フォローする
共有
離婚後、薔薇は孤高に咲き誇る~愛を乞う元夫、母を求める息子~ の小説カバー

離婚後、薔薇は孤高に咲き誇る~愛を乞う元夫、母を求める息子~

高橋美咲は三年間、良き妻、そして良き母として家族に献身的に尽くしてきた。しかし、その懸命な努力の末に待っていたのは、夫による無慈悲な裏切りと、愛する息子からの冷淡な嫌悪だった。夫と息子は美咲の献身を「弱者の立場を悪用して這い上がろうとする狡猾な計算」だと決めつけ、彼女を蔑み続けていた。家庭内に居場所はなく、誤解と疎外感に苛まれる日々に絶望した彼女は、ついに自らの人生を取り戻す決断を下す。冷え切った家を去り、過去と決別して歩み始めた美咲は、束縛から解放されたことで本来の輝きを放ち、圧倒的な存在感を示すようになる。一方で、かつて彼女を無価値な存在として切り捨てた夫と息子は、変貌を遂げた美咲の姿に愕然とし、激しい後悔とともに許しを乞う。しかし、地に膝をつき縋り付く二人に対し、美咲は氷のように冷徹な眼差しを向け、突き放すように言い放った。「……もう、手遅れよ」と。自らの運命を切り拓き、孤高に咲き誇る一人の女性の再起を描いた物語。
共有

1

結婚三周年の記念日。高橋美咲は腕によりをかけて食卓を彩り、ただ一人、夫の帰りを昼から夜まで待ち続けていた。

ついスマホを覗き込むと、トーク画面は、午後に彼女が九条健司へ送ったメッセージのまま、動いていなかった。

「ご飯できてるよ。何時に帰ってくる?今日は休みって言ってたじゃない」

「まだ会議中?」

「お昼戻れないなら、夕飯は帰ってくる?」

……

返信は、ない。

美咲がもう一度メッセージを送るべきか指をさまよわせた、まさにその瞬間、トーク画面に短い応答が浮かび上がった。

「戻る。話がある」

その無機質な文字列が、凍てついていた美咲の心に火を灯した。彼女は弾かれたように椅子から立ち上がり、顔には隠しきれない喜びが咲いた。

話がある。きっと、三周年の記念日のことだろう。

健司が記念日を覚えてくれてるかも――そう思った途端、言いようのない期待が胸の奥でふつふつと膨らむ。もしかして、初めて彼からのプレゼント……?

その期待を胸に、美咲はとっくに湯気を失った料理を、慌てて温め直した。

時計の針が八時を指した頃、玄関の外からようやく、息子・九条悠真の甲高い笑い声が聞こえてきた。

美咲の表情がぱっと華やぎ、小走りで駆け寄ってドアを開けた。

「遅くなっちゃったわよ〜。宿題、いっぱいだったの?」

しかし、悠真は美咲に目もくれず、真っ直ぐ二階へ駆け上がろうとする。

美咲は一瞬呆然とし、思わずその腕を掴んだ。「悠真くん、まだご飯食べてないでしょ、どこ行くの?」

悠真はそこで初めて人の存在に気づいたかのように、苛立たしげに美咲の手を振り払った。

「ママ、構わないでよ!急いでるんだから!」

その声音に含まれた苛立ちはあまりに剥き出しで、細い針のように美咲の胸を刺した。

美咲は無理に笑みを作った。「ママ、悠真くんの好きな料理をたくさん作ったのよ。ブルーベリーのケーキもあるよ……」

「もう、いらないってば!」

言いかけた悠真は、ふと何かを思い出したように立ち止まり、くるりと振り返って目を輝かせた。

「ケーキは取っといて。明日、雲葉おばさんに持ってくから。あの人、ブルーベリーケーキ大好きなんだよ」

雲葉?

渡辺雲葉。健司が長年、心に棲まわせている、あの女の名前だろうか。

美咲は思わずに瞬きをし、事情を確かめようと一歩踏み出した。

だが、悠真は母親の反応など気にも留めず、スキップしながら二階へと消えていった。

「佐藤さん!」

隙を見て立ち去ろうとしていた家政婦を、美咲は呼び止めた。かろうじて絞り出した声は、自分でも気づくほどに震えていた。

「あなた、知ってたの?悠真くんと渡辺雲葉は、いつから……」

もはや隠し通せないと悟ったのか、佐藤春江はため息をつき、事の次第を語り始めた。

「三ヶ月ほど前に渡辺さんがご帰国になり、坊ちゃまと二回ほど顔を合わせたところ、どうやら意気投合されたようで、その後はしばしば一緒に出かけられるようになりました……」

佐藤の言葉は、青天の霹靂となって美咲の全身を貫いた。ぐらつく視界の中で、彼女は必死に呼吸を整えた。

「じゃあ、今日は補習なんかじゃなく、悠真は渡辺雲葉と遊びに行っていたのね?」

佐藤は困惑した表情を浮かべた。「本来なら授業が終わればすぐお帰りになるはずでしたが、渡辺様が直接校門までお迎えに……。奥様にお伝えしようと思ったのですが、あちらが……」

そこまで言って、佐藤は口ごもる。美咲の顔色を窺うその目には、同情の色が浮かんでいた。

ある考えが閃光のように脳裏を駆け巡り、思わず、その名が口をついて出た。

「健司が、口止めを?」

佐藤は一瞬ためらったが、小声で答えた。「奥様、旦那様も、奥様がお心を痛められるのを心配されて……」

美咲は力なく手を振った。

「もういいわ。下がって」

彼女はソファに崩れるように身を沈めた。全身の力が、糸が切れたように抜け落ちていく。

ーーそうだ。悠真はまだ子供だ。どうやって渡辺雲葉に会えるというのか。

誰かが彼女に会いに行くついでに、息子を連れて行ったに決まっている。

なんと滑稽で、惨めなのだろう。自分の子供が夫の初恋の相手と会っていたことを、実の母親である自分だけが、三ヶ月もの間、今日この瞬間まで知らなかったのだ。

いつまであのままソファに座り続けていたのか——。玄関のドアが開く音で、美咲は我に返った。

長旅の疲れが滲む様子で、健司がコートを脱ぎながら靴を履き替えている。

しかし、いつもならすぐに駆け寄ってコートを受け取るはずの妻は、一向に現れなかった。

健司はそこでようやく顔を上げた。ダイニングテーブルにはまだ湯気の立つ料理が並び、リビングのソファには、痩せた妻の寂しげな背中が見えた。

「ってか、今日って何の日?こんなに料理盛りすぎじゃん」

美咲が手伝いに来る気配がないのを見て、健司は自らコートをハンガーに放り掛け、ネクタイを引っ張って緩めた。

「外で食ってきた」

美咲は黙っていた。雲葉と一緒だったのか、と問い詰めたかった。

言葉が喉まで出かかったが、それは詮索に過ぎると思い直した。

彼女は、結局のところ健司の幼馴染だ。過去はともかく、旧友として帰国した彼女をもてなすことに、何の問題もないはずだ。

「今日は……」

彼女がソファに手をつき、立ち上がろうとした、その時だった。一枚の書類が、乾いた音を立ててローテーブルに置かれた。

「サインしてくれ。もう引き延ばしすぎだ」

表紙には、黒々と大きな文字で――離婚協議書。

美咲は目を見開いた。耳鳴りが鼓膜を埋め尽くし、目の前が暗転する。

健司が離婚という言葉を突きつけてくるのは、これが初めてではなかった。

三年の結婚生活。新婚の夜から、二人が衝突するたび、健司は容赦なく離婚を切り出した。そのたびに美咲が頭を下げて許しを乞い、必死に縋ることで、彼はようやく矛を収めてくれた。

そんな一方的なやり取りが、三年間、繰り返されてきた。いつか、自分の献身が彼の心を溶かし、傍にいる自分を振り返ってくれる日が来ると、そう信じていた。

今となっては、それもただの愚かな幻想に過ぎなかった。

美咲は半ば跪くようにして、ペンを握った。

健司の目に一瞬、驚きがよぎったが、すぐに淡々とした声色に戻った。「財産分与で不自由はさせない。以前お前の口座に振り込んだ金はすべてやる。それから湾岸ヴィラと、お前が使っている車数台。さらにグループの株式五パーセントも……」

美咲はペンを握りしめたまま、ふと手を止めた。

「悠真くんは?」

彼女が健司を見上げると、その瞳が僅かに揺れた。「この子、私についてきてもいい?」

その言葉が、健司の逆鱗に触れた。それまで淡々としていた彼の表情が、温度を失ったように冷え切る。彼は目を伏せ、冷ややかに美咲を見下ろした。

「高橋美咲、また子供をだしにして俺を脅すつもりか?」

冷水を頭から浴びせられたような衝撃だった。

彼女は瞬きをした。「何を……」

「あの時も子供のカードで無理やり結婚させたじゃん。……その手、まだ飽きないの?」

美咲は愕然として目を見開き、必死に弁解した。「違います!あの時は私も嵌められたんです……」

「いい加減にしろ!」 健司はソファに腰を下ろし、煙草に火をつけた。「三年間、九条の妻の座にいた。それだけじゃ不足か?」

煙がゆっくり立ち上り、健司の顔をぼやかした。

涙がこぼれ落ちる、その寸前、美咲は自分でも知らないほど静かな声を聞いた。

「……分かった。離婚、してあげる。お幸せに、九条さん」

おすすめの作品

冷徹パイロットは契約妻を逃がさない の小説カバー
8.7
パトロンである桐谷蓮司から「本命になれると思うな」と冷酷な警告を突きつけられた宮沢凪佳。その直後、彼女は婚約者である天才パイロットの高嶺颯真のもとを訪れ、挑発的なキスと共に「今すぐ入籍する度胸はあるか」と契約結婚を迫る。颯真は冷淡な態度でそれに応じ、二人の関係は単なる便宜上の取引として始まるはずだった。しかし、新婚生活が幕を開けると、彼の「禁欲的」な仮面は無残にも崩れ去る。毎晩のように繰り返される激しい求愛。さらに、仕事場である機内のコックピットでさえ、彼は凪佳の耳元で甘く囁き、昨夜の彼女の秘めやかな声を録音したと告げて翻弄する。羞恥に震える彼女の手首を掴み、制御卓へと押し付けながら、颯真は逃げ場を奪うように言い放った。「まだ抵抗するのか? 管制塔に君の声を届けてもいいんだぞ」。冷徹なキャプテンによる執着は、もはや誰にも止められない。逃げられない契約から始まる、あまりに過激で甘美な独占愛が今、加速していく。
見捨てられた妻は、天才デザイナーとして華麗に舞う の小説カバー
8.5
凄惨な玉突き事故に巻き込まれ、血まみれになった私は必死の思いで夫に助けを求めた。しかし、秘書には狂言だと一蹴され、直後の街頭ビジョンには初恋の女性を抱きしめる夫の姿が映し出される。満身創痍で帰宅した私を待っていたのは、家族からの更なる拒絶だった。額から流血する私を夫は冷淡な目で見下し、実の娘さえも「お母さんなんて嫌い」と私を避けて夫の背に隠れた。さらに、その女性からの電話一本で、夫は重傷の私を放置して娘と共に彼女の元へ駆けつけてしまう。七年間、人生のすべてを捧げて尽くしてきた家族という絆が、単なる残酷な幻想であったことを私は悟った。心の中にあった愛情も未練も完全に潰え、私は財産と親権をすべて放棄する離婚届に判を押し、深夜の家を後にする。西園寺家の妻という立場を捨て、かつて天才と謳われたデザイナー「結城凛」としての誇りを取り戻した私は、自分を裏切った者たちへの反撃を開始する。失意の底から這い上がり、自らの才能だけを武器に、華麗なる第二の人生を切り拓いていく物語。
天使の血、彼の愛人の薬 の小説カバー
8.4
幼い頃から一途に想い続けてきた星川博也。その婚約者として屋敷に迎えられた私を待っていたのは、博也様の凍てつくような憎しみの眼差しでした。彼は私を裏切り者と決めつけ、あろうことか愛人である涼紗の心身を癒やすため、私の体に流れる「天使の血」を薬として差し出すよう冷酷に命じます。最愛の人に所有物のように扱われ、目の前で他の女性を慈しむ姿を見せつけられる屈辱的な日々。それでも私が真実を語らず沈黙を貫くのは、真実を明かせば一族が破滅してしまうという、決して口にできない秘密を抱えているからです。過酷な献身によって私の命の砂時計は静かに、しかし確実に終わりへと近づいていきます。この血が枯れ果て、私がこの世から消え去るその瞬間に、彼はようやく私たちが背負わされた凄惨な宿命と、私が秘め続けてきた真実の愛を知ることになるのです。
兄の悔恨、炎に消えた妹 の小説カバー
9.5
「助けて、お兄ちゃん」。燃え盛る炎の中、拘束された美桜は最期の力を振り絞り、ポケットの中のスマホを起動させた。煙に巻かれ意識が遠のく中、兄・蒼甫へと繋がった電話。しかし、受話器越しに聞こえてきたのは、救いの手ではなく凍りつくような冷徹な言葉だった。「嘘つきの放火魔が。お前なんか、死ねばいい」。かつて兄を庇って背中に負った火傷の痕が疼く。それは二人にとって全ての始まりであり、絆の証だったはずの傷跡。しかし、妹を狂言自殺の常習犯だと断じる兄の無関心と拒絶が、美桜の生きる希望を完全に断ち切った。熱で溶けゆく携帯電話から漏れる無情な終話音とともに、彼女の命は炎の中に消えていく。自分を愛してくれなかった唯一の肉親によって見捨てられ、絶望の中で息絶えた美桜。肉体を失い、ただの魂となった彼女は、自らを殺したも同然の「英雄」である兄のその後を、静かに見届け始めることになる。血を分けた兄妹の間に横たわる深い溝と、凄惨な死の果てに待ち受ける真実とは。愛憎が渦巻く現代ミステリーホラー。
復讐のため、親友のパパの妻になりました の小説カバー
9.2
後見人であるアンソン・ハイドの婚約パーティーは、私にとって地獄のような場所だった。守ると誓ったはずの彼は、かつて私を虐げたクローディンを伴侶に選び、光の下で愛を誓っている。裏切りと屈辱に胸を締め付けられた私は、嘲笑の視線から逃れるように静かな書斎へと駆け込んだ。そこで待っていたのは、親友の父であり、街で絶大な権力を誇るダラス・コックだった。廊下から聞こえるアンソンの甘い言葉が、私の心に最後の一撃を与える。絶望の淵で崩れ落ちそうになった私を支えたのは、ダラスの強靭な腕だった。この状況を覆すため、私は彼に救いを求め、自ら結婚を申し出る。アンソンが決して届かない高みへ上り詰め、彼らへの復讐を果たすための盾が必要だったのだ。ダラスは冷徹に結婚契約書を差し出し、私は迷わず署名した。こうして、寄る辺ない被後見人だった私は、一夜にして街を支配する男の妻へと生まれ変わる。愛と憎しみが交錯する中、私の新たな戦いが幕を開けた。
夫と息子の裏切り、妻の壮絶な復讐 の小説カバー
9.8
重度のピーナッツアレルギーを抱える私に、最愛の息子が手作りのクッキーを差し出した。それは「母への愛」ではなく、私を排除するための冷酷な罠だった。一口食べた瞬間にアナフィラキシーショックを起こし、意識が遠のく中で聞こえてきたのは、夫の愛人である理沙子と息子の睦まじい会話。息子は、父の会社を発展させるために理沙子が新しい母になることを望んでいたのだ。私が開発した画期的なAIシステムを奪い、事業を成功させた夫。彼は愛人と結託し、実の子までも抱き込んで、用済みとなった私を死の淵へと追いやった。病院に放置された私の傍らで、彼らはSNSに「最高のチームワーク」と称して笑顔の写真を投稿する。家族の絆も、共に築き上げた功績も、すべては物質的な欲望のために踏みにじられた。絶望のどん底でかろうじて一命を取り留めた私は、冷徹な決意を胸に誓う。自分たちの野望のために私を裏切り、人生を奪おうとした彼らに、相応の報いを受けさせることを。これは、すべてを失った女による静かなる復讐劇の幕開けである。