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貴方の愛は、もう私には遅すぎた の小説カバー

貴方の愛は、もう私には遅すぎた

実家の会社を救うという使命を背負い、私は傲慢な夫・星野弘道との政略結婚に八年もの歳月を捧げてきた。彼にとって私は感情を持たない「置物」に過ぎず、繰り返される二十六回もの不貞を突きつけられても、私はただ静かに耐え忍ぶしかなかった。しかし、結婚八年目を迎えたある夜、決定的な悲劇が起こる。弘道が自宅に連れ込んだ愛人を庇い、私は事故に巻き込まれてしまったのだ。頭から血を流し倒れる私を顧みることなく、彼は愛人を抱き寄せ「お前の不注意だ、彼女に何かあったらどうする」と冷酷な罵声を浴びせた。その瞬間、長年繋ぎ止めていた私の心は完全に潰えた。契約満了の日、私は離婚届とともに一つの真実を残して彼の前から姿を消す。それは、彼が亡き恋人の面影を求めて愛人に贈ったネックレスの真の制作者が、他でもない私であるという証拠だった。愛を捨て去り、束縛から解放された私の新しい人生が今始まる。後悔に震える彼の声は、もう届くことはない。
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広森千由紀 POV:

「お前のような女に, 一体何ができる? 」

昨夜の弘道の言葉が, 耳の奥でこだましていた. 彼の傲慢な声は, 私をずっと縛り付けてきた鎖のようなものだった.

「まあ, 千由紀さんも, 今までちゃんと働いたことなんてないからね. 弘道さんみたいに, 会社のトップを張ってきた人とは違うわ. 」

琴美の声が, 弘道の言葉に重なった. 彼女は, 彼の亡き恋人によく似た顔で, 私を嘲笑っていた. その言葉は, 私の心を深くえぐった. けれど, 私はもう, それに反応することもなかった.

その時, 寝室のドアが開き, 琴美が姿を現した. 彼女は, 私の心をさらにもう一度, 踏みにじるような格好をしていた.

彼女が身につけていたのは, 弘道の亡き恋人が生前, 最も大切にしていたワンピースだった. それは, 彼の寝室の奥にある, 特別に温度管理されたクローゼットに厳重に保管されていたものだ. そのクローゼットは, 私が弘道と結婚して以来, 一度たりとも開かれたことはなかった.

「弘道さん, このワンピース, どうかしら? 似合う? 」

琴美は弘道に甘えた声で尋ねた. 彼女は, 私をちらりと見て, その目に挑発の色を浮かべた. 弘道は, 彼女の姿を見て, まるで亡き恋人と再会したかのように, 目を細めた.

私は, かつて, そのワンピースに触れようとしただけで, 彼にひどく叱責されたことを思い出した. 彼にとって, それは聖域であり, 私のような「置物」が触れることなど許されなかったのだ.

「ああ, とてもよく似合っている. 琴美が着ると, まるで彼女が生き返ったようだ. 」

彼の言葉は, まるで私という存在を完全に否定するかのように, 私の心に深く突き刺さった. しかし, 私はもう, それに慣れてしまった. 彼の目には, もう私など映っていないのだから.

「琴美が自由に身につけていい. この家のものは, 全て琴美のものだ. 」

弘道の言葉に, 琴美は満足そうに微笑んだ. そして, 私に向かって, 舌を突き出した. まるで, 子供じみた挑発だった.

私は, そんな琴美の姿を静かに見つめた. そして, 小さな声で, しかしはっきりと聞こえるように言った.

「とてもよくお似合いよ, 琴美さん. 」

私の言葉に, 琴美は一瞬, 驚いたような顔をした. 彼女は, 私が怒り狂うか, あるいは悲しみに暮れると思っていたのだろう. けれど, 私はもう, そんな感情とは無縁だった.

私はそのまま, 静かに自分の部屋へと戻った. もうすぐ, この家を出る日が来る. あと数日. その日を待つだけだった. 荷物をまとめる時間は, もうあまり残されていない.

考え事をしていると, 携帯電話が鳴った. 弘道からだった.

「千由紀, 琴美を学校まで送って行け. すぐにだ. 」

彼の声は, 命令口調だった. 私は, 一瞬, 拒否しようとした. 運転手はいる. 彼の秘書もいる. なぜ, 私が?

「弘道さん, 運転手さんもいますし, 秘書の方もいらっしゃるでしょう? 」

私の言葉に, 電話の向こうで弘道が舌打ちをする音が聞こえた.

「私が言っているんだ. いいから, さっさと準備しろ. ぐずぐずするな. 」

彼の声は, 怒りに震えていた. 私は, これ以上逆らうと, 彼が何を言い出すか分からないと思った. 今は, 波風を立てるべきではない.

「分かりました. 」

私はそう言って, 電話を切った. そして, 静かに身支度を始めた.

庭に出ると, 弘道と琴美が既に待っていた. 弘道は, 腕を組み, 私を睨みつけている. 琴美は, 得意げな顔で, 弘道の腕に絡みついていた.

「遅いぞ, 千由紀. お前はいつもそうだ. 私の時間を無駄にする. 」

弘道は私を叱責した. 琴美は, 私に向かって, にっこりと微笑んだ. まるで, 私をからかっているかのようだった.

「千由紀さん, ありがとう. 運転手さんより, 千由紀さんの方が安心できるわ. 」

琴美はそう言って, 私に甘えるように寄り添ってきた. 私は, その言葉が心の底から嫌悪感を抱かせたが, 表情には出さなかった.

車に乗り込むと, 弘道は琴美の頬にキスをした. 私の目の前で, 平然と. 私は, 無表情でハンドルを握った.

「弘道さんも, もう少し, 千由紀さんに優しくしてあげたらどう? ほら, 千由紀さん, 顔色が悪いわ. 」

琴美は, わざとらしく心配そうな顔で言った. その目には, 私を嘲笑する色が隠されていた.

私は, 何も言わなかった. ただ, 前を向いて運転を続けた. 琴美は, 私の沈黙に飽きたのか, 今度は弘道との馴れ初めを話し始めた. 彼女の声が, 私の耳元で, まるで毒蛇の囁きのように聞こえた.

「弘道さんって, 本当に冷たいわよね. 千由紀さんのこと, 一度も愛したことないんでしょ? 」

琴美の言葉は, 私の心を深く抉った. けれど, 私はもう, それに傷つくこともなかった. ただ, 早くこの時間が終わってほしいと願うだけだった.

その時だった.

対向車線から, 猛スピードでトラックが突っ込んできた. 私の視界が, 一瞬で真っ白になった.

「あぶない! 」

私は反射的にハンドルを切り, ブレーキを踏んだ. 体が, シートベルトに締め付けられる. タイヤが悲鳴を上げ, 車体が大きく横滑りした.

しかし, 避けきれない.

衝撃が, 全身を襲った. 体が, まるで宙に舞い上がったかのように感じられた. 視界が真っ暗になり, 意識が遠のきそうになった.

「きゃあ! 」

琴美の悲鳴が, 耳元で聞こえた.

私は, かろうじて意識を保っていた. 頭の中で, 何かが割れるような音がした. 体が, ひどく痛んだ.

「琴美さん! 」

私は, かろうじて声を絞り出した. 助手席の琴美は, シートベルトで体が固定されている. 顔は真っ青で, 震えていた. けれど, 外傷はないように見えた.

「大丈夫? どこか痛いところは? 」

私は, 痛む体を引きずるように, 琴美に手を伸ばした. 彼女は, 私の手を見て, 怯えるように身を縮めた.

「ち, 千由紀さん... ! 」

彼女は, 私の顔を見て, 絶叫した. 私は, 自分の顔に触れた. べったりと, 温かい液体がついていた. 血だ.

頭から, 血が流れている. けれど, 不思議と痛みは感じなかった. ただ, 体が鉛のように重く, 動かすことができなかった.

幸いにも, 事故現場はすぐに発見された. 救急車と警察が駆けつけ, 私たちは車から運び出された. 私は, ストレッチャーに乗せられながら, 琴美の様子を確認した.

彼女は, 幸いにも軽い擦り傷で済んだようだ. けれど, 私は違った. 救急隊員が, 私の腕を見て, 深刻な顔をしているのが見えた.

「右腕の開放骨折, 頭部外傷の疑いがあります. すぐに手術が必要です. 」

救急隊員の声が, 私の耳に届いた. 私は, 意識が朦朧としながらも, 琴美が大丈夫だったことに安堵した.

病院に着くと, 弘道が駆けつけてきた. 彼の顔は, 怒りと, そして少しの恐怖で歪んでいた.

「琴美! 大丈夫か! 」

彼は, 私のストレッチャーを無視して, 琴美の元へと駆け寄った. 琴美は, 彼の腕に抱きつき, 泣きじゃくった.

「弘道さん! 怖かったわ! もう死ぬかと思った! 」

彼女は, まるで私が故意に事故を起こしたかのように, 彼に縋り付いた. 弘道は, 琴美を抱きしめながら, 私を睨みつけた.

「千由紀! お前, 一体何をしているんだ! 運転を誤ったのか! 」

彼の言葉は, 私の心を深く突き刺した. 私は, 彼に何も言えなかった. ただ, その場に横たわっているだけだった.

「琴美, 大丈夫だ. 私がついている. すぐに精密検査を受けさせよう. 最高の医師を呼ぶ. 」

弘道は, 私を完全に無視して, 琴美を抱きかかえるようにして, 診察室へと連れて行った. 私は, ただ, その場に横たわっているだけだった.

無力感. それが, 私の心の全てを支配していた.

「奥様, 奥様もすぐに手術の準備をしますからね. 」

看護師の声が, 遠くから聞こえてきた. 私は, もう何も考えることができなかった. ただ, 早く全てが終わってほしいと願うだけだった.

「弘道様, 琴美様のご心配ですね. 本当に, 奥様はいつもお二人のために尽くしていらっしゃいましたのに. 」

私は, 廊下で囁く看護師たちの声を聞いた. 彼らは, 弘道が琴美にどれほど尽くしているかを, 羨ましそうに話していた.

「まあ, 琴美様は本当に可愛らしいからね. あんなに素敵な方なら, 弘道様も夢中になるわ. 」

「ええ, それに, 奥様はいつも無表情で, まるで置物みたいだもの. 弘道様も, きっと琴美様の方が好きなのよ. 」

看護師たちの声が, 私の耳に突き刺さった. 私は, 何も言えなかった. 彼らの言葉は, 全て真実だったから.

私は, 弘道に愛されたことなど, 一度もなかった. ただの契約. ただの置物. それが, 私の8年間だった.

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