見捨てられた妻は、天才デザイナーとして華麗に舞う の小説カバー

見捨てられた妻は、天才デザイナーとして華麗に舞う

8.5 / 10.0
事故で瀕死の妻を見捨て、初恋の女を優先した夫と娘。7年間の献身を裏切られた結城凛は、未練を断ち切り離婚を決意する。本作は、西園寺の妻という鎖を脱ぎ捨て、封印していた才能を武器に戦う女性を描く現代のromance物語。かつて天才デザイナーと呼ばれた彼女が、全てを捨てて再び業界の頂点へと駆け上がる反撃の軌跡。webnovelで人気の逆転劇、孤独な絶望から自らの手で栄光を掴み取る華麗なサクセスストーリー。
「見捨てられた妻は、天才デザイナーとして華麗に舞う」のあらすじ
凄惨な玉突き事故に巻き込まれ、血まみれになった私は必死の思いで夫に助けを求めた。しかし、秘書には狂言だと一蹴され、直後の街頭ビジョンには初恋の女性を抱きしめる夫の姿が映し出される。満身創痍で帰宅した私を待っていたのは、家族からの更なる拒絶だった。額から流血する私を夫は冷淡な目で見下し、実の娘さえも「お母さんなんて嫌い」と私を避けて夫の背に隠れた。さらに、その女性からの電話一本で、夫は重傷の私を放置して娘と共に彼女の元へ駆けつけてしまう。七年間、人生のすべてを捧げて尽くしてきた家族という絆が、単なる残酷な幻想であったことを私は悟った。心の中にあった愛情も未練も完全に潰え、私は財産と親権をすべて放棄する離婚届に判を押し、深夜の家を後にする。西園寺家の妻という立場を捨て、かつて天才と謳われたデザイナー「結城凛」としての誇りを取り戻した私は、自分を裏切った者たちへの反撃を開始する。失意の底から這い上がり、自らの才能だけを武器に、華麗なる第二の人生を切り拓いていく物語。
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見捨てられた妻は、天才デザイナーとして華麗に舞う 第1章

「お願い、電話に出て……」

震える指でスマートフォンの画面をなぞるが、ひび割れたガラスが指先を切り裂き、鋭い痛みが走る。血が滲むのも構わず、凛は夫である暁の短縮ダイヤルを必死に探した。

冷たい雨が容赦なくアスファルトを叩き、凛の全身から体温を奪っていく。数分前に起きた玉突き事故で、彼女の車は見るも無惨な姿になり、自身も額から流れる血で視界が赤く染まっていた。

雨粒が画面に落ち、誤作動を起こす。焦りが胸を締め付け、呼吸が浅くなる。三度目の操作で、ようやくコールが始まった。無機質な呼び出し音が、雨音に混じって耳に響く。一秒が永遠のように感じられた。

「はい、西園寺の秘書室、小林です」

ようやく繋がった電話から聞こえてきたのは、期待していた夫の声ではなく、彼の秘書である小林誠の冷徹な声だった。心臓が氷水に浸されたように冷たくなる。

「……私です、凛です。事故に、遭って……」

震える声でかろうじて伝えると、電話の向こうでわざとらしい溜め息が聞こえた。

「奥様。社長は今、大事な会食中です。そのようなことでお気を引こうとするのはおやめください」

「違う、本当に……」

「毎回毎回、同じような手は通用しませんよ」

小林は凛の言葉を冷たく遮り、侮蔑を隠そうともしない声で吐き捨てた。

「嘘はやめてください。迷惑です」

ブツリ、と一方的に通話が切られる。ツーツーという音が、降りしきる雨の音に溶けて消えていく。世界にたった一人取り残されたような、底なしの孤独が凛を突き落とした。

もう一度、と画面をタップしようとした瞬間、バッテリー切れで真っ暗になった。唯一の希望だった蜘蛛の糸が、目の前で断ち切られた。

「大丈夫ですか!しっかり!」

救急隊員が駆け寄り、凛の肩を支える。だが、凛の耳にはもう何も届いていなかった。夫は、来ない。その事実だけが、冷たい雨のように心に染み渡っていく。虚ろな目で、凛は小さく首を横に振った。

その時だった。

交差点の角に立つ巨大なビルの壁面、その大型ビジョンが、眩い光と共にニュース速報を映し出した。

『速報:西園寺グループCEO、西園寺暁氏が都内高級ホテルに……』

凛は思わず息を呑んだ。画面に映し出されたのは、ついさっきまで自分が必死に助けを求めていた夫の姿だった。

『本局の記者が以前からマークしていた都内高級ホテル前で、ついに決定的な瞬間を捉えました。お相手はかつて天才と謳われたジュエリーデザイナー……』というアナウンサーの興奮した声が、現場の喧騒を貫いて凛の耳に突き刺さる。事故現場からわずか数キロしか離れていないその場所で、彼は別の女と一緒にいたのだ。

高級ホテルのエントランスから現れた暁の腕には、一人の女性が寄り添っていた。見知らぬ女ではない。橘絢子。暁の初恋の相手であり、今もなお彼の心を掴んで離さない女。

フラッシュの嵐の中、暁は怯える絢子を庇うように強く抱きしめる。その光景に、凛の心臓が物理的に抉られるような激痛が走った。絢子は怯えたふりをして暁の胸に顔を埋め、暁はそんな彼女の頭を、慈しむように優しく撫でる。

ニュースのテロップが追い打ちをかける。『――初恋の相手と深夜の密会か』

その文字を見た瞬間、凛の瞳から、堪えていた涙が血と共に流れ落ちた。

血と泥にまみれた自分の姿と、華やかな光の中にいる二人。その残酷な対比が、凛の惨めさを際立たせる。膝から崩れ落ちそうになるのを、必死で堪えた。

「こちらへ、救急車に!」

隊員が肩を支えようとするが、凛はその手を振り払った。これ以上、誰かに惨めな姿を見られたくなかった。唇を強く噛み締め、涙を乱暴に拭う。

もう、あのビジョンは見ない。

ふと、一台の空車のタクシーが目に留まった。凛は痛む腕を無理やり上げ、合図を送る。

水しぶきを上げて止まったタクシーの運転手は、血だらけの凛を見て、怪訝な顔で窓を閉めようとした。その隙間に、凛は財布から取り出した一万円札をねじ込んだ。

「お願いします」

無理やりドアを開けて後部座席に滑り込む。運転手は舌打ちをしながらも、アクセルを踏んだ。

「どちらまで?」

「……西園寺邸へ」

バックミラー越しに訝しげな視線が注がれる。凛は冷え切った目でそれを睨み返し、運転手を黙らせた。

窓ガラスに映る自分の、傷だらけで見るも無惨な顔。自嘲の笑みが浮かぶ。

七年間、この日のために生きてきたわけじゃない。でも、七年間の献身が、すべて無意味だったという事実は、もう揺るがない。

胸の奥で、何かが決定的に、音を立てて壊れた。

暁が絢子に向けた、あの優しい眼差し。それを思い出すたびに、爪が手のひらに食い込むほど、強く拳を握りしめた。

やがてタクシーは、重厚な鉄の門の前に停まった。凛は残りの紙幣を運転席に投げ渡し、よろめきながら車を降りる。足元がふらつき、水たまりに膝をついた。泥が、さらに彼女を汚していく。

見上げた屋敷からは、温かい光が漏れていた。でも、もうあそこは、自分の居場所ではない。

凛の瞳から、最後の光が消えた。

ゆっくりと立ち上がり、感情をすべて捨て去った冷たい足取りで、凛は決別のために、その門をくぐった。

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