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神様曰く、運命なので の小説カバー

神様曰く、運命なので

最愛の婚約者から非情な婚約破棄を言い渡された公爵令嬢レイチェル。絶望の淵で「ヒロインになりたい」と叫んだ彼女に対し、可憐なヒロイン・ステラは嘲笑と共に残酷な真実を告げる。「この世界はゲームに過ぎない」のだと。その後、無実の罪を着せられ投獄されたレイチェルは、突如発生した大地震によって命を落としたはずだった。しかし、次に目が覚めた時、彼女の視界に飛び込んできたのは一年前に見覚えのある懐かしい光景だった。死の淵から過去へと回帰したレイチェルは、自身を待ち受ける過酷な運命の正体とステラの真の目的を突き止めるため、再び彼女のもとへと向かう。自らに課せられた「悪役令嬢」という役割を打ち破り、望んだ幸せを掴み取ることはできるのか。これは、定められた運命に抗い、大切な存在や自らの居場所を守り抜くために戦う二人の少女の物語。華やかな貴族社会の裏側で、己の存在意義を懸けた激しいバトルが幕を開ける。少女たちの執念が交錯するローファンタジー、ここに開幕。
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いったいどれぐらいの間そこに居たのだろうか。我に返ったレイチェルが、治癒魔法をかけようとした時には、もう彼女は血を流し過ぎていたらしく、すでに手遅れの状態であった。

 徐々に冷たくなっていく彼女の手を握りながら、レイチェルは治癒魔法をかけ続けたが、それは無駄になってしまった。

 人の自殺を見るのも、その死を間近で見届けるのも、二回目の出来事だ。

 立ち去ることも出来ずに呆然としていると、ようやく誰かが駆けつける声がした。

「ステラ! レイチェル!」

 コーディだ。良かった。彼ならきっとステラを助けてくれる。この状態をどうにかしてくれる。

 そう考えて笑顔を向ける。だが、彼は悲鳴を上げて、レイチェルを凝視した。

 その顔には、恐怖がありありと浮かんでいる。

 どうしてそんな顔をするのか。彼に嫌な顔はされても、怖がられたのは初めてだった。混乱して手を伸ばすと、コーディは半歩後退る。

「……君が殺したのか?」

「は?」

 そこで、レイチェルは自分の手が真っ赤に染まっていることに気付いた。手だけじゃない。服も顔も全部全部血まみれだ。

 今の状況にようやっと気がついて、顔色を変える。

 しまった。これは、この状態では、言い訳が出来ない。

「待ってくださいコーディさま!」

 それでも分かってほしくて、レイチェルはふらりと立ち上がると、コーディに近づこうとした。

「違うんです、これは、この女が勝手に」

「黙れ!」

 だが、はね除けられる。

 暴力を振るわれたわけではない。だが、彼に拒否されたのがショックで、へなへなと崩れ落ちた。地面に突っ伏してしまうレイチェルを、コーディは怪物でも見るかのような顔で拒絶する。

「俺は、君のことを何度も何度も信用しようとした。だがその度に騙してくれたな。あげくの果てにはステラを……!」

 頭を抱えると、コーディは死刑宣告のような重々しい声で、レイチェルに決別の宣言をした。

「もう、君にはうんざりだ」

 彼が指先を振ると、レイチェルの手首に、氷の手錠がかけられる。

「元婚約者の俺が自ら逮捕する」

 待ってくれ。そう言おうと身動ぎして、彼の冷たい目に圧される。

「さようなら。レイチェル・オーウェント」

 彼が兵士等の手続きをする間、レイチェルはなにも出来ずにその場に座っていた。

*

 あれから何日経っただろう。レイチェルは地下牢に閉じ込められていた。

 裁判の時、レイチェルは当然何もしていないと主張した。だが、コーディの証言や、状況から考えても、犯人は彼女しかいないと結論を出されたのだ。

 人殺しは、この国では処刑にされる。相手が聖女だったこともあり、その方向で進んでいた。

 だが、レイチェルが治癒魔法をかけていたこと、貴族であること、そして育った家庭環境から、母と同じ精神疾患だと判断され、終身刑となった。

 妄想に取り憑かれ、ステラを殺したが、それを覚えておらず、治癒魔法をかけたのだそうだ。とんだ狂人にされてしまった。

 今までは、コーディの家から援助を受けて母を養っていた。だが、今回のことで母子共に見限られてしまい、母は今、親戚の家が面倒を見てくれている。だが、あまり歓迎されていないのが、心配だ。

 心の支えだったコーディは来ない。友人もいない。そんなレイチェルに、当然面会人はいない。

 食事を運んでくる看守がいるが、話すわけがないし、レイチェルは冷たい牢屋でずっと一人だった。

 一人でいると今までのことを嫌でも思い出す。

 いったいなにが悪かったのだろう。聖女をいじめたこと? でも、コーディを取られたくなかった。レイチェルには、ああするしか思いつかなかったのだ。

(わたくしが悪いの……? いいえ、そんなはずないわ……)

 浮かんだ考えを、首を振って追い出す。

 ふいにカツッと音がして、顔を上げると看守が立っていた。

 まだ食事の時間じゃないはずだ。だとすると、誰かが面会に来たのだろうか。いったい誰が?

「…………」

 期待をしてないと言うと嘘になる。コーディが来てくれるのではないかと、そんなはずは無いのに、僅かに胸が高鳴った。

「レイチェル・オーウェント。面会だ」

 立ち上がると、鉄格子のところへ近寄っていく。

 そこには、黒いマントの人物が立っていた。フードを深く被っていて、その顔は見えない。

「お前がステラを殺したの?」

 落胆していると、その人物は不躾に問いかけた。声からして男だろうか。抑えているようだが声は震えていて、初対面でも彼が取り乱しているのが分かった。

 身を固くする。鉄格子があるから接触はしないだろうが、それでも怖い。

「……あなたは誰? まず名乗りなさいよ」

 腕を組むと、高圧的に返す。レイチェルの質問に、彼は首を振ると即答した。

「名前は言えない」

「呆れた。身分も証明出来ない人を中に入れたの?」

 もうほとんど落ちぶれているとはいえ、一応は貴族の牢だ。それに、罪人と会わせて刺激したり、脱獄を図ったりなどしないように、面会に来る人は厳しくチェックをされるはず。

 職務怠慢の理由はなにかと看守を見る。看守は素知らぬふりをしていたが、マントの男が懐から財布を取り出し、納得した。金を貰ったらしい。

「お前がステラを殺したの?」

 レイチェルがため息を吐くと、男は同じ質問を繰り返す。解放されるには、こいつと話すしか道はないようだ。

「……そういうことになっているわね」

 眉を寄せると、レイチェルは柔らかいソファに身を沈める。

 ここは牢屋だが、お金の有無でこういった物が持ち込める。これらの家具は、手切れ金代わりにほとんどコーディが揃えてくれた。

「けど違うわ。わたくしは人を殺したりしない。あの子が勝手に死んだの。自殺よ、自殺」

 しっしっと追い払うように手を動かす。

 彼の表情は分からない。だが、非常に分かりやすい質のようで、レイチェルの態度に怒っているように見えた。

「ステラはそんなことしない」

「……ステラ様の知り合い? わざわざこんなところまで来て、どうもご苦労様」

 頬杖をつくと、そっぽを向いてやった。

 そんなこと言われたって、事実以外は話せない。

 ステラを殺したのだと、認めて謝れば良いのかもしれないが、そんなこと絶対に嫌だった。やってもいないことで頭を下げたいとは思わない。

 それに、どうせなにを言ったって、病気扱いを受けるのだから、好きに振る舞ってやるのだ。

 男は拳を握ると、俯きがちだった顔を上げる。隙間から、紫色の瞳が見えた。

 その瞳が真っ直ぐレイチェルを射貫く。責めるような眼差しに、レイチェルは僅かにたじろいだ。

「どうせこの国はもうすぐ滅びる」

「は?」

 男がそう言ったと同時に、視界が激しく揺れた。ソファで寛いでいたレイチェルは、床に投げ出される。

「な、なに……!?」

 辺りを見回す。床も天井も、牢全体が揺れていた。どしん、どしんと、一定の間隔で揺れている。地上でなにかが起こっているのだろうか。

 看守が怯えた顔をして逃げ出した。制止する間もなく、揺れは続く。咄嗟に男の方を見ると、そこには誰もいなかった。

「その前に、ステラを殺したお前に復讐してやるんだ」

「――!」

 声が間近で聞こえて、視線を戻すと、男はレイチェルの傍にいた。背筋がひやりとする。男が移動してきたのは魔法であると瞬時に理解して、この男は貴族だったのだと覚った。

 魔法を使えるのは、この国では貴族だけだ。金払いも良かったし、そうなのだろう。

 男は、怯えるレイチェルを見て口角を上げると、床に倒れている彼女の胸ぐらを掴んで引き上げた。それから、ベッドに投げると、上に跨がってくる。

「なにすんのよ!」

 威勢良く叫んだが、体勢に肌が粟立つ。レイチェルは背筋を震わせた。まさかとは思うが、女として最悪の事態を想像して、血の気が引く。

 レイチェルには、魔法が使えないように特別な手錠がかけられていた。魔法で対抗するのは無理だ。とにかくめちゃくちゃに暴れて抵抗するが、男の力には敵わなかった。手首を掴まれて、動きを封じられる。

「はは……こうしてると、魔女もただの女だね」

 なにかが叫んでいるような爆音がして、耳鳴りがする。瞳からぼろぼろと涙がこぼれ落ちて、視界がぼやけた。

 レイチェルの抵抗と謎の揺れでフードが取れるが、彼の顔は見えない。かろうじて長い銀髪の髪が見えた。

 上に乗っている男が手を振り上げて、レイチェルは肩を震わせる。その手の先が光って、どんっと音がしたかと思うと、胸が冷たく感じた。

 次いで、どうしようもない痛みと熱さが襲ってくる。胸を刺されたのだ。そう理解して、痛みにのたうち回る。

「死ね」

 冷淡な声と共に、もう一度刺される。天井が崩れてきて、出口が塞がれた。

 意識が徐々に遠くなっていって、レイチェルは、終わりを悟った。

 諦めきれずに、のたうちまわるが、実際に体は全然動いていない。

 男は用は終わったとでも言いたげにレイチェルの上から退いて、体の重みが消えた。

 レイチェル・オーウェントは、とことん最悪の人生を步むらしい。

 父親は死に、借金まみれで、母親は精神を患っている。無実の罪で投獄され、名前も知らない狂人に刺されて死亡だなんて、こんな人生、誰が決めたのだろう。神様だろうか。それとも、レイチェル自身だろうか。

「あなたは悪役。何回死んでも一緒」

(そんなことあるもんですか……)

 不意に脳裏を掠めたステラの暴言に、歯ぎしりをする。拳を床に打ち付けた。

 そんなことあるものか。次はきっと、次があればきっと、レイチェルはヒロインになってみせるのだ。

「コーディ様……」

 それは彼の隣が良かった。彼のヒロインになりたかったのに、それはもう叶わない。

 目の前が暗くなって、レイチェルは、そこで気を失った。

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