ヤーカ 北より来たる騎士 の小説カバー

ヤーカ 北より来たる騎士

8.4 / 10.0
北の辺境で狩人の娘として育った少女ヤーカは、雪深いある日、立ち寄った商人から奇妙なコインを譲り受ける。すると翌朝、彼女の体には男性の象徴が生えるという不可解な異変が起きていた。幼い頃から英雄譚に憧れていたヤーカは、この変化を「男として騎士になれる好機」と捉え、家族から戦闘技術を学び、王都の騎士学校への入学を決意する。しかし、その道程は前途多難だった。入学試験での性別露見の危機や、深刻な学費不足を補うための過酷なダンジョン探索。さらには、道中で行き倒れていた珍しいエルフとの出会いや、竜にも劣らぬ脅威であるワイバーンとの死闘など、次々と予期せぬ事態に見舞われる。果たしてヤーカは、数々の困難を乗り越えて物語に描かれるような伝説の騎士へと辿り着けるのか。これは、自らの運命を切り拓き、世界を股にかけて駆け抜ける一人の女剣士の壮大な冒険譚である。

ヤーカ 北より来たる騎士 第1章

歴史と伝統が連綿と続くアーク王国。その王家の血筋は神代にまでさかのぼるとされており、現代に残る人族の国の中で最も高貴だと言われていました。そんな王家が収める王都は世界中の人や物が集まると言われており、その人々はそれぞれの波乱万丈な人生を歩んでいるのでした。

 しかし、お話が始まるのはそんなアーク王国の一番北の端の村。アッコと呼ばれるところから始まります。アッコの周りは近くの山から川が流れている以外は全部が全部森で、その森を北に抜ければ永遠に続くと言われる大平原しかありませんでした。

 そんな最果ての村で、アッコの人々は狩りや木を切って生計を立てていました。獣を狩れば、皮は服に骨は装飾品や武器に、肉は大切に食べて。木を切ればそれを簡単な船にして、一帯を統治するミュゼルシュ伯爵が住む領都まで川下り。

 波乱万丈とは程遠い、王都の人間からすれば平坦で牧歌的な生活を送っていました。

 そして、物語はとある年の、雪降る日から始まります。

 アッコに降る雪はどこまでも白く、そしていつも突然でした。曇り空から雪が降り始めたかと思うと、急に目の前が真っ白になるほどにふぶき始めるのです。そんなこの地域特有の雪に、その日偶々村に来ていた商人は大慌てで一番近くの屋根がとても尖がった家に転がり込みます。

「すみません。雪が落ち着くまでここにかくまってもらえませんか?」

 悲鳴にも似た懇願の声に、家の奥から現れたのは、真っ黒な髪を肩口までで切りそろえた少女でした。瞳は灰色で、肌は雪のように白く、年のころは五歳ほどでしょうか、まだ男の子と性差が出ていないようでした。

「お父さん!商人さんが雪に巻かれたみたい」

 少女がそう家の奥に声をかけると、出てきたのは筋骨隆々としたひげを生やした大男でした。少女の父親は、首を傾げながら娘と焦った表情の商人とを見比べます。

「ヤーカ。商人さんがなんだって?」

「雪に巻かれて帰れないみたい」

 ヤーカと呼ばれた少女は、家の戸を開いて、外のホワイトアウトしている景色を見せます。すると、大男は得心がいったと商人へと目を合わせます。

「なるほどこれは災難でしたね。うちでいいなら泊めましょう」

 家主の許しがもらえたことに商人はほっと胸をなでおろし、外にあった馬車から次々と荷物を家へと運び込んでいきます。大男とヤーカはそれを手伝いますが、一つだけ商人の資産で手放さなければいけないものがありました。

「馬は諦めた方が良いでしょう。この村には飼い葉がないので」

 馬車を引く馬です。北の過酷な環境でも耐えられるような、体毛がしっかりと生えて足腰が実に太い馬でしたが、アッコの雪には耐えられないと大男は言います。

「雪は、どれくらい続くでしょうか?」

 商人は馬が諦めきれないと、そう言いますが、大男は首を振って「雪は止んでも、積もった物は春まで残る」と言いました。飼い葉がないので家には置いておけず、かといって野放しにするのはただ財産を手放すだけで。

 商人は肩を落として、馬を失うばかりか、春までこの家に厄介になる可能性に大きなため息をつきました。

「そうですか。では、家賃代わりに、馬を潰しましょう」

 その言葉に大男は頷くと、ヤーカにナイフを持ってこさせます。そして、ひざ下まで積もり始めた雪に体が埋もれないようにせわしなく動く馬の前に、大男とナイフを持ったヤーカが立ちます。

 未だに吹雪は続いていて、そんな中で大男はヤーカの後ろに回るとナイフを彼女の手の上から握ります。

「いいか?ヤーカ、生き物はこうやって殺すんだ」

 そう言って、大男はヤーカの手を誘導しながら馬を刺します。すると、ナイフと肉の間から鮮血が一気に噴き出して、真っ白な雪を水へと溶かしながら赤色に染めていきました。

 突然のことに馬は大きく嘶き、暴れ始めます。大男は小柄なヤーカが踏みつぶされないように彼女のことを抱き上げ、一歩下がります。

「わかったか?」

 大男は視線を下げて、ヤーカのことを見ます。大男は彼女のことを狩人として育てるつもりはありませんでしたが、狩人の村の人間としてこれは必要なことだと思っていました。

 ヤーカもそれはわかっていて、雪の上でのたうち回る馬のことをじっと見つめていました。

「うん」

 そして、小さく頷きました。

 商人がヤーカの家に泊まる時の顛末はそんなもので。アッコの厳しい冬を商人は家の中でじっとすることで過ごしていました。しかし、働くもの食うべからず、働かないならそれ相応の物を差し出すということで、商人はいくつかの生活必需品を家に収めることにしました。

 そして、生活必需品とは別に、商人は10人いたヤーカの家の一人一人にお気持ちとしてプレゼントをすることにしました。ですが、ヤーカ以外の9人はやはり生活に必要な弓や剣、布をもらい受けるのでした。

 ところが、ただ一人、一番年下のヤーカだけは別でした。

「ね、おじさん。何か特別面白い物ない?」

 家族の中で一際好奇心が旺盛だったヤーカは、暖炉の前の床に物を広げていた商人の前に座り込みながらそう言います。

「面白い物?」

「そう、面白い物」

 商人が首を傾げてそう言うと、ヤーカは広げられた物の中から何事かが彫られた鉄の指輪を手に取ってみます。商人はヤーカのその仕草に、女の子はどこに行っても同じなんだなと笑いながら口を開きます。

「装飾品、いや、アクセサリーとかかな?」

 商人はちょっと高価な、金メッキのネックレスを取り出してみます。しかし、暖炉の炎にキラキラと光るその金色を見たヤーカは首を振ります。

「違うの。なんか、こう、これだけ!っていう物」

 ヤーカが鉄の指輪を弄びながら放ったその漠然とした言葉に、商人はううんと唸ります。目の前の少女は、金色より手の中の謎の鈍色の方が好きなようで、もしかしたらこの子は変わった子なのかもしれないと思い至ります。

「じゃあ、これなんかどうだろう」

 商人が考えた末に差し出したのは、銀色の丸いコインでした。表側には三角形が彫られていて、裏側にはらせん状の模様が、側面には何事かの文言が書かれていました。

 ヤーカはその不思議なコインを手の中でくるくると回しながら観察します。

「これは?」

「魔法が込められてるみたいだけど、あまりにも弱い魔法でね。大きな街の魔法使いに聞いてもその魔法の種類が何かわからないんだ。横の文字は神聖語らしいから、とても昔に使われていた祭具かも」

 商人の解説に、ヤーカは目を輝かせてそのコインを暖炉の火に掲げます。雪より鮮やかな銀色のコインの三角形ははっきりと段差を作っていて、たしかに、それを持つ指先には何かぼんやりとした力を感じました。

「うん。良い」

 ヤーカはコインを握りしめて、商人にキラキラとした視線を向けます。

「これがいい」

 商人は目の前の子供の輝く笑顔に、良いプレゼントができたとにこやかに頷くのでした。

 その日の夜。ヤーカはぼんやりと暖かい気がするコインを胸に抱いてベッドに入ります。兄弟全員が肩を寄せ合って一つのベッドに入ると、どれだけ寒い冬でも暖かくて、ヤーカはすぐに眠りにつくのでした。

 そして、音が一つもない深夜、ヤーカは体の熱さに、汗を額から吹き出しながらぼんやり目を覚まします。

「何?熱い…………」

 バクバクと高鳴る心臓を、コインを握りしめながら蹲って一人黙って耐えていると、一時間も立たないうちに熱さが引いていきます。

 すると、次にやってきたのは猛烈な違和感でした。ヤーカはその違和感の元である股の間へと手を伸ばします。

「へ?」

 そこにあったのは、肉の棒でした。

「これ、男の子の?」

 兄や父親にある、男の象徴でした。

「うそぉ……」

 おちんちんでした。

 ヤーカは手に感じるその信じられない感触に目を見開いて、固まってしまうのでした。そして、それにばかり気を向けていて、コインからあふれていたじんわりとした力が無くなっていることに気が付かないのでした。

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