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最凶の狂犬令嬢と、猫かぶりな摂政王様 の小説カバー

最凶の狂犬令嬢と、猫かぶりな摂政王様

京都の街で「不吉」の象徴と蔑まれる侯爵令嬢。実母の死を招き、継母を病ませ、最後には賊に捕らわれるという悲惨な運命を辿る彼女だったが、その絶望の淵で劇的な変化が訪れる。彼女の肉体に宿ったのは、現代で最強の名を欲しいままにした「特級工作員」の魂だった。もはや以前のような、他者に蹂躙されるだけの儚い少女ではない。冷酷な実父や呪詛を吐く継母、そして裏切りに耽る婚約者と義妹。家族という名の敵たちが渦巻く中、彼女は工作員としての卓越した戦闘技術と冷徹な知略を武器に、クズ揃いの一族を完膚なきまでに叩き潰していく。しかし、そんな苛烈な彼女の前に、冷徹さで知られる摂政王が立ちはだかる。なぜか彼は執拗に彼女を見つめ続け、ついには「救われた恩を返すため、この身を捧げる」と忠誠を誓い始めた。復讐に燃える最強令嬢と、裏の顔を持つ摂政王。運命が交錯する中、彼女の新たな戦いが幕を開ける。圧倒的な力で理不尽を粉砕する、痛快な逆転ファンタジーが今始まる。
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3

邸の門前。裴玄褚 (はい げんちょ)は去りゆく蘇清叙(そ せいじょ)の後ろ姿を、思案に沈みながら見送っていた。

「王爺、お帰りでございますか?」

傍らの小五が尋ねる。今日の王爺は、どうにも様子が妙だった。

「……否、急ぐには及ばぬ」

一方、清叙は背筋を凛と伸ばし、侯爵府の門へとまっすぐに向かう。だが、門前で立ち塞がれ、あわや止められるところだった。

門番は彼女だと気づくや否や、腰を抜かさんばかりに驚いた。「お、お嬢様!ご無事にてお戻りでございましたか!」

「何故、わらわが戻ってはならぬの?」清叙は氷のように冷たい声で言い放つ。

門番は慌てて大きく首を振った。「否……お嬢様が山賊に攫われたと、夫人が仰せになっておりましたゆえ、御使いを走らせております」

清叙はふっと笑い、悠然と門をくぐった。

案の定、正院へ足を踏み入れた途端、徐氏の泣き声が耳を刺した。「ああ、清叙よ……かくも清らかなる娘が、山賊などに攫われ……いかばかりの苦難を受けおるか……これより先、いかにして生くべきか……」

「お母様、お父様は使いの者を立てられました。必ずやお姉様をお救いになられますゆえ、ご安心くださいませ」

その傍らでは、一人の美しい女が、優しげに徐氏をなだめていた。

その娘こそ、蘇鳶児である。

徐氏は聞く耳も持たぬ様子で涙を拭い続ける。「見つかりたるとて、何の詮がございましょう。山賊に汚されなば、あの子の一生は已にお終いでございます」

彼女は泣きながら、鳶児の隣に立つ男へ縋るように訴えた。「清叙は山賊に身を汚され、もはや皇室に嫁ぐことなど叶いませぬ。四殿下と清叙との婚約は、もはや……尽きにけり。すべてわたくしの責任でございます。もし病に侵されなければ、あの子を城外の寺へ向かわさざりしものを……」

清叙の婚約者と呼ばれたその男――第四皇子である裴景行は、この縁談が壊れる可能性を聞いても怒りや無念を微塵も感じさせず、むしろその口元にかすかな安堵の色が浮かんでいた。

「蘇夫人、己を責むるには及ばぬ。此度の件は、そなたの落ち度にあらず。たとえ真に辱めを受けたるとも、それは自業自得というものなり。余が父皇に奏上し、彼女との婚約を破棄せむ」

清叙の名を口にする時、景行の声には隠しようのない嫌悪と侮蔑が滲んでいた。

その婚約は、景行にとって最大の汚点であった。

(もっとも、清叙の名が地に落ちるなら、それはそれで好都合。そうであれば、正当な理由で婚約を破棄し、真に心を寄せる者と結ばれよう)

そう思うと、彼の目に光が宿り、自然と傍らの蘇鳶児へと視線を注いだ。

鳶児は潤んだ瞳で彼を見つめ返している。翡翠色の衣が、彼女の可憐さをいっそう際立たせていた。

「殿下、お姉様がすでに清らかなる身にあらざれば、蘇家と殿下との婚約は……」

彼女は唇を噛み、目の前の男をおずおずと見上げる。その瞳に潜む慕情が、景行の心を温める。

彼はわずかに口角を上げ、低く笑った。「蘇家と余との婚約なり。清叙が嫁げぬとあらば、代わりを一人寄越すのが道理なるべしや?」

鳶児の頬はたちまち朱に染まり、恥じらいと喜びを隠しきれぬまま、景行をちらりと見上げ、すぐにまた俯いてしまった。

歩み寄った清叙がその光景を視界に捉えると、胸を凍てつくような冷気が吹き抜けた。

この身体の元の主である、あの娘は山賊に命まで奪われたというのに、この者たちはなお、彼女を陥れる算段に余念がない――そう思うと、清叙の胸中に荒々しい衝動が湧き上がった。こいつらの喉笛を掻き切ってやりたい、と。

甘い空気に浸る卑しい男女の元へ、彼女は唇に冷ややかな笑みを浮かべ、大きく進み出た。

「今日の邸は、いと賑やかなることよ」

その声に、居合わせた者たちが一斉に振り向く。

鳶児は信じられないとばかりに目を大きく見開いた。「お姉様、いかにしてここに!」

「あら、わらわは戻ってはならぬの?」 清叙は笑みともつかぬ笑みを浮かべ、棘を含ませて言った。

「いや……わたくしは、かような……」 鳶児の顔が微かに引きつり、慌てて俯いて瞳の中の動揺を隠した。

清叙はそんな彼女の様子など意にも介さず、さらに奥へと歩を進める。

景行に視線を落とすと、くすりと笑い、優雅に一礼した。「四殿下、謹んで御挨拶申し上げます。先ほど、婚約の話を耳にいたしましたるが――本日のお出では、はたしてその件のためにございますか?」

景行が答えるより早く、清叙は言葉を継いだ。「殿下、ご心配には及びませぬわ。婚儀の準備は万事順調。来月の祝言に遅れはございませぬ」

その言葉に、景行の顔色がみるみる曇った。

「蘇清叙!皇室に不浄の者は要らぬ。そなたはすでに山賊に身を汚された身――それにして、いかなる面をもって皇室に嫁がんとすぞや!?」

その言葉に、徐氏と鳶児は視線を交わす。

そして徐氏は、慌ただしく駆け寄り、涙を拭いながら手を取ろうとした。「清叙よ!この母の至らざるゆえに、あの忌々しき山賊どもにそなたを汚させられたりとは……」

甲高い声が響いた途端、その場にいた者たちの清叙を見る目が一変した。

同情、侮蔑、好奇の視線。

無数の針のように清叙に突き刺さる。

誰もが、清叙は恥辱に耐えかねてその場で崩れ落ちると思った――。

だが、清叙は突然顔を上げ、事情が分からない様子で言った。「山賊に攫われしや……? 汚されしや……?お母様、四殿下……お二方の仰せなるところ、わたくしには判然たらず」」

清叙の言葉に、芝居を打っていた徐氏の動きが、ぴたりと止まった。

景行も眉をひそめ、彼女が事実を隠蔽しようとしているのだと思い込み、怒りに駆られて暴きたてようとした。

だが、鳶児が彼より一歩早く口を開いた。「お姉様、御純潔を失い、無念の至りなること、よく存じます。されど、不浄の身で皇室に嫁がんとすれば、君主を欺く大罪にございますわ!どうか愚かな真似はなさらず、蘇家一門を巻き込まぬように」

「ふふっ、鳶児の話はますます分かりませぬな。わらわはただ寺へ祈りに出でたるのみ。いかなる理にて、かかる言が立ちまするやら。純潔を失いしとも、君主を欺かむとも、まるでそのような物言いとなりましょうか」

その言葉に、徐氏の顔色がさっと険しくなる。

鳶児は袖の中で拳を握りしめ、悔しさを噛み殺して言った。「お姉様、まさかお認めになられぬおつもりでございますか? 先ほどお姉様付きの侍女が慌てて駆け戻り、山賊に攫われたと、家中に助けを求めて参りました。この件、四殿下もすでに御承知でございます!」

鳶児はそう言って、地面に跪く一人の侍女を指さした。

清叙はそこで初めて、その侍女の存在に目を留めた。

記憶によれば、その侍女の名は珍珠。以前から徐氏のために動いていた者だ。

今回の件も、この侍女の手引きがなければ、元の清叙がこうも容易く陥れられることはなかっただろう。

その瞳に殺意のきらめく一瞬があったが、すぐに押し殺した。再び鳶児に視線を戻すと、平然と微笑んだ。「山賊でございますか?……わらわはお会いしておりませぬ」

「そのようなはずはあるまい!」 鳶児は眉根を寄せ、思わず叫んだ。

清叙の揺るがぬ様子を見た瞬間、鳶児の脳裏に前世の光景が鮮やかに蘇る。鳳袍(ほうほう)をその身に纏い、天下の母として君臨する、あの女の姿が――。

そう、これは鳶児にとっても二度目の人生だったのだ。

前世、清叙は滞りなく第四皇子に嫁ぎ、皇子妃となった。

婚姻の後、凡庸と思われていた第四皇子が、まるで人が変わったように頭角を現し、次々と大功を立てていった。

ついには他の皇子たちを打ち破り、皇位継承の争いを制したのである。

彼女はこの目で、蘇清叙が天下の母たる皇后となるのを見届けた。一方、己はあらゆる術を尽くして皇太子の側室となりながら、待っていたのは終日の苛虐と屈辱。果てには流刑に処され、無残に害されて命を落とした。

だが、天は自分を見捨てなかった。もう一度、やり直す機会を与えてくれたのだ。

今世では、彼女は早くから第四皇子と情を通わせた。清叙のこの婚約を奪いさえすれば、いずれ彼が帝位に就く時、自分こそ天下の母たる皇后になれる――そう確信していた。

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