愛憎の果てに:彼の没落 の小説カバー

愛憎の果てに:彼の没落

9.5 / 10.0
旧家・堂島家の跡継ぎを産んだ私を待っていたのは、死んだはずの愛人を妻として扱う夫・浩斗の裏切りだった。病の息子を見捨てた彼の残虐な仕打ちが、愛を凍てつく憎悪へと変える。本作は、建築譲渡証書に仕掛けた罠で傲慢な夫を破滅へと追い込む『愛憎の果てに:彼の没落』。複雑な人間関係が絡み合うmodernな設定のromance novelであり、隠された真実を暴くmystery storyでもあります。奪われたすべてを取り戻すための、孤独で壮絶な復讐劇が今始まります。
「愛憎の果てに:彼の没落」のあらすじ
名家・堂島家に嫁いで五年、私は待望の跡継ぎを出産した。一族の信託財産に加えられる条件を満たし、ようやく平穏を掴んだはずだった。しかし、弁護士の元で突きつけられたのは、夫・浩斗による非情な裏切りだ。受益者の欄には、十年前に事故死したはずの彼の元恋人、水沢ハイリの名が記されていた。私は単なる「代理」に過ぎなかったのだ。やがて死んだはずのハイリが現れ、私の居場所を奪い始める。彼女が私の大切な形見を壊しても、浩斗は私を地下室へ監禁し、罰を与えた。さらにハイリの狂言誘拐が起きると、彼は自らの手で病床の息子・湊の呼吸チューブを引き抜き、死にゆく我が子を捨てて彼女の元へと走った。腕の中で冷たくなった湊を抱き、私の愛は氷のような憎悪へと変貌する。浩斗は息子の墓前でさえ私に暴力を振るい、屈服させられると信じていた。だが、彼は私を見下すあまり、重要な「委任状」に署名したことに気づいていない。その傲慢さが、彼のすべてを奪い去る。復讐の幕は上がったのだ。
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愛憎の果てに:彼の没落 第1章

結婚して五年、待望の息子を産んだことで、私はついに旧家・堂島家の一員として迎え入れられるはずだった。跡継ぎとなる男児を産めば、一族の信託財産に加えられる。それが堂島家の絶対的なルール。私は、その役目を果たしたのだ。

それなのに。

弁護士事務所で私を待っていたのは、人生が根底から覆される、残酷な裏切りだった。夫である浩斗の信託財産には、すでに妻の名前が記されていたのだ。水沢ハイリ――十年前に事故で死んだはずの、彼の高校時代の恋人。

私は妻ではなかった。跡継ぎを産むための、ただの「代理」でしかなかった。

ほどなくして、「死んだはず」のハイリは我が家に現れ、私のベッドで眠るようになった。彼女が祖母の形見である遺灰の入った骨壺をわざと叩き割り、私がそれを咎めると、浩斗は彼女ではなく私を責めた。「お仕置きだ」と言って、私を地下室に閉じ込めた。

そして、決定的な裏切りが訪れる。ハイリが自作自演の誘拐騒ぎを起こした時、浩斗は病気の息子・湊を人質にした。ハイリの居場所を吐かせるために、息子のネブライザーから呼吸用のチューブを、彼自身の手で引き抜いたのだ。

彼は、死にかけている我が子を放置して、彼女の元へと走った。

腕の中で湊が冷たくなっていくのを感じながら、浩斗への愛は、凍てつくような憎悪へと変わった。息子の墓の前でさえ、彼は私に暴力を振るった。私の心を完全にへし折ることができると信じて。

だが、彼は忘れていた。私が建築の譲渡証書の束に、一枚だけ「委任状」を滑り込ませておいたことを。私の仕事など重要ではないと見下していた彼は、ろくに確認もせずそれにサインした。

その傲慢さが、彼の命取りになる。

第1章

堂島家には、その不動産帝国と同じくらい古く、揺るぎない掟があった。

妻は、跡継ぎとなる息子を産んで初めて、一族の莫大な信託財産に加えられる。

私は、その役目を果たした。

堂島家のすべてを取り仕切る、重厚な法律事務所の前に車が停まる。私は息子の湊を強く抱きしめた。結婚して五年。今日、私はようやく認められる。ただの浩斗の妻としてではなく、真の堂島家の一員として。

「奥様。こちらが跡継ぎの若君ですね」

感情のこもらない事務的な表情を浮かべた弁護士が、私を出迎えた。

私は疲れ切ってはいたが、心からの笑みを返した。

「この子は、湊です」

重々しいオーク材のパネルで覆われた部屋に通される。

「こちらでお待ちください。署名をいただく信託書類をすぐにお持ちします。形式的なものですから」

私は待った。心臓が少しだけ速く脈打つのを感じながら。これが、最後の一歩。

戻ってきた弁護士の表情は、相変わらず読み取れなかった。彼は分厚い書類をテーブルに置いたが、それを開こうとはしない。

「奥様、少々厄介なことがございまして」

「厄介なこと?」

私は平静を装って聞き返した。

「はい。信託書類には、すでに堂島浩斗様の配偶者として登録されている方がいらっしゃいます」

胃の腑を氷の塊で抉られるような感覚に襲われた。

「理解できません。私たちは五年前に結婚しました」

「その登録は、七年前になされています」

弁護士は、私から視線を逸らしながら言った。

「登録されている配偶者のお名前は、水沢ハイリ様です」

その名前は、まるで鈍器で殴られたかのような衝撃だった。

水沢ハイリ。浩斗の高校時代の恋人。十年前にボートの事故で死んだはずの女。

「そんなはず、ありません」

私の声は、かろうじて聞き取れるほどの囁きになった。

「彼女は、死んでいます」

「登録は合法的かつ有効なものです」

彼は、ようやく私を真っ直ぐに見据えて、平板な口調で言った。

「堂島家の信託財産に関する限り、水沢ハイリ様が、堂島浩斗様の妻ということになります」

「でも、私が彼の妻です」

私は声を荒らげた。

「結婚式も挙げました。婚姻届だって出してあります」

弁護士は居心地悪そうに身じろぎした。

「もちろん、奥様とのご結婚は存じ上げております。ですがご存知の通り、お二人の結婚式に堂島家の方はどなたも出席されていません」

その通りだった。浩斗は、自分の家族は世間を嫌い、派手な式典を好まないのだと言った。子供、それも男の子が生まれれば、きっと認めてくれる、と。すべては彼の作り話の一部。私が信じ込んでいた、物語の一部だった。

弁護士が、ファイルをテーブルの上で滑らせた。

「こちらが、信託登録の謄本です」

震える手で、私はそれを開いた。

そこには、黒々としたインクで記されていた。

堂島浩斗と、水沢ハイリ。夫婦として。浩斗の署名は、見間違えようもなかった。

激しいめまいに襲われ、私は重いテーブルの縁を掴んで体を支えた。腕の中で、赤ん坊の湊が身じろぎする。私は彼をさらに強く抱きしめた。その温かさだけが、突然傾き始めた世界の中で、私を繋ぎとめる唯一の錨だった。

水沢ハイリ。その名前が、頭の中で木霊する。

私たちの家に飾られている、彼女の肖像画を思い出す。浩斗が彼女の死後に描かせたものだ。彼は彼女を「最も偉大なインスピレーション」「失われた愛」と呼んだ。私自身も才能ある建築家として、彼の芸術的な執着を理解しているつもりだった。

彼は私に、君は彼女に似ている、と言った。

「その瞳だ」

彼は優しい声で言うのだ。

「君には、彼女の魂が宿っている」

最初は不気味だった。死んだ女と常に比べられるなんて。でも、彼はあまりにも魅力的で、説得力があった。彼は、私を私として愛している、似ているのは美しくも切ない偶然の一致なのだと誓った。

私はそれを受け入れた。彼が悲しみを乗り越え、私と共に未来へ進むための手助けだと思って、家の中に彼女の思い出のためのプライベートギャラリーを設計することさえ手伝った。

今、真実が冷たい平手打ちとなって私を襲う。

彼は悲しみを乗り越えようとしていたのではない。ただ、待っていたのだ。

そして私は、妻ではなかった。

身代わりだった。彼が決して手放さなかった女の、代理。彼が家族をなだめ、跡継ぎを産ませるために利用した、ただの繋ぎ。

私の五年間は、嘘だった。彼との人生は、すべてが偽りだった。

私は、ただの代用品に過ぎなかった。

携帯が震え、渦巻く思考から引き戻された。浩斗からだった。

「やあ、美しい人」

彼の声は温かく、親密だった。この五年間、私が聞き慣れた声。

「弁護士とはどうだった?全部片付いたかい?」

私は必死で平静を装った。

「まだここにいるわ。目を通す書類がいくつかあって」

「心配いらないよ。言われた通りにサインすればいい」

彼は気のない様子で言った。

「今夜はオフィスに泊まり込みなんだ。大きな契約があってね。週末に埋め合わせはするから」

彼はビデオ通話に切り替えた。ハンサムな顔が画面いっぱいに広がる。見慣れた街の夜景を背に、彼は自分のオフィスにいた。仕事中だと私に見せつけようとしている。

でも、私の目――彼が彼女にそっくりだと言ったこの目は、別のものを捉えていた。

彼のデスクの隅、ほとんどフレームの外に、小さな花瓶があった。

そこに生けられているのは、一輪の白いクチナシの花。

ハイリが一番好きだった花。彼が彼女の「命日」に、いつも肖像画の前に供えていた花だ。

そして、彼の手首には、見たこともない細いシルバーのチェーン。そこからぶら下がっているのは、精巧に彫られた小さな『H』のイニシャル。ハイリの頭文字。

彼はオフィスになんていない。彼女と一緒にいる。

彼は彼女を匿っている。彼女は、死んでなんかいない。

顔から血の気が引いた。吐き気がこみ上げてくる。叫び出さないように、必死で頬の内側を強く噛んだ。その鋭い痛みだけが、私を立たせていた。

「楓?大丈夫か?顔色が悪いぞ」

彼は、一瞬だけ心配そうな表情を浮かべて言った。

「ちょっと疲れただけ」

私はなんとか声を絞り出した。

「湊が夜泣きして」

「可哀想に」

彼は甘い声で言った。

「ゆっくり休むんだ。愛してるよ」

かつては安らぎの源だったその言葉が、今は毒のように感じられた。私は弱々しく微笑んでみせる。

「私も、愛してる」

通話を切り、椅子の背もたれに頭を預けた。冷たい革が肌に心地よかった。嘘が息苦しい網のように張り巡らされ、私はこの五年、ずっとその中に囚われていたのだ。

そして、最後に最もぞっとする考えが浮かんだ。

数日前、彼の書斎で盗み聞きしてしまった電話での会話が、頭の中で蘇る。低く、秘密めいた声だった。

「心配するな、僕の蘇った愛しい人」

彼は囁いていた。

「君のことは、僕の悲しみを癒すために作った精巧なアンドロイドだって、みんなに言ってある。誰も疑いやしない。君を僕の元に取り戻すために、すべてやったんだ」

その時は、何か新しい技術系のベンチャー事業について、取引先と話しているのだと思った。彼の奇行の一つとして、気にも留めなかった。

今ならわかる。彼はアンドロイドの話をしていたのではない。

ハイリに話しかけていたのだ。生きている、呼吸しているハイリに。

私は身代わり。私は繋ぎ。私は、彼が相続財産を確保し、本物の妻を表舞台に出すために、息子を産んでやった愚か者。

私の人生は、すべてが茶番だった。残酷で、手の込んだ、悪質な冗談。

痛みは、涙を誘わなかった。私を冷たく、冷静にさせた。

私は立ち上がった。その動きは精密だった。弁護士の助手に湊を預けると、彼女は何も知らずに彼をあやしている。私はオーク材の部屋に戻った。

信託書類には手をつけなかった。代わりに、サイドテーブルの書類の束から、白紙の委任状を一枚抜き取った。それから車に戻り、私たちが共同で開発するはずだった不動産のために準備しておいた、建築の譲渡証書一式を取り出した。プロジェクトの設計はすべて私が担当した。彼は私の仕事を全面的に信頼していた。

私はその書類を束ねた。委任状を、青写真と譲渡証書との間に巧みに隠して。

彼は見ずにサインするだろう。いつもそうだ。彼はそれだけ私を信頼していた。いや、むしろ、私の仕事など、彼が注意を払うに値しないほど些細なものだと見下していた。

今日、その傲慢さが、彼の命取りになる。

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