失われた記憶の恋人 の小説カバー

失われた記憶の恋人

9.6 / 10.0
交通事故から目覚めた恋人、栗崎修一。彼が告げたのは「真実の愛を思い出した」という冷酷な別れだった。『失われた記憶の恋人』は、裏切りに直面した遠藤美咲が、新薬による記憶消去の臨床試験に志願する姿を描く現代的なromance novelです。愛と科学が交差するこのmodernな物語で、彼女は過去を捨て去る選択をします。記憶の書き換えというsci-fi要素を含んだ、切なくも決然とした決別の軌跡を追うweb novelです。
「失われた記憶の恋人」のあらすじ
交通事故に遭い一週間の昏睡状態に陥っていた恋人の栗崎修一。彼が意識を取り戻した直後、平穏だった二人の関係は残酷な終わりを迎える。目覚めた修一は、長年秘めていた想い人の存在を思い出したと告げ、遠藤美咲に冷徹な別れを突きつけたのだ。「記憶を失っていた時期の行動はすべて本心ではない。今日から俺たちは他人だ」と言い放ち、これまでの愛の日々を無かったことにしようとする修一に対し、美咲は引き止める言葉を持たなかった。深い絶望と悲しみの淵に立たされた彼女は、ある決断を下す。それは、勤務先の研究室で開発に成功したばかりの画期的な新薬の臨床試験に参加することだった。一度服用すれば、特定の記憶を脳内から完全に消去できるというその薬。担当者から「本当に覚悟はできているのか」と最終確認を求められた美咲は、修一との思い出をすべて抹消し、彼を赤の他人として生きる道を選ぼうとする。失われた記憶が呼び覚ました残酷な真実と、苦痛を逃れるために自らの記憶を消そうとする女。科学の力が交錯する中で、二人の運命は決定的な破滅へと向かっていく。
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失われた記憶の恋人 第1章

恋人が交通事故で一週間意識不明に陥った後、突然記憶を取り戻した。

この時、遠藤美咲は栗崎修一のベッドの傍らで、丸七日間にわたってほとんど飲まず食わずで付き添っていた。

一方、修一が意識を取り戻して最初に口にしたのは、彼女への問いかけだった。

「どうして君が?」

「詩織はどこだ?」

彼は、夜通しの看病で疲れきり、目の下に隈ができた美咲を見つめて言った。「俺が記憶を失っていた間に起きたことは、すべて本心じゃない。今日限り、君とは一切関係ない。俺たちの恋愛関係も当然、なかったことになる」

美咲の体は、激しく震えた。

その時、修一が目を覚ましたと聞いて、友人たちが病室にどっと押し寄せ、大小様々な花束が床に置かれた。

「修一、ようやく目が覚めたか。今回はマジで死んだかと思ったぜ」

そう言ったのは、修一の幼馴染である藤崎浩介だった。

「ちょっと、黙ってよ。最低」

佐々木詩織が甘えた声で不満を漏らした。「修一がせっかく意識を取り戻したのに、そんなこと言うなんて縁起でもない。ペッ、ペッ!」

彼女はそう言いながら慌てて駆け寄り、修一の前に屈み込んだ。

修一は手を伸ばし、優しく彼女の額を撫でた。「怖がらせたな」

「詩織、この二年間、寂しい思いをさせた」

詩織は唇を尖らせ、目に涙を浮かべた。

「もういいの。事故で入院までしたあなたに、怒ってなんかいられないわ。 これからはただ健康でいてくれれば。もう無茶な運転とか、危ないことはしないで。それだけで十分よ」

修一は弱々しく微笑んだ。

病室の空気は、まるで溶け始めた氷河のように、一瞬で暖かく和やかなものになった。

「修一、お前が知らないだろうけど、今回の入院で詩織は心配で死にそうだったんだぞ」

「その様子だと、記憶は戻ったのか?」

「じゃあ、遠藤美咲は――」

言葉が、途切れた。

その名前が呼ばれた時、美咲はすでに気を利かせて病室の外へと出ていた。

修一が意識不明の間、彼女は脳内で無数の可能性を思い描いたが、彼が目覚めた瞬間に、自分と共に過ごした二年間の時を完全に投げ捨ててしまうことだけは、想像していなかった。

その時、病室から誰かの声が聞こえた。

「この数日間、遠藤美咲は大変だったんだ。ほとんど寝ず食わずで君の看病をして、体を拭いたり、マッサージをしたり。彼女がいなければ、君はこんなに早く回復できなかったかもしれない。この恩は忘れるなよ」

美咲の心臓が、一瞬止まったかのように感じられた。

「事故の前、君は遠藤さんのために――」

「もういい、やめろ」

病室の会話が遮られた。

修一の声には、苛立ちが滲んでいた。「俺が回復できたのは、遠藤美咲のおかげだってことは分かってる」

「これからは、彼女に良くしてやるつもりだ」

「妹みたいに、な」

美咲は、自分の心臓が天高く持ち上げられ、そして地面に叩きつけられるのを感じた。

ほんの一週間前まで、彼は周りの人間に彼女を紹介していた。「こちらは遠藤美咲、俺の婚約者だ」と。

それが今や、彼女は「妹」に成り下がってしまった。

美咲は唇の端を吊り上げて、力なく笑った。

己の哀れさを、そして己の愚かさを笑った。

二年間という月日が、彼の真心を手に入れられると信じていた。だが、彼の心の奥底には、かつて自分を捨てて去っていった女性が今もなお居座っていたのだ。

栗崎修一と佐々木詩織は幼馴染で、共に育ち、婚約も既定路線のはずだった。

しかし、詩織が突然他の男に恋をし、修一に一方的に別れを告げ、愛する人を追って海外へ行ってしまった。

詩織が去った日、修一は車を飛ばして空港へ向かう途中で事故に遭い、次に目覚めた時には、彼女に関する一切を忘れてしまっていた。

そうして美咲は、彼と二人きりで過ごす機会を得たのだ。

当時の修一はひどく衰弱し、事故による足の重傷で立つことさえできなかった。

退院後、彼は美咲に対して狂ったように当たり散らし、自殺騒ぎまで起こした。

美咲は、彼の負の感情をすべて静かに受け止め、マッサージを施し、リハビリを助けた。

半年後、修一は立てるようになり、さらに数ヶ月後には歩けるようになった。

回復した修一が最初にしたことは、美咲を抱き上げ、その場で何度もくるくると回ることだった。

「美咲、今までずっとそばにいてくれてありがとう」

「君は俺の人生で、何よりも大切な人だ」

「愛してる」

美咲は、嬉し涙にくれた。

今も、あの甘い言葉が耳元で響いているかのようだ。

かつて美咲も、修一はきっと自分を娶り、妻にしてくれると信じていた。

彼も、最高に盛大で素晴らしい結婚式を挙げると約束してくれた。

病室から突然響いた楽しげな笑い声が、美咲を思い出から現実へと引き戻した。

彼女は病室のガラス越しに、修一が懸命に体を起こし、詩織がその胸に頭を寄せているのを見た。

「もういいわ、これから誰もあの遠藤美咲の話はしないで。いいこと?」

「この二年間、修一も本当に可哀想だったわ。記憶がないからって、どんな女でもそばに寄ってこれるんだもの」

誰かが同調する声が聞こえた。「詩織の言う通りだ。今や修一は記憶を取り戻したんだ。上場企業の社長として、何のバックグラウンドもなくて、彼のキャリアの助けにもならないような女を妻にはできない」

「でも、もともと彼女の奨学金は栗崎家のグループが出資してたんだし、二年間の看病で、修一も彼女に借りはないだろう」

皆が好き勝手に話し合っている。病室から一人いなくなったことに、誰も気づいていないようだった。

しかし美咲の心は、まるで手で強く握り潰されたかのように、息苦しいほどに痛んだ。

数ヶ月前、海外へ「愛を追って」行った詩織が婚約者に捨てられ、慌てて修一のもとへ戻ってきた。

だが、彼女をすっかり忘れていた修一は、「失せろ」とだけ言い放った。

そして彼女に背を向け、代わりに美咲の手を固く握りしめた。

詩織の目は真っ赤だった。

「遠藤美咲、自分が何をしてるか分かってるの?」

「人の弱みにつけ込んで、私の幸せを壊したのよ!」

「修一を手に入れるために、そんな卑劣な手を使ったんだから、きっと天罰が下るわ!」

自分が人の弱みにつけ込んだのか、美咲には分からなかった。

しかし今、確かなことがある。修一は本当に記憶を取り戻し、そして本当に、後悔しているのだ。

佐々木詩織が、帰ってきた。

彼女という「妹」は、潮時をわきまえて退場すべきなのだろう。

病院を出て、美咲は研究室に電話をかけた。

「先生、治験の枠はまだありますか? 私も参加したいです」

電話の向こうは、しばし沈黙した。

やがて――。

「美咲、本気かね。この薬を一度飲んでしまえば、もう後戻りはできないかもしれないんだぞ。君のその記憶は完全に消去されて、そうなったら――」

「先生、もう説得は結構です。決めましたから」

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