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私を捨てるなら、全部持って行っていい の小説カバー

私を捨てるなら、全部持って行っていい

結婚から三年間、唐澤晩香は夫の岩田皓輝が仕事に励んでいると信じ、夜の営みがない生活も耐えてきた。しかし最愛の母を亡くした日、夫から突きつけられたのは浮気による離婚宣告だった。驚くべきことに、皓輝は新婚初夜から晩香の義妹・依奈と不貞関係にあったのだ。裏切りを知った晩香は、一切の未練と優しさを捨て、慰謝料すら受け取らずに家を出る決断を下す。周囲は「お嬢様気取りの強がりだ」「すぐに泣きつくはずだ」と彼女を嘲笑した。しかし、自立したテクノロジー企業のトップという真の姿を持つ彼女が、後悔に暮れることはなかった。やがて立場は逆転し、雨の中で跪き「行かないでくれ」と縋り付く皓輝の姿が世間を騒がせる。復縁を問う記者に対し、晩香は「自分を愛さない相手しか愛せない困った人」と冷ややかに一蹴した。そんな彼女を背後から抱き寄せたのは、表裏の両社会を支配する真の大物だった。「俺の妻を狙うなど、できるものならやってみろ」と彼は独占欲を露わにする。裏切りから始まる、華麗なる逆転劇が幕を開ける。
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晚香は、一目で母の筆跡だとわかった。

遺書には、病の苦しみに耐えきれず自ら命を絶つと書かれていた。さらに、「娘・唐澤晚香は母の名義財産のすべてを放棄する」と、はっきり明記されていた。

……そんなはず、ない。

母は十年以上も精神病院に閉じ込められ、意識も朦朧としていた。あの状態で、まともな遺書なんて書けるわけがない。

それに、いつ自分が「財産を放棄する」なんて言った?

依奈が、唇の端を吊り上げた。「ねえ、お姉様。何もかも失って、今どんな気分?」

晚香の目が、怒りで赤く染まる。瞬間、すべてを悟った。

少し前に見舞ったとき、母はまだ安定していた。それが今、突然の自殺。間違いない。目の前の二人が仕組んだことだ。

母は名家の出で、唐澤道海に嫁ぐ際、莫大な持参金を持ってきた。

その金があったからこそ、父は無名の若造から「唐澤社長」と呼ばれるまでに成り上がったのだ。

(……そういうことか!)父が愛人・森川和美との間に依奈を作っても、母と離婚しなかった理由。すべては、母の財産に手を伸ばすためだったのか。

思えば、最初から、結婚自体が罠だったのかもしれない。

晚香の瞳は、血のように赤く燃え上がった。

唐澤家も岩田家も、私たち母娘を食い物にしてきた。用が済めば、捨てるだけ。

哀れな母。死の間際、どれほどの絶望に沈んだのだろう。

拳を握る。爪が掌に食い込み、血が滲んだ。

復讐する。

母を、こんな形で死なせてたまるものか。母の財産を、あのハイエナどもに渡してなるものか。

唐澤家も、岩田家も。必ず、血で償わせてやる。

依奈が顔を近づけ、甘く嗤った。「お姉様、子供の頃は賢かったけどね。皓輝さんの目にはただの無学な女。私は海外留学帰りのエリート。岩田夫人にふさわしいのは、私よ」

岩田家はテクノロジー企業を経営している。だがここ数年、技術的な壁にぶつかっていた。それを突破できれば、上場も夢ではない――加賀家すら超えると言われている。

そして今、彼らが探しているのが「大物K」。かつてKが公開したコードは、業界の常識をひっくり返すほどの力を持つという。

依奈が胸を張った。「私、留学中にKの授業を受けたの。恩師なのよ。今でも連絡が取れるわ」

「な、何だと!?」皓輝が驚きの声を上げる。

業界中が巨額を積んでも見つけられなかった『K』に、依奈が――?

依奈は小さく頷き、恥じらうように皓輝の胸に寄り添った。

(Kが……恩師?)誰も姿を知らない存在だというのに。

だが、皓輝と結婚するためなら、嘘でも構わなかった。岩田夫人の座さえ手に入れれば、あとはどうにでもなる。

晚香は二人の茶番を、冷たい笑みで見下ろした。

皓輝がその侮蔑の色に気づき、眉をしかめる。「お前には分からんだろうな。学のない女には、『K』の偉大さなど」そして吐き捨てるように言い放った。「離婚は明日だ。荷物は岩田家から放り出させる。二度と戻ってくるな」

依奈を抱き寄せ、二人は去っていった。

晚香は、氷のような瞳でその背中を見送った。

彼女はまともに学校に通ったことがない。幼い頃、ある秘密組織にスカウトされ、才能を徹底的に鍛え上げられたからだ。

コーディングは、彼女の特技の一つだった。

晚香はスマホを開いた。

画面いっぱいに、見慣れたコードが並んでいる。三年間、彼女が心血を注いで書き上げた結晶だ。

テクノロジー界が探し続けていた『伝説のプログラマー・K』。その正体は、ほかでもない。結婚を機に姿を消し、岩田家の奥に隠れていた――唐澤晚香本人だった。

皓輝の会社を救うため、何度も徹夜を重ね、昨日ようやくコードの後半を完成させた。

本来なら、昨日渡すはずだった。だが今となっては、すべてが茶番だ。

スマホを握る手に力がこもる。白く浮かぶ指の関節。

このコードは、岩田家を天へ昇らせることも、唐澤家もろとも地獄へ突き落とすこともできる。

その頃、入院棟のVIP病室前。

主治医が、律真に、父・加賀峻綸の容態を報告していた。

「看護師たちの勘違いでした。指が動いたのは反射です。加賀会長は、依然として意識不明のままです」

「私の落ち度です……」秘書の佐々木が深々と頭を下げる。「会長が目を覚まされたと早合点し、確認もせずに律真様へ――」

「いい」律真は短く首を振った。「噂を流している奴がいる。俺のグループ継承を遅らせるためにな」

佐々木がハッと顔を上げる。「まさか、千葉……」

千葉智子。律真の継母にして、加賀グループの支配権を狙う女。

律真は頷いた。「ヤツも、いよいよ我慢できなくなったか」

佐々木が苦い顔をした。「だからこそ、大奥様が急いで律真様の側に女性を……動かなければ今頃、千葉智子が送り込んだ女が、あなたのベッドに……」

律真は目を細めた。

智子が動く前に、自分の『妻』を――戸籍上だけでも、見つけねばならない。

脳裏に、昨夜の女の顔が浮かぶ。 「人を探せ」

「は。どなたを?」

「昨夜の女だ」

同じ頃。葬儀場のスタッフが、母・清子の遺体を運び去っていた。晚香は魂の抜けたような顔で、病院の廊下を彷徨っていた。行くあても、もうない。

気づけば、VIP病室の前に立っていた。

そこにいたのは、漆黒のスーツを纏う男。ポケットに片手を突っ込み、淡々と部下に指示を飛ばしている。完璧な造形。冷え切った横顔。晚香は思わず踵を返そうとした。

そのとき、「……承知いたしました、加賀若様」部下の言葉に、晚香の足が止まった。

晚香は凍りついた。

(加賀家の……?)

律真が顔を上げる。その視線が、光を失った晚香の瞳と真っ向からぶつかった。

佐々木が慌てて動こうとしたが、律真が目で制す。

「もういい」彼は晚香を見据えたまま、低く口を開いた。

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