
死んだ妻の亡霊が憑りつく
章 2
松下翔栄 POV:
私は, 自分の身の回りのものを整理し始めた. 恭佑からもらった高価な服やバッグ, 宝石. かつては大切にしていたそれらを, 私は躊躇なく処分業者に渡した. 全てが, 彼の裏切りと私の絶望の象徴に思えたからだ.
「奥様, 社長様にはもったいないくらい, 素敵なものがたくさんありますね」と, 作業員の一人が皮肉めいた口調で言った.
私は何も答えなかった. 彼らが何を言おうと, もうどうでもよかった.
SNSを開くと, 莉実が新しいバッグを自慢げに投稿していた. それは, 数ヶ月前, 恭佑が私にプレゼントしようとしていたものと全く同じデザインだった. 私はそれを, ゴミ箱に捨てたばかりだ.
「樹実, ちょっと付き合ってほしいところがあるんだけど」
私は親友の西島樹実に電話をかけた.
「どこに? 急にどうしたの? 」樹実の声には, 心配の色が滲んでいた.
「行けばわかる」
私は樹実を連れて, 都心から少し離れた場所にある霊園へと向かった. 樹実の顔には, 困惑と不安が入り混じっていた.
「さえ, 一体ここ, どこなの? 」
霊園の入り口に立つと, 樹実は目を見開いた.
「私はここに, 自分のお墓を建てようと思っているの」
私の言葉に, 樹実は絶句した.
私は淡々と, 担当者と話を進めた. 区画を選び, 手続きを済ませる. すべてが, まるで他人事のように感じられた.
両親は, 恭佑との結婚に反対し, 駆け落ち同然で家を出て以来, 私とは絶縁状態だった. 私の葬儀に参列してくれる親族など, 誰もいないだろう. 私には, 樹実しかいない.
恭佑のおかげで, 私は自分の人生を捧げた. 彼の成功のため, 彼の夢のため, そして何より, 彼との間に子供を授かるため. しかし, その全てが無意味だったのだ.
「松下翔栄」
私は, 手続き書類に自分の名前を署名した. 隣に立つ樹実と, 担当者が驚いた顔で私を見つめている.
帰り道, 車の中で樹実が怒鳴った.
「さえ, 一体どういうことなの! ? お墓って, 冗談でしょ! ? 」
私は運転席の樹実を振り返り, 静かに言った.
「私, 癌なの. もう, 長くないって」
樹実の顔が, みるみるうちに青ざめていく.
「どうして, 今まで言わなかったの? 」
「あなたに, 余計な心配をかけたくなかった」
「でも, どうして今, 私に話すの? 」
「一人で死にたくないから. 最期くらい, あなたにだけはそばにいてほしい」
樹実の目から, 大粒の涙が流れ落ちた. 彼女はハンドルに顔を伏せ, 声を上げて泣き始めた.
私は, 自分がどれだけ愚かだったかを悟った. 恭佑は, 私を愛していなかった. 私を道具のように扱い, 利用し, そして捨てた. こんな男のために, 私は人生を棒に振ったのだ.
突然, 激しい腹痛が私を襲った. 全身が震え, 冷や汗が吹き出す.
「さえ! ? 大丈夫! ? 」樹実が慌てて私を支えた.
「病院は嫌. 家に帰りたい」私は必死で訴えた.
私の意識は, そこで途切れた.
恭佑が帰宅すると, 家は静まり返っていた. 樹実の姿はもちろん, 私の姿もなかった. 食卓には, 私が用意したままの冷たい夕食が置かれていた.
翌朝, 私は目を覚ました. 体はひどく痩せ細り, どの服もぶかぶかになっていた. 鏡に映る自分は, まるで別人のようだった. 病魔が, 私の体を蝕んでいることを, 嫌というほど思い知らされた.
その日の夜, 恭佑は莉実を連れて帰ってきた.
「お前, まだここにいたのか. しつこい女だな」恭佑は私を一瞥し, 冷たく言い放った.
莉実は, 満面の笑みで恭佑の腕に抱きついている.
「さえさん, お久しぶりです. 恭佑さんのお家, すっかり居心地が良くなっちゃいました」莉実はそう言いながら, 恭佑から私に視線を移した. その目は, 嘲笑に満ちていた.
「莉実, お前, どうしてここに? 」私は莉実に問いかけた.
「だって, 恭佑さんが寂しがるから. それに, 私ももうすぐママになるので, そろそろ恭佑さんのお家に慣れておかないとね」莉実は恭佑のお腹を撫でながら, 私を挑発するように言った.
私は, 莉実の嘘に気づいていた. 彼女は恭佑の寂しさを埋めるためではなく, 私の家を乗っ取るためにここにいるのだ.
「お前は, そんなにこの家が好きだったのか? 」私は莉実の目をまっすぐ見つめて言った. 「恭佑の愛人という肩書きで, この家に居座りたいなんて, 惨めだと思わない? 」
私の言葉に, 莉実の顔色が一瞬で変わった.
「さえ, お前, 莉実に何を言うんだ! 」恭佑が怒鳴った.
「事実を言っただけよ. あなたと莉実の不倫関係は, もうバレているわ」
「さえさん, ごめんなさい. でも, 恭佑さんが私を必要としてくれたんです. 私には, 恭佑さんの子供がいるんです」莉実は目に涙を浮かべながら, 恭佑の腕に抱きついた.
「さえ, お前は本当に最低な女だな. 莉実を泣かせるな! 」恭佑は私を突き飛ばした.
私は, その場に倒れ込んだ. 莉実の演技は, 見事だった.
「私のことを愛してるって, 言ったじゃない」私は恭佑を見上げて言った.
「それは, 昔の話だ. 今は莉実を愛している」彼は冷酷に言い放った.
恭佑は莉実を抱きしめ, 二人で私を嘲笑うように見つめている. 突然, 恭佑の携帯が鳴った. 彼は携帯を手に取り, 少し離れた場所へ移動した.
莉実は, 私の目の前で, 不敵な笑みを浮かべた.
「知ってる? さえさんのご両親のこと. 恭佑さんが調べてくれたの」
私の心臓が, 冷たい手で掴まれたように感じた. 莉実は, 私の過去にまで踏み込んできたのだ.
吐き気がした. 私の聖域を穢されたような, 耐えがたい屈辱だった.
私は, 莉実の頬を平手打ちした. 乾いた音が, 静かなリビングに響き渡る. 莉実は驚いて, その場に倒れ込んだ.
「さえさん, 何を... 」莉実は, 泣きじゃくる演技を始めた.
恭佑が, 電話を終えて戻ってきた. 莉実の様子を見ると, 怒りに顔を歪ませ, 私の腕を掴んで強く突き飛ばした.
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