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輝く光の先に の小説カバー

輝く光の先に

結婚、そして育児。家庭という枠組みの中で、がむしゃらに駆け抜けてきた彼女たちは、気づけば五十路を目前に控えていた。そんな折、突然舞い込んだ旧友の訃報が、平穏だった日常に波紋を広げる。「自分はこのままの人生で終わっていいのか」という切実な自問自答。残された時間の有限さを突きつけられた彼女たちは、心の奥底に封じ込めてきた本音と向き合い、自分らしい生き方を模索し始める。長年断ち切れずにいた不倫関係の清算を決意する者、抑圧してきた自身の真の性癖を自覚する者、そして形骸化した夫婦のあり方を根本から変えようとあがく者。立場も置かれた環境も異なる女性たちが、これまでの役割を脱ぎ捨て、一人の人間としての輝きを取り戻すために一歩を踏み出す。葛藤の先に待ち受けるのは、果たして望んだ幸福なのだろうか。それぞれの矜持と願いを胸に、彼女たちが自らの手で掴み取る未来を描く、再起と再生の物語。
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「ね、ちょっと!ちょっとってば、由実子、聞いて」

黒いスーツに身を包んだ人たちが静かに並ぶ中、後ろから小声で話しかけてきたのは楓。

「なに?お焼香が済んでからにしてくれる?」

「はーい」

口元に人差し指をあてながら、振り向いたのは私、由実子。 今日は共通の友人である典子のお葬式。

静まり返る室内に響く読経を聞いても、まだ実感がない。

 ➖まさか、典子が、死んでしまうなんて…➖

突然の友人の訃報が届いたのは3日前。そして今日はお葬式に楓と二人で参列している。

 こんな場面でも、何か思いつくと話さずにはいられない楓だが、それもやはり実感がないからだと私は思った。

 参列は少しずつ祭壇の前へ進んでいく。 親族席の前まで行くと、一礼する。

「このたびは……」

その後の言葉が出ない。 典子のご主人が、深々と頭を下げてきた。

 突然の妻の死に、憔悴しているというより現実感がないのだろうか、泣いているようには見えず心ここに在らずといったようだ。 それはその横に並ぶ、成人している息子と娘も同じように見えた。

その後ろでは典子のお母さんと思われる人が声を殺して泣いていた。それを見て私もつられて涙が込み上げたが、きゅっと唇を噛んでこらえた。

お香をつまみ、お焼香をする。 手を合わせた後そっと目を開け、祭壇を見た。 幸せそうに微笑む典子の写真には、カトレアの花が飾り付けてあった。

➖どうして死んじゃったの?どうしてあんな死に方を選んだの?➖

写真の典子と目が合うのに、もう答えてはくれない。

 お葬式も終わりに近づき、棺が開けられ典子の周りに花が入れられる。

「どうぞ、ご友人の方からもお花を。綺麗にしてあげてください」

斎場の人に勧められて蘭の花を受け取った。 白や黄色、薄いピンクの花に囲まれて典子はとても綺麗だった。 不思議と、典子が死んでしまった悲しみよりも、典子に対するねぎらいの言葉が出た。

「典子、おつかれさま」

棺の中の典子に、 小さくつぶやいた。 

それからしばらくして、典子の棺は斎場を後にした。これから火葬場へと向かう。葬儀が終わり、 ちらほらと帰る人達。

「やっぱりね、介護がきつかったんじゃないの?」 「そればかりじゃないみたいよ、ご主人に愛人がいたとかいう噂もあるし」

「それにしてもねー、まだ50才だよ。子どもたちも成人してこれから楽になるって時にねー」

あちこちから聞こえてくる、典子の自殺の原因についての噂話。

➖もういいじゃないか!いまさら何を言っても典子には弁解すらできないのだから!➖

何も知らず勝手な憶測で噂話をする参列者達に、そう声をあげたくなったけど、やめた。

「恥ずかしいからやめてって、由実子!」

そんな典子の声が聞こえてきそうだったから。

「ね、由実子、これからちょっと時間ある?」

 いつのまにか楓が横に並んで立っていた。

「んー、ちょっと待って」

腕時計で時間を確認する。 健吾との約束まではまだ時間があった。

「いいよ、夜には予定があるけど」

「よかった、なんかね、このまま家に帰るのって寂しいというか…誰かと話がしたくて」

 明るめの肩までの髪を耳にかける仕草は、何かあらたまった話があるときの楓の癖だ。  

「そうだね、私もちょっとこのまま帰るのはなんだか気が重い」

答えながら健吾の顔を思い出していた。

 「あー、はっきり言ってよ、お葬式の後にそのまま彼氏に会うのは気が引けるって」

「バレた?」

「まぁいいよ、彼氏との約束の方が先だったんでしょ?お葬式より。そりゃ仕方ないわ。 それよりも、いい感じの喫茶店を見つけたのよ、この前散歩してて」  

「つきあうよ、そこ行きたいんでしょ?」

「やったー、じゃいこっか?あ、喪服ってどうかな?着替えないとダメ?」

「いわゆる今風のカフェとかじゃなきゃ、いいんじゃない?気にしなくても」

「それなら大丈夫、昔ながらのって感じのお店だから」

歩きながらタクシーを拾った。 斎場からその喫茶店【春爛漫】までは、タクシーで10分ほどだった。

大通りから一本入った、あまり目立たない場所にその喫茶店はあった。 入り口横にある店名のステンドグラスの看板は、もう何十年もそこにあるかのようだった。おそらく元々は赤や青や緑や黄色の春らしい色だったのだろうが、ぼやけて全体がセピア色がかっていた。 

  からんころん🎶

 入り口のドアには、今では懐かしいドアベルがついていた。

  「いらっしゃい」

 年代物みたいなカウンターの奥から、キャップをかぶったマスターが声をかけてきた。

こじんまりとした店内は、昭和の時代からそのままそこにある雰囲気だ。 ふかふかのビロードのソファに、テーブルに置かれた100円玉を入れて占うマシンもある。

「カウンターでいい?」

楓が聞いてきた。 チラッとマスターを見たけど、うるさく話に入ってきそうなふうには見えない。

「うん、いいよ」

「マスター、私、ブレンド、あ、由実子は?」 「私もそれで」

「はい、わかりました」

そう言うとマスターは、カウンターの奥にあった棚からコーヒー豆を出して丁寧にドリップを始めた。 ふぅ!とため息をつく。

「んー、なんだか疲れたね」

  頬杖をつく楓。

「そうだね、典子がね、まさか…ね」

祭壇に飾られた遺影を思い出す。

「私たちグループの中じゃ一番幸せだと思ってたんだけどな」

楓が言う。

「最近会えてなかったから、よくわからないんだよね、典子のこと。あ、そうだ!」

 私は1か月ほど前、典子からLINEがきてたことを思い出した。

「これ、見て!先月、典子から届いてたんだけど…」

開いたLINEには、簡単に近況を知らせる話とそれからいい病院を知らないか?と書いてあった。

「え?病院ってなんの?」

 私のスマホを覗き込んでいた楓が聞く。

「その後も読むとわかるんだけど、介護付きの老人ホームみたいなやつと、それから心療内科だった」

更年期のせいか、体調が思わしくなくて介護をするのも大変なんだと書いてあった。 近所に住んでいる自分の両親の介護に、自分の時間が取られてしまうと。

「更年期なら婦人科じゃないの?」

「私もそう思って、評判のいい婦人科を教えたの」

私は、不動産の営業という仕事柄、そういう情報には詳しいほうだった。

「で?行ったのかな、典子」

「多分行った、その病院の薬の袋がリビングにあったのを見たから」

私は典子の訃報を聞いてその日の夜に一度、典子の家を訪ねていた。 念のためということで、検死があるからと典子はそこにはいなかったが。

「そういえばさっき、何か話たがってなかった?楓」

 「ん…典子が死んじゃってさ、ちょっと考えちゃって」

 「なにを?」

 「私たち、もうアラフィフでしょ?いやまぁ、私は数年前に50過ぎてるけどさ。平均寿命の半分はとっくに過ぎてるわけよ!」

 「まぁ、そうだね」

 「このままだとこのままで人生終わっちゃうわけよ!」

 「このままとは?」

 「自分のこともちゃんとできない旦那のご飯作ってパンツ洗ってさ、そのうちどっちかの、へたすりゃ両方の親の介護が始まってさ、そして孫が生まれたら孫の世話だよ?」

「ありきたりだけど、そうだね」

 二つのコーヒーが、楓と私の会話を邪魔しないようにそっと置かれた。

「じゃあさ、私は?私の時間はどうなるの?もう半分もないんだよ?元気で自由がきく時間なんてあと数年かもしれないんだよ?」

ピッチャーからミルクを勢いよく注ぐ楓のコーヒーは、一滴テーブルに落ちた。

「わかったから、そんなに荒くしないで、せっかくのコーヒーが、ほら、もう」

 ごめんなさいとおしぼりでテーブルを拭く。

 「由実子はいいよね?健吾さんだっけ?彼氏がいてさ、現役の女だもんね」

「え?私の話?」

「そう!結婚して子どももいて仕事も正社員で、そして彼氏がいるって!全部持ってるもんね!」 「いや、お金はないよ、ほんとにギリギリだから」

私は働きたくて正社員で働いているんじゃない、できれば楓みたいに近所の雑貨屋さんかなんかでアルバイトくらいがいいと思ってる。

「そのうえさ…」

「まだ何かある?私に」

「彼氏がいても、そのことが旦那さんにバレてるかもしれないのに、それが許されてるってどうなの?」

「はは…それは、まぁね…」

10年ほど前、夫の浮気と借金が同時に発覚した。 その二つの事由があれば、立派な離婚請求になるのはわかっていた。

それでも離婚しなかった。 離婚しても借金があるような夫からは、慰謝料も取れないし、相手の女に負けたような気がするから、離婚は踏みとどまった。 当時小学生だった3人の子どもたちのことも考えたら、離婚は得策じゃないと思えた。

とりあえずは借金を返す、そのために正社員の職を探した。

不動産の営業なんてやったことなくて、それでもやらなくちゃいけなくて、慣れないことにオタオタしている時に健吾に出会った。

ある日、疲れ果てた帰り道、健吾に誘われて飲みに行った。 お酒のせいもあって、私は自分の家庭の事情をしゃべっていた。 久しぶりのお酒に酔って、気がついたらラブホテルの部屋だった。

 「これで、ご主人とおあいこになるでしょ?」

 そう健吾が言った。

➖あぁそうか、意外と簡単に浮気ってできるんだな➖

それがその時の感想だった。

そんな健吾との出会いを思い出した。

「あれ?うちの事情とか、健吾との出会いは話さなかったっけ?」

  健吾との出会いや、夫との立ち位置は楓にも話した気がしたけど。

「うん、聞いたと思う。でもさ、私が一番由実子をうらやましいのは、女として見てくれる男がいるということだよ」

楓は、コーヒーを飲みながら髪を耳にかけた。 あの癖だ。

「何か話があるんだよね?私のことじゃなくてさ」

楓の癖に気づいた私は、あらためて聞いてみた。

「ん…実はね、私…」

前を向いたまま、声のトーンを落として話し続ける。

「好きな人がいるんだ…きゃっ!」

「え?きゃって中学生か」

顔を両手で隠して照れている様は、まるで10代だ。

「だけどね、どうにもできなくてねー」

「どうにかしたいの?」

少し意地悪な聞き方をしてしまう。

 「どうにか…ん…どうしたいんだろ?ただ好きって言いたいだけかも?」

きゃっ!とまた顔を隠した。

「言うだけならタダなんだから、言えば?」 「えー、言ってさ、ひかれたら傷つかない?」 「確かに若い子ならまだしも、50才過ぎてたらひかれるかな?ははっ!」

 楓がムッとしたのがわかったから、笑ってごまかす。

「ひかれるよね、キモいとか言われるかな?いやだよね?私なんかじゃさ…」

「あのね、年は関係ないと思うけど?実際私のことを想ってくれる人もいるんだし」

「そうだよね?大丈夫かもしれないよね?」

「てか、どうした?突然そんなこと」

今まで楓の口から好きな男がいるなんて話は聞いたことがなかった。 しばらくの無言。

「だってね…典子が死んじゃった…」

言いながら泣き出した。

「え?何?いま?」

「あんまりにも突然でさ…なんにも言わずに典子がいなくなっちゃった…まだまだこれから…じゃない?」

 ひっくひっくと嗚咽をあげる。 マスターがそっと新しいおしぼりを出してくれた。

 「ほら…楓…あんたが泣く…と…」

言いながら、涙が込み上げてくるのを止めることができない。 マスターがもう一つ、おしぼりを出してくれた。

「ごめんなさい…こんな…お店…で」

 わーんと、えーんと、いい年の女2人が喪服で泣き出した。 運良く他にお客さんはいなかったけど、マスターには迷惑だろうなと思う。 でも…。

 「いいですよ、お気になさらず」

そう言うとマスターは、入り口に【本日閉店】の看板を掛けに行った。 これで思いきり泣ける…。

➖あ、私も楓も泣きたかったんだ➖

 ここは泣ける場所なんだと思った。

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