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私を捨てるなら、全部持って行っていい の小説カバー

私を捨てるなら、全部持って行っていい

結婚から三年間、唐澤晩香は夫の岩田皓輝が仕事に励んでいると信じ、夜の営みがない生活も耐えてきた。しかし最愛の母を亡くした日、夫から突きつけられたのは浮気による離婚宣告だった。驚くべきことに、皓輝は新婚初夜から晩香の義妹・依奈と不貞関係にあったのだ。裏切りを知った晩香は、一切の未練と優しさを捨て、慰謝料すら受け取らずに家を出る決断を下す。周囲は「お嬢様気取りの強がりだ」「すぐに泣きつくはずだ」と彼女を嘲笑した。しかし、自立したテクノロジー企業のトップという真の姿を持つ彼女が、後悔に暮れることはなかった。やがて立場は逆転し、雨の中で跪き「行かないでくれ」と縋り付く皓輝の姿が世間を騒がせる。復縁を問う記者に対し、晩香は「自分を愛さない相手しか愛せない困った人」と冷ややかに一蹴した。そんな彼女を背後から抱き寄せたのは、表裏の両社会を支配する真の大物だった。「俺の妻を狙うなど、できるものならやってみろ」と彼は独占欲を露わにする。裏切りから始まる、華麗なる逆転劇が幕を開ける。
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3

佐々木は律真の視線を追い、その先に立つ女を見た。

そして、眉をひそめる。

こんな偶然、あるか?

……いや、できすぎだ。

「若さま、ご注意を。罠の可能性があります」低く進言すると、律真の瞳が冷たく光った。

「彼女がなぜ病院にいるのか、調べろ」

佐々木は頷き、足早にその場を離れる。

晚香は、目の前の男が昨夜の相手だとは気づかず、踵を返そうとした。

だが。「……駆け引きのつもりか?」背後から、嘲るような声が落ちてきた。

「人違いです」不快げに眉を寄せる彼女の前に、律真が立ちはだかる。ポケットに手を突っ込み、傲然と見下ろした。

「今朝は『何事もなかったことにして』なんて言ってたくせに。数時間でまた俺の前に現れるとはな。偶然を装って気を引こうとでも?」

まぶたが、ぴくりと跳ねる。

この男が、昨夜、自分の処女を奪った男……?

その瞬間、佐々木が駆け戻り、律真の耳元で囁いた。「唐澤晚香。唐澤道海の長女です。……母親が自殺。先ほど亡くなりました」

律真の眉がわずかに動く。視線が下がり、彼女の手にこびりついた血、スカートに滲む鮮血を見て、ようやく状況を理解した。

顎をしゃくり、冷たく命じる。

「……連れて行け。汚れている」

そうして晚香は、律真の屋敷へと連れられた。シャワーを浴び、清潔な服に着替えるころには、ぼんやりしていた意識がようやく戻っていた。

ソファに深く身を沈めた律真が、銀色のライターを弄びながら問う。

「どうやってうちの婆さんを丸め込んだ?」 「加賀さんのお祖母様にはお会いしていません。……ご配慮には感謝しますが、もう帰らせていただきます」

淡々と答える晚香に、 律真は鼻で笑った。

(俺の姓が『加賀』だと知っていて、まだシラを切るか)

だが、継母の息がかかった女でないなら、この程度の嘘は目をつぶってやる。

「取引をしよう」ライターをテーブルに投げ、彼はまぶたを上げた。その眼差しが、鋭く晚香を射抜く。

「……取引?」

思わず問い返した彼女の前に、一枚の書類が滑らされる。

「サインしろ」

晚香は視線を落とす。「……これは?」

「婚前契約書だ」律真は脚を組み、背もたれに身を預けた。その仕草ひとつに、血統が滲む。

晚香は思考が止まった。

律真が、唇の端を歪める。「必死に策を弄したんだろう。……俺と結婚したかったんじゃないのか?」

「誤解です。私、もう結婚しています」晚香が静かに言い放つと、律真が立ち上がった。

その長身が、瞬く間に彼女を影で包み込む。

ふわりと香る木の匂い。心臓が、抑えきれないほど跳ねた。

律真は、唇の片端を皮肉気に吊り上げる。「そんなに『貞淑』な女が、昨夜、なぜ俺と寝た?」

その一言に、晚香の頬が真っ赤に染まる。

——抵抗できたはずだ。

けれど、しなかった。

「婆さんが気に入るだけはある。人並み以上の何かは持ってるんだろう」顎をつかまれ、強引に顔を上げさせられる。冷たい瞳が覗き込んだ。「岩田皓輝と離婚しろ。そして、俺と結婚する。……悪いようにはしない」

——思考が止まる。

だがすぐ、別の考えが浮かんだ。

(この誤解……利用できるかもしれない。)

母は死に、夫の家には戻れず、 唐澤家からも追放された。

今の自分には、行く場所も、金もない。

ならば、この加賀家の力を借りるのも、悪くない。

「……いいわ」顔を上げ、静かに答える。

律真が再び契約書を差し出した。 細かい字を見た途端、頭痛が走る。

彼女は書類を押し返した。

「……あなたが、読んで」

「……は?」律真の眉がひそむ。

彼に読み聞かせをさせる人間など、これまで存在しなかった。

「私、読むのが苦手で。字が多いと、頭が痛くなるんです」晚香は、そう言った。

律真の目に、一瞬、疑惑が浮かんだ。

(……文字も読めないのか?)

だが、婆さんがそんな女を選ぶはずがない。

律真は契約書を放り投げ、冷ややかに言った。「覚えておけ。条件は三つだ」

「第一、婚姻は一年限定。一年後、何があろうと解消する」

晚香の眉が、わずかに上がった。

(……一年。

悪くない。)

「承知しました」 迷いなく答える晚香に、律真は続けた。

「第二。もし妊娠したら、子供はうちが引き取る。お前は母親として名乗ることも、関わることも許さない」

晚香の眉が、鋭く跳ね上がった。

——酷い。

だが、妊娠などするはずがない。

「……わかりました。最後は?」

律真が一歩近づく。その声は、氷のように冷たかった。「最後にして最も重要なことだ」「俺はお前を愛さない。お前も、俺を愛するな」

その瞬間、晚香の胸が静かに波打った。

彼は完璧な容姿と体を持つ男。だが、それでも、彼は他人だ。

愛する理由など、どこにもない。

ペンを取り、名前を書き記す。「ええ。……望み通りに」

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