虚空の寄る辺 の小説カバー

虚空の寄る辺

8.5 / 10.0
少年・直弼レンジは方術《響法》を操り、相棒のマイカと共に地上げの闇営業に手を染める。しかし潜入先の学校は不穏な呪いに包まれ、依頼主である結社《吾妻桜花》の陰謀が浮き彫りになっていく。堕胎を経験し変革を望む少女・原田アオイや、異能を持つ少年レオら学生たちの運命が交錯する中、レンジは逃亡か介入かの決断を迫られる。重厚な世界観で描く本格fantasyであり、緻密な伏線が光るmystery storyとしても楽しめる注目のweb novel。少年は呪縛を断ち切り、少女を救い出せるのか。手に汗握るactionの連続から目が離せない。
「虚空の寄る辺」のあらすじ
「助けたら助けてもらえる世界」を理想に掲げる少年、直弼レンジは、異能の力《響法》を操る術師。生活に困窮した彼は、相棒の秋月マイカと共に、協会を通さない禁断の「闇営業」に手を染める。依頼主は地方の結社《吾妻桜花》。任務は、霊的所有権が散逸した土地の現所有者を特定し、権利を譲渡させる地上げの工作だった。しかし、現地調査を開始した二人は、その土地と学校が何者かの強力な呪いに蝕まれている事実に直面する。依頼主の影もちらつく中、保証のない闇営業ゆえに陰謀に巻き込まれる危険が高まっていく。逃げ出す選択肢もあったが、そこにはレンジが友人となった少女・原田アオイの姿があった。堕胎の苦悩を抱え、現状を変えようともがくアオイ。そして不思議な力を持つレオ、彼を受け入れたいアキ、意志を持たぬ自分を厭うリサ、権力に固執するサオリといった、複雑な事情を抱える生徒たち。人ならざるもの《タマユラ》が見えるレンジとマイカは、呪いの渦中にいるアオイを見捨てて去るのか、それとも危険な企てに立ち向かうのか。二人の「ズレた」響法師が、閉塞した学校に潜む闇を暴く。
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虚空の寄る辺 第1章

レオが水面にうつぶして、そこに映る者たちと話している時、不意に覗《のぞ》き込んできた一人の人間。

「お姉さんも、みんなのことが見えるの?」

彼女のことを無視して、みんなと語らいを続けていたが、水面に映るそのお姉さんのむごいほど優しげな面差《おもざ》しに、つい話しかけたくなってしまった。

「うん、見える。ボクがどんな世界を見ているのか、私にも分かるよ。」

「はじめてだ。この子たちのことが見える人間を見たの。」

光の破片《はへん》、流浪《るろう》する泡、暗く濁《にご》る渦巻き。水面に映った森を漂《ただよ》う、この世ならざる者たち。

「ええ、見えるわ。この子たちは、タマユラと言うの。」

「名前がついてるんだ。初めて知った。幽霊だと思ってだけど、違うの?」

「幽霊も中にはいる。だけど彼らの由来は人間霊よりもっと古いの。彼らは私たち人間が生まれる遥《はる》か昔からこの地球に住んでいるの。」

ねえ、ボク。水面から顔をあげて、私のことを直接見てくれない?

やっぱりだ。君の目はとても澄んでいる。

君の眼球は宝石よりも価値がある。

いっそそこから抜き取ってしまって、ポケットに入れていつも持ち歩きたいぐらいだね。

「さあ、私についてきて。」

差し出された手のひらに引かれるがまま、森の奥へと踏み出した。

「君には、この世界の本当のことを教えてあげよう。」

ーーーーーそれから数年ーーーーー

ノンシュガーのビスケットを袋から取り出す。一枚一枚。二つに割っては皿に入れ、皿にいれ。最後の一枚が終わるまで。あとは注《そそ》がれる牛乳。浸《ひた》したビスケットを大振りのスプーンで掬《すく》って、丁寧に口に運び続ける。こぼすことがないように。付け合わせのポテトサラダを時折フォークで突っつきながら。最後のミニトマトを串刺しにして、奥歯で噛み潰す。皿を洗って片付けると、手についた水をシンクで払った。そしてふすまを開ける。隣部屋の暗がりへと。畳部屋。黒いカーテンを閉じ切って、ガムテープで目張《めば》までした。暗い。ホコリ臭い部屋に吊った電灯のひもの宙ぶらん。引っ張ると点灯する、蛍光灯の明かり。畳の上に置くには不自然すぎるドラム缶が真ん中に。そこには痩《や》せ干せた女性が縛《しば》りつけられている。口をガムテープで塞《ふさ》がれ、怯《おび》えたような、怒ったような顔でレオを見上げていた。見られた方はにっこりと微笑む。

「梅雨が明けた。しばらくはいい天気が続くみたいだね。今日も清々しい青空だよ。って、この部屋からじゃ見えなかったね、母さん。」

母さんと、うえから声をかけられた彼女、そこで特別目を見開いた。いつから食物を摂《と》ってないのだろうか?骨の形が分かるほど痩せ細った肉。そのうえを乾いた皮膚が這《は》って、生きた骸骨のよう。髪は長い。ボロボロになって、多くが頭から抜け落ちている。まだ水気のある血走った眼球、その痙攣《けいれん》した眼差し。息子は穏やかな微笑み。そこにしゃがみこんで、透明なチューブは枯れた鼻腔に差しっぱなし。取り出したのは注射器。それを使って、ゆっくりと生理食塩水を注入する。

「そんなに怒らないでよ、母さん。たかが命を失うだけじゃないか。もう母さんにも見え始めているはずだよ。この部屋にだって彼らは漂っている。《タマユラ》。彼らは死際の幻覚でもなければこの世ならざるものでもない。むしろこの世界に初めから存在していた。死ねば母さんも彼らと同じになる。死はあの世とこの世と分けるものではなく、むしろこの世とあの世を分け隔てなくするんだ。生きてる間に味わった幸福も不幸もどうでもいいことになって、全て《タマユラ》の群れに掻《か》き消える。それは人間が生きているよりも自然な、当たり前の姿だと思うだろ?さて、今日のご飯はこれでおしまい。じゃあ、学校に行ってくるよ。電気は消していくね。その体じゃ、あかりを見てるだけで疲れるだろうから。」

暖かな日差しに濡れたブロック塀|伝《づた》いの路。今日も空は青い。それはなんという奇跡か。空を見上げるたびにこみ上げる、この青さに震撼《しんかん》する気持ち。そんな忘れてはいけない気持ちを今日も思い出せている。それだけで今日がとても上手くいくような気がする。学校指定の手提げカバンを肩に掛けながら暖かい路をとぼとぼと。そんな後ろ姿を突《つつ》く、ちょっとだけ重い感覚。誰かが背中を押したのだ。

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虚空の寄る辺 目次一覧

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