君が死んでも、愛は終わらない の小説カバー

君が死んでも、愛は終わらない

9.1 / 10.0
「余命一ヶ月」という残酷な宣告を、桜井芽衣は静かに受け入れた。結婚から七年、愛妻家の夫・蓮と築き上げた幸せな生活は、彼のシャツに付着した見知らぬ口紅のように、脆く虚しい幻想に過ぎなかった。病に侵された彼女に対し、最愛の夫が放ったのは「死ぬなら外で死ね」という無慈悲な言葉。砕け散った心を抱え、芽衣は残されたわずかな時間で、すべてに終止符を打つ決意を固める。愛した自宅が愛人の色に染まっていく光景を冷徹に見つめながら、彼女は静かに最期の時を待つ。しかし、彼女の死は決して物語の終わりではなかった。芽衣がこの世を去った瞬間から、残された蓮にとっての真実の地獄が幕を開ける。失って初めて気づく愛の重みと、取り返しのつかない過ち。一ヶ月の命が、十年続いた愛を消えない呪縛へと変えていく。これは、愛に目覚めるのが遅すぎた男と、死をもってようやく自由を手にした女が織りなす、残酷で美しい訣別の物語である。永遠の別れを通じて浮き彫りになる、愛と後悔の真実がここにある。

君が死んでも、愛は終わらない 第1章

「ステージ4の膵臓がんです。余命、一ヶ月」

桜井芽衣は、静かに宣告を受け入れた。

結婚七年、誰もがうらやむ「愛妻家」の夫・蓮に捧げた人生は、実は脆い幻想だった。

気づけば、彼のワイシャツには、他の女の口紅がついていた。

「死ぬなら家の外でやれよ、迷惑だ」

最愛の夫から投げつけられた言葉は、彼女の心を木っ端みじんに砕いた。

なぜなら彼女は知っていた——もしもの時、彼がどう動くかを、痛いほどに。

だから彼女は、静かに決断する。

残されたひと月で、すべてを終わらせる。

愛した男との思い出の家が、愛人によって塗り替えられていくのを、

冷めた目で見つめながら。

だが、彼女の死は、終わりではなかった。

彼女が去った後の世界で、蓮という男の地獄は、ようやく始まる——。

愛とは何か。

後悔とは何か。

たったひと月の命が、十年の愛を、永遠の呪いに変える。

すべてを失って初めて、気づく真実。

これは、愛に目覚めるには遅すぎた男と、

愛に死んで、ようやく自由になった女の、

残酷で美しい、永遠の別れの物語。

第1章

桜井芽衣 POV

「桜井さん、検査の結果ですが……ステージ4のすい臓がんです。治療を中止すれば、余命はおそらく一ヶ月もありません。本当に、治療を受けないおつもりですか? ご主人の了承は……?」

「はい、大丈夫です。彼も……きっと、納得してくれます」

電話を切ったあと、私はしんと静まり返った部屋をぐるりと見渡した。胸の奥が、ひりつくように痛んだ。無意識に、指がみぞおちのあたりを押さえた。

ただの胃痛だと思っていた。昔からの持病の悪化だと――まさか、がんだったなんて。

小さくため息をついて、リビングのテーブルに置かれた写真立てに目をやる。指先で、写真の中の十八歳の桜井蓮の笑顔をそっと-なぞった。

あの日のことは、今でも鮮明に覚えている。雪の降る帰り道、髪に舞い降りた白い結晶を見つけた彼が、冗談めかして言ったのだ。

「これって、いわゆる『共に白髪の生えるまで』ってやつかな?」

胸が締めつけられるような、かつての幸福の記憶。私と蓮は幼なじみで、十八のときに恋人同士になった。大学を卒業してからは、狭いボロアパートで彼と二人、夢を追いながら苦労の日々を過ごした。

やがて彼の会社は軌道に乗り、私は新しいマンションと車を手に入れた。私はオシャレが好きで、ブランドの新作は毎シーズン届けられた。旅行が好きな私のために、彼は忙しい合間を縫って、よく遠出にも付き合ってくれた。誕生日も記念日も、彼からのサプライズは欠かさなかった。

私が不妊症だとわかったときも、彼は一言も責めることなく、「全部俺のせいだ」と言った。誰もが口をそろえて言っていた。――桜井蓮は、私のことを溺愛しているって。

でも、その彼が、結婚七年目にして――秘書の女と、外にもう一つの家を作った。

彼はその女、藤原寧々に豪華な一軒家を買い与え、「愛の巣」だなんて言っていたらしい。

毎晩まっすぐ帰ってきた人が、ある日を境に夜帰らなくなり。藤原への態度はどんどん甘くなり、私への態度は冷え切っていった。私を見るたび、彼はまるで嫌悪するかのように眉をひそめた。

考えたくもなくて、床に落ちたガラスの破片を拾い始めた。数日前、蓮との口論の末に割ってしまった花瓶の残骸だった。

あの日は結婚記念日だった。私は彼の好物を用意して、家で待っていた。「今日は早く帰る」と言っていたのに、帰ってきたのは午前二時。

――また、彼女と一緒にいたのだろう。

私たちは激しく言い争い、そのとき蓮は、私の心を完全に壊す一言を吐いた。

「芽衣、俺には子どもが必要なんだ」

それ以上聞きたくなくて、私は家を飛び出した。彼は追ってこなかった。

それから一週間、私は昔の実家に身を寄せていた。そして、ひどい胃痛で病院に行き、現実を突きつけられた。

久しぶりに戻ったこの家は、埃っぽいままだ。蓮もこの一週間、一度も帰ってきていないのだろう。

かがんで破片を拾っていたとき、検査結果の紙がポケットから落ちた。私は手を止めて、それを見つめた。

……彼に伝えるべきだろうか。私が死ぬってことを、彼が知ったら、悲しむだろうか。

自然と目元が熱くなり、それに自分で苦笑する。

――今の彼なら、「ざまあみろ」とでも言うかもしれない。

気を取り直して片付けを続けていたそのとき、不意に部屋の明かりがついた。

眩しさに目を細めながら玄関を見ると、そこには蓮が立っていた。白いワイシャツの襟元には、赤い口紅の跡。

私の顔を見て、彼は軽く眉を上げた。

「もう拗ねるのは終わったか?」

私は答えず、検査結果の紙をそっとポケットに押し戻す。思いがけず彼が帰ってきたせいで動揺していた私は、手を切ってしまった。

慌ててキッチンに走り、水道の蛇口をひねる。

「新手の演技?自傷?ほんと、甘やかされて育ったんだな、お前は!死ぬなら家の外でやれよ、迷惑だ」

もう何も期待していないはずなのに、その言葉が胸に突き刺さる。

――昔の彼なら、こんな口調で私に話すことはなかった。

私が不安になれば、どんなに喧嘩をしても優しく抱きしめてくれた。家出をしても、すぐに探し出して「怒る暇もない」と笑っていた。

「俺はお前を甘やかしたいんだ。だから一生、俺から離れられないようにしてやる」

そう言っていた彼は、もうどこにもいない。

水を止め、薬箱を出して自分で手当てをしていると、蓮が少しだけ声のトーンを和らげた。

「芽衣、もういいだろ。あいつとはただの遊びだ」

「業界の連中も皆そうだよ、家はちゃんと守ってる」

「妊娠して子どもが生まれたら、向こうは海外にでも送るつもりだ」

彼の言葉が終わる前に、スマホが鳴った。

「桜井さん、どこ? 一人で怖いの……早く帰ってきてよ……」

藤原寧々の甘えた声が、受話口から漏れ出た。蓮はまるで宝物でも扱うように、優しく彼女をあやしている。

私は何も言わず、包帯を巻き終えた手で、数日放置されていた食事を片付け始めた。

通話を終えた蓮は、私を一瞥もせず玄関へと向かう。

「蓮」

私は背中に声をかけた。

「……今度はなんだよ?」彼は舌打ちをして続けて言った「寧々が熱出してんだ。俺、行かなきゃなんねぇんだよ。くだらないことで――」

「離婚しましょう」

「……は?」

彼は苛立ちを隠さず、こちらを振り返る。

「さっきは自傷、今度は離婚? 何、次は『死にたい』ってか?」

「……もし、ほんとうにもうすぐ死ぬとしたら?」

私がそう呟いたとき、彼は何も言わず、ドアを閉めた。

その音が鳴り終わる直前、私はごく軽い声で言った。

「……あなたの望み通りに」

広すぎる家は、再び沈黙に包まれた。

腹の奥がきりきりと痛み出す。慌てて薬を取り出して飲み込む。

――痛い。こんなにも痛いのに。

私は彼に伝えたかった。本当に、もうすぐ死ぬんだって。

震える手で、再び彼の番号を押す。けれど、返ってくるのは無機質なアナウンス。

――着信拒否されていた。

私はかすかに笑って、壁のカレンダーを見上げた。

「……今日が、蓮と『さよなら』する、最初の日なんだね」

続きを読む

君が死んでも、愛は終わらない 目次一覧

Ch. 1 Ch. 2 Ch. 3
Ch. 4
Ch. 5
Ch. 6
Ch. 7
Ch. 8
Ch. 9
Ch. 10
Ch. 11
all

おすすめの作品

新着リリース小説

アルファの隠し子、奪われた私の特効薬 の小説カバー
8.2
毒に侵され、三年にわたり死の淵を彷徨っていた私にとって、夫である首領・城島譲は唯一の希望だった。献身的な伴侶を演じる彼を信じ、解毒薬「月華の霊薬」を待っていたが、運命の絆を通じて残酷な真相を知ってしまう。譲は群れの癒し手に、貴重な霊薬を愛人の母親へ与えるよう命じていたのだ。「玲奈が息子を産んでくれた」――彼には隠し子がおり、私への看護はすべて、死を待つための偽装に過ぎなかった。彼は私の両親が遺した神聖な家を愛人との生活で穢し、群れには霊薬が盗まれたと嘘をつき、私の死を自らの利益に利用しようと画策していた。病に伏す私を「病気の雌狼」と蔑み、使い古しのスープを差し出す夫。しかし、彼は気づいていない。虐げられた私がどれほどの怒りを宿したかを。その夜、私は身を引き裂くような痛みに耐え、彼との運命の絆を自ら断ち切った。結婚指輪を捨て、嘘に満ちた家を後にする。私は決して屈しない。裏切り者の世界が燃え尽きるその日まで、執念で生き抜いてみせる。
後悔してももう遅い、覚醒した天才妻は輝き出す の小説カバー
9.5
結婚七周年という節目の記念日、園田理穂を待っていたのは夫からの冷酷な拒絶だった。急な会食を理由に約束を反故にされた彼女は、偶然にもデパートで衝撃的な光景を目の当たりにする。そこには、見知らぬ女性と実の息子、そして夫が、まるで理想的な家族のように睦まじく笑い合う姿があった。息子がその女性を「ママより優しい」と慕い、夫が慈愛に満ちた表情を向ける中、理穂は東大博士課程という輝かしいキャリアを捨てて尽くしてきた七年間の無意味さを悟る。さらに、夫が自宅の最新AIロボットに、理穂を侮辱し嘲笑する音声を密かに仕込んでいたという残酷な事実までもが発覚。家庭という名の監獄で精神的虐待を受けていた現実に直面し、彼女の悲しみは鋭利な怒りへと変貌を遂げる。もはや未練などない。理穂は結婚指輪を投げ捨て、自らの足で家を出ることを決意する。敏腕弁護士である親友の助力を得て、かつての天才と呼ばれた彼女は、失われた尊厳を奪還し、裏切った家族へ報いを受けさせるための静かなる反撃を開始した。
初恋を捨てた夜、彼の親友に美味しく蹂躙されました の小説カバー
9.4
Mio Katayama's world shattered when her secret crush on her uncle, Rintaro Kanzaki, was exposed, leading to her exile and a life branded by scandal. Years later, despite becoming a brilliant scientist, she is forced into a strategic marriage with the formidable Soma Fujiwara to protect Rintaro’s reputation. Believing it to be a cold business arrangement, Mio is stunned by Soma’s intense, possessive passion. As she finds true devotion in his arms, a pregnant Mio finally discards her past feelings. When a regretful Rintaro returns to reclaim her, he finds himself locked out, while Soma claims his prize with ruthless, suffocating love.
裏切られた女、結婚式で笑う の小説カバー
8.1
婚約から3年、信じていた彼に裏切られた。彼は私の親友と不倫関係に陥り、それを隠すどころか周囲に堂々と見せびらかしたのだ。かつては幼なじみとして絆を育んだはずの私は、業界内の嘲笑の的にされていた。彼は、私が彼への執着ゆえに何をされても耐え忍び、決して離れないと高を括っていたのだろう。しかし、そんな彼の独りよがりな確信は、ある日突然崩れ去ることになる。私の隣に新たな伴侶となる名家の御曹司が現れ、彼のもとに結婚式の招待状が届いたのだ。さらに追い打ちをかけるように、私と新しいパートナーの婚姻届が世間に公開された。迎えた式の当日、かつての傲慢な姿は消え失せ、必死に土下座して謝罪を繰り返す彼の姿があった。そんな彼を冷徹な眼差しで見下ろしながら、私は隣に立つ夫の腕を抱き、静かに告げる。「あなたのような人と関わっていた過去こそが、私にとって最大の恥だわ」と。これは、裏切りに甘んじていた女が完璧な復讐を果たし、真の幸せを掴み取るまでの物語である。
砕けた心の鎮魂歌:冷徹な夫への永遠の別れ の小説カバー
7.9
結婚3周年の記念日に小松原静が目撃したのは、夫である鷹司暁が別の女性と情事に耽る衝撃的な姿だった。暁は静に贈られたネクタイを外し、静との関係をただの政略結婚だと冷酷に切り捨てる。怒りを抑えて離婚を突きつけた静だったが、鷹司グループの権力者である暁は書類を破り捨て、跡継ぎを産む義務を強要して彼女を力ずくで押さえつけた。さらに彼は静のカードを止め、職を奪うことで彼女を孤立させ、徹底的な支配を試みる。しかし、暁は知らない。4年前に彼を救うために遭った事故で、静がすでに子供を産めない体になっていることを。代わりの女のために妻としての尊厳を無惨に踏みにじる夫の傲慢さが、静の心に冷徹な復讐の炎を灯す。絶望の淵に立たされた彼女は、自分を追い詰めた夫を「死人以下」と断じ、その権力に抗うための壮絶な反撃を開始する。愛が憎しみに変わる時、静はすべてを賭けて自らの尊厳を取り戻す戦いに身を投じていく。
この腕の中に、彼はいない の小説カバー
8.9
友人から「村に放置された獣人を引き取ってほしい」という報せが届いた。最後の一頭となった豚を仕留める仕事を終えた私は、その足で指定された場所へと向かう。そこで待っていたのは、誰にも選ばれず売れ残っていた、一匹の小さな子ぶただった。その体は無惨な傷に覆われ、怯えきった瞳でこちらを凝視している。「お前も居場所がないのか。なら、私の家へ来ないか」――込み上げる切なさに突き動かされ、私はその震える体を優しく抱き上げると、自らの職場である屠畜場を目指して歩き始めた。しかし道中、胸元に奇妙な生ぬるい感触が広がる。違和感に視線を落とすと、いつの間にか自分の体の半分が水の中に沈んでいた。そこで私は、残酷な真実を思い出す。あの子ぶたは、すでに街の獣人たちの手によって無残に喰い殺されていたのだ。腕の中に温もりなど最初から存在しなかった。失われた命の幻影を抱きながら、私は冷たい水底へと引きずり込まれていく。静寂の中で、かつての悲劇が鮮明に蘇り、現実は音を立てて崩れ去っていった。
今すぐ読む
共有