懐妊逃亡〜その種、国家最高権力につき〜 の小説カバー

懐妊逃亡〜その種、国家最高権力につき〜

7.8 / 10.0
予期せぬ不慮の事故が、彼女の運命を狂わせた。素性も知らぬ男と過ごした、決して明かすことのできない一夜。その場に残されていたのは、一枚の純金カードだった。しかし、それは対価などではなく、彼女を「泥棒」へと仕立て上げる罠であり、自由を奪う軟禁生活の幕開けとなる。投獄の恐怖と、法の裁きに絶望する彼女の前に現れたのは、あの一夜を共にした当の男だった。男は「妊娠」という事実を盾に取り、彼女の人生へと傲慢に踏み込んでくる。抗う術のない強引な支配に翻弄されるなか、彼女は衝撃の事実に直面する。目の前の男こそが、国家の最高権力者として万人の頂点に君臨する、現職の大統領だったのだ。逃げ場のない状況で、一国の主との歪な関係が加速していく。予測不能な事態に巻き込まれた彼女の行く末は、果たしてどこへ向かうのか。最高権力者の執着と、秘められた命を巡る物語が今、静かに動き出す。

懐妊逃亡〜その種、国家最高権力につき〜 第1章

「叫ばなければ傷つけないから。分かったら瞬きしろ」

車の後部座席から、男の低く魅力的な声が響く。口調こそ丁寧だが、その冷ややかな視線は圧倒的な威圧感を放っていた。

七瀬鈴音の背筋が凍りつく。素直に瞬きをした。男の手にある銃は、彼女の後頭部に狙いを定めている。1秒でも躊躇えば、死体になると本能が告げていた。

今夜最初のネクストライドの仕事を終えたばかりなのに、帰宅途中で見知らぬ男に脅されるなんて、ついてなさすぎる。

鈴音は恐怖のあまり、一瞬呆然としてしまった。駐車した場所からそう遠くないところへ、黒いスーツの集団が歩いてくる。手には銃。その凶悪な目つきは、誰かを探しているようだった。

「奴は今日、1人で外出していた。この絶好なチャンスを逃すわけにはいかない」

「それに、奴は大量の催淫剤を吸い込んだ。もうじき効いてくるはずだ。 まだ遠くには行ってないはずだ。天草天音を見つけられなきゃ、ボスに鰐湾へ放り込まれて鰐の餌にされちまうぞ」

集団の足音が遠ざかるのを待って、鈴音はバックミラーに目を向けた。後部座席に座る男の顔は、異常なほど赤らんでいる。間違いなく、さっきの連中が追っていたターゲットだ。

天草天音……聞き覚えのある名前だ。どこかで聞いたことがあるような?

「妙な真似はするな。早く車を出せ」男は鈴音の思考を見透かしたように、引き金に指をかけた。その眼光が鋭さを増す。

鈴音は気を緩めることができなかった。何より、天音の手にある銃が怖すぎる。

「あの、別のタクシーをご利用いただけますか?その分の料金は私が負担しますので ICUにいる祖父の治療費を稼がなくちゃいけないんです。 ここ数年、毎日仕事を2つ掛け持ちして、既にギリギリなのに……なんでこんな目に遭わなきゃいけないの? 銃まで突きつけられて……あんまりです」 彼女は泣きそうな顔で運命の不公平さを嘆き、男の良心に訴えて逃がしてもらおうとした。

後部座席の天音は、意識が朦朧としていた。全身が焼けつくように熱い。呼吸をするたびに、理性が削り取られていく。

彼は鈴音の泣き言を聞き取っていた。今夜は恩師の誕生パーティーに参加するため、秘書やボディガードを連れずに外出し、そこを狙われたのだ。 切羽詰まった状況でなければ、見ず知らずの少女を困らせたくなどなかった。

「この住所へ行け。急げ……」彼は苦しげに息を吐きながら、運転席の鈴音に詳細な行き先を告げた。

鈴音は言い返そうとしたが、冷たい銃口をこめかみに押し当てられ、言葉を飲み込んだ。

ふくらはぎが恐怖で震える。彼女はおとなしくナビを設定すると、すぐにエンジンをかけ、荒い呼吸を繰り返す男を乗せて地下駐車場を後にした。

ドライバーの仕事を始めて半年以上。鈴音はこの街の主要エリアの地理には詳しかった。

だが、ナビに表示された場所は、普段の営業範囲を超えていた。しかもその地点には星のマークがついている。奇妙な場所だ。

深く考えている余裕はない。車はナビの指示通り、鬱蒼とした森の中へ入っていく。車を停めると、彼女は振り返って後部座席の男に尋ねた。「着きましたけど、ここですか?」

男はぐったりとシートに寄りかかっていたが、銃を握る手は決して緩んでいない。その警戒心の強さに、鈴音は戦慄した。

返事がない。彼女は諦めてシートベルトを外し、車を降りた。後部座席のドアを開け、近づこうとした瞬間――手首を男に掴まれた。 足元がふらつき、勢い余って前につんのめる。

鈴音は男の上に倒れ込んだ。彼の体温はまるで煮えたぎるマグマのように熱く、柔肌を火傷させそうなほどだった。

「あの、料金を払ってください」 彼女は男を押しのけようと手を伸ばす。ひんやりとした小さな手が、男の燃えるような胸板に触れた。

ギリギリで耐えていた男の理性が、鈴音の無意識の触りによって、ついに決壊する。

彼女も子供ではないし。男に華奢な顎を掴まれ、その海のように深い黒瞳に見つめられた瞬間、悟ってしまった。彼の瞳の奥から、抑えきれない欲望が溢れ出そうとしているのを。

薄暗く狭い車内。夜風と共に、危険な気配が濃厚に漂い始めた。

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