
アルファに拒絶された白狼の運命の番
章 2
アリサガワ・アヤナ:
翌朝、私はガラスと鋼鉄でできた一条テックの巨塔に、最後の足を踏み入れた。署名済みの離縁の書類が、真新しい茶封筒の中で、まるで墓石のように重く感じられた。
空気は力と、何百もの人狼の入り混じった香りで満ち、野望がシンフォニーのように響き渡っていた。私が決して属することのなかった場所。
魁のベータである千尋さんが、デスクに座っていた。その表情には、憐れみと仕事上の距離感が混じり合っている。
「一条様は会議中です、綾菜様」彼女は柔らかい声で言った。「鬼頭アルファと」
「知っています」私は平坦な声で答えた。「少しお時間をいただくだけですから」
許可を待たずに、私は彼のオフィスの重厚な樫の扉へまっすぐ向かい、押し開けた。
中の光景は、想像した通りだった。魁と伽耶が、世界領土のホログラフィックマップに身を乗り出し、頭を寄せ合っている。二人が放つアルファのエネルギーは、部屋の中で palpable な力となり、空気を薄くするほどの圧倒的なプレッシャーを生み出していた。それは共謀と権力の雰囲気。オメガの伴侶である私が、決して招き入れられることのなかった世界。
魁が顔を上げた。その金色の瞳が、苛立ちにきらめく。彼の内なる狼が、邪魔されたことに対して低く唸り声を上げた。昨夜のことへの謝罪も、伴侶への優しさのかけらも、その視線にはない。ただ、王が軍事会議を召使いに邪魔された時のような、不快感だけがあった。
「綾菜。今、忙しい」彼は吐き捨てるように言った。
伽耶は椅子にもたれかかり、ゆっくりと勝ち誇ったような笑みを唇に浮かべた。彼女は勝利の香りがした。
『重要な話の最中よ、アルファ』彼女はプライベートなリンクで彼に送ったが、私に聞こえるようにわざと少しだけ思考を漏らした。『領土合併は、危機的な段階にあるの』彼女のメッセージは明確だった。これは重要。あなたは、そうではない。
私は自分のリンクを遮断し、頭の中に純粋で冷たい沈黙の壁を築いた。それは祖母、もう一人の白狼が教えてくれた技。騒音の世界で平穏を見つけるための方法。
「長くはかかりません」私は感情のない声で言った。封筒を彼のデスクに置く。「画廊が、署名を必要としています。展覧会のデジタルカタログ用の、IP使用許諾書です」
私の嘘は単純で、信憑性があった。それは、私と私のアートを貶めるために彼が意図的に行ってきたキャンペーンに、直接訴えかけるものだった。
彼は封筒を、そして私を睨みつけた。一瞬、彼のアルファとしての直感がきらめいた。見えない罠を察知した捕食者のように。彼は身を乗り出し、鼻孔をわずかに広げ、私の香りを捉えようとした。いつも私にまとわりついている、従順なライラックの香り、私が彼のものだと告げる香りを求めていた。
だが、そこには何もなかった。
私は自分の香りを氷の覆いで包んでいた。これもまた、私の血筋の賜物。私は臆することなく彼の視線を受け止め、私の銀色の瞳が彼の金色の瞳を見つめ返した。私は白紙のページ、空っぽの部屋だった。
彼は封筒に手を伸ばした。眉間に疑念のしわが寄っている。彼はそれを開け、彼を破滅させる言葉を読もうとしていた。
だが、伽耶がまさにその瞬間、割って入った。
「魁」彼女の声は、絹のような甘い響きだった。「長老たちが会議リンクで待っているわ。あなたの決断が必要よ」
彼の注意は彼女に、彼の帝国の「重要」なビジネスへと引き戻された。群れの運命。数千億円の金の動き。
彼は不満げに唸り、その意識は完全にアルファとしての急務に向けられた。これはただのオメガの雑用、気晴らしに過ぎない。
私に最後の一瞥を投げかけると、彼は封筒を乱暴に引き裂き、一枚の紙を取り出し、まっすぐ最後のページをめくった。彼は一言も読まなかった。なぜなら、そうすることは私の「趣味」に法的な価値があると認めることになるからだ。彼の自尊心がそれを許さなかった。
彼のペン、財産を築く取引に署名してきた重厚で高価な筆記具が、署名欄を素早く、怒りに満ちた走り書きで横切った。
私はインクが紙に染み込み、あの忌まわしい一文の下に彼の名前を綴るのを見ていた。
「私、一条魁は、有栖川綾菜、あなたを伴侶として離縁する」
私は冷静にその書類を彼のデスクから取り、指で紙を握りしめた。終わった。
「ありがとうございます、アルファ」私は言った。その敬称は、口の中で灰のような味がした。
私は背筋を伸ばしてオフィスを出て行った。彼の新しい同盟者と、崩れゆく帝国と共に、彼をそこに残して。彼はまだ、それが崩れ始めていることに気づいていない。
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