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貴方の愛は、もう私には遅すぎた の小説カバー

貴方の愛は、もう私には遅すぎた

実家の会社を救うという使命を背負い、私は傲慢な夫・星野弘道との政略結婚に八年もの歳月を捧げてきた。彼にとって私は感情を持たない「置物」に過ぎず、繰り返される二十六回もの不貞を突きつけられても、私はただ静かに耐え忍ぶしかなかった。しかし、結婚八年目を迎えたある夜、決定的な悲劇が起こる。弘道が自宅に連れ込んだ愛人を庇い、私は事故に巻き込まれてしまったのだ。頭から血を流し倒れる私を顧みることなく、彼は愛人を抱き寄せ「お前の不注意だ、彼女に何かあったらどうする」と冷酷な罵声を浴びせた。その瞬間、長年繋ぎ止めていた私の心は完全に潰えた。契約満了の日、私は離婚届とともに一つの真実を残して彼の前から姿を消す。それは、彼が亡き恋人の面影を求めて愛人に贈ったネックレスの真の制作者が、他でもない私であるという証拠だった。愛を捨て去り、束縛から解放された私の新しい人生が今始まる。後悔に震える彼の声は、もう届くことはない。
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広森千由紀 POV:

「置物みたい... 」

看護師たちの囁きが, 手術室へと向かう私の耳から離れなかった. 私は本当に, この8年間, 感情のない置物として生きてきたのだろうか. この結婚が, 私に何か幸福をもたらしたことなど, 一度もなかった.

手術室の白い天井が, 私を空虚な空間へと引きずり込んでいくようだった.

手術直前, 弘道と琴美が病室に現れた. 彼らは, 私のベッドサイドに立った. 弘道は, 憔悴した顔で私を見下ろしていた.

「千由紀, 体の具合はどうだ? 酷い怪我だと聞いたが. 」

彼の声には, 僅かな心配の色が混じっていた. けれど, それは, 私への心配ではなかった. 彼の家族の顔としての, 形式的な言葉だった.

「お前が運転を誤ったせいで, 琴美まで危険な目に遭ったんだぞ. もし琴美に何かあったら, どうするつもりだった? 」

彼の言葉は, 私への非難だった. 私は, 何も言えなかった. ただ, 彼の目を見つめ返すだけだった.

「でも, 弘道さん, 私, 無事でよかったわ. 本当に, 奇跡よ. 」

琴美は, 彼の腕に抱きつきながら, 甘えた声で言った. その顔は, まるで私を責めているかのように, 弘道に寄り添っていた.

「ああ, 琴美が無事で, 本当に良かった. 」 弘道は琴美の頭を優しく撫でた. 「今夜は, 君を連れて最高のレストランに行こう. 美味しいものを食べて, 元気を出してくれ. 」

彼の言葉は, 私の心を深く突き刺した. 彼は, 私の目の前で, 琴美とのデートの約束をしたのだ. 私は, ただ, その光景を静かに見ていた.

その時, 医師が病室に入ってきた.

「奥様, 手術の準備が整いました. そろそろ手術室へ. 」

医師の声が, 私を現実へと引き戻した. 弘道は, 私に一瞥もくれず, 琴美の顔を見つめていた.

「弘道さん, 私, 寂しいわ. 一人で大丈夫かしら? 」 琴美は, わざとらしく不安そうな顔で弘道に尋ねた.

「大丈夫だ, 琴美. 君は私が守る. 千由紀は, 今は休ませておけ. 」

弘道はそう言って, 琴美の手を握りしめた. 彼の視線は, 最後まで私に向けられることはなかった.

手術は無事に終わった. 私は, 病室のベッドで目を覚ました. 右腕には, ギプスが巻かれている. 頭も, 包帯でぐるぐる巻きだ.

「奥様, ご家族にご連絡しましょうか? 」

看護師が, 私の顔を覗き込んだ. 私は, 一瞬, 迷った. けれど, 私の脳裏に浮かんだのは, 弘道の冷たい顔と, 琴美の勝ち誇った笑みだった.

「いいえ, 必要ありません. 」

私の声は, ひどく冷たかった. 看護師は, 少し驚いたような顔をしたが, 何も言わなかった.

私は, 自分で手配した看護師に, 身の回りの世話をしてもらうことにした. 弘道は, 私の病室に一度も顔を見せなかった. 彼と琴美は, 毎日, 楽しそうに外出していた. 琴美は, 毎日, 弘道との親密な写真を私に送りつけてきた. 温泉旅行, 高級レストラン, 遊園地. どれもこれも, 私が知らない彼らの姿だった.

私は, その写真を見ても, 何も感じなかった. ただ, 早くこの生活から抜け出したいと願うだけだった.

病室で, 私はひたすら作業に取り組んだ. 幸いにも, 右手ではなく左手に怪我を負ったため, デザインのスケッチは可能だった. 私は, 以前から幸恵と一緒に取り組んでいた, 新しいジュエリーデザインのプロジェクトに没頭した.

幸恵は, 私の唯一の理解者だった. 彼女は, 世界的に有名なジュエリーデザイナーで, 私の才能を誰よりも早く見抜いてくれた. 私が弘道と結婚する前, 私は彼女の元で修行していた.

「千由紀, あなたの才能は, こんな場所で埋もれていいものじゃない. いつか, 私の元で, 一緒に世界を驚かせましょう. 」

幸恵は, いつもそう言って, 私を励ましてくれた. 私が弘道との結婚生活に苦しんでいる間も, 彼女は私に寄り添い, 私が密かにデザインを続ける手助けをしてくれた.

「千由紀, あなた, 星野家に来てから, もう8年にもなるの? あなたの人生, あの男に8年間も無駄にされたのね. 」

幸恵は, 私の怪我を知って, すぐに病院に駆けつけてくれた. 彼女は, 私の手を握りしめ, 涙を流した.

「いいえ, 幸恵. 無駄ではなかったわ. 」私は首を横に振った. 「あの8年間がなければ, 私は今の私にはなれなかった. 家族のために犠牲になったあの経験が, 私を強くしたのよ. 」

私の言葉に, 幸恵は複雑な表情を浮かべた.

「でも, あなたの夢は? 」

「夢は, まだ終わってないわ. むしろ, これからが本番よ. 」

私はそう言って, 微笑んだ.

私の契約は, もうすぐ終わる. そして, 私は自由になる. もう二度と, 弘道の冷たい視線に怯えることも, 琴美の挑発に耐えることもない.

私は, 私の夢を叶えるために, この病院を出る.

退院当日, 弘道から電話がかかってきた.

「千由紀, お前, 退院するのか? なぜ私に連絡しなかった? 」

彼の声は, 苛立ちに満ちていた. 私は, 彼に連絡する義務などない.

「弘道さん, 私はもう, あなたの妻ではありません. もうすぐ, あの家を出るでしょう. 」

私の言葉に, 電話の向こうで弘道が舌打ちをする音が聞こえた.

「何を言っているんだ. お前は私の妻だ. それに, 最近, 家の中が散らかり放題だ. 琴美は何もできない. お前がいないと, 何も回らないんだ. 」

彼の言葉は, 私をまるで家政婦のように扱っていた. 私は, 彼の言葉に, 何も感じなかった.

「お前は, 今すぐ家に帰ってこい. 私の書斎にある書類を整理しろ. 琴美は, 私の大切な書類に触れることさえできない. 」

彼は, 私に命令した. 私は, 一瞬, 拒否しようとした. けれど, すぐに思い直した.

「弘道さん, 今, 看護師さんが退院の手続きに来てくれたわ. 失礼します. 」

私はそう言って, 電話を切った. 弘道の怒鳴り声が, まだ耳の奥でこだましていた.

幸恵が, 私のベッドサイドに立っていた. 彼女は, 私の手を握りしめ, 微笑んだ.

「さあ, 千由紀. 新しい人生を始めましょう. 」

私は, 幸恵の言葉に頷いた. 私たちは, 病院の出口へと向かった.

「千由紀, 本当に, もう自由になったのね. 」

幸恵の声は, 私の心を温かく包み込んだ.

「ええ, 幸恵. もう, 全て終わったわ. 」

私は, そう答えた. そして, 離婚届を提出することを心に誓った.

「おめでとう, 千由紀! お祝いだ! 」

幸恵は, 私の手を握りしめ, 歓声を上げた.

「どこか, 美味しいものでも食べに行きましょうか? 」

「ええ, そうね. 」

私は, 幸恵の提案に頷いた.

その瞬間, 私の携帯電話が再び鳴った. 弘道からだった. 私は, その電話を無視した. 幸恵は, 私の顔を見て, 心配そうに尋ねた.

「まだ, あの人と繋がってるの? 」

私は, 幸恵に全てを話したことがなかった. 私の心の中に, 彼への感情がまだ残っているのかと, 幸恵は心配しているのだろう.

私は, 携帯電話を机の上に置いた. 彼の電話は, まだ鳴り続けている. しかし, 私の心は, もう何の感情も抱いていなかった.

「幸恵, もう終わったのよ. 私たちの世界は, もう違うの. 」

私は, そう言って, 静かに微笑んだ. 幸恵は, 私の言葉に頷き, 私の肩を抱いた.

私たちは, 病院を出て, 幸恵が手配してくれた迎えの車に乗り込んだ. 車は, 私がずっと行きたかった, 小さなレストランへと向かった.

私は, テーブルに運ばれてきた料理を見て, 思わず涙が溢れた. それは, 私が弘道と結婚する前, 幸恵とよく通っていたレストランの, 思い出の料理だった.

「千由紀, どうしたの? そんなに美味しい? 」

幸恵が, 私の顔を覗き込んだ. 私は, 何も言わなかった. ただ, 涙を流しながら, 料理を食べ続けた.

私が, 弘道と結婚して以来, 彼の家では, 私が食べることのできる料理は限られていた. 彼の家族は, 伝統を重んじ, 特定の食材しか口にしなかった. 私が好きな庶民的な料理は, 全て禁止されていた.

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