フォローする
共有
ヤーカ 北より来たる騎士 の小説カバー

ヤーカ 北より来たる騎士

北の辺境で狩人の娘として育った少女ヤーカは、雪深いある日、立ち寄った商人から奇妙なコインを譲り受ける。すると翌朝、彼女の体には男性の象徴が生えるという不可解な異変が起きていた。幼い頃から英雄譚に憧れていたヤーカは、この変化を「男として騎士になれる好機」と捉え、家族から戦闘技術を学び、王都の騎士学校への入学を決意する。しかし、その道程は前途多難だった。入学試験での性別露見の危機や、深刻な学費不足を補うための過酷なダンジョン探索。さらには、道中で行き倒れていた珍しいエルフとの出会いや、竜にも劣らぬ脅威であるワイバーンとの死闘など、次々と予期せぬ事態に見舞われる。果たしてヤーカは、数々の困難を乗り越えて物語に描かれるような伝説の騎士へと辿り着けるのか。これは、自らの運命を切り拓き、世界を股にかけて駆け抜ける一人の女剣士の壮大な冒険譚である。
共有

2

ヤーカが夜に奇妙な物を生やしてしまった次の日の朝、彼女は家族に隠れてそれを直接目で見ていました。確かに親指ほどのおちんちんが生えていて、トイレをするときもそっちから尿が出ているようでした。

 あまりに突然のことで、ヤーカは家族の半分が揃う暖炉のある居間で一人気の天井を見上げながら考え込んでいました。黒いシミが何だか顔のように見えなぁ、などと明後日のことを思いながら、おちんちんが突如生えてしまったことを家族に言うかどうかを悩みます。

 ヤーカは、今自分の身に起きている現象が一般的でないことを理解していましたし、何なら昨日貰ったコインが原因らしいこともきちんと理解していました。彼女は未だに褪せぬ銀色のコインを手で弄びながら、そこに昨日は感じていた奇妙な感覚が無くなっているのに気が付きます。

 きっと魔法が発動してこうなったんだな、でも、このコインについて商人さんは何も知らないようだし……、とヤーカが考えながらふと天井から居間にいる家族へと目を向けます。

 昼の今、ここにいるのは家族の中でも女衆と自分の二つ上の兄だけでした。残りの男衆は狩りに出かけていました。真冬で雪が一気に積もっていっていても、森には様々な動物が闊歩しています。

 鹿に兎に鳥に、狼。特に狼はアッコの狩人にとってはとても重要な隣人でした。時には狩りを手伝い、時には殺し合う。ヤーカには10上の兄がいたらしいのですが、その兄は狼に食い殺されたと昔聞いたことがありました。

 ヤーカは父親たちが、白銀の世界の中で今も狩りに励んでいる所を想像して、ふと昔の会話を思い出します。

『なんで女の人の狩人はいないの?』

『男の方が力が強いからな。力が強くないとこの地で狩人はやっていけない』

 男の方が力が強い、そう、男の方が力が強いから狩人になれる。そして、ヤーカの大好きな英雄譚の主人公は皆男でした。

 アーク王国の国祖アークも、闇のドラゴンを討伐したマガサも、魔神ジュヴィナジュシュを滅ぼしたエルケフォーも、皆が皆男でした。

 ヤーカはふと自分の体を見下ろします。母のように胸は出てはいませんでしたが確かに自分は女で、あこがれの英雄になんて成れないと。王国の煌びやかな騎士にも、ましてやアッコの狩人にすらなれないと子供心にどこか諦めていました。

 でも、今は半分男です。男ならもしかしたら狩人に、もっと頑張れば騎士になれるんじゃないかと思ってしまいます。

「うん!決めた!」

 ヤーカはそう声を上げると、この家に逗留している商人の元へと歩み寄ります。

 先ほどのヤーカの声を聴いていた商人は、近寄ってきた彼女にどうしたのかと優しく問いかけます。すると、ヤーカはしばらく考えて、一つの質問をしました。

「ねぇ、商人さんは王都に行ったことがある?」

「あるともさ」

「じゃあ、騎士のなりかたって解る?」

 ヤーカが純粋な首を傾げながら商人に問いかけると、彼は困ったように唸り始めます。はっきりと女の子の君には無理だよというべきなのでしょうが、商人は彼女の家族ではなくただの客人です。商人は険しい顔をふと緩めると、ヤーカの頭を優しくなでながら語り始めました。

「ああ、わかるよ。平民でも騎士になれるよ」

 そして、商人は語り始めます。

 王都には貴族たちが通う学校があるということ。その学校には騎士になるための学科があるということ。平民でも恵まれた体格と剣の腕、それから最低限の教養があれば騎士学校に入学をすることが出来ること。平民の場合13歳から15歳の間で受験ができること。

 それらを商人はヤーカに一つづつ教えていきました。すると、ヤーカは彼の言葉をよくよく反芻して、それから商人にもう一つ問いかけました。

「最低限の教養ってどれくらい?」

「読み書き算術だね。ヤーカちゃんは自分の名前が書ける?」

 ヤーカは空中に自分の名前をすらすらと綴ってみます。アッコの村の住民はとりあえず自分の名前だけは書けるように教育はしていました。

「じゃあ、文字は読める?」

「読めない」

 しかし、文章を読める人間は村長くらいの物でした。ヤーカはしょんぼりと首を振った後、俯いてしばらく考え込んで、それから商人のことを見上げます。

「教えてくれる?」

 商人はヤーカのその言葉に驚いたように目を見開くと、同じ部屋にいて布を繕っていた彼女の母親に目を向けます。母は今まで聞いていたヤーカと商人のやり取りに、微笑ましそうに目を細めると頷きました。

「そうですね。無駄にはならないと思いますし、良ければ教えてあげてくれませんか?」

 商人は母の了承を得ると、これも宿を借りているお礼だと、その上部屋にこもって持て余していた暇をつぶせるだろうと考えて、ヤーカにもう一度向き直ります。

「だそうだ。私で良ければ文字を教えよう」

 商人の笑顔にヤーカは両手を振り上げながら、嬉しさのあまりその場で飛び跳ねました。

 騎士学校受験に必要な最低限の教養はこれで補える、後は剣術だ。とヤーカは内心でほくそ笑んでいると、家の玄関が開く音が響き渡りました。

 それを聞いたヤーカは矢が飛んでいくように、居間から飛び出して玄関へと走って行きます。後に残された商人はきょとんとすると、少女のその天真爛漫さに大きな笑い声を上げるのでした。

 玄関へ、父親と彼について行っていた兄たちを出迎えたヤーカは、彼らが羽織っていた狼の皮から作った外套に付いた雪を払い落としている所に出くわします。

「おかえり!」

「ただいま。『シッチス』」

 帰宅の挨拶をした父は、どこからか取り出した白い杖を振りながら声に魔力を乗せて文言を唱え、濡れていた外套を魔法で乾かします。生活に根付いているその魔法の発動はとてもスムーズな物で、みるみるうちに湿気が取れていきます。

 父の服が完全に乾いたころに、ヤーカは彼の大きな体に飛びつきます。そして、キラキラと目を輝かせながら、上目遣いにわがままを言いました。

「お父さん!私に狩りの仕方を教えて!」

「え?うぅん……」

 突然のことに父は驚いて、すぐに困ったと首を傾げながら自分の顎にある豊かな髭を撫でて考え始めます。女の子は素直に家に入って家事をして欲しいというのが男としての本音でしたが、だからといって父親としては子供のやりたいことをやらせたい。

 そんな二律背反に、父は実によく響く低温で唸り声を上げます。

「頑張るからさ」

 ヤーカが重ねてそう言うと、父は下を向いて彼女のことを見ます。娘の瞳は決意に溢れていました。その目元は自分よりも妻に似ていて、二重で大きな眼差しはとても理知的に見えるものでした。

 確かにヤーカは聡い子で、あまりわがままを言ったりはしません。そんな子がこんなにもまっすぐ自分のことを見つめてきているのだから、父としてこれに応えなければいけないだろう。

 やがて父は一つ頷くと、ヤーカの黒い髪をガシガシと撫でつけます。

「わかった、いいだろう。明日から狩りに付いてくるように」

「はい!」

 ヤーカは大きな声で返事をするのでした。

 これで受験に必要な要素が揃い、後は自分がどれだけ頑張れるかにかかっている。それをヤーカはとても、とてもよく理解していました。

おすすめの作品

吐血する孕み妻より愛人を選んだ代償。 の小説カバー
8.0
妊娠六ヶ月の身で吐血するほど衰弱しながらも、戦地の最前線で医療に従事する彼女を待っていたのは、信じがたい裏切りだった。かつては家族と縁を切ってまで自分を選んだはずの夫が、妻子の命を繋ぐための貴重な薬をすべて愛人に与えていたのだ。さらに激しい砲火に襲われた際、夫は躊躇なく妻の手を振り払い、別の女を抱きかかえて救った。血の海に沈みゆく彼女を見殺しにして。しかし、奇跡的に生き延びた彼女は、その卓越した医術で多くの命を救い、戦地の人々から聖母のように崇められる存在へと返り咲く。月日が流れ、かつての非道を後悔し、涙ながらに「離婚はしない」と縋り付く元夫。だが、その無様な姿を見下ろす彼女の前に、安全区を統べる冷徹な支配者が現れる。男は元夫の額に銃口を突きつけ、非情な宣告を下した。「彼女は今、俺のものだ。さっさと離婚しろ」と。愛に背いた男への苛烈な報復と、新たな支配者との関係が幕を開ける。
離婚届と黒いグローブ の小説カバー
9.3
結婚七周年を迎えた記念すべき日、子作りに対する価値観の相違から陸原湊と激しい口論になり、二人の仲に亀裂が入った。その直後、彼の幼なじみがSNSに投稿した写真には、サーキットで親密に微笑み合う湊と彼女の姿があった。周囲も二人を公認のカップルのように扱う。この七年間、危険だからという理由で一度もレース場に招かれなかった自分とは対照的に、彼の傍らには常に彼女がいたのだ。かつては優しかった湊の言葉も、今では義務的な拒絶にしか聞こえない。彼が本当に大切に想っていたのは私ではなく彼女だったのだと悟り、私は結婚指輪を外して湊に離婚を突きつけた。悲しみに暮れる暇はない。私は長年封印していたガラスケースの中の黒いグローブを再び手に取る。時速三百キロの世界を危険だと決めつけ、私を遠ざけた彼への答えは、ハンドルを握るこの手で証明する。愛を捨て去った元妻が、かつての情熱を取り戻して再起する物語。
離婚した妻は"第7の顔"の持ち主でした~首都圏壊滅級のざまあ、元夫の復縁を意に介さず~ の小説カバー
9.6
ある事故を縁に、天野汐凪は黒崎家の傲慢な御曹司・瑛斗と結婚した。植物状態となった瑛斗を三年にわたり懸命に治療し、献身的に支え続けた汐凪だったが、意識を取り戻した彼が選んだのは、帰国した初恋の女性だった。冷酷に離婚を突きつけられた汐凪は、男という存在が自身の歩みを止める足枷に過ぎないと悟り、未練を断ち切って本来の姿へと戻る。実は彼女、天野家から失踪した長女であり、世界を震撼させる七つの顔を持つ伝説的な人物だったのだ。最強の傭兵たちが跪く「姐さん」であり、医界の権威が仰ぐ名医、さらには伝説のハッカーやレーサーとしての顔が次々と露わになっていく。かつての妻が持つ圧倒的な正体を知り、瑛斗は己の過ちに気づく。誇り高き黒崎社長の面影はなく、埃にまみれ涙を流しながら、彼は汐凪の裾に縋り付いて許しを請う。しかし、かつて月のように彼を照らしていた彼女の心は、もう手の届かない場所へと去っていた。
From Horizon ~水天と白いレイス~ の小説カバー
9.2
かつて世界を席巻した魔法という名の奇跡は、人々の技術革新によってその神秘性を失い、今や鉄と電気が主役となる時代へと移り変わっていた。そんな激動の最中、感情や意思をほとんど持たぬまま戦場に立つ一人の兵士、エメがいた。彼女はある時、敵国の王を殺害したという身に覚えのない不可解な罪を着せられ、辺境の地へと左遷される。騎士の称号を与えられ、村の守護を命じられた彼女を待ち受けていたのは、これまで知ることのなかった人々の想いや、平穏な日常の風景だった。慣れない地での生活を通じて、エメは自分自身の無知さと、それゆえに犯してきた過ちを痛感していく。自身の愚かさを悔やみ、心に刻まれた深い後悔と向き合いながら、彼女は失われた自分を取り戻すための贖罪の道を歩み始める。本作は、髪色による差別という過酷な現実に直面しながらも、一人の少女が人間としての心と尊厳を再発見していく過程を丁寧に描いた、再生と冒険の物語である。
ご近所物語  ハイブラウ・シティ の小説カバー
9.0
西暦2068年、超高齢化の果てに経済が衰退し、治安が悪化した日本。人々の仕事は「ノウハウ」と呼ばれるアンドロイドに奪われ、社会には銃声が響き渡っていた。そんな荒廃した世界で、主人公の夜鶴公は、困窮を極める田舎のA区と富裕層が独占するB区という、極端な格差の板挟みとなって生きている。ある日、B区を追放されA区へと流れ着いた公は、そこで意外な人物と出会う。それは、時の総理大臣の娘であった。この運命的な出会いを機に、二人は周囲の対立に翻弄されながらも、命を懸けた危険な恋へと踏み出していく。やがて彼らの純粋な想いは、国家の根幹を揺るがす巨大な事件「ハイブラウ・シティ」の渦中へと飲み込まれていく。分断された近未来の日本を舞台に、世界の在り方を問う激しいガンアクションと、困難な状況下で育まれるラブコメディが幕を開ける。果たして二人の恋路は、歪んだ社会を是正する光となるのか。おうみ舟氏が表紙を手掛ける、緊迫感溢れるSFロマンス巨編。
ご近所物語 エレクトリック・ダンス の小説カバー
8.3
都市開発が進むA区とB区に続き、新たに台頭したC区。その発展を支える「スリー・C・バックアップ」という全面的技術提供案には、恐るべき裏の顔が隠されていた。日本の未来を揺るがすような非人間的な政策が推し進められようとする中、C区が企てる巨大な陰謀を阻止するため、一人の男が敢然と立ち上がる。本作は、緊張感あふれるガンアクションを軸に、時折クスリと笑えるような男女の恋愛模様を織り交ぜたエンターテインメント作品です。物語は前作『ご近所物語 ハイブラウシティ』の続編という位置付けですが、前作を未読の方でも単体で十分に物語を把握し、その世界観を堪能できる構成となっています。もちろん、前作からのファンの方であれば、より深くストーリーの背景や繋がりを楽しめることは間違いありません。近未来の日本を舞台に、正義と愛が交錯するスリリングな物語が今幕を開けます。C区の闇に潜む真実を暴き、男は非情な運命を変えることができるのか。シリアスな展開の合間に描かれる人間ドラマにも注目の、SFアクション・ロマンスです。