暴君CEOのヒミツのカルテ の小説カバー

暴君CEOのヒミツのカルテ

8.3 / 10.0
雲崎市の経済を支配する藤堂財閥の御曹司、藤堂卓海。冷酷無比な帝王として畏怖される彼には、誰にも言えない致命的な秘密があった。その隠された弱点を、泌尿器科の天才医師であるヒロインに暴かれたことから、二人の運命は激変する。絶対的な権力者だったはずの男の生殺与奪の権を、一介の医師である彼女が握ることになったのだ。二人はある契約を交わし、互いの思惑を秘めたまま偽装結婚へと突き進む。結婚前、彼は「分を弁えろ」と氷のような冷徹さで彼女を突き放していた。しかし、形だけの夫婦生活を続けるうちに、強固だったはずの彼のプライドは崩れ去っていく。かつての傲慢な態度は影を潜め、ついには屈辱に耐えながらも「俺への情はないのか」と彼女の愛を乞うまでに変貌してしまう。対する彼女は、あくまでビジネスライクな関係を貫こうと、本気になり始めた彼を冷ややかに一蹴する。主導権が逆転した二人の関係は、偽りの誓いを超えてどこへ向かうのか。契約に縛られた孤独な王と、秘密を握る天才医師が織りなす、波乱に満ちた現代ロマンス。

暴君CEOのヒミツのカルテ 第1章

雲崎市、第一総合病院。

三階の泌尿器科診察室。

篠崎杏奈がデスクの前に腰を下ろした途端、ドアが押し開けられた。

逆光の中、高くそびえるような人影が室内へ踏み込んできた。

男は濃いグレーのスーツを纏っていた。広い肩幅に引き締まった腰、すらりと伸びた脚。その一歩一歩が、見る者を圧倒するようなオーラを放っている。

男が明かりの下まで歩み寄り、その顔が露わになると、多くの男を見てきた杏奈でさえ、思わず息を呑んだ。

(なんて、いい男なの……)

彼女の視線は男の顔に二秒ほど留まったあと、ゆっくりと下方へ移る。スーツのズボンに包まれた長い脚をなぞり、やがてある重要な部位で止まった。

(残念ね。)

顔はいいのに、あちらの方はダメなのかもしれない。

杏奈は視線を戻すと、軽く咳払いをして隣の診察台を指差した。平坦な口調で告げる。「そこに横になって、ズボンを脱いでください」

あまりにも淡々とした要求に、藤堂卓海は言葉を失い、ただ沈黙で応じた。

一瞬にして、診察室の空気が凍りついた。

彼の瞳は刹那のうちに氷のように冷たくなり、目の前のあまりに若い女を、値踏みし、疑うような眼差しで射抜いた。

白衣を纏い、有能そうに髪を高い位置でポニーテールにまとめ、化粧気のない素顔を覗かせていた。

その顔は、せいぜい二十代前半、卒業したての研修医にしか見えない。

「柳沢先生はどこだ?」卓海の低い声は冷たく、明らかな不快感を滲ませていた。

「柳沢先生は、急患の手術で席を外しています」 杏奈は臆することなく彼の視線を受け止め、胸元の名札を彼に見えるように掲げた。

そこには、太字のゴシック体ではっきりと書かれている――主治医:篠崎杏奈。

杏奈は顎で診察台を指し示し、言葉を継ぐ。「私は篠崎杏奈。本日、柳沢先生の代理で診察を担当します。 藤堂さん、私の時間は限られています。早く横になって、検査を始めさせてください」

卓海は眉間に深く皺を寄せた。

今日、彼がここに姿を現したのは、ひとえに祖父に死を盾に迫られ、承諾せざるを得なかったからだ。

三十歳近くになっても女性に興味を示さない孫を不審に思った祖父が、何か隠れた病があるのではないかと疑い、強引に精密検査を受けさせようとしたのだ。

さらには、担当医の柳沢茂雄は親友だから絶対に秘密は守る、安心しろ、と何度も念を押されていた。

だというのに、その親友がよりによって若い女に代わっているとは。

卓海の忍耐は完全に尽きた。彼は無言のまま踵を返し、ドアへ向かう。

(こんな馬鹿げた検査、誰が受けるものか!)

「藤堂社長!」

ドアのそばで待機していた秘書の桐原淳矢が、素早く卓海の前に立ちはだかった。「大旦那様が…… 大旦那様から、またお電話です。今日中に……検査報告書を受け取ってからでないと帰るなと。さもなければ……」

淳矢は苦しげに唾を飲み込むと、死を覚悟した様子で言葉を継いだ。「さもなければ…… ご自身でこちらにいらして、検査が終わるまで見張っていると……」

(自ら……見張る?)

卓海の端正な顔が、瞬時に歪んだ。

彼はその場に凍りつき、こめかみが激しく脈打つのを感じた。

祖父が大勢のボディガードを引き連れて彼を取り囲み、小さな椅子に腰掛け、慈愛に満ちた顔で検査を見守る――そんな地獄絵図が、ありありと脳裏に浮かんだ。

「……」

卓海は二十八年間生きてきて、ビジネスの場では常に冷徹かつ果断な決断を下してきた。だが、これほど進退窮まる状況に陥ったのは、これが初めてだった。

彼は深く息を吸い込んだ。その息は石のように胸に詰まり、吐き出すことも、飲み込むこともできない。

最終的に、理性がプライドという名の感情に打ち勝った。

卓海はぎこちない足取りで、一歩、また一歩と診察台へ向かう。

その一歩一歩が、砕け散った自尊心を踏みつけるかのようだった。

「横になってください」

杏奈の声が再び響く。そこには一切の感情が含まれていない。

卓海は沈黙したまま、ゆっくりと診察台に横たわった。

スーツの下の筋肉は、極限まで耐え忍んでいるせいで硬く強張っている。

杏奈は手袋をはめると診察台のそばに歩み寄り、まるで無機質な医学模型を見るかのような冷ややかな視線で彼を見下ろした。

「ズボン、もう一度言わせる?」

卓海の顎のラインが固く引き結ばれる。彼は目を閉じ、深く息を吸い込むと、半ば自棄になったような手つきでベルトを解いた。

そして、ファスナーを……。

その間ずっと、彼は顔を横に向け、壁に貼られた男性の生理構造図を凝視していた。まるで、その図を視線で焼き尽くそうとするかのように。

杏奈の視線が彼の上に落ちた瞬間、卓海の体は石のように硬直した。

「リラックスしてください」 杏奈の口調は相変わらず平坦だ。「そんなに力が入っていると、検査結果に影響します」

(リラックス?)

卓海は、危うく息が詰まるところだった。

(今すぐ、この女を殺してやりたいのに、この女はリラックスしろと言うのか?)

杏奈は卓海の内なる怒涛など意にも介さず、診察を始めた。

その手つきはプロのそれで、キレがあり、一切の迷いも感じられない。

指先は的確に彼の体を押さえ、異常がないかを確認していく。

杏奈にとって、これはごく日常的な仕事に過ぎない。

だが、卓海にとって、この一秒一秒は耐え難い拷問だった。

さらに彼を打ちのめす出来事が、この後に待っていた。

杏奈は診察を続けながら、定型的な問診を始める。「普段の生活は規則正しいですか?」

「……ああ」卓海は奥歯を噛み締めながら、その一言を絞り出した。

「朝立ちは?」

卓海のこめかみが激しく脈打つ。

その質問に、卓海の端正な横顔は瞬時に赤く染まったが、それでも歯を食いしばって応じた。「……ある」

杏奈は小さく頷くと、淡々と質問を重ねた。「最後に性交渉があったのはいつですか?」

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