
裏切りの指輪と、私のα
章 2
2
一晩中、家に帰らなかった。一睡もせずに、夜が明けるのを待った。
体の痛みはいつまでも消えず、私の中の狼も苦しげに呻き続けていた。
ようやく痛みが和らぎ始めたのは、家に戻るほんの数時間前のことだった。
その時、ようやく理解した。デニスがヴァージニアを「罰する」のに、どうしてあれほど長い時間が必要だったのか。
そして、なぜ彼女の体にいつも生々しい痕が残されていたのかも。
どこかのゴロツキ狼でも相手にしているのだと思っていた。まさか、そのすべてがデニスによって刻まれたものだったなんて。
充血した目で、ふらつく足取りのまま家路についた。
玄関の前にたどり着いた途端、扉が開いた。
そこに立っていたのは、皺一つないスーツを着こなし、活力に満ち溢れたデニスだった。
私の姿を認めた瞬間、彼の満面の笑みが凍りつく。慌てたように駆け寄ってきた。
「ハニー、なんて格好してるんだ? 昨日はどうして帰ってこなかったんだ、どれだけ心配したか分かってるのか?」
デニスは心底心配しているという目で私を見つめ、その手が私の頬に触れた。
口では心配だと言いながら、昨夜、彼から電話の一本、メッセージの一通すらなかった。
ヴァージニアとの情事に夢中だったのだろう。
吐き気がする。
感情の死んだ目で彼を見上げ、もはや彼が私を愛しているのかどうかさえ分からなくなっていた。「昨日が何の日だったか、覚えてる?」
ほんの一瞬、彼の視線が揺らぐのを、私は見逃さなかった。
すぐに彼は軽い笑みを浮かべ、私の耳元にキスを落とす。
「ごめん、昨日は部族の会議が長引いてしまって。記念日のプレゼントはとっくに用意してあるんだ、今、取ってくるよ」
そう言うと、デニスは家の中へ戻っていく。私の異変には、まったく気づいていない。
私は必死で喉を押さえた。
デニスの体から漂う、チョコレートの甘いフェロモン……私にとって、それは毒だ。
かつて、彼の手作りのチョコレートケーキを食べてアレルギーを起こした時、デニスは血相を変えて部族中の医者を呼び集めた。
罪悪感に満ちた顔で私の手を取り、その甲に何度もキスをしながら言ったのだ。
「ベイビー、もう二度と君をこんな苦しみには遭わせない」と。
あの日以来、彼は家からチョコレートと名の付くものを一切排除し、
自分自身もその香りを10分以上身に纏うことは決してなかった。
心臓が締め付けられるように痛む。ようやく息を整え、咳き込みながら医者へ向かおうと身を翻した。
その時だった。デニスが家から出てきたのは。その手には、美しく包装された小さなギフトボックスが握られていた。
ゆっくりと開かれた箱の中には、きらきらと輝くネックレスが収まっていた。
彼は殊更に優しげな顔で、私の首にそれをかけようとする。「君へのプレゼントだ。記念日おめでとう!」
デニスが近づいた瞬間、むせ返るようなチョコレートの香りが私に襲いかかった。
呼吸が奪われる。体内で狼が苦痛の遠吠えを上げた。必死で彼を突き放そうとする。
けれど、力が足りず、びくともしない。
ネックレスが首にかかったところで、デニスは初めて私の抵抗に気づいた。
なぜ拒むのかと眉をひそめて問いただそうとしたが、息も絶え絶えな私の様子を見て、途端に狼狽え始めた。
「どうしたんだ、ベイビー?」
口にした途端、ヴァージニアのフェロモンがチョコレートの香りであることに気づいたのだろう。彼の顔色が一気に険しくなる。
彼は私を抱き上げると、病院へとひた走った。
医者の袖にすがりつき、一言一言に必死さを滲ませて懇願する。「先生、どうか彼女を助けてください!」
その心配そうな表情は、嘘には見えなかった。
だが、彼のシャツの襟元、そこに隠された鮮やかな口紅の跡が、私の目に飛び込んできた。
痛々しいほど赤いその痕は、彼にまだわずかな未練を抱いていた私を、嘲笑っているかのようだった。
かつて彼を愛した分だけ、今の彼がどうしようもなく醜悪に思えた。
目の縁が熱くなる。医者の制止を振り切り、私は体を起こすと、両手でデニスの襟首を強く掴んだ。
掠れた声で、一言ずつ、言葉を絞り出した。
「あなたを、憎むわ、デニス」
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