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不妊治療の果て、裏切りの産婦人科 の小説カバー

不妊治療の果て、裏切りの産婦人科

長年にわたる不妊治療の末、ようやく授かった新しい命。夫を驚かせようと妊娠を伏せていた彩音が産婦人科で目撃したのは、愛人の膨らんだ腹を慈しむ夫の姿だった。さらに愛人は、彩音に突き飛ばされたと嘘の主張を展開する。逆上した夫は、弁解も聞かずに彩音を力任せに突き飛ばした。その衝撃で、夫に伝えるはずだった我が子の命は、皮肉にも父親である彼自身の手によって奪われてしまう。激痛に苦しむ妻を一顧だにせず、夫は失望の言葉を吐き捨てて愛人を抱きかかえ去っていった。夫が守ったのは女の虚言であり、殺したのは待ち望んだ実子だったのだ。血の海の中で夫への愛を完全に断ち切った彩音は、離婚届と愛人の自作自演を証明する監視カメラの映像を自宅に残し、静かに姿を消した。それから5年後。真実を知り、全てを失って狂乱寸前となった元夫が彩音の前に現れる。「許してくれ」と足元にすがりつき、なりふり構わず許しを乞う男。そんなかつての配偶者を、彩音はゴミを見るような冷徹な眼差しで見下ろすのだった。
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3

私は生理的な嫌悪感に襲われ, 久史の膝から顔を上げて洗面所へと駆け込んだ. 胃の中のものが全て逆流してくるような感覚. 便器に顔を近づけ, 何度もえずいた.

久史が私の後を追って洗面所に入ってきた. 彼は私の背中に手を伸ばそうとしたが, 私はその手を強く払いのけた. 彼の顔を睨みつける. その目には, 憎しみと軽蔑が宿っていた.

あの時の彼の言葉が, 耳の奥で反響する. 「君が辛いなら, 無理しなくていい. 」「僕が支えられなくてごめん. 」「僕には君しかいない. 」その言葉の全てが, 今では私の心を切り裂く刃のようだった. 彼が私を気遣うふりをしていた間, 私たちの寝室で, 彼は別の女を抱いていたのだ. 私たちの思い出の全てが, 彼の嘘によって汚されてしまった.

彼の顔に, 恐怖と呆然とした感情が浮かんでいるのが分かった. しかし, 私はもう彼に同情する資格も, 彼の表情を読み解く気力もなかった.

私は洗面所を飛び出し, 寝室へと向かった. 私たちの, いや, 彼と彩夏の思い出の場所になってしまった寝室. 私はクローゼットの奥から, ずっと使っていなかったガーデニング用のハサミを取り出した.

「彩音! 何を... 」久史が私の後を追って寝室に入ってきた.

私は何も答えなかった. ただ, ハサミを振り上げ, 枕カバーを切り裂いた. 中から白い羽毛が舞い上がり, 部屋中に飛び散る. 私は次に, ベッドカバーを切り裂き, カーテンを切り裂き, そして彼のスーツを切り裂いた.

羽毛が舞い, 布が破れる音だけが部屋に響く. 白い羽毛が, まるで雪のように部屋中に積もっていく. しかし, いくら破壊しても, 私の心の怒りは収まらなかった.

「やめろ, 彩音! 」久史が私の腕を掴んだ. 彼は私からハサミを奪い取ろうとしたが, 私は強く抵抗した. その拍子に, ハサミの刃が久史の手に食い込み, 鮮血が白い羽毛の上に飛び散った.

白い羽毛と赤い血. その鮮やかなコントラストが, 私の目に焼き付いた. 私はハサミを床に落とし, 自分の手についた久史の血を見つめた. その瞬間, 私の頭の中が, 嘘のようにクリアになった.

目の前には, 私と久史の結婚写真が飾られていた. 満面の笑みを浮かべた二人の姿.

「離婚しましょう. 」私の声は, 驚くほど冷静で, 感情のこもっていないものだった.

久史は, その言葉に目を見開いた. 血の滲んだ手で, 彼は私を力強く抱きしめた.

「嫌だ! 離婚なんてしない! 彩音, お願いだ, 許してくれ! 彼女とはもう二度と会わない. もう関係を断ち切るから! 以前のように, 二人でやり直そう. 僕には君しかいないんだ! 」

彼は私の背中に顔を埋め, 子供のように泣きじゃくった. 「君がいないと, 僕は生きていけないんだ... ! 」

私は, 冷めた目で彼の震える背中を見つめていた. 彼の言葉は, 嘘ではないのかもしれない. しかし, もう, 何もかもが遅すぎた. あの時の久史は, もうどこにもいなかった. 私の中にあった, 彼への信頼も, 愛も, 全てが死んでしまった. あの頃の私たちには, もう二度と戻れない.

その後数日間, 私たちは奇妙な膠着状態に陥った. 久史は私に対して, 今まで以上に優しく, 気遣うようになった. 私が何かに怒りをぶつけても, 彼はただ微笑んでそれを受け入れた. しかし, 彼のその優しさは, 私にとっては偽りの仮面でしかなかった. 離婚の話を持ち出すと, 彼はすぐに話題を変えたり, 遠回しに「君は僕から離れられないだろう」というような態度を見せたりした.

彼の携帯電話は, 一日に何度も鳴った. 全て, 彩夏からの着信だった. 彼は私の前では決して電話に出ず, 「もう連絡は取らない」と言い張った. しかし, 私は知っていた. 毎晩, 私が寝た後, 彼はリビングでこっそりと電話をかけ, 彩夏を優しい声でなだめていることを.

ある日の夜, 彼の携帯が鳴った時, 私はリビングで彼を見つめて言った. 「出たらどう? 彩夏さんからの電話でしょう? 」

久史は一瞬, 焦ったような顔を見せたが, すぐに表情を取り繕った. 「何でもない. 君の体調の方が大事だ. 」

その時, 私の携帯が鳴り響いた. 画面には「知らない番号」と表示されていた. 久史の顔色が変わる. 彼は私から携帯を奪い取ろうとしたが, 私は彼の手をかわし, 電話に出た. そして, スピーカーフォンにした.

「もしもし? 」私の声が, リビングに響き渡る.

電話の向こうから, 女の嗚咽が聞こえてきた. 彩夏だ.

「彩音さん! お願いです! 久史さんを, 久史さんを返してください! 赤ちゃんが, 赤ちゃんが苦しがってるんです! 」彩夏の叫び声が, リビングに響き渡った.

久史の顔が, 恐怖で引き攣った. 彼は私を, まるで怪物を見るかのような目で見つめた. 私は, ただ冷たい視線で彼を見つめ返した. 私の心には, もはや憎しみさえもなかった. ただ, 深い悲しみが沈殿しているだけだった.

「わかったわ. 会って話しましょう. 」私は電話に向かってそう告げた.

久史の目が, 驚きと戸惑いで大きく見開かれた.

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