
元カノとヨリを戻した夫が、毎晩私の足元で泣いて離婚してくれません
章 2
「結婚式を挙げるんだってね」
莉子は感情を押し殺し、少し寂しげな声で小さく尋ねた。
涼真は短く相槌を打ったが、その視線が莉子に向けられることは一度もなかった。「俺にはあいつに、結婚式をしてやる義理がある」
3年前、神崎グループのトップに就任したばかりの彼は、方々で反感を買っていた。結婚式を挙げなかったのは、結衣に恨みの矛先が向くのを恐れたからだ。
だが今となっては、彼の身内に軽々しく手を出そうとする者など誰もいない。
***
結衣は本社ビルを出ると、足早に歩き出した。ここから一刻も早く逃げ出せば、胸の痛みも和らぐような気がしたのだ。
彼女が車のドアを開けようと手を伸ばした瞬間、背後から足音が近づいてきた。急いでいるが、どこか落ち着きのある足音だ。次の瞬間、温かい体温が背中にぴったりと張り付いた。男の冷たくも強引な気配が夜の冷たい風と混ざり合い、一気に結衣の鼻腔をすり抜ける。
涼真は彼女を腕の中に閉じ込め、身をかがめて耳元で囁いた。「送っていく」
彼が追いかけてきたことに結衣は少し驚いたが、思わず皮肉を口にした。「今夜は用事があるんじゃなかったの?」
涼真は答えず、感情を押し殺すように低い声で尋ねた。「今日はウェディングドレスの試着に行かなかったのか?」
ウェディングドレスは空輸されてきたもので、国際的に有名なデザイナーの手による純手縫いの品だ。ちりばめられたダイヤモンドも、1粒1粒が厳選されたものだった。
それを聞いて、結衣はついに振り返って彼を見つめ、静かな顔で言った。「この結婚式、必要ないと思うの」
涼真は眉をひそめ、瞳の奥に怒りをたぎらせた。車のドアに手をつき、無意識のうちに関節が白くなるほど力を込めて問い詰めた。「どういう意味だ?」
彼が追いかけてきたのは、つい先ほど祖父から電話があり、結衣が結婚式をキャンセルしたがっていると聞かされたからだった。
「言葉通りの意味よ」
結衣は目を伏せ、無意識に指を丸めた。「最初からその気がなかったのに、後から取って付けたようにやって、何の意味があるの?」
涼真は珍しく少しの間沈黙し、どこか自信なげに口を開いた。「怒っているのか?」
結衣は言いたかった。あなたの妻として、あなたが他の女をオフィスに連れ込んでいたのに、弁解の1つもないなんて、怒らない方がおかしいでしょう、と。
結衣は深呼吸をして、静かに告げた。「神崎涼真、私たち離婚しましょう」
涼真の瞳に一瞬驚きの色が走ったが、すぐに顔を険しくし、眉をひそめて結衣を睨みつけた。「何を言ってるんだ?」
1度口に出してしまえば、それ以上言葉を紡ぐのはそう難しいことではなかった。
心にぽっかりと穴が空いたようだったが、結衣は同時に、久しく感じていなかった清々しさを覚えていた。
彼女は顔を上げ、目の前に立つ背の高い男を静かに見つめ、もう1度繰り返した。「離婚しましょう」
涼真はひどく顔を歪め、手を伸ばして彼女の顎を掴み、凶暴な目を向けた。「桜井結衣、大人しく『神崎夫人』の座に収まっていればいい。離婚など考えるな!」
結衣は何も言わず、静かだが頑固な視線で彼をじっと見つめ返した。
涼真の心臓がわずかに震えた。状況が思い通りにならないことへの苛立ちを、久しぶりに感じていた。
彼は車のドアを開けて結衣を助手席に押し込み、陰鬱な顔でエンジンをかけた。
「離婚協議書はもう作ってあるの。送ってもらう必要はないわ、ここでサインしてくれればいい」
結衣は元々、涼真に離婚の話をするつもりだった。口に出してしまった以上、これ以上お互いの時間を無駄にする必要はない。
「言ったはずだ。離婚はしないと」
涼真の声は氷のように冷え切っていた。それと同時に車のスピードが跳ね上がり、まるで結衣を道連れにして心中でもするかのような、狂気じみた荒々しさを見せた。
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