
裏切りの代償、99の破片
章 2
武藤乃々花 POV:
慎司の陳腐な弁解を遮るように, 花梨が突然, ヒステリックに叫び出した.
「もう嫌! 私なんて死んだ方がいいんだわ! 」花梨はそのまま, 近くにあった棚の角に頭を打ちつけようとした.
「花梨! 」慎司は私を突き飛ばし, 花梨の元へ駆け寄った.
私の体はバランスを失い, 冷たい床に叩きつけられた. 腹部に激しい痛みが走る. 温かい液体が太ももを伝うのを感じた.
「慎司さん... 助けて... 」私はか細い声で彼を呼んだ. 目の前の光景がぼやけていく.
慎司は一瞬だけ立ち止まった. 彼の瞳には, 言いようのない嫌悪と憎悪が宿っていた. 彼はその目で見据えると, 迷うことなく花梨を抱きかかえ, 私を置いてその場を去っていった.
「二度と俺たちの前に現れるな! 」彼の言葉が, 遠ざかる背中から聞こえた.
意識が遠のく中, 見知らぬ看護師が私を見つけてくれた. 彼女は血の海に倒れている私を見て, すぐに医師を呼んだ.
冷たい手術台の上で, 私は医師の声を聞いた. 「... 残念ですが, 赤ちゃんは助かりませんでした. 」
私の小さな, 待ち望んでいた命. 小さな指, 小さな足. あの未来は, 慎司の腕の中で, 花梨の嘘と悲鳴の中で, 永遠に終わってしまった.
私は何度も慎司の電話を鳴らした. しかし, 通話は一度も繋がらなかった. 彼の秘書から, 数日後に分厚い封筒が届いた. 中には, 病院の費用と, 数千万円の小切手. そして, 「これで黙っていろ」という無言のメッセージが添えられていた.
涙がとめどなく溢れた. 私の体は空っぽになった. もう, 終わりだ. 全てを終わらせよう.
数日後, 私は病院のロビーで, 慎司と花梨が楽しそうに話しているのを目にした. 慎司は私がいた時とは別人のように, 花梨に優しく微笑みかけていた.
彼は私に気づくと, 顔を曇らせた. そして秘書に何かを指示し, 秘書が離婚届を持って私の元にやってきた.
「君の望み通りだ. これで自由だろう. 」慎司は冷たい声で言った.
私は何も言わず, 離婚届を受け取った. その態度に, 慎司は少し驚いたようだった.
「これで, もう俺を邪魔することはないだろうな? 」彼の言葉は, 私に向けられた最後の優しさを, 完全に消し去った.
「ええ, もう二度と. 」私は静かに答えた.
私の返事に, 慎司はさらに驚いたようだった. 一瞬だけ, 彼の顔に困惑の色が浮かんだ. それは私が, 今まで見せたことのない, 冷たい表情だったからかもしれない.
「... 体調は, 大丈夫なのか? 」彼はたどたどしく尋ねた. 彼の目は, 私の腹部に向けられていた.
私は無言で, 悲しみに満ちた笑みを浮かべた. 今頃, そんなことを聞くのか. 全ては, もう遅いのに.
その時, 花梨が慎司の腕に抱えられたまま, 私の手の中の離婚届に気づいた. 彼女の顔が, わずかに歪んだ. しかし, すぐに嬉しそうな表情に変わった.
花梨の腕の中には, 見覚えのあるノートがあった. それは, 私が祖母から受け継いだ, 秘伝のレシピノート. 私のパティスリーにとって, 何よりも大切な「魂」だった.
「これ... どうして花梨さんが持っているの? 」私の声は, 震えていた.
「慎司さんがくれたのよ. 乃々花さんのパティスリーのレシピだって. これがあれば, 慎司さんとの新しいお店, 絶対に成功するわよね, 慎司さん? 」花梨は, 屈託のない笑顔で慎司を見上げた.
慎司は, 花梨の言葉に何も言えず, ただ私から目を逸らした.
私の心臓は, まるでガラスのように砕け散った. 裏切り. 絶望. 怒り. 全ての感情が, 私の体の中で嵐のように渦巻いた.
私はすぐに弁護士に連絡を取り, 離婚手続きを依頼した. そして, 慎司から贈られた99個のティーカップを全て叩き割る準備をした. 私にはもう, 未練など何もない.
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