
七秒婚の悲劇: 裏切りの誓い
章 3
武山彩 POV:
粉々に砕け散ったスマートフォンの画面から, それでも, あのオフィスでの映像は流れ続けていた. 心音の挑発的な笑み. 黒木が彼女の首に手を添え, 囁く姿. 私の心臓は, もう痛みさえ感じなかった. ただ, 鉛のように重く, 冷たい.
その時, 画面の中で, 黒木が心音に何かを見せた. それは, 輝くネックレスだった. 私の呼吸が止まる. それは, 私が彼から初めてもらった誕生日プレゼントと, 全く同じものだった.
私は震える手で, 引き出しから自分のネックレスを取り出した. 二つのネックレスは, デザインも, 輝きも, 寸分たがわぬように見えた. 私は急いで, 昔からの友人であり, 宝石鑑定士の資格を持つ美咲に電話をかけた.
「美咲, 今すぐ来てくれる? 見てほしいものがあるの. 」
美咲が駆けつけてくれた. 彼女は, 私の手に握られた二つのネックレスを交互に眺め, 眉をひそめた.
「彩, これは... . 」
彼女の言葉は, 私の予想を裏切らなかった.
「あなたのネックレスは, 本物よ. でも, これ, 心音さんの写真に写ってた方でしょ? これは, 残念だけど, 精巧な模造品だわ. 」
美咲の言葉が, 私の耳の奥で, まるで遠い雷鳴のように響いた. 私のネックレスは本物. でも, 心音のものは偽物. 一体これは, 何を意味するのだろう?
私は, 乾いた笑いを漏らした. 本物と偽物. 私の結婚も, きっとそうだったのだろう. 彼の愛も, 私との関係も, すべてが偽物だったのだ.
その夜, 黒木から電話があった. 出張に行くという, いつもの連絡だった. 彼の声は, いつも通り優しかった. 何も知らないふりをして, 私は電話を切った. 受話器を置いた瞬間, 私は自分の感情が完全に麻痺していることに気づいた. 心は, もう何も感じない.
私は, 彼の後を追うことにした. タクシーを拾い, 彼の車を尾行した. 彼の車が向かった先は, 市のはずれにある, 古びた寺だった. その寺は, 私が何度も通った場所だった.
彼は, 心音とともに寺の階段を上っていく. 私は, 木陰に車を停め, 二人の後姿をじっと見つめた.
この寺は, 私が彼との子供を授かりたいと願って, 何度も訪れた場所だった. 不妊治療に苦しみ, 心が折れそうになった時, 彼はいつも私をここに連れてきてくれた.
「大丈夫だよ, 彩. 僕たちは, きっと素敵な家族になれる. 」
あの時の彼の優しい言葉と, 私の背中をそっと撫でる温かい手が, 今でも鮮明に思い出される. 私たちは, ここの境内で, 将来を誓い合った. 願いを込めて, 二人の名前が刻まれた同心錠を, 古木の枝に結びつけた. あの同心錠に, 私たちの永遠の愛を願ったはずなのに.
心音が, 古木の枝に結ばれた同心錠を見つけた. 彼女は, それを面白がるように指で弄ぶと, 何の躊躇もなく, 枝から引きちぎった.
「こんな古いもの, いらないわよね. 」
そう言って, 彼女は同心錠を地面に投げ捨てた. そして, 自分のポケットから, 新しい同心錠を取り出すと, まるで私を嘲笑うかのように, 古木の枝に結びつけた.
「彩さんは, もう "元妻" なんだから. 」
彼女の声が, 風に乗って私の耳に届いた. 私は, その言葉に, 全身の血が逆流するような感覚を覚えた. 元妻? 私が?
私の頭の中で, 数日前の市の窓口での出来事が, 鮮明に蘇る. 婚姻期間, わずか七秒. 私は, その七秒の間に, 離婚届にサインをしていたのだ.
あの時, 私は父の病気で動揺し, 黒木に言われるがまま, いくつかの書類にサインをした. 彼は, 「武山楼」の経営に関する重要な契約書だと私に説明した. 私は, 彼を信じて, 内容もろくに確認せずに署名したのだ. それが, 私の人生を終わらせるための離婚届だったなんて.
黒木の企みが, すべて繋がった. 彼は, 私と結婚したその日に, 私を離婚させ, 心音と再婚していたのだ. 私が不妊治療に苦しんでいた数年間, 彼は心音と愛を育んでいた. そして, 私が苦しむ姿を見て, 彼は何を思っていたのだろう?
「愛してる」と囁いた彼の言葉が, 耳の中で木霊する. その "愛" は, 私へのものではなく, 心音へのものだったのだ. 私の心は, もう, 痛みを通り越して, 虚無感に支配されていた.
黒木が出張から戻ってくると, 彼は私のために珍しい花を抱えていた. 私は, その花に何の感情も抱かなかった.
「彩, ごめん. 忙しくて連絡できなかった. この花, 君が好きだと言っていたから. 」
彼はそう言って, 私を抱きしめようとした. 私は, 彼の腕をそっと払いのけた.
「心配ないわ. 私も, ゆっくりできたから. 」
私の言葉は, どこか遠い世界から発せられているようだった. 彼の顔に, 一瞬, 困惑の色が浮かんだ.
「僕だって, 君と離れているのは辛かったんだ. でも, 会社のために, 頑張らないと... . 」
彼の言葉は, もう私の心には響かなかった. その夜, 私は心音のSNSを覗いた. そこには, 彼女と黒木が, 私が好きだと言った花の前で, 親密そうに寄り添う写真がアップされていた. 「彼からのサプライズプレゼント. いつもありがとう, ダーリン. 」というコメントが添えられている.
私の心臓は, もう何も感じない. ただ, 冷たい水が流れているだけだった.
おすすめの作品





