元夫に別れを告げた後、高飛車な御曹司と人生を重ねる の小説カバー

元夫に別れを告げた後、高飛車な御曹司と人生を重ねる

9.4 / 10.0
黒田玄也に尽くし続けた三年間、森川清緒は自分を卑下する脇役のような日々を送っていた。しかし「仕事か離婚か」という非情な選択を迫られた瞬間、彼女は自らの誇りを取り戻す決意をする。清緒の正体は、圧倒的な権力を誇る森川グループの正統な後継者だった。父は財界を牛耳る実力者、母は名門の系譜を継ぐ名医、そして兄は市場を支配し妹を溺愛する影の総裁、弟は芸能界の覇者という華麗なる一族。彼女は唯一無二の「姫」という身分を隠し、ただ愚かな恋に身を投じていたに過ぎなかった。離婚を経て、本来の美貌と知性、そして才能を解き放った彼女の前に、かつての夫が土下座して復縁を乞うが、もはやその声が届くことはない。高貴な血脈と誇りを胸に、清緒は誰にも媚びない新たな人生を歩み始める。そんな彼女の傍らには、不遜ながらも運命を共にする高飛車な御曹司の姿があった。過去を捨て去り、真の輝きを放つ彼女の逆転劇が幕を開ける。

元夫に別れを告げた後、高飛車な御曹司と人生を重ねる 第1章

「力は尽くしました」

十三時間に及ぶ手術の末、宮沢和子の胎内に宿っていた六ヶ月の命は、手の施しようもなく失われた。

森川清緒のその言葉が手術室の扉の向こうに届いた瞬間、廊下から甲高い悲鳴が突き刺さった。

その先頭にいた黒田老夫人は、「私の曾孫が――」と叫ぶや否や、糸が切れたように崩れ落ち、気を失った。

宮沢和子のストレッチャーが運び出されると、人々は我先にとその周りに殺到し、甘えるような泣き声と、それを宥める優しい声が渦を巻いて清緒の耳に届く。

その喧騒の中、清緒の心だけが氷のように冷えていった。

視線を上げれば、黒田玄也がストレッチャーの縁に縋るように身を屈めている。 その憂いに満ちた横顔は、まるで彼こそが和子の夫であるかのように見えた。

人々は宮沢和子のストレッチャーを囲み、波のように病室へと流れ込んでいく。

一方、長時間にわたる執刀で全身の力が抜け落ちていく中、清緒はマスクを握りしめたまま、その場に立ち尽くすしかなかった。 人々が慌ただしく行き交うだけで、誰一人として「疲れていないか」と彼女に声をかける者はない。

疲れ果てた体を引きずって黒田家に戻ると、使用人たちはまるで疫病神でも見るかのように、冷え冷えとした視線を投げかけてきた。

黒田玄也の妹である黒田遥は、執事の手から箒をひったくるやいなや、そのささくれた先端で清緒のふくらはぎを容赦なく打ち据えた。 「シッシッ!人殺し!とっとと失せな!縁起でもない!」

箒のささくれが皮膚に食い込み、みみず腫れになった箇所に、じわりと血の筋が浮かんだ。

清緒は痛みに眉を寄せ、低く呻いた。

遥は鼻で笑う。 「自分がどれだけ高貴なつもり?和子お姉様の体が弱いから、あんたが医術とパンダの血を持ってるから、この家に入れてやっただけ。 あんたなんて、ただの道具で、歩く輸血袋なのよ!」 「それが何様のつもり?あんたのせいで和子お姉様のお腹の子まで死なせて!お兄ちゃんにどう申し開きする気!」

そう吐き捨てると、遥は清緒に向かって「ぺっ!」と唾を吐きかけた。

黒田家に嫁いで三年。 自分がこの家で最も蔑まれ、利用されるだけの存在であることなど、清緒はとうに悟っていた。

誰もが彼女に冷たい視線を向け、嘲笑を浮かべる。

言い返す気力さえ、もう残っていなかった。 ただ、幽鬼のように足音を殺し、階段を上っていく。

十三時間の手術、その最中の和子への自己輸血、そして十数時間に及ぶ執刀――消耗しきった体は微熱を帯び、意識が霞んでいく。

だが、ベッドに身を横たえたのも束の間、荒々しい力で髪を掴まれ、ベッドから引きずり起こされた。

抵抗する間もなく、頭がヘッドボードに叩きつけられ、鈍い衝撃音が響く。

痛みに目を開けると、そこにいたのが黒田玄也だと分かった瞬間、目頭が熱くなった。 「玄也さん、お帰りなさい……和子さんの赤ちゃんのこと、私、本当に全力を……」

玄也は彼女の襟首を掴み、憎悪を宿した刃のように冷たく鋭い眼差しで見下ろした。 「全力を尽くしただと?」 「数日前、和子の全身検査の結果が出た時、お前は俺に何と言った?」 「順調だと抜かしたのはどこのどいつだ?結果はどうだ、たった数日で子供は死んだ。 それで尽くしたと言えるのか?」

清緒は唇を噛み締め、赤く染まった目尻で彼を見上げた。 「玄也さん、私、本当に……」

宮沢和子は先天性の心臓病を患っていた。

三年前、清緒が玄也と結婚した当初は、数歩歩くだけで息切れし、酸素吸入が手放せないほどだった。

この三年間、清緒は昼夜を分かたず漢方と西洋医学を駆使して彼女の体を立て直し、激しい運動さえしなければ健常者と変わらぬまでに回復させていたのだ。

宮沢和子が黒田正哉との新婚旅行中、例の行為の最中に心臓発作を起こした一件を除けば、すべては順調そのものだった。

数日前の定期検査でも、指標は極めて良好だった。 それなのに、なぜ。

清緒が一日非番を取った、ほんの僅かな隙に、和子は耐え難い腹痛を訴えた。 清緒が病院に駆けつけた時には、胎児の心拍はすでに消えていた。

それでも、彼女は諦めなかった。 手術の途中で自らの血を抜き、輸血までして、最後まで戦った。

自分に一点の曇りもない。 その自負があった。

しかし、清緒の説明を聞いても、玄也の表情は氷のように冷たいままだった。

彼は冷笑を浮かべる。 「そうか?ならなぜ和子が目覚めるなり泣き叫んだ? お前が、得体の知れない薬を飲ませたと訴えているぞ?!」

清緒は眉をひそめた。 「えっ……?そんなはず、ありません」

「言い訳なら、和子本人に直接言え!」 玄也は手に力を込め、清緒の襟首を乱暴に掴み上げた。 その表情には、底知れない嫌悪が浮かんでいる。

玄也はもはや清緒と言葉を交わすことさえ拒絶していた。

宮沢和子にとって、妊娠は命懸けの賭けだった。

その子供を失い、体まで深く傷ついた今、次の妊娠は絶望的だろう。

従兄夫婦にとって唯一の希望だったそれを、森川清緒は無残に踏み砕いたのだ。

黒田老夫人は怒りのあまり何度も卒倒し、目覚めるたびに玄也に命じて、清緒を病院へ引きずってこさせた。

病室に入るなり、

背後から何者かに強く押された。

微熱で力の入らない体はなすすべもなく、宮沢和子のベッドの前に崩れ落ち、膝をつかされる。

立ち上がろうと膝に力を込めた、その背中を、今度は無慈悲な蹴りが襲う。 驚きと怒りに振り返った清緒の目に映ったのは、玄也の氷のように冷え切った瞳だった。

彼女は呆然とした。

「玄也さん……あなたが」

長身痩躯の男が、鋭い眼差しで彼女を上から見下ろしている。 灼けつくような照明が彼の頭上から降り注ぎ、その姿をより一層、陰鬱で冷酷に見せていた。

固く結ばれた唇。 地面に跪く彼女を見つめる瞳は、まるで死んだ物でも見るかのように、何の感情も映してはいない。

その、無感情な瞳に見下ろされ、清緒の心の中で何かが音を立てて砕け散った。 ああ、滑稽だ。

この三年間、宮沢和子のために身を粉にし、その献身で黒田玄也の心を動かせると信じていた自分が、何よりも滑稽ではないか。

「人殺し!」ベッドの傍らから、宮沢夫人が清緒を罵倒した。 「あんたみたいな性悪女、和子の代わりに死んで償いなさい!」

言い終わるや、宮沢夫人は手にしていた湯呑みを床に叩きつけた。

ガラスの破片が飛び散り、清緒の手を浅く切り裂く。

傍らでその様を冷ややかに見ていた宮沢和子は、悲嘆にくれるふりで母親の胸に泣き崩れた。 その声は聞く者の胸を抉り、今にも気を失いそうだ。

しかし、清緒だけは見ていた。

母親の背に顔を埋める宮沢和子の瞳が、誰にも見えない角度で歪み、陰湿で得意げな笑みを浮かべているのを。

「玄也さん、本当に、私は力を尽くしました……時間をください。 必ず原因を突き止めますから」 清緒は膝に手をつき、ふらつきながらも立ち上がろうとする。 理路整然と説明すれば、誰かが耳を貸してくれるかもしれないと信じて。

だが。

彼女の言葉は、すぐに宮沢和子の悲痛な泣き声にかき消された。 和子は顔を覆い、苦痛に肩を震わせながら、嗚咽混じりに清緒を責め立てる。

「清緒さん、何を言っているの?」

「私の子よ。 たった一人の、私の子なのよ?私が自分の子を害するはずないじゃない!」

「あの日、あなたが正体不明の漢方薬を私に飲ませたでしょう?苦いと言っても無理やり……それに――」

和子は涙を拭い、委屈に満ちた瞳で上座の黒田老夫人をちらりと見遣ると、痛みに耐えるように唇を噛んだ。

黒田老夫人はテーブルを叩き、低く唸る。 「森川は、他に何と言った!」

「清緒さんは……言うことを聞かなければ、この子を堕ろすって……」

和子が顔を上げた瞬間、一筋の涙が完璧なタイミングで目尻を伝う。 「でも清緒さん、私、ちゃんと言う通りに飲んだじゃない。 どうしてなの?」

「私を傷つけたいなら構わない。 でも、どうして私の子供にまで、こんな酷いことをするの?」

「玄也さんが私に良くしてくれるから、妬んでいるのは知ってる。 でも、私たちには幼馴染としての、切っても切れない縁があるのよ……」

和子は身をよじって泣きじゃくりながら、こっそりと黒田老夫人の表情を窺った。

老婆の顔が怒りで歪み、握りしめた杖がミシミシと音を立てるのを見て取ると、

和子は満足げに目を伏せ、誰にも見られぬよう口角を吊り上げた。

そして、か弱いふりをして、耐えきれないとばかりに宮沢夫人の腕の中へ倒れ込む。

振り上げられた重い杖が、風を切って清緒の背中に叩きつけられた。

避ける間もなく衝撃を受け、清緒は不意に前のめりに倒れ込む。

誰も彼女を支えようとはしない。 ただ冷ややかに見ているだけだった。 前のめりに倒れた彼女の額が、紅木製の椅子の角に激突するのを。

ぬるりとした生温かい感触。 清緒が額を押さえると、べったりとした鮮血で視界がじわりと赤く染まっていく。

「今日限りで病院は辞めろ。 和子の世話に専念し、一生をかけて償うのだ!あの子のこれからの人生に、二度と過ちがあってはならない。 お前は今日犯した罪を、その身で償え!」

黒田老夫人の言葉が、鋭い棘となって清緒の意識に突き刺さる。再び、目の前が暗くなった。「それはできません!」痛みに霞む意識の中、清緒は頭を押さえながらも、凛として言い放った。「私は医者です。

誰のためであろうと、仕事は辞めません。 それに、先ほども申し上げた通り、私は全力を尽くしました。 なぜ胎児の心拍が突然停止したのかは不明ですが、この事故に私は関与していません。 薬を過剰に投与した覚えもありません」

「口答えをするな!」黒田老夫人の杖が、再び激しく振り下ろされる。 「黒田玄也!これが、お前が娶った女か!」

「目上に逆らい、従兄の妻を陥れるとは、大した性根だ!」

清緒が反論しようと口を開くより早く、背後から玄也の氷のような声が降ってきた。 「病院を辞めて一生和子に償うか、それとも離婚か。 選べ」

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