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兄の悔恨、炎に消えた妹 の小説カバー

兄の悔恨、炎に消えた妹

「助けて、お兄ちゃん」。燃え盛る炎の中、拘束された美桜は最期の力を振り絞り、ポケットの中のスマホを起動させた。煙に巻かれ意識が遠のく中、兄・蒼甫へと繋がった電話。しかし、受話器越しに聞こえてきたのは、救いの手ではなく凍りつくような冷徹な言葉だった。「嘘つきの放火魔が。お前なんか、死ねばいい」。かつて兄を庇って背中に負った火傷の痕が疼く。それは二人にとって全ての始まりであり、絆の証だったはずの傷跡。しかし、妹を狂言自殺の常習犯だと断じる兄の無関心と拒絶が、美桜の生きる希望を完全に断ち切った。熱で溶けゆく携帯電話から漏れる無情な終話音とともに、彼女の命は炎の中に消えていく。自分を愛してくれなかった唯一の肉親によって見捨てられ、絶望の中で息絶えた美桜。肉体を失い、ただの魂となった彼女は、自らを殺したも同然の「英雄」である兄のその後を、静かに見届け始めることになる。血を分けた兄妹の間に横たわる深い溝と、凄惨な死の果てに待ち受ける真実とは。愛憎が渦巻く現代ミステリーホラー。
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橘蒼甫は、森永警部の言葉を遮るように答えた。私の魂は、また全身が凍り付くような感覚に陥った。彼の顔には、苛立ちがはっきりと浮かんでいた。

「あいつのことは、話題にするな」

蒼甫の声は冷たかった。視線は、遺体から外れることなく、しかし、その瞳には明確な嫌悪が宿っていた。

「陽葵は、俺にとって迷惑な存在だ。消防庁の人間が、あんな虚言癖のある人間と関わっていると知られたら、俺の立場も危うくなる」

蒼甫は吐き捨てるように言った。

森永警部が何か言いたげに口を開いたが、蒼甫はそれを許さなかった。

「あいつは俺の妹じゃない。俺の妹は、火事から俺を庇ってくれた、か弱い美桜だけだ」

蒼甫の言葉が、私の魂を深く切り裂いた。

美桜…美桜が、私の妹?

美桜は、両親が火事で亡くなった後、うちに引き取られた養女だ。あの火事は、美桜の火遊びが原因だったはず。私は当時まだ幼かったお兄ちゃんを庇って、背中に大きな火傷を負った。なのに、美桜は「陽葵ちゃんが火をつけたの」と泣きながら嘘をついた。そして、自分は「火事でお兄ちゃんを守った可哀想な被害者」として、お兄ちゃんの心を独占したのだ。

その日以来、お兄ちゃんは私を憎み、美桜を溺愛した。私が何を言っても、彼は美桜の言葉しか信じなかった。美桜は弱々しく震えながら嘘を重ね、お兄ちゃんは、その言葉を鵜呑みにし、私を「放火魔」と呼ぶようになった。

私を家から追い出したのも、お兄ちゃんだった。高校を卒業してすぐ、彼は私に家を出ていくように言った。私に居場所はなかった。

私は、自嘲するように笑った。私の魂は、こんなにも傷ついているのに、もう涙を流すことすらできない。

「陽葵は、俺を苦しめるためなら何でもする。俺が出世するたびに、必ず何か邪魔をしてきた」

蒼甫は、憎しみを込めて言った。

邪魔なんて…そんなこと…

私の魂は、悲痛な叫びを上げた。私は、ただ、お兄ちゃんに認めてほしかっただけなのに。

「今回も、どうせ俺の邪魔をしようとしているだけだ。俺が、美桜との婚約を発表するから、また何かするつもりだろう」

彼の言葉は、まるで私の存在そのものを否定しているかのようだった。

もし、お兄ちゃんが真実を知ったら…どうなるんだろう?

私は、お兄ちゃんの顔を見上げた。彼の心には、私の存在は、憎しみと迷惑以外の何物でもない。

きっと、お兄ちゃんは私が本当に死んだと知っても、喜ぶんだろうな。

そんなことを考えていると、私の魂は、また凍えるような感覚に襲われた。

「橘隊長、少し話があるんだが」

森永警部が、蒼甫の腕を掴んだ。彼の顔には、明らかな不満が浮かんでいた。

「陽葵さんは、君が思うような人間じゃない。彼女は、君のために、どれだけ努力してきたか…」

森永警部が、蒼甫に語りかけた。

「努力? あいつが?」

蒼甫は、嘲笑するような表情を浮かべた。

「ああ。君がハイパーレスキュー隊に入ってから、陽葵さんはずっと君の背中を追っていた。君と同じ、人命救助の道に進むために、猛勉強して救急救命士の資格を取ったんだ」

森永警部の言葉に、蒼甫の表情は変わらない。

「そして、君が現場で食べる弁当を、毎日のように作って届けていた。君が体調を崩した時も、誰よりも早く駆けつけて、看病していたじゃないか」

「それが何だ。全て、俺の気を引くための芝居だろう」

蒼甫は、冷たく言い放った。

「芝居だと? 君は、実の妹の優しさを、一度も信じたことがないのか?」

森永警部の声が、次第に大きくなった。

「信じる価値もない。あいつは嘘つきだ。俺は、美桜しか信じない」

蒼甫は、首を振って、森永警部から視線を逸らした。

「もういい。陽葵の話はするな。俺は仕事に戻る」

蒼甫は、そう言い残すと、遺体安置室の奥へと向かって歩き出した。

森永警部は、諦めたようにため息をついた。

「隊長、最近、失踪届は出ていませんか?」

蒼甫は、突然立ち止まり, 部下に尋ねた。

「いえ、特に大規模な失踪届は届いていませんが…」

部下は首を傾げた。

「おかしいな。これだけ残忍な事件なのに、身元不明のままだなんて。被害者の家族は、何をしているんだ」

蒼甫は、苛立ちを隠せない様子で言った。

お兄ちゃん…家族が、ここにいるよ。

私の魂は、彼の隣で、痛みに耐えていた。

「昼食にしよう。少し休憩だ」

蒼甫は、そう言って、遺体安置室を出て行った。

森永警部が、ぼんやりと天井を見上げていた。

「そういえば…陽葵さん、最近、妙なことを言っていたな」

森永警部が、独り言のように呟いた。

私の魂は、彼の言葉に、わずかに反応した。

「何ですか、警部?」

部下の一人が尋ねた。

「陽葵さん、最近、妙に怯えていたんだ。誰かに命を狙われているようなことを…」

森永警部の言葉に、蒼甫が廊下から戻ってきた。彼の顔には、不機嫌さが浮かんでいた。

「また、あいつの嘘か。俺の気を引くための、悪質な嘘だろう」

蒼甫は、鼻で笑った。

「そんなことはない! 陽葵さんは、本当に困っていたんだ! 君に助けを求めていたんだぞ!」

森永警部は、怒りに顔を紅潮させた。

「俺に? 俺に助けを求めていただと? ふざけるな。あいつは、いつも俺を陥れようとする」

蒼甫は、冷たい目で森永警部を見つめた。

「陽葵さんは、君のために、どれだけ…」

「もういい! あいつのことは、放っておくんだ。どうせ、また芝居だろう」

蒼甫は、森永警部の言葉を遮った。

「陽葵は、俺に電話をかけてきた時も、いつも泣きついてきた。俺に謝罪しろ、俺を信じろ、俺を愛せと…」

蒼甫の声には、明確な嫌悪が混じっていた。

「そんなことは…」

「いい加減にしろ、森永警部」

蒼甫の携帯電話が鳴り響いた。彼の顔から、一瞬にして不機嫌な表情が消え去った。

彼の表情は、まるで氷が溶けるかのように、柔らかなものへと変わっていった。

誰だろう…

私の魂は、その変化に、言いようのない不安を感じた。

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