、私は失ったすべてを取り戻すための孤独な戦いに身を投じていく。過去の記憶を武器に、自分を貶めた者たちへの逆襲が今、ここから始まる。

娘と殺された身代わり、今度は全て奪い返す 第1章

骨壷は,まだ微かに温かかった.

東京湾を見下ろす火葬場の休憩室.松島沙耶香は,娘の小さな骨が収められた白い箱を,胸に抱きしめていた.指先が白くなるほど力を込めても,その重みはあまりに軽く,心に空いた穴を埋めるにはほど遠い.

"ママ..."

消え入りそうな最期の声が,耳の奥で何度も再生される.

ふと顔を上げると,壁掛けテレビが目に入った.音声は消されているが,帝国ホテルで開かれている世紀の結婚式の生中継が,無神経に映し出されている.画面を埋め尽くす純白の百合の花が,沙耶香の目を刺した.

新郎は,川辺潤雄.沙耶香の元夫であり,娘・果穂の父親.

そして,彼の手を取り,聖母のように慈悲深い微笑みを浮かべているのが,三国凛々紗.

その笑顔を見るたび,果穂が苦しんだ最後の夜の,甲高い悲鳴が頭蓋骨の中で反響する.

ブブッ,とポケットのスマートフォンが震えた.川辺家の法務部から届いた,冷たい事務的な文面だった.

"川辺果穂様の生命保険金に関しまして,同封の"相続権放棄同意書"に三日以内にご署名いただけない場合,我々は果穂様の生前の保護責任について,松島様に対し厳格な法的措置を検討せざるを得ません"

"今後の葬儀等へのご出席は,固くお断り申し上げます"

指が震え,画面を滑る.潤雄の連絡先を探し出し,ためらいなく削除ボタンを押した.ガラスの表面をなぞる指先が,まるで刃の上を滑っているかのように痛んだ.

沙耶香は,ふらりと立ち上がった.骨壷を抱きしめ直すと,音もなく休憩室を出る.

外は,冷たい雨が降っていた.

東京湾から吹き付ける風が,薄い喪服を通して体温を奪っていく.傘をさす気力もなかった.

その時,一台の黒い加長リンカーンが,猛スピードで隣を走り抜けた.跳ね上げられた泥水が,喪服の裾を汚す.

一瞬,後部座席の窓に,見慣れた男の横顔が映った気がした.潤雄.

遠ざかっていくテールランプの赤い光が,雨の中で滲んでいく.それを見つめる沙耶香の瞳から,最後の光が消えた.残ったのは,底なしの暗い憎しみだけ.

気づけば,沙耶香は湾岸道路のガードレールに足をかけていた.体を裂かんばかりの強風が吹き荒れ,足元では黒く渦巻く波が牙を剥いている.

脳裏に,これまでの人生の記憶が走馬灯のように駆け巡る.

凛々紗の"身代わり"として,潤雄のそばに置かれた屈辱の日々.

川辺家の援助金にすがり,沙耶香に媚びへつらうことを強要した養母の姿.

そして,病室のベッドで,たった一人で死の恐怖と戦い続けた,最愛の娘,果穂の絶望的な瞳.

"あはは..."

乾いた笑い声が,唇から漏れた.

"もし,来世があるのなら..."

沙耶香は,虚空に向かって毒を吐くように誓った.

"川辺も,三国も...必ず,この手で血の代償を払わせてやる"

力が,抜けた.

ガードレールを握っていた指が,一本,また一本と離れていく.

体が,暗い虚空へと投げ出される.冷たい海水が,一瞬で全身を包み込んだ.息ができない.肺に流れ込んでくる水が,内側から体を焼き尽くすような激痛を走らせる.

意識が,ゆっくりと剥離していく.

果てしない,暗闇へ――.

"...っ,はぁっ!"

突然,空気を求めるように,沙耶香は激しく息を吸い込んだ.

全身が冷たい汗で濡れている.心臓が,肋骨を突き破るのではないかと思うほど激しく鼓動していた.

カツン,カツン.

耳に届いたのは,粉筆が黒板を叩く,乾いた音.

窓の外では,陰鬱な雨ではなく,満開の桜が風に舞っていた.

黒板の右上には,チョークで"平成XX年"と書かれている.

沙耶香の瞳孔が,急速に収縮した.

ここは....

"...なんか臭くない?この人,昨日お風呂入ってないんじゃないの"

隣の席の女子生徒が,鼻をつまみながら,あからさまに距離を取った.

その時,教壇に立つ担任の山田が,黒縁メガネを押し上げながら口を開いた.

"――以上,先日学院内で起きた暴力事件についての,処分を発表する"

教室のドアが開き,校長に付き添われて,一人の女子生徒が入ってくる.川辺理子.潤雄の妹だ.彼女は,勝ち誇ったように胸を張り,講壇の横に立った.

"関係した生徒たちだが,各家庭からの多大なる貢献を鑑み,退学処分は見送る.口頭での厳重注意とする"

山田の言葉に,教室の後方でくすくすという笑い声が漏れる.

"しかし"と,山田は声のトーンを変えた."この騒動を誘発した松島沙耶香については,特進クラスにふさわしくないと判断し,本日付で普通クラスへの降級処分とする"

その瞬間,教室は露骨な嘲笑の渦に包まれた.それはまるで,無数の鋭いナイフとなって,沙耶香の全身に突き刺さるかのようだった.

だが,沙耶香は俯かなかった.

そっと,自分の両手を見つめる.

ペンだこも,切り傷もない,若々しく,滑らかな手.

――本当に,戻ってきたんだ.

冷たい光が,沙耶香の瞳の奥で揺らめいた.

"松島,聞こえているのか.今すぐ荷物をまとめて,特進クラスから出て行け"

山田が,苛立たしげに言った.

沙耶香は,泣きもせず,騒ぎもせず,ただ静かに教科書を閉じた.その動作は,驚くほど冷静で,無駄がなかった.

教科書を鞄に詰め,席を立つ.

そして,理子の隣を通り過ぎる瞬間,ぴたりと足を止めた.

理子は"命乞いでもする気?"とでも言いたげに,冷たく鼻を鳴らした.

沙耶香は,ゆっくりと顔を上げた.その目は,理子を,まるで感情のない物体,あるいは死体でも見るかのように,冷ややかに見つめていた.

"...っ"

その底知れない瞳に射抜かれ,理子は思わず一歩後ずさった.

沙耶香は,もはや理子に何の関心もないというように,再び前を向いて歩き出す.

がらり,と教室のドアを開ける.

廊下に差し込む太陽の光が,目に痛い.

沙耶香は,心の中で,復讐の誓いを新たにした.

まずは,この屈辱的な階級から抜け出すこと.

それが,復讐の第一歩だ.

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