愛を捨てた元妻は、天才オークショニアとして華麗に舞う の小説カバー

愛を捨てた元妻は、天才オークショニアとして華麗に舞う

7.9 / 10.0
母の葬儀という悲しみの最中、夫の鷹司暁は仕事だと嘘をつき、幼馴染のために豪華な船上パーティーを開いていた。親族の嘲笑を浴びながら一人で喪主を務める私に、彼は秘書を通じて香典を届けさせるだけで、顔すら見せようとしない。ようやく火葬場に現れた暁は、遅刻を棚に上げて幼馴染を庇い、悲嘆に暮れる私を「みっともない」と冷酷に突き放した。三年間、従順な妻として彼を支え、その身に新しい命を宿していた私の心は、この瞬間に完全に決壊した。私は淡い期待を捨て、離婚届と中絶同意書を残して彼の前から姿を消す決意をする。それから五年後。過去を捨てた私は、パリでその名を轟かせる天才オークショニアへと変貌を遂げていた。華々しい舞台で自立した女性として輝く私の前に、かつて愛を誓い、そして私を裏切った元夫が再び姿を現す。失意のどん底から這い上がった元妻の、華麗なる逆転劇が幕を開ける。冷徹な夫への復讐と、自らの力で運命を切り拓く再生の物語。

愛を捨てた元妻は、天才オークショニアとして華麗に舞う 第1章

「…… 鷹司の旦那様、まだいらっしゃらないようですね」

叔母である青山佳代が、 扇子で口元を隠しながら囁いた。 心配しているふりを装っているが、その声には隠しきれない嘲笑の色が滲んでいる。

遺族席に立つ青山静香は、その言葉に反応せず、ただ斎場の入り口へと続くがらんとした廊下をじっと見つめていた。黒い喪服が、彼女の血の気の失せた顔色を一層際立たせている。淡い期待が、秒針の音と共に削られていく。心臓が冷たい手で掴まれたように、 じりじりと痛んだ。

「お姉ちゃん 、可哀想。せっかく名家にお嫁入りしたのに……これ、ネットで話題になってるよ 」

隣に立つ従妹の玲奈が 、同情するような声色で、スマートフォンを静香の手元にそっと突き出した。液晶画面には、夜景をバックに豪華なクルーザーの上で寄り添う男女の姿が映し出されている。男は、静香の夫・鷹司暁。そして彼の肩に頭を預けているのは、彼の幼馴染である堀川美羽。

画面の上部には、週刊誌のネットニュースの見出しが踊っていた。

『鷹司グループCEO、 幼馴染の誕生日に東京湾でサプライズ花火!』

静香の瞳孔が急速に収縮し 、呼吸が浅くなる。写真の中の暁は、静香が一度も見たことのない優しい笑みを浮かべていた。美羽の髪を撫でるその指先は、まるで宝物に触れるかのように柔らかい。

昨夜の電話が脳内で再生される。

『明日、母の告別式なの。あなたにも最後のお別れをしてほしい』

『……悪いが、明日は重要な海外の会議が入っている。行けない』

冷たく事務的な声。それが嘘だったのだ。彼の「重要な会議」とは、 堀川美羽の誕生日パーティーのことだった。自分は、彼の人生においてその程度の存在でしかないのだ。

胃の奥が 、ぎりりと痛んだ。三年間、鷹司の家で耐えてきた孤独と屈辱が、一気に喉元までせり上がってくる。結婚してから一度も、 彼は静香の実家に顔を出したことがなかった。いつも理由は「仕事」だった。

「ご遺族代表 、青山静香様よりご挨拶がございます」

司会者の声が遠くに聞こえる。静香は強く噛みしめた下唇の内側に、鉄の味が広がるのを感じた。ここで涙を見せるわけにはいかない。これは、母の最後の尊厳を守るための儀式なのだから。

一歩、また一歩と、マイクスタンドへと歩を進める。参列者のひそひそ話が鼓膜を刺す。

「鷹司のご当主も、あちらのご両親もいらっしゃらないなんて……」

「やっぱり家柄が釣り合わないから、認められていないのよ」

聞こえないふりをして背筋を伸ばす。マイクの前に立ち、深呼吸を一つ。用意していた原稿の言葉が、一瞬頭から抜け落ちそうになる。目の前のスクリーンには、 母の生前の写真がスライドショーで映し出されていた。笑っている母。旅行先での母。しかし、静香の隣に本来いるべきだった夫の姿はない。

彼の優しさは、すべて堀川美羽のためだけのもの。自分は、彼が天性的に冷たい人間なのだと、そう思い込もうとしていた。違う。彼はただ、自分にだけ冷たいのだ。

その事実が、 ナイフのように静香の心を抉った。

数日前 、妊娠検査薬で陽性反応が出た。病院での検査結果は、妊娠五週目。暁へのサプライズにしようと、エコー写真の入った封筒をバッグに忍ばせていた。今となっては、それは世界で最も滑稽なジョークだ。

視界がぐらりと揺れた。数日間まともに眠れていないせいか、強烈なめまいが襲う。下腹部に鈍い痛みが走った。倒れるわけにはいかない。静香は演台の縁を強く握りしめ、かろうじてその場に立ち続けたまま、かすれる声で参列者への感謝を述べた 。

やがて出棺の時が来た。棺の中に白い花を入れる。静香の隣 、夫がいるべき場所は最後まで空っぽのままだった。朝一番で秘書が届けに来た、冷たい香典袋の感触だけが手のひらに残っている。彼が自分の手で渡すことすらしなかった、 無機質な弔意。

「静香さん 、いつまでそうしているつもり? 鷹司家からは誰も来ないのだから、あなたがしっかり他の来賓の方々のお見送りをしなさいな」

青山佳代が、再び嫌味がましく言った。静香は喉の奥に広がる血の味を、唾と共に飲み込んだ。爪が食い込むほど強く握りしめた拳が、 小さく震える。

もういい。

この 、愛のない結婚生活に、今日で 最後の別れを告げよう。

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