フォローする
共有
崖の上の薔薇は、冷たく咲く の小説カバー

崖の上の薔薇は、冷たく咲く

神城家の令嬢・イヴは、正体を隠してマフィアの若頭・沙羅場ルカと5年間愛を育んできた。しかし、その献身は最悪の形で裏切られる。誘拐され命の危機に瀕した彼女が、絶望の中で何度も助けを求めてかけた電話に、ルカが応じることはなかった。瀕死の状態で崖から突き落とされた彼女を救ったのは、実家の首領だった。九死に一生を得た夜、ルカが自分の異母妹と密会していた事実を知り、イヴの心は完全に凍りつく。復讐と決別の意志を固めた彼女は、父に対し、冷酷非道と恐れられる最強のマフィア「綾小路」家の後継者との政略結婚を承諾する。ただし、ある一つの条件と引き換えに。プロポーズを受けたその日、イヴがルカに突きつけたのは、永遠の別れという名の残酷で慈悲深い「自由」だった。かつての恋心を捨て去り、冷徹な薔薇として返り咲いた彼女の、新たな運命が幕を開ける。裏切りへの対価を払わせるため、彼女は愛した男を捨て、修羅の道へと足を踏み入れる。
共有

1

「お父様、沙羅場ルカとは別れて、一番強大なマフィア――綾小路家と政略結婚してもいいわ。あの冷酷非道な跡継ぎに嫁いでも」

神城イヴはバスローブの前をゆるくはだけ、首元には熱の名残を刻むような無数のキスマークが浮かんでいた。

「ただし、一つだけ条件があります。お約束いただけるなら、嫁ぎます」

電話口の向こうで父があわてて何かを言おうとした、その瞬間――イヴは無情にも通話を切った。

シャワーを終えた沙羅場ルカが濡れた髪を拭きながら浴室から出てきて、何の疑いもなく神城イヴの腰を抱き寄せ、ベッドへと倒れ込んだ。

神城イヴは彼の胸に顔を埋めながら、まるで氷のような瞳を伏せる。

神城家の令嬢である彼女は、身分を隠して組織の幹部・沙羅場ルカと五年間、恋人関係を続けていた。

三日前、神城イヴは何者かに誘拐された。目的は沙羅場ルカが扱うある“荷物”だった。彼女は取引のための人質として使われたのだ。その夜、神城イヴは携帯の電源が落ちるまで何度もルカに電話をかけ続けた――だが、彼は一度も出なかった。

神城イヴは崖から突き落とされ、全身を打ち、瀕死の状態で神城家の首領に救われてようやく命を取り留めた。

そのとき沙羅場ルカは、神城イヴの父の愛人の娘と優雅に恋愛を楽しんでいた。

すべてを悟った瞬間、神城イヴの心は完全に醒めた。今日、沙羅場ルカは神城イヴにプロポーズしてきた。

彼女が用意した贈り物は――彼にとって最高の自由だった。

……

沙羅場ルカは謝罪の言葉を繰り返し、もう二度と彼女を傷つけないと誓った。そしてそのまま、神城イヴを激しく抱いた。世界が終わるんじゃないかと錯覚するほどの、嵐のような交わりだった。

すべてが終わったあと、神城イヴは彼の腕の中で微かに息を弾ませながら身を委ねていた。

暗闇の中で、沙羅場ルカのスマートフォンがふっと光を放った。彼が手に取った瞬間、神城イヴはさりげなく画面を覗き見た。

表示されていたのは――エリナ。彼女の父の愛人との間に生まれた異母妹からのメッセージだった。

【ねえ、うちの前に変な人がいるの。ちょっと来てくれない?】

熱を帯びていた空気が、一瞬にして冷めきった。

さっきまで肌を重ねていたばかりなのだから、沙羅場ルカは当然傍に残ってくれるものだと信じていた。だが――

沙羅場ルカはあっさりとベッドを降り、近くに脱ぎ捨ててあったシャツを肩に引っかけた。そして神城イヴの裸の背中に、軽く唇を落とす。

「部下がちょっとトラブル起こしててさ。処理してくる。すぐ戻るよ」

神城イヴの胸に、ずしんと重いものが落ちた。沙羅場ルカは彼女の変化にまったく気づかず、足早に部屋を出ていく。

ずっと黙っていた神城イヴが、ふいに口を開いた。

「もう帰らなくていいわ。私たちは終わり。……あなたは自由よ」

沙羅場ルカは、それをまともに聞いていなかった。ただ上の空で、ぼんやりと応じた。

「……ああ」

扉が閉まる音を耳にした瞬間、神城イヴの表情が一変する。冷ややかな光が、その瞳に宿った。

すぐに側近へ電話をかけ、短く命じた。

「ルカを、追って」

通話を切ると、彼女は無表情のまま、神城邸に残された沙羅場ルカの私物を片づけ始めた。

そこかしこに、沙羅場ルカの気配が残っている。この五年間の思い出――甘くて、優しくて、痛いほど鮮やかな記憶が、目に焼きつく。

すべてを箱に詰め終えた頃、側近からいくつかの動画が届いた。

仕事だと言って出かけた沙羅場ルカ。その手は、しなやかなエリナの腰をしっかりと抱きしめている。神城イヴが贈ったあのスポーツカーの上で、二人は熱く唇を重ねていた。

「ねえ、そんなにあっさり婚約者を放ってきてよかったの? バレたら、うちの会社に怒鳴り込んでくるかもよ?私、仕事失っちゃうんだけど」

「じゃあ辞めればいい。……俺が養う」

エリナが甘えるように沙羅場ルカの胸を軽く拳で叩くと、彼はその拳を包み込み、そっと胸元に添えた。その瞳は、酔うほどに優しさに満ちている。

「俺の目にも、心にも、君しかいない」

神城イヴの心が、ひときわ強く脈打った。

この言葉――それは、かつて沙羅場ルカが彼女だけに囁いたはずのものだった。

動画は、沙羅場ルカの穏やかな眼差しを最後に静止する。神城イヴは胸の奥にどうしようもないつかえを感じ、手にしていたスマートフォンを握りつぶしそうになる。

あの約束は、自分だけに向けられたものだと信じていたのに――彼は平然と、別の女にも同じ台詞を告げていた。

沙羅場ルカの荷物をすべて外に放り出したあと、神城イヴは寝ようとしたが、どうしても眠れなかった。

ベッドから身を起こし、葉巻を一本切り出して火を点ける。

白く立ちのぼる煙の中、彼女は沙羅場ルカとの出会いを思い出していた。

神城家は裏社会で第二の勢力を誇る一族だった。父は多くの敵を抱えており、神城イヴが外出するたび、刺客や誘拐犯に狙われた。優秀な護衛を何人も付けていたが、それでもすべてを防ぎきれるわけではない。

ある雨の日、襲撃を受けた彼女は重傷を負い、激しい雷雨の中で護衛とはぐれた。そして、彼に――沙羅場ルカに救われた。

その頃の彼は、まだ名もない男で、じめじめとした半地下の部屋に暮らしていた。

ぎこちない手つきで、それでも丁寧に傷の手当てをしてくれた彼に、神城イヴはこう言った。

「ねえ、私と付き合ってみる気ない?」

思いがけない一言に、沙羅場ルカは手を震わせ、その拍子に傷口に触れてしまった。

痛みに顔をしかめた神城イヴは、手を上げて沙羅場ルカの謝罪を制した。

「覚悟があるのか、ないのか――それだけ答えて」

沙羅場ルカは長いこと沈黙していた。手の中で古びたライターを弄び、火を点けては消す。

何度も、何度も。

そしてようやく口を開いた。

「お嬢様、俺は身分も低いし、ろくな未来も持ってない。あなたにふさわしい人生なんて、きっと与えられません」

神城イヴは乱暴に沙羅場ルカのTシャツを掴み、勢いよく引き寄せた。

沙羅場ルカは戸惑いながら彼女の前で片膝をつく。神城イヴの傷を悪化させまいと気遣う様子に、神城イヴはふっと笑みを浮かべた。

「未来なんて、いらない」

「沙羅場ルカ、私は君が欲しい。君だけが欲しいの」

神城家のお嬢様であることにあぐらをかき、神城イヴは彼をその翼の下に抱き込んだ。

昼は裏から手を回して彼をのし上がらせ、夜は互いに貪るように求め合い、意識が飛ぶほどに重なっては、また目を覚ました。

沙羅場ルカは言っていた。いつか組織の頭になったら、神城イヴを娶ると。

だが、その日――沙羅場ルカが「頭」になったまさにその日、彼は神城イヴの秘書と共に悦楽に溺れ、挙げ句命すら危ぶまれた。

現実に引き戻され、神城イヴは苦笑した。

二十五歳。もう小さな恋に溺れている歳じゃない。これからの人生のことも、真剣に考えなければ。

おすすめの作品

棄てられたLunaの逆襲:最強の息子と共に、偽りの狼王を裁く の小説カバー
7.9
妊娠五ヶ月の身でありながら、彼女は最愛の番から屈辱的な命令を下される。母の命を救うため、道化として酒を煽り、泥を啜るような宴の余興に耐え忍んだ。しかし、そこで突きつけられたのは、母は三ヶ月も前に彼の手で葬られていたという残酷な真実だった。裏切りと絶望の果て、彼女は衆人環視の中で伴侶の契約を断絶し、身籠ったまま夜の闇へと姿を消す。残された男は狂乱し、血を吐く思いで五年の歳月を費やして彼女の行方を追い続けた。そして五年後、彼女は伝説の「最高位魔薬師」として華麗なる帰還を果たす。その傍らには、男の面影を色濃く残す毒舌な息子の姿があった。再会したかつての傲慢な狼王は、土砂降りの雨の中で跪き、卑屈なまでに許しを請い縋りつく。だが、冷徹にその行く手を阻んだのは幼き息子の容赦ない一言だった。「おじさん、下手な芝居はやめて。死んだ元カレだけが、唯一の良い元カレだってママが言っていたよ」。偽りの愛を掲げた狼王への、母子による壮絶な逆襲劇が今幕を開ける。
アルファの隠し子、奪われた私の特効薬 の小説カバー
8.2
毒に侵され、三年にわたり死の淵を彷徨っていた私にとって、夫である首領・城島譲は唯一の希望だった。献身的な伴侶を演じる彼を信じ、解毒薬「月華の霊薬」を待っていたが、運命の絆を通じて残酷な真相を知ってしまう。譲は群れの癒し手に、貴重な霊薬を愛人の母親へ与えるよう命じていたのだ。「玲奈が息子を産んでくれた」――彼には隠し子がおり、私への看護はすべて、死を待つための偽装に過ぎなかった。彼は私の両親が遺した神聖な家を愛人との生活で穢し、群れには霊薬が盗まれたと嘘をつき、私の死を自らの利益に利用しようと画策していた。病に伏す私を「病気の雌狼」と蔑み、使い古しのスープを差し出す夫。しかし、彼は気づいていない。虐げられた私がどれほどの怒りを宿したかを。その夜、私は身を引き裂くような痛みに耐え、彼との運命の絆を自ら断ち切った。結婚指輪を捨て、嘘に満ちた家を後にする。私は決して屈しない。裏切り者の世界が燃え尽きるその日まで、執念で生き抜いてみせる。
イカした恋とイカレた妖刀の冒険譚 の小説カバー
9.2
武芸の道に全てを捧げ、ストイックに己を磨き続けてきた傭兵時代。しかし、待っていたのは無慈悲な敗北と挫折の記憶だった。そんな過去を持つ主人公が流れ着いたのは、巨大なカイザード帝都。そこで彼は、捨て犬のような境遇からボトマーズギルド・ハニカムに拾われることになる。かつての面影はどこへやら、現在の姿は「怪人イカ男」と呼ばれるイカの姿をした異様な怪人。さらには、何事にも無気力で面倒を嫌い、金欠に喘いでは物事が裏目に出るチンピラのような男へと転生を遂げてしまっていた。本作は、そんな風変わりな主人公を中心に、物語の語り手が次々と入れ替わる独創的な構成で描かれる新感覚のファンタジー・アクションだ。イカした風貌のイカれた妖刀使いが、混沌とした帝都を舞台にどのような冒険を繰り広げるのか。先の読めない展開と独特の語り口が、読者を不思議な世界観へと引き込んでいく。かつての挫折を胸に秘めた男の、斜め上を行く新たな人生が幕を開ける。
ゲームのような新世界~王道の通り冒険者で食っていこう~ の小説カバー
9.6
幸運にもアルファテスターの枠を勝ち取った主人公は、最新技術が注ぎ込まれたゲームの世界へと足を踏み入れる。目の前に広がるのは、実写と見紛うほどの圧倒的なテクスチャと、五感を刺激する驚異的なリアリティを備えた未知の光景だった。しかし、没入感溢れるプレイ体験とは裏腹に、運営側からは次段階であるベータテストの告知がいつまで経っても届かない。ネット上の関連スレッドも一向に盛り上がる気配がなく、期待感は次第に言いようのない違和感へと変わっていく。周囲に漂う奇妙な静寂に包まれながら、孤独なテストプレイを継続する日々。そんな不可解な状況のままアルファテストの開始から一年の歳月が流れたとき、停滞していた物語は音を立てて動き始める。現実と仮想の境界が揺らぐような世界で、王道の冒険者として生きていくことを決意した男の軌跡がここから幕を開ける。緻密な描写で綴られるゲームライクな新世界での冒険譚。果たしてこの世界の先には何が待ち受けているのか。一人のテスターが直面する、真実へと繋がる長い旅路がいま始まる。
99の顔を持つ元妻は、復縁なんてお断り! の小説カバー
8.7
天野家の令嬢でありながら、数多の裏の顔を持つ天野汐凪は、不慮の事故で植物状態となった黒崎家の冷酷な後継者・黒崎瑛斗と結婚します。汐凪は類まれな医術で瑛斗を献身的に治療し、三年の月日を経て彼を救い出しました。しかし、目覚めた瑛斗は彼女の深い愛を無下に扱い、想い人の帰国と同時に離婚を突きつけます。愛に絶望し、男など己の歩みを鈍らせる存在だと悟った汐凪は、潔く署名を残して彼の元を去りました。その後、彼女は封印していた真の姿を次々と現します。世界的傭兵王が「姉貴」と仰ぎ、天才ハッカーが「師匠」と慕う彼女こそ、伝説の神医であり、最速のレーサーでもあったのです。隠された素性が明かされるたび、世界は驚愕に包まれます。一方、彼女を失って初めてその存在の大きさに気づいた瑛斗は、後悔に打ち震え、かつての傲慢さを捨てて彼女の前に跪きます。目を赤く腫らし、必死に復縁を乞う瑛斗。しかし、自立した輝きを放つ今の汐凪にとって、彼との過去はもはや遠い記憶に過ぎませんでした。月のような孤高の光を放つ彼女を、彼は再び振り向かせることができるのでしょうか。
暗夜の薔薇は、義兄の腕で狂い咲く の小説カバー
9.0
名家で虐げられる養女という仮面を被り、慎ましく生きる「彼女」。しかし夜のH市では、地下サーキットを自在に駆ける伝説のレーサー「闇夜の薔薇」として、スリルに満ちた自由を謳歌していた。一族からの脱出を密かに計画していた彼女だったが、正統な後継者である義兄の帰国によって運命が狂い始める。予期せぬ一夜の過ちが、盤石だったはずの逃走計画に決定的な亀裂を生じさせたのだ。義兄は冷徹な手腕で狡猾な親族たちを圧倒する実力者だが、謎多き義妹の存在に翻弄され、次第にその足元を掬われていく。名義上の妹であり、サーキットに咲く薔薇、そしてビジネスの協力者という三つの顔を持つ彼女。その正体は解き明かせない謎に包まれ、義兄を逃れられない深淵へと誘い込んでいく。執着する義兄と、クールな養女が繰り広げる愛憎と逆転の物語。偽りの兄妹関係を超えた先にあるのは、破滅か、それとも新たな支配か。スリリングな駆け引きが今、幕を開ける。