フォローする
共有
愛なき政略結婚、冷酷な夫を見限ります の小説カバー

愛なき政略結婚、冷酷な夫を見限ります

結婚三周年の記念日、冷え切った食事を前に待つ私の元へ、義妹から衝撃的な写真が届く。そこに写っていたのは、夫が初恋の女性と彼に瓜二つの少年を囲み、まるで本物の家族のように誕生日を祝う姿だった。深夜、甘い香水を漂わせ帰宅した夫は、機嫌取りのためにブラックカードを投げつける。真実を確かめるべく彼を追って病院へ向かうと、そこには彼女を優しく抱きしめる夫の姿があった。彼女の腕には、私への埋め合わせとして贈られたものと同等の高価なブレスレットが輝いている。実家の窮地を救うための政略結婚以来、私は大好きなヴァイオリンも諦め、三年間全てを捧げて彼を支えてきた。しかし、彼にとって私は都合の良い家政婦か、あの女の代用品に過ぎなかったのだ。夫に突き飛ばされて意識を失い、目覚めた病室にも彼の影はない。権力で息子を連れ戻そうとする姑を制し、私は静かに告げた。「もう、結構です」と。バッグに忍ばせた離婚届を胸に、私は愛のない冷酷な鳥籠から抜け出し、自らの足で歩み出す決意を固めた。
共有

2

静が主寝室を出てから、約十分後。

彼女は客室のベッドの縁に腰掛け、震える両手をぎゅっと握りしめていた。先ほどの自分の言葉が、まだ耳の奥で反響している——「離婚したいんです」。言ってしまった。ついに、言ってしまったのだ。

その時だった。ドアがノックもなく、勢いよく開け放たれた。

「……今の話は、何だ」

暁が立っていた。怒りを押し殺した低い声。スーツの襟元からは、真冬の夜気と共に、ほのかに甘い、見知らぬ女性用の香水の香りが漂っている。彼はまだネクタイを外しておらず、その目には、これまで静に見せたことのない鋭い光が宿っていた。

静は顔を上げ、暁の目をまっすぐに見返した。涙はすっかり引いていた。

「そのままの意味です。離婚したいんです」

暁はしばらく彼女の顔をじっと見つめ、それから嘲笑うかのように口元を歪めた。

「ふざけるな。お前に何ができる。母の手術代も、弟の学費も、すべて俺が——」

「ええ、そうですね」

静は彼の言葉を遮った。唇の端には、先ほど噛み締めすぎた傷から、まだ微かに血が滲んでいる。

「だからあなたは、私を所有物だと思っていた。鷹司家の体面を保つための、都合のいい人形だと。でも、もう違う」

彼女は立ち上がった。二人の距離は、手を伸ばせば触れられるほどに縮まっている。暁のスーツから漂う甘ったるい香水の匂いが鼻を突いた。それでも静は、視線を逸らさなかった。

「私は小林静です。あなたの所有物じゃない」

暁の目に、一瞬、見たことのない感情が走った——動揺だろうか。しかしそれもほんの一瞬で、すぐにいつもの冷徹な表情に戻る。

「……なるほど。本気らしいな」

彼の声は、急に静かになった。そして、ポケットから財布を取り出すと、一枚のカードをテーブルの上に置いた。艶やかな光を放つ、ブラックカード。

「これで好きなものを買え。明日にでも、気が変わるだろう」

金で黙らせる——まるで、物を与えればおとなしくなるペットにでも言い聞かせるような口調だった。

静は、その黒いプラスチックの板を、ただ黙って見つめた。心の中で、張り詰めていた何かが、音を立てて砕け散る。

「……いりません」

「何?」

「そんなもの、もういらないんです」

静の声は、自分でも驚くほど穏やかだった。

「あなたが私に与えてきたものは、すべて——このカードで買えるものばかりでした。でも私は、最初から、そんなものは欲しくなかった」

暁の眉間に、深い皺が刻まれる。彼は初めて、静の顔をまともに見た。その目の下には濃い隈があり、顔色は紙のように白い。泣き腫らした目は赤く充血しているのに、その瞳だけは異様なほど澄んでいた。

その時、暁のスマートフォンが震えた。

彼は画面を一瞥すると、ほんの一瞬、表情を変えた。静はその変化を見逃さなかった——あの写真に写っていた女からの連絡だ。暁は迷った素振りを見せたが、すぐに通話ボタンを押し、部屋の隅へと歩いていく。

「……ああ、俺だ。どうした?」

声が、明らかに変わる。先ほどまで静に向けていた冷たい響きとは、まるで別人のように、低く、優しく。

静はその背中を見つめながら、ゆっくりと立ち上がった。これが現実なのだ。自分に向けられることのない優しさ。自分には決して見せない穏やかな表情。あの電話の向こうにいるのが誰なのか、考えるまでもなかった。

やがて暁は通話を終え、振り返った。その顔は、もういつもの冷徹な能面に戻っている。

「……明日、話をしよう。今夜はもう遅い」

「いいえ、もう話すことはありません」

静はきっぱりと言った。

「私は弁護士に連絡しました。明日中に離婚協議書の草案を作成してもらいます。財産は一切不要です。あなたのご両親への説明も、私が責任を持ちます」

暁の目が、すっと細められた。

「そこまで言うなら、好きにしろ。ただし——」

彼は一歩、静に近づいた。その声は、氷のように冷たい。

「お前の母の病院も、弟の学費も、すべて鷹司家の資金だということを忘れるな。それらを手放す覚悟が、お前にあるのか」

「はい、覚悟はできています」

静は即座に答えた。その声に、一片の迷いもなかった。

暁はしばらく彼女をじっと見つめていた。そして、何も言わずに背を向ける。彼は客室のドアの前で一度だけ足を止めたが、振り返ることはなかった。

「……好きにしろ」

それだけを言い残し、暁は部屋を出て行った。

重い足音が廊下を遠ざかっていく。やがて玄関のドアが閉まる音が響き、家の中は再び静寂に包まれた。

静は、テーブルの上のブラックカードを見つめた。それから、ゆっくりと手を伸ばし、そのカードを手に取る。

「これで、終わりにしよう」

彼女はそう呟くと、カードをテーブルの上に置いたまま、客室のベッドに横たわった。

窓の外は、まだ真冬の暗闇。だが彼女の胸の奥には、これまでにない、凪いだような静けさが広がっていた。離婚への意志は、もはや揺るぎようもない。

翌朝。静は一番に弁護士に電話をかけ、離婚協議書の最終確認を依頼した。それから母の病院へ向かう準備を整えながら、彼女は頭の中でこれからの段取りを組み立てていく。母の退院、弟の学費の算段、そして自分の新しい住まい——。

やるべきことは山積みだった。けれど、不思議と心は軽かった。三年間、息の詰まるような鳥籠の中で生きてきた彼女が、初めて自分の足で立とうとしている。

その時、スマートフォンが再び震えた。画面を見ると、暁の妹、詩織からのメッセージだった。

「義姉さん、大丈夫? 昨日の写真の件、私……」

静は短く返信を打った。

「大丈夫。ありがとう、詩織さん。でも、これは私が自分で決めたことだから」

送信ボタンを押し、彼女は立ち上がった。鏡に映る自分の顔は、まだ紙のように白く、目の下の隈は消えていない。けれどその瞳には、昨夜まではなかった、確かな光が宿っている。

——これでいい。これが、私の選んだ道だ。

静はバッグを手に取り、客室を後にした。廊下の向こう、主寝室のドアは固く閉ざされたままだったが、もう振り返ることはなかった。

おすすめの作品

婚約者の裏切り?問題なし、叔父が甘すぎます の小説カバー
9.7
名家の令嬢でありながら、20年もの間、田舎で疎外されて育った主人公。ようやく都会の実家へ呼び戻された彼女を待っていたのは、婚約者と養女による卑劣な裏切りだった。絶望の淵で自暴自棄になった彼女は、あろうことか婚約者の叔父である男と一夜を共にしてしまう。亡き許嫁への忠誠を誓い、3年間も禁欲を貫いてきたはずの男だったが、彼女との出会いがその理性を無残に崩壊させた。事後、冷徹に「体だけの関係」と言い放つ彼に対し、彼女は「満足度は最低、チップは200円ね」と痛烈に言い返し、不敵な笑みを浮かべる。奇妙な縁から契約結婚へと至った彼女は、かつての婚約者の「叔母」という立場で再会を果たし、裏切り者たちを戦慄させる。周囲からは教養のない出来損ないだと蔑まれていたが、彼女の真の正体は、資産1000億を誇る真の権力者だった。豪華な社交パーティーの場で、彼女は自分自身が比類なき「名家」そのものであることを証明し、華麗なる逆転劇を繰り広げる。圧倒的な財力と地位を武器に、彼女を侮っていた者たちを次々と屈服させていく、究極のスカッと系ラブストーリー。
元妻の究極の復讐 の小説カバー
8.7
二十年連れ添った夫・神宮寺朔也が自ら命を絶ち、遺した言葉は妻の私ではなく、義妹の鈴原凛に向けられたものだった。夫は最期に、私が心血を注いだIT帝国の全てを、かつて我が子を間接的に死に追いやった憎き凛へと譲り渡したのだ。絶望の淵で人生を終えたはずの私は、気づけば十代の頃、神宮寺家の養子に選ばれる運命の日へと回帰していた。児童養護施設の喧騒の中、私はかつての夫である朔也と再会する。しかし、目の前の彼は驚愕に顔を歪め、私の名を呼んだ。彼もまた、あの凄惨な結末の記憶を抱えたまま過去に戻っていたのだ。「今度こそ君を救う」と、罪悪感に満ちた瞳で誓う朔也。だが、その言葉は空虚に響く。前世で彼の「救済」を信じた結果、私は愛する息子を失い、人生の全てを奪われたのだから。裏切りと後悔に彩られた過去を背負い、二人の二度目の人生が幕を開ける。これは、愛憎の果てに全てを失った女が、運命の歯車を狂わせる男と対峙し、己の矜持を取り戻すための物語である。復讐か、それとも決別か。交錯する記憶の中で、真実の愛の形を問うサスペンス・ロマンス。
高校生活、やり直して地獄を見せてやる の小説カバー
8.2
高校3年生の夏、親友が不良グループのリーダーと恋に落ちたことで全てが狂い始めた。授業を放棄し、不健全な場所に身を置く彼女を救いたい一心で、私は自らの時間を犠牲にして彼女の両親へ実態を告発した。その結果、彼女を更生させることには成功したものの、待ち受けていたのは残酷な裏切りだった。大学入試の当日、彼女は私に薬物を混ぜた水を飲ませ、冷酷に言い放った。「私の輝かしい未来を奪った報いとして、あなたの人生も台無しにしてあげる」と。試験に失敗し、絶望の中で命を落としたはずの私は、気が付くと過去の世界へと回帰していた。かつての親友と不良のボス、私を地獄へ突き落としたあの二人への復讐心は消えていない。善意を踏みにじられた怒りを糧に、今度は私が彼らを破滅の淵へと追い詰める番だ。失われたはずの栄光を奪還し、自身の未来を守り抜くための孤独な戦いが幕を開ける。二度目の人生、私はもう決して容赦などしない。徹底的な報復によって、彼らに真の絶望を味わせることを誓う。
妻の激怒、王朝は灰燼と化す の小説カバー
9.1
最愛の息子の命日、鎮魂のために訪れた神聖な山荘で私が目にしたのは、身重の愛人を慈しむ夫の姿だった。裏切りに打ち震える私に、夫は冷酷にも彼らの結婚披露宴への招待状を突きつける。さらに、送られてきた音声データには信じがたい事実が記録されていた。彼は、息子の死という悲劇に見舞われた私を「穢れた存在」と蔑み、自分の血筋に「純粋な」跡継ぎを迎え入れるため、私に無断で不妊手術を施していたのだ。愛した男の目的は、私を犠牲にして新たな一族の王朝を築くことだった。あまりにも身勝手で残虐な仕打ちに、私の心に宿っていた愛情は激しい復讐の炎へと変わる。すべてを奪われ、踏みにじられた妻としての尊厳を取り戻すため、私は決意を固める。彼らが幸福の絶頂に酔いしれる結婚式の当日、私はその場に乗り込み、彼が築き上げようとしている野望のすべてを灰燼に帰すことを。愛と憎しみが交錯する中、絶望の淵から立ち上がった一人の女性による、命懸けの報復劇がいま幕を開ける。
捨てられた私を拾ったのは、親友の父親でした の小説カバー
8.0
五年にわたる片想いの末、幼馴染がプロポーズしたのは私を虐げてきた宿敵だった。周囲から浴びせられる容赦ない嘲笑と、「醜い女がマフィアの首領を夢見るなど滑稽だ」という残酷な言葉。私は屈辱にまみれ、全土の晒し者として表舞台から姿を消した。しかし、絶望の淵から私は劇的な変貌を遂げて帰還する。誰もが目を奪われる圧倒的な美貌を武器に、再び彼らの前に現れたのだ。かつての幼馴染は激しく後悔し、なりふり構わず復縁を迫るが、私の隣にはすでに別の男がいた。それは暗黒街を統べる絶対的な支配者、ゴッドファーザー。彼の腕に抱かれ、私は艶やかな笑みを浮かべて告げる。「あいにくですが、私はもう既婚者なの」と。冷徹な男の「彼女は俺の妻だ」という支配的な宣言が会場に激震を走らせる。その静寂を切り裂いたのは、親友の悲鳴にも似た絶叫だった。「嘘でしょ、あんた……私のパパを誘惑して手に入れたっていうの!?」捨てられた女による、苛烈で華麗な復讐劇が今、幕を開ける。
私の理想の結婚、夫の致命的な秘密 の小説カバー
7.8
IT業界の寵児である神崎暁の妻として、私は三ヶ月間、完璧な幸せの中にいた。しかし、そのおとぎ話は夫の元恋人・ディアナの乱入によって無残に崩れ去る。彼女に腕を刺された暁が浮かべたのは、恐怖ではなく歪んだ歓喜の表情だった。彼は「ずっと」と甘く囁き、狂気に染まったディアナの暴挙を黙認した。私の顔のホクロを削り取ろうとする刃、飢えた犬が待つ檻への監禁、そして喉に砂利を詰め込まれ声を奪われる苦痛。夫は私の絶望を知りながら、冷徹にそのすべてを傍観し、助けを求める最後の電話さえ冷たく切り捨てた。死の淵に立たされた私は、ボロボロの体で窓から身を投げ、ある人物へと連絡を取る。電話の相手は、私が長年疎遠にしていた叔父だった。「離婚したい。そして、彼を破滅させて」。世間は私が身寄りのない女だと思い込んでいたが、それは大きな間違いだ。私を、そして名門・鷹司家を敵に回した代償がどれほど重いか、地獄の底で後悔させてやる。