
虚空の寄る辺
章 2
暖かな日差しに濡れたブロック塀づたいの路。今日も空は青い。なんという奇跡か。空を見上げるたびにこみ上げる、この青さに震撼《しんかん》する気持ち。そんな忘れてはいけない気持ちを今日も思い出せている。それだけで今日がとても上手く始まった気がする。学校指定の手提げカバンを肩に掛けながら暖かい路をとぼとぼと。そんな後ろ姿を突く、ちょっとだけ重い感覚。誰かが背中を押したのだ。
「また空見上げたまま歩いてる。いつも空ばかり見上げて。見えちゃいけないもんでも見てるわけじゃあるまいし。たまにはちゃんと前向いて歩きなさいよ。」
「ははは、手きびしいな、アキ。そんなに空を見上げてるつもりはないんだけどなあ。」
「私からしたらレオが空を見上げない時の方が珍しいよ。ちょっとはこっちを見なさいよ。」
「アキのことはいつも気にかけているよ。だって僕たちは小さいころから一緒だったし。」
「いつもながらよくそんなこと臆面もなく言えるよね。私たちももう高校生よ。」
「そうだけどさ。それはたったの二ヶ月前からだ。急に高校生になったって言われてもなんかイマイチピンとこないよ。」
「いつまで経ってもすっとぼけだもんね、レオは。でもせっかく高校生になったんだからさあ。今度の土日、二人でちょっと遠くまで出かけようよ。」
「外出かあ。行きたいのはヤマヤマだけど、ちょっと予定が。」
「ひょっとしてもう先約がいたりして、クラスの娘?」
「ううん。そういうわけじゃないんだ。なんて言うのかなあ・・・、ああ、そうだ!今度の土曜、アキも僕の家においでよ!」
「誰か私の他にいるの?」
「センセイと母さんがいる。でももちろん母さんはやってこないよ。センセイのこと、アキには何度も話したことあるよね。」
「うん・・・だけど、それって本当にいた人なんだ。」
「なんだよ、それ。本当にいるに決まってるじゃないか。俺がそんなことで嘘つくわけないだろ。俺の一番大切なひとだ。」
「大切な人ね・・・。」
「だからちゃんとアキにも紹介しておきたい。だってアキは僕にとって、とても大切な人だからね。」
「ホントいつまでたってもレオはスットボケね。」
と、アキという少女はレオと行く路の先に手を振った。その先にアキと同じ制服を着た女の子たちの姿。同じ学校の友達。並んでいたレオには何も告げず、彼女達のもとへと駆けてった。ぼんやりと、離れていった幼馴染を見て小首を傾げるレオ。
するとアキを交えた彼女達の一人がこちらに手を振った。
おはよー!レオくん!
と、その声につられてなんとなく手を挙げた。
するとそれを見てクスクスと彼女達は笑いあう。そのうちの一人がアキの背中を強く叩いて、アキが最後にこちらを見た。丁寧に梳《す》いたおかっぱボブに小作りな唇と鼻。唇は薄いがはっきりとした形をしていて、鼻筋はしっかりと通っていたが、鼻翼《びよく》はリスのように可愛らしい。ややはれぼったい目じりから聡《さと》そうな目元。まん丸な瞳。それを一瞬だけレオに向ける。そして彼女達はそのまま背を向けて去っていった。学校の方だ。レオもそのまま歩みをとめない。教室に到着する。席に着くと、すぐに何人かの女子に囲まれた。そのまま彼の方から始まる会話。
「あれ?サヤカちゃん、やっぱりシャンプー変えたよね?」
「うふふん、実はね、レオくん。ネットで買ったやつなんだけどさあ。」
「え、でもサヤついこの前もシャンプー変えたばっかじゃなかったっけ?」
「同じやつなんだけど、種類変えたの。やっぱり髪質的にモイストのほうがいいみたい。」
「レオくんは何使ってるんだっけ?」
「安いやつだよ。名前まではよく覚えてない。」
「えー、そうなの。でもレオくん髪質めっちゃいいじゃん。」
「こんなにサラサラでまとまりやすいし。」
「でも、サヤカちゃん髪も一緒に切ったんだ。」
「似合うよね。やっぱりそっちの方が。」
「あ、サエ帰ってきた。どうだった?」
「職員室にそれっぽいのがいた。担任と話してた。」
「この時期に転校生とか珍しくない?この前入学式やったばっかだよ?」
「他県から?」
「じゃないかなあ?」
と、ガラガラと、また教室の扉が開いた。
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