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不妊治療の果て、裏切りの産婦人科 の小説カバー

不妊治療の果て、裏切りの産婦人科

長年にわたる不妊治療の末、ようやく授かった新しい命。夫を驚かせようと妊娠を伏せていた彩音が産婦人科で目撃したのは、愛人の膨らんだ腹を慈しむ夫の姿だった。さらに愛人は、彩音に突き飛ばされたと嘘の主張を展開する。逆上した夫は、弁解も聞かずに彩音を力任せに突き飛ばした。その衝撃で、夫に伝えるはずだった我が子の命は、皮肉にも父親である彼自身の手によって奪われてしまう。激痛に苦しむ妻を一顧だにせず、夫は失望の言葉を吐き捨てて愛人を抱きかかえ去っていった。夫が守ったのは女の虚言であり、殺したのは待ち望んだ実子だったのだ。血の海の中で夫への愛を完全に断ち切った彩音は、離婚届と愛人の自作自演を証明する監視カメラの映像を自宅に残し、静かに姿を消した。それから5年後。真実を知り、全てを失って狂乱寸前となった元夫が彩音の前に現れる。「許してくれ」と足元にすがりつき、なりふり構わず許しを乞う男。そんなかつての配偶者を、彩音はゴミを見るような冷徹な眼差しで見下ろすのだった。
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長年の不妊治療が実り, 夫を驚かせようと妊娠の事実を隠していたのが仇となった.

産婦人科で鉢合わせたのは, 愛人の膨らんだお腹を愛おしそうに撫でる夫の姿だった.

「彩音さんが私を突き飛ばした! 」

愛人の狂言を鵜呑みにした夫は, 弁解しようとする私を力任せに突き飛ばした.

その衝撃で, 私は彼に伝えるはずだった我が子を, 彼自身の手によって殺されたのだ.

激痛に悶える私を一瞥もせず, 彼は「君には失望した」と言い捨て, 愛人を抱きかかえて去っていった.

彼が守ったのは愛人の嘘, 彼が殺したのは待望の実子.

私は血の海の中で, 彼への愛を完全に断ち切った.

誰もいない家に戻り, 離婚届と, 愛人の自作自演を捉えた監視カメラの映像をテーブルに残して, 私は姿を消した.

5年後, 全てを失い, 真実を知って発狂寸前の彼が私の前に現れた.

「許してくれ」と足元にすがりつく彼を, 私はゴミを見るような冷たい目で見下ろした.

第1章

妊娠検査薬の青い線を見た瞬間, 私の心臓は喜びで爆発した. 何年もの間, 毎月訪れる失望に打ちのめされ, 体外受精の痛みと希望の狭間で擦り切れてきた心が, ようやく報われた. 久史にこれを伝えたら, どんな顔をするだろう. きっと, 彼も私と同じくらい喜んでくれるはずだ. 彼を驚かせようと, 私はまだ妊娠の事実を告げていなかった.

産婦人科の待合室は, 幸せな妊婦たちと, その横に寄り添う夫たちの姿で溢れていた. 私もその一人になるのだ. そんなことを考えながら, ふと視線を上げた時, 私の世界の全てが凍りついた.

久史がそこにいた.

彼が, 私の夫である広瀬久史が, 知らない若い女性の隣に座っていた. 彼女の膨らんだお腹に, 彼は優しく手を添えていた. その手のひらの動き, 指先の愛おしむような仕草, そして彼女を見つめる瞳. それは, 私が何年も久史から向けられてきた, 愛情そのものだった. いや, もしかしたら, それ以上の.

私の喉がカラカラに乾き, 呼吸が止まった. 周囲の幸福なざわめきが, 突然遠い幻のように聞こえる. 心臓が, まるで誰かに鷲掴みにされたかのように, 激しい痛みを訴え始めた. 目の前の光景が, 現実なのか, それとも悪夢なのか判別できない.

久史は彼女の耳元で何かを囁き, 彼女は満面の笑みで彼を見上げた. その笑顔は, 純粋で, 無邪気で, そして何よりも, 私の久史に甘えているように見えた.

私は, 私たちの結婚生活で一度も見たことのない, 久史の甘い表情を目撃していた.

突然, 久史の視線が私の方向に向いた. 彼の瞳が私を捉え, その瞬間, 彼の顔から血の気が引いた. 笑顔は消え失せ, 表情は凍りつき, まるで時間が止まったかのようだった. その隣では, 久史の異変に気づいた若い女性が, 不安そうに彼を見上げている. 彼女の視線が, 久史の視線の先, つまり私へと向かう. 彼女の目が見開かれ, 唇が震えた.

「彩音... 」久史の声が, 掠れるように私の耳に届いた.

彼は急いで立ち上がり, 若い女性の肩を軽く叩いた. 何かを耳元で囁くと, 彼女は一瞬, 不満そうな顔を見せたが, すぐに頷いて立ち去った. 久史は, まるで何もなかったかのように, 私に向かって足を踏み出した.

「どうしてここに? 」彼の声は平静を装っていたが, その目の奥には明らかな動揺が揺れていた.

私は彼の言葉に答えることができなかった. ただ, その場に立ち尽くすことしかできない. 彼が私の腕に触れようと手を伸ばしたが, 私は反射的にその手を払いのけた. 彼の指先が, 私の肌に触れる前に宙を裂いた.

「あれは, 誰なの? 」私の声は, まるで他人のもののように震えていた. 感情が喉元までせり上がってきて, 息をするのも苦しかった.

久史は視線を逸らし, 曖昧に言葉を濁した. 「一度だけの過ちだったんだ. 君を愛しているのは, 僕には君しかいないのは, 本当だ. 」

彼は私を力強く抱きしめた. 彼の腕の中で, 私は何も感じなかった. ただ, 冷たい空気が私を包み込んでいるようだった. 彼の言葉が, 耳の奥で響く空虚な音にしか聞こえない.

「子供は? 」私は彼の胸に顔を埋めたまま, 掠れた声で尋ねた. 心の中では, 彼が否定してくれることを, ただひたすらに願っていた. 信じられない, と叫んで欲しかった.

久史の体が, 私の腕の中で僅かに強張ったのが分かった. 沈黙が, 重く長く続く.

「... ああ. 」彼は, まるで絞り出すように, その一言を漏らした.

その瞬間, 私の体は拒絶反応を起こした. 彼の腕の中から抜け出し, その場にうずくまる. 生理的な吐き気が込み上げ, 胃液が逆流するような感覚.

「彩音さんを押し倒した! 」

その声に顔を上げると, 先ほどの若い女性が廊下の向こうで, お腹を抱えて倒れ込んでいた. 彼女の叫び声が, 病院の静寂を切り裂く. 久史の顔が, 驚きと焦燥で歪んだ.

「彩夏! 」久史は私を振り切り, 彼女の元へと駆け寄った. 彼は彼女を抱き上げ, 私に怒りの視線を向けた.

「君は, 一体何を考えているんだ! 」彼の声が, 私を責めるように響く.

その言葉に, 私の頭の中で何かが切れた. 私は立ち上がり, 久史に向かって一歩踏み出した. 彼の腕の中にいる彩夏が, 私を挑発するように見つめている. 私が何かを言う前に, 久史が私を突き飛ばした.

私の体はバランスを失い, 後ろに倒れ込んだ. 背中に走る激しい衝撃. そして, お腹に鈍い痛みが走った. 自分でデザインした, 特注家具の角に, 腹部を強打したのだ.

「うっ... 」私は呻き声を上げ, お腹を抱えた. 激痛が, 私の意識を白く染め上げていく.

久史は一瞬, 私の倒れた姿に目を見張った. その顔には, 驚きと後悔の色が浮かんでいた. しかし, 彩夏が苦しそうな声を上げると, 彼の目は再び彩夏へと向かった.

「彩夏, 大丈夫か. すぐ医者を呼ぶ. 」彼は彩夏を抱き上げたまま, 私を置き去りにして立ち去ろうとした.

「久史... 」私の声は, もはや蚊の鳴くような音だった.

彼は一瞬だけ振り返った. その瞳には, 申し訳なさそうな色が宿っていたが, すぐに消え失せた.

「後で説明する. ちゃんと話すから. 」彼はそう言い残し, 彩夏を抱きかかえて, 私の視界から消えていった.

彼の背中が完全に消えた後, 私は痛みに呻きながら, かすかに笑った. もう二度と「私たち」にはなれない. あの背中が, 私の世界から永遠に去っていくことを, 私は確信していた.

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