貴方の愛は、もう私には遅すぎた の小説カバー

貴方の愛は、もう私には遅すぎた

9.6 / 10.0
実家の会社を救うという使命を背負い、私は傲慢な夫・星野弘道との政略結婚に八年もの歳月を捧げてきた。彼にとって私は感情を持たない「置物」に過ぎず、繰り返される二十六回もの不貞を突きつけられても、私はただ静かに耐え忍ぶしかなかった。しかし、結婚八年目を迎えたある夜、決定的な悲劇が起こる。弘道が自宅に連れ込んだ愛人を庇い、私は事故に巻き込まれてしまったのだ。頭から血を流し倒れる私を顧みることなく、彼は愛人を抱き寄せ「お前の不注意だ、彼女に何かあったらどうする」と冷酷な罵声を浴びせた。その瞬間、長年繋ぎ止めていた私の心は完全に潰えた。契約満了の日、私は離婚届とともに一つの真実を残して彼の前から姿を消す。それは、彼が亡き恋人の面影を求めて愛人に贈ったネックレスの真の制作者が、他でもない私であるという証拠だった。愛を捨て去り、束縛から解放された私の新しい人生が今始まる。後悔に震える彼の声は、もう届くことはない。

貴方の愛は、もう私には遅すぎた 第1章

父の会社を救うため, 私は傲慢な夫・星野弘道との8年間の契約結婚に耐えてきた. 彼にとって私は感情のない「置物」で, 26回もの裏切りにも, ただ息を殺してきた.

しかし, 結婚8年目の夜, 彼は愛人を家に連れ込み, 私を事故に巻き込んだ. 頭から血を流す私を無視し, 彼は愛人だけを抱きしめ, こう言い放った.

「お前が運転を誤ったせいだ! 琴美に何かあったらどうする! 」

その冷酷な一言で, 私の心は完全に死んだ.

契約が終わりを告げる日, 私は離婚届と, 彼が亡き恋人の代替品である愛人に贈ったネックレスの本当のデザイナーが私であるという証拠を置いて, 彼の人生から完全に姿を消した.

第1章

広森千由紀 POV:

夫が新しい女を家に連れ込んだのは, 私たちの結婚生活が8年目を迎える, まさにその夜だった. 私にとって, それは彼が数えきれない裏切りを重ねてきた中でも, 最も冷酷な一撃だった.

私は星野弘道と5年間結婚していた. 少なくとも, 表面上はそうだった. その5年の間に, 彼は26回も私以外の女性と関係を持った. 私はその全てを, まるで空気のように扱ってきた. 気づかないふりをして, 感情を押し殺して.

けれど, 8年目の夜, その感情は初めて私の中で爆発しそうになった.

「あなた, 邪魔よ. そこに突っ立っていないで, さっさと退いてちょうだい. 」

声の主は, 柿沼琴美. 彼がここ数ヶ月, 愛人として囲っている若い女優だった. 彼女は私の家だというのに, 自分の家のように振る舞い, 私の目の前で彼の腕にぴったりと寄り添っていた.

私は何も言わず, ただその場に立ち尽くしていた. 体が, まるで重い鉛でできているかのようだった.

「聞こえなかったの? この耳, 飾りかしら? 」 琴美はそう言って, 私の肩にぐいとぶつかった. 故意に.

彼は, その光景を私の隣で, まるで観客のように見ていた. 何も言わず, ただ静かに. その沈黙が, 私をさらに深く突き刺した. 彼の無関心は, 琴美のどんな言葉よりも, 鋭い刃だった.

「あなたみたいな女, 邪魔なだけよ. この家から消えてくれたら, どれだけ清々するか. 」 琴美は勝ち誇ったように, 私の耳元で囁いた. その声には, 底意地の悪さが滲み出ていた.

私は, 息をすることさえ忘れていた.

その夜, 彼らは私の目の前で, リビングのソファで抱き合った. 琴美の嬌声が, 私の乾いた心臓を突き刺した. 私は, まるでそこにいないかのように, ただ静かに, その光景を見ていた.

翌朝, 弘道は食卓で, いつものように冷たい声で言った.

「千由紀, 今夜の夕食はいつもより豪華にしてくれ. 琴美の友人が来る. 」

私は, 皿に盛られたパンをゆっくりと見つめた. そのパンが, 彼の言葉と同じくらい冷たく感じられた.

「嫌よ. 」

私の声は, 私自身も驚くほどはっきりと, 彼の耳に届いた.

食卓が一瞬, 静寂に包まれた. 彼が, まるで初めて私を見たかのように, ゆっくりと顔を上げた. その目には, 驚きと, そして不快感がはっきりと見て取れた.

「何だと? 」

彼は信じられないという顔で, 私を見返した. 8年間, 私は彼のどんな要求にも「はい」と答えてきた. 彼の要望は, 私にとって絶対だった. それが, この契約結婚の条件だったから.

けれど, その契約は, あと数日で終わる. 自由へのカウントダウンは, もう始まっていた.

「嫌だと言ったのよ, 弘道さん. 」 私はもう一度, 今度は少しだけ声を上げて繰り返した.

彼の顔は, 怒りで染まり始めた.

「お前は, この家に来てから, 一度たりとも私の言葉に逆らったことはないだろう. 何を勘違いしている? 」 彼の声は, 低く, 威圧的だった. 「お前のような女に, 何かを拒否する権利があると思っているのか? 」

私は何も答えなかった. ただ, 彼の目を見つめ返した. その目には, もう何の感情も宿っていなかった.

「おい, 千由紀! 聞いているのか! 」 彼は苛立ちを隠せない様子で, テーブルを叩いた.

私は, 彼の怒声に動じることなく, 静かに立ち上がった.

「弘道さん, 私にはもう行くべき場所があるのよ. 」

私の言葉は, まるで彼の存在を消し去るかのように, 静かに, しかし明確に響いた.

「この期に及んで, どこへ行くというんだ? 」 彼の鼻先が, まるで私を侮辱するかのように, ふっと持ち上がった. 「お前がこの星野家を出て, 一体何ができる? どこへ行ける? 」

私は彼の言葉に, 何の感情も抱かなかった. かつては傷ついただろうか. かつては, 彼の言葉一つで, 私の世界は崩れ落ちたはずだ. けれど, 今は違った. 私は, もうこの男の言葉に, 心を揺さぶられることはなかった.

「ふん, 答えられないか. 当然だ. 」 彼は吐き捨てるように言った. 「お前は私の庇護の下で, この8年間, 何の苦労もなく暮らしてきただけの存在. 世間知らずの箱入り娘に, 一体何ができる? 」

彼の言葉は, まるで私という存在を否定するかのように, 私の心に深く突き刺さった. しかし, 私の顔には, 何の感情も浮かんでいなかった. 私はただ, 静かに彼を見つめ返した.

「弘道さん, あなたは私を, ずっとそうやって見てきたのね. 」

私の声は, ひどく冷たかった. 彼は, その冷たさに一瞬怯んだように見えたが, すぐに持ち前の傲慢さでそれを打ち消した.

「何が言いたい? 」

「何も. 」 私は首を横に振った. 「もう, 何も言うことはないわ. 」

私の言葉に, 彼はさらに苛立ちを募らせた.

「おい! 千由紀! どこへ行くつもりだ! 」 彼は大声で私を呼び止めた.

私は振り返らず, ただ静かにその場を去ろうとした. その時, 琴美が寝室から現れた. 彼女は, 私の存在を無視するかのように, 弘道の隣に歩み寄った.

「弘道さん, どうしたの? 喧嘩でもした? 」 琴美は甘えた声で弘道に寄り添い, ちらりと私を睨んだ. その目は, 私の敗北を確信しているようだった.

「大したことじゃない. 世間知らずの女が, 少しばかり癇癪を起こしただけだ. 」 弘道はそう言って, 琴美の頭を撫でた.

琴美は, 私に向かって, 勝ち誇ったような笑みを浮かべた. その笑みは, 私の心に何の痛みも与えなかった. ただ, それが, 私の人生から消え去るべき, 最後の影であるかのように感じられただけだった.

「お前は, さっさと私の言うことを聞け. 」 弘道は最後に, 私に向かって命令した.

私は, 彼の言葉を無視して, 自分の部屋へと向かった. その背中に, 琴美の嗤い声が聞こえた.

「ねえ, 弘道さん. あの女, 本当に役立たずね. 私がいたら, 全部うまくいくのに. 」

「ああ, そうだな. 」 弘道はそう答えていた.

私は自室に戻り, 窓の外を眺めた. 外は, もうすっかり暗くなっていた. 私は, 一体どこへ行けばいいのだろう. この8年間, 私は彼の妻として, 彼の家の置物として生きてきた. 私には, 自分の人生はなかった.

「お前のような女に, 一体何ができる? 」

彼の言葉が, 私の中でこだました. 私は, 本当に何もできないのだろうか?

私がかつて, どれほどの情熱を秘めていたか, 彼は知る由もなかった. 宝飾デザイナーになるという夢. それは, 父の会社の経営危機によって, 私が弘道との結婚を受け入れることになった時, 捨て去った夢だった.

父の会社を救うため, 私はこの政略結婚を受け入れた. 弘道は, 私の父の会社に巨額の融資をしてくれた. その代わり, 私は彼の妻となり, 5年間, 彼の言うこと全てに従うという契約を交わした. 5年が過ぎた後も, 弘道は私を離そうとはしなかった. 私が彼の側で, 彼の母の介護をしていたから. 私は彼の家の, まるで優秀な家政婦だった.

私は, 彼の亡き恋人の影を追いかける彼の姿を, ずっと見てきた. 彼は, 私を一度も愛してくれなかった. 私を, ただの代理品としてさえ見てくれなかった.

彼は, 私を「置物」のように扱った. 感情も, 才能も, 全てを見過ごした. 私が宝飾デザインの夢を諦めず, 密かに才能を磨き続けていたことなど, 知る由もなかっただろう. 平山幸恵という, 世界的に有名なジュエリーデザイナーの友人が, 私の才能を見抜き, 私を力強く支えてくれたことも.

そして, 琴美. 彼女は, 彼の亡き恋人に瓜二つだった. だから彼は, 琴美を愛人として家に連れ込んだのだ. 彼女は, 弘道にとって, 亡き恋人の代替品でしかなかった.

「私には, もう行くべき場所があるのよ. 」

私の言葉は, 嘘ではなかった. 私は, この8年間, 来るべき日のために, 密かに準備を進めてきた. もうすぐ, この契約は終わりを迎える. 私に与えられた猶予は, あとわずかだ. 私は, もう二度と, 彼の言葉に心を砕かれることはないだろう.

「弘道さん, あなたは私を, ずっとそうやって見てきたのね. 」

私の言葉を, 彼は理解できなかっただろう. 彼が理解できるのは, 彼自身の感情だけだ.

私の携帯電話が震えた. 画面には, 彼からの着信が表示されていた. 私は, その電話に出ることはなかった.

「千由紀! どこだ! まさか, 本当に家を出たのか! 」

彼の声が, 電話の向こうから聞こえてくるようだった. しかし, 私にはもう, 彼の言葉は届かない. 私は, もうこの家にはいない. 私の心は, この場所から, もう遠く離れていた.

私は, 静かに立ち上がり, リビングのドアを開けた. まだ, 彼と琴美の話し声が聞こえる. けれど, その声は, もう私には関係のない雑音だった.

私は, もう一度, 彼の電話が鳴るのを感じた. けれど, 私はその電話を, もう手に取ることはなかった.

「私の行くべき場所は, 東京ではない. この国ではない. 私の行くべき場所は, もっと, ずっと遠い場所よ. 」

私は静かに, バッグを手に取った. そこには, 私の全ての過去と, 未来への希望が詰まっていた.

私は, もう歩き出していた.

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