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崖の上の薔薇は、冷たく咲く の小説カバー

崖の上の薔薇は、冷たく咲く

神城家の令嬢・イヴは、正体を隠してマフィアの若頭・沙羅場ルカと5年間愛を育んできた。しかし、その献身は最悪の形で裏切られる。誘拐され命の危機に瀕した彼女が、絶望の中で何度も助けを求めてかけた電話に、ルカが応じることはなかった。瀕死の状態で崖から突き落とされた彼女を救ったのは、実家の首領だった。九死に一生を得た夜、ルカが自分の異母妹と密会していた事実を知り、イヴの心は完全に凍りつく。復讐と決別の意志を固めた彼女は、父に対し、冷酷非道と恐れられる最強のマフィア「綾小路」家の後継者との政略結婚を承諾する。ただし、ある一つの条件と引き換えに。プロポーズを受けたその日、イヴがルカに突きつけたのは、永遠の別れという名の残酷で慈悲深い「自由」だった。かつての恋心を捨て去り、冷徹な薔薇として返り咲いた彼女の、新たな運命が幕を開ける。裏切りへの対価を払わせるため、彼女は愛した男を捨て、修羅の道へと足を踏み入れる。
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3

「来たのね、イヴ」

沙羅場ルカの琥珀色の瞳が、穏やかな笑みをたたえている。

「エリナは神城家の当主の娘で、マフィアのお姫様だ。挨拶くらいしておいたほうがいい。

きっと、共通の話題もあるだろうから」

神城イヴは冷ややかに沙羅場ルカを一瞥し、紅い唇を皮肉に歪めた。

「当主にも認知されていない私生児が?お姫様のつもり?」

舞踏会場の音楽が、ふと途切れた。招待客たちが一斉に息を呑む。 神城エリナの顔から血の気が引き、ドレスの裾を握る指先が小刻みに震えた。

沙羅場ルカの眉がわずかにひそめられる。

「我儘はやめろ、イヴ。場をわきまえろ。今日は大事な日なんだ」

「大事?」 神城イヴは突然、声を上げて笑った。その笑みには鋭い棘があった。「大事な日だからって、自分で言ったことまでなかったことにするの?」

沙羅場ルカが一瞬、言葉を失う。

「あなた、ダンスは嫌いだって言ってたわよね」 その声音は、ひときわ冷たく鋭くなった。「『自分には私を連れ出す資格がない』って、そう言って、舞踏会には一度も来なかったくせに」

神城イヴの視線が、そっと隅に立つ神城エリナへと向けられた。神城エリナは不安げにドレスの裾を握りしめ、怯えた子鹿のような目をしていた。

「それなのに、今あなたは……彼女の手を取って、開幕のダンスを?」

神城イヴの声がかすかに震える。

舞踏会場の空気が凍りついた。賑やかだったざわめきは途絶え、すべての視線が彼らに集まった。

沙羅場ルカの表情が曇る。一歩前へ出て、低い声で警告するように言った。

「やめろ、イヴ。ここで騒ぐな。

エリナは神城家のお姫様だ。俺には彼女の助けが必要なんだ」

「騒ぐ?」神城イヴの声が急に鋭くなり、怒りの炎がその瞳に宿る。「誰が騒いでるっていうの? あの女の母親は――ただの安っぽい娼婦よ!彼女にいったい何ができるっていうの……」

――パァン!

乾いた音が舞踏会場に響き渡った。

神城イヴはその場でぐらりとよろめき、頬を押さえて立ち尽くした。真っ赤に染まった頬がじんじんと焼けるように痛い。

目の前には、手を振り上げたままの沙羅場ルカ。拳の関節がうっすら紅く染まり、その一撃が本気だったことを物語っていた。

会場は一瞬にして静まり返る。

神城イヴの唇が震えた。何か言おうとしたが、代わりにぽろぽろと涙が零れ落ちた。止めようとしても、こぼれていく感情は止められなかった。

沙羅場ルカも、動きを止めた。口を開きかけたが、結局は何も言えず、ぎこちなく手を引っ込める。

神城イヴは気まぐれで甘えた性格。沙羅場ルカと付き合ってからというもの、まるで子どもみたいなわがままばかりだった。

彼の顔や髪に絵の具で落書きしても、沙羅場ルカは気にも留めなかった。

執拗に言い寄ってくる女たちを、彼女が見事に赤っ恥をかかせたときも、沙羅場ルカはただ笑って済ませた。

重大な任務の前に、彼が使い慣れた銃をうっかり壊してしまったことがあっても――彼は平然と「もう一本用意しておけ」と部下に指示しただけ。そのあとで彼女を床まで届く窓の前に押し倒し、容赦なく貪った。彼女が腰も足も立たなくなるまで。

それなのに、たった今――ただ少し、彼の「新しい恋人」のことを言っただけ。それも、全部事実だったのに――彼は人前で、彼女の頬を打った。

「……叩いたの?」

神城イヴの声は、風に消え入りそうなほどかすれていた。胸がぎゅっと締めつけられる。

「愛人のために?私生児の女のために……私を?」

信じられなかった。あれほど大切に、掌で包むように自分を甘やかしてくれた沙羅場ルカが――どうして、こんな仕打ちをするのか。

沙羅場ルカは何も答えなかった。けれど、その目がすべてを語っていた。

彼は――神城エリナを選んだのだ。

神城イヴはふいに笑った。頬を伝う涙が、きらりと光を放ちながら落ちていく。

「――いいわ、とてもいい。 沙羅場ルカ、今日限りで……あなたとは、もう何の関係もないわ」

言い終えると、神城イヴはくるりと背を向け、まっすぐ出口へと歩き出す。招待客たちは無言のまま道をあけ、誰一人として彼女を引き止めようとはしなかった。

そこへ、神城エリナが慌てて追いすがり、神城イヴの腕をぐいと掴んだ。

「まさか、本気でルカがあなたを愛してるって思ってたの?」

その顔には無垢な微笑み。しかし口をついて出た言葉は、毒のように冷たかった。

「昨日の夜、あの人が私を抱きながら言ってたの。あなたに触れられるたびに、吐き気がするって」

神城イヴの身体が、びくりと強張った。

神城エリナはその反応に満足げに目を細め、さらに声の調子を甘く落とす。

「あなたって、発情した娼婦みたいにいつも彼にまとわりついて、息もできないって。私の髪の毛一本にすら劣るって、笑ってたわ。

だから……彼は私のところに来るのよ。 だって……」

少し言葉を切り、囁くように続ける。

「私のベッドの中でだけ、彼はようやく安らげるんだって」

その瞬間、神城イヴの瞳孔がギュッと縮まり、耳の奥で何かが破裂するような音がした。世界からすべての音が消えたような静寂。

そして次の瞬間――神城イヴは酒瓶を掴み、神城エリナの頭めがけて、渾身の力で叩きつけた!

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