フォローする
共有
不妊治療の果て、裏切りの産婦人科 の小説カバー

不妊治療の果て、裏切りの産婦人科

長年にわたる不妊治療の末、ようやく授かった新しい命。夫を驚かせようと妊娠を伏せていた彩音が産婦人科で目撃したのは、愛人の膨らんだ腹を慈しむ夫の姿だった。さらに愛人は、彩音に突き飛ばされたと嘘の主張を展開する。逆上した夫は、弁解も聞かずに彩音を力任せに突き飛ばした。その衝撃で、夫に伝えるはずだった我が子の命は、皮肉にも父親である彼自身の手によって奪われてしまう。激痛に苦しむ妻を一顧だにせず、夫は失望の言葉を吐き捨てて愛人を抱きかかえ去っていった。夫が守ったのは女の虚言であり、殺したのは待ち望んだ実子だったのだ。血の海の中で夫への愛を完全に断ち切った彩音は、離婚届と愛人の自作自演を証明する監視カメラの映像を自宅に残し、静かに姿を消した。それから5年後。真実を知り、全てを失って狂乱寸前となった元夫が彩音の前に現れる。「許してくれ」と足元にすがりつき、なりふり構わず許しを乞う男。そんなかつての配偶者を、彩音はゴミを見るような冷徹な眼差しで見下ろすのだった。
共有

2

あの日の産婦人科での出来事は, まるで悪夢のように私の脳裏に焼き付いている. しかし, あの時, 私は病院を後にすることができなかった. 久史と彩夏が消えた廊下の先に, 私の足は縫い付けられたかのように動けないでいた. 激しい腹痛に耐えながら, 私は彼らを追って, 病院の奥へと足を引きずった.

彼らは, さらに奥の診察室に入っていったようだった. 私は壁伝いに歩き, その診察室のドアの隙間から, 中の様子を覗き込んだ.

久史は, 診察台に横たわる彩夏の隣に立ち, その手を優しく握っていた. 彼の表情は, 先ほど私に向けたものとは全く違う, 心からの安堵と愛情に満ちていた.

医者が彩夏の容体について説明している. 久史は医者の言葉に真剣に耳を傾け, 時折質問を挟んだ. 彼の声は, 心配と緊張で僅かに震えていた.

「赤ちゃんは大丈夫ですか? 」久史の声が, 私の耳に届いた. その声には, 深い愛情と, 失うことへの恐れが滲み出ていた.

彩夏は久史の手を強く握りしめ, 不安そうに彼を見上げていた. 「久史さん... 私, 怖い... . 」

「大丈夫だ. 僕がずっとそばにいるから. 」久史は彼女の頭を優しく撫で, 安心させるように言った. その仕草は, あまりにも自然で, 二人の間にどれほどの時間が流れたのかを物語っていた.

「男の子と女の子, どっちがいいですか? 」彩夏が, 甘えるように久史に尋ねた.

久史は苦笑しながら, 「どっちでもいいさ. 君と僕の子なら, きっと可愛い. 」と答えた. 彼の声は, 柔らかく, まるで子守唄のようだった.

その言葉を聞いた瞬間, 私の目から涙が溢れ出した. 声を出さないように, 口元を強く押さえる. 心臓が, まるでガラスのように砕け散る音を聞いた気がした. もう, これ以上見ていられなかった.

私はその場を離れ, 病院の廊下を足早に去った. 足元の激しい痛みが, 私の心を蝕む痛みと混ざり合う. 家に帰り着く頃には, 体中の力が抜け落ち, 私は床に崩れ落ちた. 胸元が引き裂かれるような痛みと, 息苦しさが私を襲う.

久史との出会いを思い出す. 私たちは7年間, 夫婦だった. その間, 私は彼の隣で, 彼の夢を支え, 彼の成功を共に喜んできた. 私が不妊治療で苦しんでいる時も, 彼はいつも優しく寄り添ってくれた.

「君が辛いなら, 無理しなくていい. 二人だけでも十分幸せだ. 」彼はそう言って, 私の手を握りしめてくれた. あの時の彼の言葉は, 私にとってどれほどの救いだっただろう. 私は実家との縁が薄く, 彼こそが私の世界全てだった. 彼が私を愛してくれるのなら, 他に何もいらない. そう信じていた.

彼が建築家として成功し始めた頃, 仕事の忙しさから不妊治療に付き添えない日が増えた. それでも, 彼は夜遅く帰ってきては, 私の体を気遣い, マッサージをしてくれた. 「僕が支えられなくてごめん」と, 彼はいつも私を抱きしめてくれた. あの時の彼の優しさは, 全て罪悪感からくるものだったのだろうか.

彼に愛されていると信じていた. 私たちの間に子供ができなかったのは, 私の体質の問題だと思い込んでいた. 彼が私を愛してくれているから, 彼は不妊治療の責任を「自分にもある」と言って, 私の両親と口論してまで私を庇ってくれた. あの時の彼の優しさは, 偽りではなかったはずだ.

しかし, 今日の出来事が, 私の過去の全てを塗り替えてしまった. 彼の優しさは, もはや私だけのものではなかった. あの笑顔も, あの眼差しも, あの気遣いも, 全てが, もう一人の女性に向けられていたのだ. 彼の愛は, 私のためだけのものではなかった.

私は, 彼の優しさが, 彼自身の罪悪感を和らげるためのものだったと悟った. 私は愚かだった. あまりにも無邪気だった. そして, あまりにも彼に依存しすぎていた.

夜遅く, 玄関のドアが開く音がした. 久史が帰ってきたのだ. 彼の足音は重く, 疲労と憔悴が滲み出ていた. 彼はリビングに入ってくると, 床に座り込む私を見つけ, その場で立ち尽くした.

「彩音... 」彼の声は, 掠れて震えていた. 彼はゆっくりと私の前まで歩み寄ると, 膝から崩れ落ち, 私の膝に顔を埋めた. 彼の体から, 酒と香水の匂いがした.

吐き気がした. しかし, 私は動かなかった. 心の中で, 私は自分に言い聞かせた. 「ここで心を許してはいけない. もう, 彼に心を奪われてはいけない. 」

「彩夏さんって, 誰? 」私の声は, 驚くほど冷静だった.

久史の体が, 私の膝の上で硬直した. 彼は数秒間, 何も言えなかった. その沈黙が, 私にとっては答えだった.

「僕の... 新しく入ったアシスタントだ. 」彼はようやく口を開いた. 「一度, 事務所で会ったことがあるだろう? 」

私は脳裏に, 数ヶ月前の出来事を思い出した. 新しいインターンとして紹介された, 若くて陽気な女性. その時, 彼女が久史を見つめる視線が, なんだか異常に熱いと感じたのを覚えている. 私はその違和感を, すぐに忘れてしまっていた.

「そういえば, あの時, 久史さんが『佐野っていう新人, なんだかやる気が空回りしてて困るんだ』って愚痴を言ってたわね. 」私は皮肉を込めて言った. 「でも, すぐに彼女のSNSをフォローして, 日々の投稿に『いいね』を押していたわ. 」

久史が, 一瞬, びくりと肩を震わせた.

「ああ, そうだったな. 」彼はバツが悪そうに答えた. 「君は『若くて可愛い子じゃない, お目が高いわね』って冗談を言ってたのに, 僕は『まさか, そんなわけないだろう』って誤魔化して. それから, あなたは彼女の話をしなくなったから, 私はてっきり彼女がクビになったのかと思っていたわ. 」

私の声は, 次第に冷たく, 重くなっていった. 「一体いつからなの? この関係は. 」

久史は顔を上げ, 私の目を見つめた. 「違うんだ, 彩音. 本当に, 一度だけの過ちだったんだ. 僕も酔っていて, つい... . 彼女も, まさか妊娠するなんて思っていなかったんだ. 僕も, すぐに堕胎するように言ったんだが, 彼女は... 」

彼は言葉を詰まらせた. その言葉に, 私は全てを悟った. 彼のこれまでの優しい言葉, 熱心な不妊治療への協力, 全てが, 彼自身の罪悪感を隠すためのものだったのだ. 彼が私に尽くせば尽くすほど, 彼の心の中で, 彩夏への罪悪感と責任感が膨らんでいったのだ.

「堕胎できないって, 言われたのね. 」私の声は, もはや感情を失っていた.

久史は, ゆっくりと, そして絶望的に頷いた. その頷きは, 私の心に, 雷鳴のような衝撃を与えた.

おすすめの作品

追放された妻、正体は世界がひれ伏す天才たちでした。 の小説カバー
9.0
実父の手によって十億円と引き換えに名家へ売られた彼女は、植物状態の御曹司の妻となる。しかし、目覚める前から彼女を弄んでいた「夫」は、意識を取り戻すや否や「無理やり触れた責任を取れ」と理不尽な要求を繰り返し、執拗に彼女の身体を求めた。そんなある日、彼女の妊娠が判明した瞬間に、彼の「かつての想い人」が帰還する。男は冷酷に離婚届を突きつけ、約束の相手と結婚すると告げた。彼女は手切れ金の札束を彼の顔に叩きつけ、その場を去る。後日、華やかな宴で再会した彼女の正体は、世界が崇める伝説の天才たちだった。ハッカー、レーサー、脚本家、そして彼が切望していた名医。その全てが彼女だったのだ。後悔に震える男は「命に代えても守る」と許しを乞うが、彼女は「なら今すぐ死んでみせて」と冷たく言い放つ。彼は誓い通り命懸けで彼女を支え続けるが、一つだけ知らない真実があった。彼女は最初から、彼が口にした「想い人」の存在が真っ赤な嘘であることを知っていたのである。
偽装ブス妻、覚醒のち離婚 の小説カバー
9.1
分厚い前髪にそばかす、無頓着な装い。誰もが目を背ける「醜い妻」として、私は若き御曹司の妻となった。周囲から「ブス好き」と冷笑され、一族の猛烈な反対を受けながらも、彼は私を狂気的なまでに溺愛し続けてくれた。その甘い言葉を信じ、容姿ではなく魂を愛してくれる唯一無二の伴侶だと確信していた三年間。しかし、その幸せは夫の書斎で見つけた衝撃的な真実によって崩れ去る。そこにあったのは、別の女性に宛てられた九十九通のラブレターと、彼女を保護するための信託書類だった。彼の愛はすべて、本命の女性を世間の毒牙から守るための「盾」として私を利用していたに過ぎなかったのだ。夫が権力を掌握し、利用価値のなくなった私は、未練もなく離婚届を突きつける。そして長年施してきた「ブスメイク」をすべて洗い流し、真実の姿を隠したまま彼の前から永遠に姿を消すことを決意した。偽りの愛に終止符を打ち、私は本来の自分を取り戻して新たな人生を歩み始める。
ダメ婿だと虐げられていた俺、実は記憶を失くした世界最強のゴッドファーザーでした の小説カバー
9.3
武術と医術の両面で頂点を極め、全世界にその名を轟かせた男、宇ノ木千颯。強大な勢力を束ね「ゴッドファーザー」として畏怖されていた彼だったが、卑劣な策謀によって記憶を喪失してしまう。かつての栄光をすべて失い、行き場をなくした彼が辿り着いたのは、ある名門一家の婿養子という立場だった。しかし、そこで待っていたのは、無能なダメ婿として家族や周囲から蔑まれ、嘲笑される屈辱の日々であった。ところが、ある出来事を境に封印されていた記憶が鮮明に蘇る。真の姿を取り戻した彼は、自分を虐げてきた者たちに対し、圧倒的な力をもって反撃の狼煙を上げる。冷え切ってしまった美しい妻との絆を修復し、再び愛を勝ち取ることはできるのか。そして、一度は失った世界の覇者としての座に、彼はどのようにして返り咲くのか。最強の男による壮絶な復讐と、愛と栄光を奪還するための物語が今、幕を開ける。記憶を失った英雄が、再び世界の頂点へと駆け上がる逆転劇が始まる。
彼の裏切りが、彼女の真の力を解き放った の小説カバー
8.5
恋人の浩人を支えるため、私は正体を隠して数百億円規模のソフトウェア「Aura」を開発し、彼をスタープロジェクトリーダーの座へと押し上げた。二人の幸せな未来を信じ、影の設計者として尽くしてきた五年間。しかし、サプライズで彼の転属先を訪れた私を待っていたのは、見知らぬ女性キラと抱き合う彼の姿だった。浩人は彼女を単なる友人だと言い張るが、キラが会社に数億円の損失を与えた際、彼は信じがたい行動に出る。役員たちの前で彼女を庇い、あろうことか全ての責任を私に押し付けたのだ。「プレッシャーに耐えられないなら本社へ帰れ」と、彼は冷酷に私を解雇した。尽くしてきた男の裏切りに絶望し、世界が崩れ去ったその時、エレベーターからCTOが現れる。彼は涙に濡れる私と傲慢な浩人を交互に見据え、静かに、しかし鋭く問いかけた。「君は、この会社のオーナーに対して、そのような口の利き方をするつもりか?」と。裏切られた設計者の真の身分が明かされる時、二人の関係は決定的な破滅を迎える。
夫の裏切り、私はもう泣かない の小説カバー
8.4
忘れ物を取りに夫の職場を訪れた火曜日、私の平穏な日常は音を立てて崩れ去った。夫のイーサンと親友のスザンナが密会する残酷な場面を目撃してしまったのだ。「お飾り妻」として静かに過ごしてきた私は、裏切りの事実に直面し離婚を突きつける。しかし、彼らは謝罪どころか、私を「狂った女」に仕立て上げ、社会的地位や家族、財産のすべてを奪い去った。職場でも貶められ、どん底に突き落とされた私に、彼らは「貧民街に戻るのか」と無慈悲な嘲笑を浴びせる。理不尽な侮辱に耐え、床に崩れ落ちた私の心の中で、悲しみは激しい怒りへと姿を変えた。私は静かに、夫の不正なインサイダー取引の証拠が記された日記を手に取る。彼らが私を怪物と呼び、破滅に追い込むというのなら、望み通りにしてあげよう。慈悲を捨てた私の、冷徹な復讐劇が幕を開ける。本当の恐怖を味わうのは、私を裏切り、踏みにじった彼らの方だ。
再婚相手は元婚約者の宿敵 の小説カバー
9.8
婚約者の清彦を支え続けてきた七年間。私は彼を救いたい一心で、自らの骨髄を提供することさえ厭わなかった。しかし、その献身的な愛は無残に裏切られる。清彦は私の情熱の結晶であるウェディングケーキのレシピを盗み出し、あろうことか親友である栞代の手へと渡したのだ。さらに彼は私を欺いて入院させただけでなく、交通事故に遭い生死を彷徨う私を冷酷に見捨て、栞代のもとへと走り去った。私という存在は、彼にとって成功を掴むための便利な道具に過ぎなかった。愛も、才能も、そして命さえも利用され、私は深い絶望の淵へと突き落とされる。すべてを失い、心身ともに傷ついた私の前に現れたのは、清彦が最大の宿敵と目する男、小田切真也だった。彼から唐突に告げられたのは、予想だにしない「婚約」の申し出。裏切りによって地獄を見た女と、元婚約者のライバル。奇妙な縁から始まる新たな関係が、止まっていた私の運命を再び動かし始める。どん底にいた私は、この手を取り、かつての愛への復讐と再生を誓う。