
裏切りの婚礼と魂の行方
章 2
沢村莉紗 POV:
式が終わると, 純斗と楓枝は, まるで新婚旅行のように豪華なホテルへと向かった. 彼らの後ろを, 両親も続く. 私は, 彼らの後を追うように, 宙を漂った. 私の魂だけが, この世に残され, 彼らの行動を見続けることしかできなかった.
ホテルの一室で, 楓枝は純斗に尋ねた. 「莉紗は, どうなったの? まさか, まだ怒ってる? 」
楓枝の声には, わずかな不安と, それ以上の期待が混じっていた. 彼女は, 本当に私を心配しているわけではない. ただ, 自分の計画が完璧に進んでいるかを確認したいだけなのだ.
純斗は, 楓枝の頬を優しく撫でながら言った. 「大丈夫だよ. 君の病気のことを話したら, きっと理解してくれる. 少し時間がかかるかもしれないけど, 僕がちゃんと説得するから」
「本当に? 莉紗って, 頑固だから…」楓枝は, わざとらしく弱々しい声を出した. 彼女は, これまでもずっと, そうやって両親や純斗を操ってきたのだ.
純斗は, 楓枝を抱きしめた. 「心配ない. 僕が君を守るよ. もう二度と, 寂しい思いはさせない」彼の口から出る言葉は, かつて私に言った言葉と全く同じだった. 私は, 吐き気がした.
その後, 彼らは両親と共に, 地元の高級レストランで食事をとった. テーブルの上には, 見たこともないような豪華な料理が並んでいた.
父が, 少し不安そうに言った. 「こんなに高い店で, 大丈夫なのか? 莉紗もいないのに…」
母は, 父の言葉を遮るように言った. 「いいのよ, お父さん. 今日は楓枝の結婚式なんだから. それに, 純斗さんが全部払ってくれるんでしょ? 」
純斗は, 笑顔で頷いた. 「もちろんです. 今日は, 楓枝とご両親への感謝の気持ちですから」
楓枝は, 得意げに微笑んでいた. まるで, これが当然の権利であるかのように. 私は, 彼女の顔から, かつての病弱な面影が完全に消え去っているのを見た. 彼女の目には, 輝くような生命力が宿っていた.
食事を終え, 彼らは再びホテルへ戻った. 私は, 彼らの後を追って, 純斗と楓枝が泊まる部屋に入った.
楓枝は, 純斗に甘えるように言った. 「純斗さん, もう寝ましょう? 」
純斗は, 少し困ったような顔をした. 「楓枝, まだ早いし, ご両親もいるから…」
「いいじゃない. もう夫婦なんだから」楓枝は, 純斗の腕に絡みついた.
純斗は, 楓枝の誘いをかわすように, ベランダに出た. 彼は, そこでタバコに火をつけた. 夜空を見上げ, 深く息を吐き出す. 彼の顔には, 疲労と, 何かを迷うような表情が浮かんでいた. 彼は, 何を考えているのだろう? 私のことか? それとも, 楓枝のことか?
私は, 純斗の隣に立った. 彼は私を見ることはない. 私の存在は, 彼には認識されない. 私は, 彼の苦悩を間近で見た. しかし, 彼の苦悩は, 私の死に比べれば, あまりにも軽すぎる.
私は, 彼の隣を離れ, 両親の部屋へと向かった.
父が, ベッドに横になりながら言った. 「今日の食事は, ずいぶん高かったな. 純斗さんが払ってくれたからいいものの…」
母は, ため息をついた. 「楓枝は, ああいう贅沢なものが好きなのよ. それに, 病気で苦しんできたんだから, たまにはいいじゃない」
「でも, 莉紗には…」父が言いかけたとき, 母は彼の言葉を遮った. 「莉紗には, 後でちゃんと埋め合わせをしてあげればいいのよ. 純斗さんともう一度, 結婚式を挙げてもらうとか」
私は, 母の言葉に, 激しい怒りを感じた. 埋め合わせ? 私の命を奪っておいて, 埋め合わせができるとでも言うのか?
父は, 携帯電話を取り出し, 私の番号に電話をかけた. しかし, もちろん繋がるはずがない. 私の携帯電話は, あの部屋に置き去りになっている.
「莉紗, 出てくれないな…」父は不安そうに呟いた.
「どうせ, まだ怒ってるんでしょ. 莉紗は, いつもああやって拗ねるんだから」母は不満そうに言った. 「でも, どうせすぐに機嫌を直すわ. お金でも渡せば, すぐに許すわよ」
私は, 母の言葉に, 背筋が凍るような思いがした. 彼女は, 私をずっとそう見ていたのだ. お金で釣れる, 単純な人間だと.
「だけど, 楓枝のあの病気は, いつまで続けるんだ? 」父が尋ねた.
「あの病気は, 莉紗のものを奪うための口実よ. 莉紗は, 純斗さんと結婚すれば, あの会社の後継者になれたはず. 楓枝にこそ, あの地位が必要なのよ」母は, 冷酷な目で言った.
私は, 彼らの会話を聞いて, 全てを理解した. 楓枝の病気は, 最初から嘘だった. 全ては, 私が築き上げてきたものを奪うための, 完璧な策略だったのだ.
彼らは, 私を犠牲にして, 楓枝に富と地位を与えようとした. 私の命は, 彼らにとって, 何の価値もなかったのだ.
私は, もはや彼らへの怒りさえ感じなかった. ただ, 深い絶望と, 虚無感だけが残った. 私の死は, 彼らにとって, 何の意味も持たなかった.
この世に未練など, 何一つない. 私は, 初めて, 死が私にとっての解放であると感じた.
半月後, 純斗と楓枝は新婚旅行から帰ってきた. 彼らは, 私の家, いや, もはや楓枝の家となった場所へと足を踏み入れた.
楓枝は, 私のために純斗が買ってくれた上質なシルクのナイトガウンを身につけ, 堂々とこの家を歩き回っていた. 彼女の顔には, この家の女主人としての自信が満ち溢れていた.
純斗は, どこか落ち着かない様子で, 家の中を歩き回っていた. 彼は, 何かを探しているようだった. 私の痕跡を.
しかし, 私の痕跡は, どこにも残っていなかった. 私の私物は, 全てどこかに片付けられていた. まるで, 私が最初からこの家に存在しなかったかのように.
純斗は, 私の書斎の前で立ち止まった. そこは, 私が唯一, 自分だけの空間として大切にしていた場所だった. 彼が, そのドアノブに手をかけようとしたとき, 楓枝が言った.
「純斗さん, その部屋, 私に衣裳部屋として使わせてくれない? 莉紗の趣味って, ちょっと古臭いし, いらないものばかりでしょ? 」
純斗は, 一瞬ためらった. 「でも, 莉紗が大切にしていた場所だから…」
「いいじゃない. もう莉紗はいないんだから. それに, 私にはあの部屋が必要なの. ね? 」楓枝は, 純斗の腕に絡みつき, 甘えた声を出した.
純斗は, 楓枝の言葉に抵抗することができなかった. 彼は, 結局, 頷いてしまった. 私の書斎は, 楓枝の衣裳部屋に変わることになった.
楓枝は, 使用人たちに指示を出した. 「あの部屋にあるもの, 全部捨ててちょうだい. 特に, 莉紗が使っていたものなんか, 全部ね! 」
使用人たちは, 淡々と私の私物を運び出していった. 私の思い出が詰まった本, デザイン画, 写真…それら全てが, ゴミのように扱われた.
純斗は, その光景をただ黙って見ていた. 彼の目には, かすかな悲しみが宿っていた. 彼は, きっと私の夢を思い出していたのだろう. 私が, この書斎で, どれほど多くの時間を過ごし, どれほど多くの夢を育んできたかを.
しかし, 彼の悲しみも, 私を救うことはなかった. 私の存在は, この家から, 完全に消し去られようとしていた.
おすすめの作品





