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愛なき結婚の果て の小説カバー

愛なき結婚の果て

結婚して3年、老舗和菓子屋の女将として尽くしてきた私を待っていたのは、夫・浩太の残酷な裏切りだった。彼は私の存在を軽視する一方で、初恋の相手である沢井真子のために心血を注いで新作菓子を作り上げていたのだ。彼にとって自分は無価値なのだと悟った私は、夫の不注意を突き、密かに離婚届へ署名させることに成功する。しかし、提出直後に私は不運にも交通事故に遭ってしまう。生死の境を彷徨い病院で目覚めた時、夫からの連絡は一切なかった。彼はその夜も、離婚直後で情緒不安定な真子の元へ駆けつけ、彼女を優しく抱きしめていたのだ。SNSに投稿された二人の親密な姿を目にした瞬間、私の中で何かが決壊した。3年間の献身も愛情も、すべては虚像に過ぎなかった。この男にとって自分は何だったのか。やがて浩太が妻の失踪と、すでに離婚が成立している事実に気づいたとき、彼は取り返しのつかない喪失を味わうことになるだろう。だが、後悔してももう遅い。私の静かなる復讐劇は、まだ幕を開けたばかりなのだから。
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榊原春菜 POV:

夜中に目が覚めた. 隣で眠る浩太の寝息が聞こえる. 彼の体は私の方を向いていなかった. いつもそうだ. 彼の背中しか, 私には見えない.

無意識に, 私は彼に手を伸ばしかけた. しかし, その手は空中で止まる. もう, 彼に触れる資格はない.

「…どうした, 春菜? 」

浩太の声が, 暗闇の中で響いた. 彼の声には, 僅かな驚きが混じっていた. 普段なら, 私が夜中に起きても彼は気づかないはずだ.

「ごめんなさい, 起こしちゃった? 」

私は慌てて手を引っ込めた.

「いや, 別に. どうしたんだ, 体調でも悪いのか? 」

彼の声には, 心配の色はなかった. ただ, 形式的な問いかけ.

「少し喉が渇いただけ. 大丈夫よ. 」

私はそう答えた. 彼はそれ以上何も言わず, 再び寝返りを打ち, 私に背を向けた.

ベッドサイドの小さなライトを点けた. 枕元の引き出しを開け, 離婚届を取り出す. 浩太が署名した, 彼の筆跡.

「そういえば, あの書類, ちゃんと戸田屋に提出したのか? 」

不意に, 浩太の声が聞こえた. 私は心臓が飛び出るかと思うほど驚いた. 彼が, あの書類のことを覚えていたなんて.

「... 何の書類のこと? 」

私は平静を装って尋ねた.

「だから, この前の契約書だよ. 重要なものだったはずだ. 」

彼の声には, 僅かな苛立ちが混じっていた.

「ええ, もちろん. もう提出済みよ. 」

私はそう答えた. 彼はそれ以上何も言わず, 再び寝返りを打った.

その時, 浩太の携帯電話が鳴り響いた. 深夜, こんな時間に.

「真子? 」

彼の声が, 驚きと心配に染まる. 私は直感的に分かった. また, あの人からの電話だ.

浩太はベッドから飛び起き, 寝室を出て行った. 私は一人, 暗い部屋に残された. 彼の焦った声が, リビングから聞こえてくる.

「真子, どうしたんだ? 何かあったのか? 」

私は静かに, 彼の言葉を聞いていた. 彼の声は, 私に向けられることのない優しさに満ちていた.

「今からすぐ行く. 大丈夫だから. 」

彼はそう言って, 急いで身支度を始めた.

「浩太さん, 何かあったの? 」

私はわざとらしいほど穏やかな声で尋ねた.

「ああ, 真子が少し体調を崩したみたいでな. 一人じゃ不安だって言うから, 少し様子を見てくる. 」

彼の言葉は, 私にとってはもう何の痛みも伴わなかった. ただ, 予定通りの展開.

「…そう. お大事にね. 」

私はそう答えた. 彼は私の方を一瞥することもなく, 玄関のドアを開けて出て行った.

その夜, 私は一睡もできなかった. 夜が明ける頃, 私はベッドから起き上がった. スマートフォンの画面を開き, 真子のSNSを検索した.

そこには, 真子が投稿した写真があった. 浩太の腕に寄り添い, 涙を流す真子. そして, 真子の頭を優しく撫でる浩太の背中. 写真には,

「浩太くん, 本当にありがとう. あなたがいてくれて, 本当に良かった. 」

というメッセージが添えられていた.

私の心に, 痛みはなかった. ただ, 冷たい水が流れていくような感覚.

真子は, 夫と離婚したばかりだった. だから, 浩太に助けを求めたのだろう. そして, 浩太は, 私を置いて, 彼女の元へ駆けつけた.

私は分かっていた. 浩太は, 真子との関係を清算するつもりはないこと. そして, 彼が私と結婚したのは, 真子への当てつけに過ぎなかったこと.

私は自分の愚かさを自嘲した. それでも, 私は彼を愛していた. 彼の愛を, いつか手に入れられると信じていた.

しかし, もう無理だ. 私の心は, 完全に壊れてしまった.

私は, もう一度離婚届を取り出した. 彼の署名された文字が, 私を嘲笑っているように見えた.

私は立ち上がり, クローゼットを開けた. そこには, 浩太との思い出の品々がしまわれている. 私はそれらを一つ一つ, 丁寧に箱に詰めていった.

「春菜, 何してるんだ? 」

不意に, 浩太の声が聞こえた. 彼はいつの間にか帰ってきていた.

「ああ, 少し模様替えでもしようかと思って. 」

私はそう答えた. 彼は私の手元を見て,

「まさか, 勝手に捨ててないだろうな. 」

そう言った.

「私が捨てたのは, もう必要ないものだけよ. 」

私は淡々と答えた. 彼は気にする様子もなく,

「そうか. 」

とだけ言い, シャワーを浴びに向かった.

私が箱に詰めたのは, 彼が私にくれた, もう二度と使うことのないものばかりだった.

私の心はもう, 何も感じない. 彼の無関心も, 彼の初恋に対する執着も.

私は, もう過去の榊原春菜ではない. あの頃の自分は, 彼の全てを受け入れた. しかし, 今の私は違う. 私は, 私自身の幸せを掴むために, この結婚に終止符を打つことを決意したのだ.

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