すでに別の男の妻なのでお構いなく の小説カバー

すでに別の男の妻なのでお構いなく

8.6 / 10.0
結城紗良は、相沢蓮司という男を盲目的に愛し続けてきた。蓮司の心には常に別の女性の影があり、一年の大半を海外にいる彼女に捧げ、挙句の果てにはその女性との間に子供まで授かっていた。それでも紗良は彼への想いを捨てきれず、卑屈なまでに愛を乞い、ついに結婚の約束を取り付ける。しかし、入籍当日。海外から戻った想い人のもとへ向かった蓮司は、役所に姿を現さなかった。この裏切りによって、紗良が七年間抱き続けた未練は完全に潰える。彼女は彼との連絡を断ち切り、思い出の街を去る決意をした。蓮司は「どうせすぐに泣きついて戻ってくる」と高を括っていたが、再会した紗良は、見知らぬ男性と共に婚姻届を手にしていた。形勢は逆転し、今度は傲慢だった御曹司の蓮司が、なりふり構わず彼女を追い回すようになる。「俺が愚かだった、やり直してくれ」と必死に縋り付く蓮司。だが、冷徹な視線を向ける紗良の口から出たのは、拒絶の言葉だった。「いい加減にして。私はもう、別の人の妻なの」

すでに別の男の妻なのでお構いなく 第1章

『おかけになった電話は、現在通話中です。のちほどおかけ直しください……』

蒼南市役所の入り口。鉛色のスーツに身を包んだ結城紗良は、洗練された美しい顔立ちを秋の木枯らしに晒し、氷のように冷たい表情を浮かべていた。

手に握りしめた戸籍謄本は、力みのあまりしゃぐしゃに変形している。

今日は、恋人の相沢蓮司と婚姻届を出す日だった。

丸1日待ち続けたが、結局彼は現れなかった。

蓮司に約束をすっぽかされたのは、これで何度目か。もう数える気にもならなかった。

もう1度電話をかけてみたが、聞こえてくるのは相変わらず無機質なアナウンスだけだ。

紗良がうつむいたその時、スマホの画面にニュースのプッシュ通知が表示された。

「#相沢グループCEOの相沢蓮司、帰国した恋人を空港で堂々とお出迎え。2人のアツアツな姿をキャッチ」

タップすると、1枚の写真が表示された。

黒のスーツを着こなす長身で気品のある男。横顔しか写っていないが、その完璧なフェイスラインだけで、世の女性を虜にするには十分だった。

特筆すべきは、その目元に浮かぶ優しい色だ。

紗良は自嘲気味に片方の口角を上げた。

あんなに優しい蓮司の表情なんて、今まで1度も見たことがない。

さすがは、彼がずっと忘れられずにいる初恋の相手だ。

たった1本の電話で、婚姻届の提出という人生の重要なイベントすら放り出してしまうのだから。

続いて、メッセージアプリの通知が鳴った。

「ネットのニュース、見たでしょ?身の程を知るなら、さっさと蓮司お兄ちゃんから離れてね」

送信元の名前は、白石凛子。

蓮司の初恋の相手だ。

紗良が画面を少しスクロールすると、数日前に凛子から送られてきたエコー写真と検査結果の画像があった。

妊娠8週目。

母親の欄には白石凛子の名前。

そして父親の欄には、相沢蓮司と書かれていた。

その画像を見た時も、紗良は全く驚かなかった。

蓮司は毎年、年の半分は凛子のいるフランベル国へ飛んでいる。

これだけ長年通い詰めていて凛子が妊娠していなかったら、逆に蓮司の男性機能に問題があるのではと疑ってしまうレベルだ。

別れを切り出さず、あえて結婚を提案した。

それはきっと、紗良の未練だったのだろう。

18歳の時。大学の門の前で蓮司を一目見た瞬間、どうしようもなく彼に惹かれてしまった。

周りの人間は皆、相沢グループの御曹司である彼は高嶺の花で、軽々しく手を出せる相手ではないと言った。

しかし紗良はそんな言葉に耳を貸さず、飛んで火に入る夏の虫のごとく、溢れる情熱を胸に彼へと突っ走っていった。

猛アタックを続けて3年目、彼女の恋はようやく実を結んだ。

だが、手放しで喜ぶことはできなかった。

告白が成功した次の瞬間、蓮司は凛子からの電話を受け取ったからだ。

そして、木枯らしの吹く中に紗良を1人残して去っていった。

蓮司に忘れられない初恋の人がいると知ったのは、まさにその時だった。

小さくため息をつき、紗良は再び通話画面を開いた。

ただし、今度かける相手は蓮司ではない。

実家だ。

電話はすぐに繋がった。相手の女性が口を開くより先に、紗良は淡々とした口調で告げた。『実家に戻って、政略結婚を受け入れるわ』

電話の主は、紗良の母である三浦真由だった。娘がようやく折れたことに驚いた様子で問い返してくる。『やっと目が覚めたのね?』

紗良は一切の躊躇なく告げた。『ええ』

真由が尋ねる。『いつ帰ってくるの?』

『20日よ』

それだけ言うと、紗良は電話を切り、車に乗って帰路についた。

道中、胸の奥に広がる痛みをただやり過ごした。

どうせ、こんな思いをするのもこれが最後だ。

家に帰り着くと、紗良はどっと疲れが押し寄せてきた。シャワーを浴びて、そのままベッドに倒れ込んだ。

本当なら、このまま何もかも捨てて出て行くことだってできる。

だがこの7年間で、彼女の生活は蓮司と深く結びつきすぎていた。

残り半月。時間を惜しんで身辺整理をし、彼との関係を完全に断ち切らなければならない。

深夜。

眠っていた紗良は、隣のマットレスが沈み込むのを感じた。直後、ひんやりとした冷たい腕に抱きしめられる。

不快感に眉をひそめると、耳元で低く魅力的な男の声が囁いた。「ごめん」

暗闇の中、紗良は目を閉じたまま長いまつ毛をわずかに震わせた。

「明日の朝イチで、婚姻届を出しに行こう」

次の瞬間。

ベッドサイドのスマホが光った。

冷たい抱擁が解け、蓮司のひどく優しい声が続く。『泣かないで。今すぐ行くから……』

背後で服を着る音を聞きながら、紗良は暗闇の中で音もなく自嘲した。

そしてベッドサイドのランプをつけ、ドアに向かって歩き出した彼に声をかけた。「蓮司、行かないで……」

蓮司は立ち止まらなかった。

そのままドアを開け、大股で足早に去っていった。

遠ざかる足音を聞きながら、紗良は唇の端を吊り上げた。笑いながらも、目尻からはひと筋の涙が音もなく滑り落ちた。

翌日。紗良が起きると、家には見知った顔が1人増えていた。

蓮司の助手である、佐倉悠真だ。

「結城さん。こちらは相沢社長からの贈り物です」

悠真は、テーブルの上にずらりと並べられた宝石やアクセサリーを指して言った。

しかし彼の予想に反し、紗良の反応はひどく薄いものだった。「そう」

悠真の目に驚きの色が走る。

蓮司が贈り物をするたび、彼女はいつも飛び上がらんばかりに喜んでいたのだ。

こんなにも冷めた態度は、初めて見るものだった。

「では、私はこれで失礼します」

悠真はプロ意識が高く、理由を深く詮索することなくその場を後にした。

紗良はテーブルの上でまばゆい光を放つ宝石を見つめたが、心は全く動かなかった。

どうせ全部、悠真が適当に見繕ったものに決まっている。

蓮司の謝罪は、いつだってこんな風に誠意のかけらもない。

せめてもの救いは、彼女はもう彼に何も期待していなかった。

期待しなければ、心が痛むこともない。

ピコン――。

メッセージの通知音が鳴った。

凛子:「蓮司お兄ちゃんからのプレゼント、受け取ったでしょ?私に感謝してよね。私がプレゼントを贈って謝った方がいいって説得しなかったら、お兄ちゃん絶対やらなかったんだから!」

紗良はスマホを強く握りしめた。

凛子をブロックしていない理由はただ1つ。蒼南市を去った後、これらの暴言のスクショをまとめて蓮司に送りつけるためだ。

彼の中で清純無垢な天使になっている凛子が、裏でどれほど性悪でドロドロした女なのか、とくと見せてやるつもりだった。

深呼吸をして、彼女は自分が住んでいるこの別荘に目を向けた。

ここは蓮司の持ち家で、紗良の私物はそれほど多くない。だから荷造りを急ぐ必要はなかった。

問題は、彼女自身の持ち家の方だ。

蓮司を熱烈に愛していた頃、彼女は彼がいるこの蒼南市に永住するのだと信じて疑わなかった。

そのため、後先考えずに色々と買い込んでしまったのだ。

家電類はどうでもいい。売ってしまえば済む。

紗良が手放しがたいのは、家中に溢れかえる骨董品のコレクションだった。

だが、実家に帰る前に1度病院に行かなければならない。

数日前から胃の調子が悪く、何を食べても吐き気がしていた。婚姻届の提出を優先するため、検査を先延ばしにしていたのだ。

車を走らせ、病院に到着した。

車から降りる前、紗良は病院の入り口が黒山の人だかりになっているのに気がついた。群衆の中から叫び声が聞こえる。「出てきたぞ!相沢社長と彼女だ!」

紗良は長いまつ毛を震わせ、フラッシュの嵐の中、凛子を庇いながら包囲網を突破しようとする蓮司の姿に視線を釘付けにした。

前回はただの写真だった。

だが今回は、目の前で繰り広げられる生放送だ。

蓮司の鋭く冷たい視線に宿る、焦燥と威圧感がはっきりと見て取れた。

「死にたくなければ、退け!」

男の全身から、凄まじい殺気が放たれていた。

トップに立つ者特有の圧倒的なオーラに、その場にいた全員が息を呑み、静まり返った。

しばらくして、1人の記者が恐る恐る口を開いた。「相沢社長、こちらの女性はどのようなご関係で?」

世間では凛子が蓮司の恋人だと噂されていたが、彼自身の口から正式に認められたことはまだなかったのだ。

全員の視線が蓮司に集まる。

車の中に座っている紗良もまた、彼を見つめていた。

蓮司は質問には答えず、長い指でいきなりその記者の首ぐらを掴み上げた。

周囲から一斉に息を呑む音が漏れる。

ーー真っ昼間の公衆の面前だぞ。

相沢蓮司は狂ったのか?

たかが1人の女のために? !!!

しばらくして、蓮司はようやく顔面蒼白になった記者を突き放し、冷ややかな視線で周囲をねめつけた。

「そんなに知りたいのなら、教えてやろう。俺たちの関係を」

「だが――これが最初で最後だ。二度と聞くな」

病院の入り口は、針の落ちる音さえ聞こえそうなほどの静寂に包まれた。

誰もが恐怖に震え上がっていた。

張り詰めた空気の中、蓮司の響くような声だけが落ちた。

「彼女は、この俺が守り抜く人間だ!」

「今後、彼女をつけ回すような真似をすれば、どうなるか覚えておけ!」

その言葉に合わせて、凛子はタイミングよく恥じらうように顔を上げ、か弱い様子で熱狂的な尊敬の眼差しを彼に向けた。

その光景を見て、記者たちが関係性を察しないわけがない。

車の中で一部始終を見ていた紗良は、ふいに診察を受ける気が失せ、アクセルを踏み込んで自分の別荘へと引き返した。

続きを読む

すでに別の男の妻なのでお構いなく 目次一覧

Ch. 1 Ch. 2 Ch. 3
Ch. 4
Ch. 5
Ch. 6
Ch. 7
Ch. 8
Ch. 9
Ch. 10
Ch. 11
all

おすすめの作品

新着リリース小説

妊娠八ヶ月、夫のパイプカットが暴く残酷な真実 の小説カバー
9.0
妊娠8ヶ月の幸せな生活は、夫が結婚前にパイプカットを受けていたという衝撃の事実で崩れ去ります。問い詰めるべく夫の職場を訪れた私は、彼が仲間と私の胎児の父親を当てる賭けをし、薬で私を眠らせては友人たちに共有させていたという戦慄の計画を耳にします。さらに彼は私を流産させる陰謀まで企てていました。パーティーの夜、薬で意識を奪われた私は激痛の中で最愛の子を失います。血の海で絶望した心は冷徹な復讐心へと変わり、私は隠しカメラの映像や録音データなどの証拠を揃えて警察へ向かいました。卑劣な男たちが法の裁きを受ける中、私は過去を断ち切り、自分だけの新しい人生を歩み始めます。
砕けた心の鎮魂歌:冷徹な夫への永遠の別れ の小説カバー
7.9
結婚3周年の記念日に小松原静が目撃したのは、夫である鷹司暁が別の女性と情事に耽る衝撃的な姿だった。暁は静に贈られたネクタイを外し、静との関係をただの政略結婚だと冷酷に切り捨てる。怒りを抑えて離婚を突きつけた静だったが、鷹司グループの権力者である暁は書類を破り捨て、跡継ぎを産む義務を強要して彼女を力ずくで押さえつけた。さらに彼は静のカードを止め、職を奪うことで彼女を孤立させ、徹底的な支配を試みる。しかし、暁は知らない。4年前に彼を救うために遭った事故で、静がすでに子供を産めない体になっていることを。代わりの女のために妻としての尊厳を無惨に踏みにじる夫の傲慢さが、静の心に冷徹な復讐の炎を灯す。絶望の淵に立たされた彼女は、自分を追い詰めた夫を「死人以下」と断じ、その権力に抗うための壮絶な反撃を開始する。愛が憎しみに変わる時、静はすべてを賭けて自らの尊厳を取り戻す戦いに身を投じていく。
元夫に捨てられたら、逆に儲けまくった〜再婚は、あとでいい〜​ の小説カバー
7.9
周囲から疎まれる存在だった佐藤婉寧は、夫である鈴木原璟からも冷遇され、孤独な日々を過ごしていた。絶え間ない拒絶の末、ついに彼女は離婚を決意。財産の半分を要求し、彼との縁を断ち切った。原璟は喜んで署名したが、その後の展開は予想外だった。慰謝料を元手に事業を成功させ、輝きを増していく元妻。さらには新たな男の影まで現れる。その姿に焦った原璟は、以前の態度を翻して彼女に執着し始める。「全財産を譲るから再婚してくれ」と懇願し、なりふり構わず復縁を迫る。捨てられたはずの女と、後悔に震える元夫。逆転した二人の関係の行方は。
清水さん、お元気でしたか。元夫の天敵に三年越しで溺愛されています の小説カバー
8.0
結婚生活を送った三年間、清水瑠衣は冷徹な夫・立川蒼空の心を愛で溶かせると信じていた。しかし、その期待は土砂降りの夜に打ち砕かれる。彼女が命懸けで撮影したユキヒョウの写真は、夫が新恋人を写真界の頂点へ導くための道具に利用されたのだ。夫が別の女を抱き表彰台に立つ影で、瑠衣はアフリカの病院で生死の境を彷徨っていた。絶望した彼女は離婚届を残して失踪し、自らの力で栄光を掴むと誓う。月日が流れ、セレンゲティでカメラを構える彼女の前に現れたのは、元夫の宿敵であり、巨大資本を操る極東グループの支配者だった。彼は瑠衣を車との間に追い詰め、独占欲を孕んだ声で囁く。「同情ではない。立川が手放した至宝を愛おしんでいるだけだ」と。逃げ場を失った彼女は、その掠れた告白から真実を知る。彼は三年前から、密かに彼女を我が物にしたいという情熱を燃やし続けていたのだ。元夫の天敵による、執着と溺愛に満ちた逆転劇が幕を開ける。
私は、あの子のママだった五年間 の小説カバー
8.6
かつてフェミニズム活動家として名を馳せた私は、今や世間から「玉の輿狙いの愛人」や「ブラコン」と蔑まれる存在に成り下がっていた。すべては病に苦しむ弟の治療費を工面するため。私は莫大な富を持つ男と結婚し、彼の連れ子である自閉症の少年の継母となったのだ。かつての同志たちは私を裏切り者と罵って去り、私の世界は一変した。昼は献身的に息子を世話し、夜は夫の情欲を受け入れるだけの孤独な日々。そんな生活が5年目を迎えた頃、息子の実母が突如として姿を現す。彼女は名門大学の博士号を持つ才色兼備な女性であり、SNSでは100万人以上の支持を集めるフェミニズムの旗手として輝いていた。地味で誰からも愛されず、彼女の輝きとは対照的な自身の境遇を突きつけられた私は、ついに自ら離婚を切り出す決意を固める。自己を犠牲にして守り続けてきた家庭という居場所さえも、本物の母親の登場によって崩れ去ろうとしていた。富豪の妻という仮面の下で、一人の女性が選ぶ苦渋の決断と、変わり果てた運命の行方を描く現代ロマンス。
この夏、私は家族の命綱にはならない の小説カバー
8.9
記録的な猛暑が予想される夏、義姉の強引な提案で家族は避暑地へと向かう。異変を察した私は早期帰宅を促すが、義姉と母は聞く耳を持たず、私を罵倒するばかり。現地では理不尽なトラブルに巻き込まれ、支払いを押しつけられた。やがて磁場の乱れにより、避暑地は逃げ場のない灼熱地獄へと変貌する。空港は閉鎖され民泊に孤立する中、外出禁止令を無視して海へ向かった義姉が危機に陥る。その瞬間、兄は義姉を救うための「踏み台」として私を海へ突き落とした。熱湯のような海水にのまれ、命を落とした私。しかし、実の娘を冷酷に見捨てた家族への怒りと絶望の中で意識が途絶えたはずが、次に目を開けると、あの忌まわしい旅行の計画が始まった瞬間に戻っていた。家族の命綱として理不尽に搾取され、最期は生贄にされた前世。今度はもう、身勝手な彼らの盾になるつもりはない。凄惨な死の記憶を糧に、私は自分一人の命を守り抜くため、破滅へと突き進む家族との決別を決意する。運命を塗り替えるための、孤独で熾烈な戦いが幕を開ける。
今すぐ読む
共有