
愛なき結婚の果て
章 3
榊原春菜 POV:
私のパソコンが故障した. 急ぎの書類があったため, 私は浩太の書斎に足を踏み入れた.
「浩太さん, パソコン借りてもいいですか? 」
私の問いかけに, 浩太は顔を上げることなく,
「ああ, 使え. 」
とだけ答えた.
彼のパソコンを開くと, メールの通知が目に飛び込んできた. 差出人は「沢井真子」. 思わずクリックしてしまった.
そこには, 真子の友人からのメールが届いていた.
「真子, 来月のホームパーティー, 浩太くんも誘うんだよね? みんなで会えるの楽しみにしてるよ! 」
私の手は震えていた. ホームパーティー. 浩太は私に, そんな話は一切していなかった.
この結婚は, 戸田屋の跡継ぎ問題と, 浩太が真子に失恋した傷を癒すために, 秘密裏に進められたものだった. 公には, 私たちはまだ結婚していることを発表していない. 彼の家族以外, 誰も知らない, 私と浩太の結婚.
浩太は, 私との結婚を公表するつもりはないのだろうか. いや, きっとそうだろう. 彼は, 私との結婚を, 真子に知られたくないのだ.
私は, 彼がいつか私を選んでくれると信じていた. しかし, それはただの幻想だった.
「春菜, どうしたんだ. 顔色が悪いぞ. 」
不意に, 浩太の声が聞こえた. 私は慌ててメールを閉じ, 平静を装って笑顔を作った.
「ええ, 大丈夫よ. 少し疲れていただけ. 」
私はそう答えた. 浩太は私の顔をじっと見つめていた. 彼の視線が, 私を貫く.
「そうか. 無理はするな. 」
彼の言葉は, 私にとってはもう何も響かなかった.
「浩太さん, 来月のホームパーティー, 私も一緒に行ってもいいかな? 」
私は震える声で尋ねた. 浩太は一瞬, 言葉に詰まった. その沈黙が, 私の心に深く突き刺さる.
「... いや, あれは, 男だけの集まりだから. 」
彼の言葉は, 私を拒絶していた.
「そう. 分かったわ. 」
私は無理に笑顔を作った. 心の中では, もう二度と彼に期待しないと誓った.
浩太は, 真子とのパーティーへと出かけて行った. 私は一人, 部屋に残された.
彼の同僚が, 浩太に真子のことを詰問している声が聞こえる.
「浩太, お前, 真子ちゃんのことどう思ってるんだよ! ? 」
「俺は... 」
浩太の声が, 途切れた.
「真子ちゃんは, お前のこと, ずっと待ってるんだぞ! 」
同僚の声が, さらに感情的になる.
浩太は, 沈黙していた. その沈黙が, 私を深く絶望させた.
真子から, 浩太に連絡が入る.
「浩太くん, 今どこ? 早く来てよ! 」
真子の声は, 懇願するように響いた.
浩太は, 迷うことなく, 真子の元へと駆けつけた.
彼は, 私を選ばなかった. いや, 最初から, 私を選ぶつもりなどなかったのだ.
私は自分の愚かさを自嘲した. それでも, 私は彼を愛していた. 彼の愛を, いつか手に入れられると信じていた.
しかし, もう無理だ. 私の心は, 完全に壊れてしまった.
私は, もう一度離婚届を取り出した. 彼の署名された文字が, 私を嘲笑っているように見えた.
私は立ち上がり, クローゼットを開けた. そこには, 浩太との思い出の品々がしまわれている. 私はそれらを一つ一つ, 丁寧に箱に詰めていった.
「春菜, 何してるんだ? 」
不意に, 浩太の声が聞こえた. 彼はいつの間にか帰ってきていた.
「ああ, 少し模様替えでもしようかと思って. 」
私は平静を装って答えた. 彼は私の手元を見て,
「まさか, 勝手に捨ててないだろうな. 」
そう言った.
「私が捨てたのは, もう必要ないものだけよ. 」
私は淡々と答えた. 彼は気にする様子もなく,
「そうか. 」
とだけ言い, シャワーを浴びに向かった.
私が箱に詰めたのは, 彼が私にくれた, もう二度と使うことのないものばかりだった.
私の心はもう, 何も感じない. 彼の無関心も, 彼の初恋に対する執着も.
私は, もう過去の榊原春菜ではない. あの頃の自分は, 彼の全てを受け入れた. しかし, 今の私は違う. 私は, 私自身の幸せを掴むために, この結婚に終止符を打つことを決意したのだ.
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