あなたはただの身代わり人形~冷酷な夫を捨てて、死んだはずの元カレと再婚します~ の小説カバー

あなたはただの身代わり人形~冷酷な夫を捨てて、死んだはずの元カレと再婚します~

9.0 / 10.0
望月雨音は、夫である池田光洋の底知れない非情さに耐え続けてきた。愛人のために事後避妊薬を買いに行かせるという、妻への尊厳を欠いた仕打ち。それでも彼女が数年もの間、屈辱に耐えてきたのは、彼が亡き最愛の恋人・藤本陽司の面影を持つ「身代わり」だったからに過ぎない。雨音は冷徹な計略で離婚届に捺印させ、「あなたを愛したことなど一度もない」と言い放つ。余裕を失い、なりふり構わず縋りつく光洋を捨て、彼女は過去との決別を図る。一方、死んだはずの藤本陽司は、財閥の継承者として密かに生還していた。姿を変え、圧倒的な覇気を纏って再臨した彼は、執拗に雨音の真意を探ろうとする。しかし、裏切りと絶望の果てに心を閉ざした彼女から返ってくるのは、凍てつくような拒絶の言葉ばかりだった。かつて愛した女性からの決別を突きつけられたとき、冷酷な王として君臨していた男は、初めて涙を流して愛を乞う。策略と執着、そして真実の愛が交錯する、衝撃のリベンジ・ラブストーリー。

あなたはただの身代わり人形~冷酷な夫を捨てて、死んだはずの元カレと再婚します~ 第1章

離婚協議書を手に法律事務所を出たとき、空からは細かい雨がしとしとと降っていた。

車に乗り込もうとしたその瞬間、夫の池田光洋から電話がかかってきた。

望月雨音は一瞬黙り込んでから、通話ボタンを押した。

電話の向こうで、光洋は冷ややかな口調で言った。『家にいないのか?』

雨音は呆気にとられた。妙な口調だ、まるで自分のことを心配しているみたいに聞こえる。

彼女は伏し目がちに、小さな声で答えた。『もうすぐ帰るわ。あなたは……』

光洋が言葉を遮った。『帰りに腫れ止めの軟膏を買ってこい』

雨音は眉をひそめた。離婚して手放すと決めたはずなのに、どうしても心配する気持ちが込み上げてくる。

『ケガしたの?ひどいの? 心臓は痛くない? すぐ帰って手当するから』

だが次の瞬間、受話器から聞こえてきた声に、彼女の心は冷え切った。

『光洋、やっぱりまだ痛い……もう、ひどいんだから!』

その声は甘ったるく、蜜が滴り落ちそうなほどだった。

光洋の想い人、桜井沙耶だ。

続いて、光洋のそっけない声が聞こえてくる。『さっき加減しなくて、沙耶を傷つけちまった。お前じゃ手当できないから、さっさと薬を買って戻ればいい。 ああ、そうだ。アフターピルもな』

彼女が口を開く間もなく、電話は一方的に切られた。

夜風が冷たい。雨音はツーツーという電子音を聞きながら、指先の感覚がなくなるほどの寒さを感じていた。

妻である自分に、夫の愛人のためのアフターピルを買いに行かせるなんて。

結婚して3年、光洋は一度として雨音に触れようとはしなかった。彼にとっての雨音は、ただ自分の言いなりになる都合のいい“下僕”にすぎない。プライドをかなぐり捨てて自分を愛している女――そう思っているからこそ、こちらの感情など配慮する必要もないのだろう。

でも、彼がご機嫌ならそれでいい。

彼が平穏でいてくれさえすれば、その胸の中で鼓動を刻む、アレックの心臓もまた、健やかでいられるのだから。

雨音は黙って塗り薬とアフターピルを買い、帰路についた。リビングのドアを開けると、そこには光洋の膝の上に抱きかかえられた桜井沙耶の姿があった。キャミソールのネグリジェはだらしなく着崩れ、首筋や胸元には無数のキスマークが散っている。

光洋は丁寧に皮を剥いたブドウを沙耶の口元に運びながら、まるで子供をあやすような甘い声を出した。「まだ怒ってるのか? 次からはそう荒っぽくしないから、いいか? 明日はどこか出かけよう。一日中ずっとそばにいるから。……ん?」

沙耶はいじらしげに彼の胸に体を預け、素直にうなずいてみせる。甘ったるい猫なで声が響く。「嘘ついたら許さないから」

あちらが本来の夫婦であるかのように、二人の間には甘やかな空気が流れていた。この瞬間、本当の妻である雨音のほうが、完全に部外者だった。

薬の入った紙袋を提げたまま、雨音は無言で立ち尽くす。ふと顔を上げた沙耶と視線がぶつかると、彼女の瞳が一瞬だけ暗く濁った。

だが次の瞬間、彼女は怯えたような表情を貼り付ける。

「雨音お姉さん……帰っていらしたんですか?」

沙耶は慌てて光洋の膝から降りようとする素振りを見せ、ひどく恐縮した様子で震えてみせる。「ごめんなさい、私……」

しかし、光洋は長い腕を伸ばして沙耶を強引に抱き戻した。 「気にするな。俺に抱かれるのは嫌か?」

彼は雨音に目もくれず、冷たく言い放つ。「物はテーブルに置いて、さっさと二階へ上がれ。俺と沙耶の邪魔をするな」

――なるほど。“池田夫人”であるはずの自分が自宅にいることさえ、彼らにとっては邪魔らしい。

沙耶の瞳に一瞬勝ち誇るような色が浮かぶのを雨音は見逃さなかった。彼女は自嘲気味に笑うと、淡々と告げる。「ええ、ごゆっくり。でも、移植手術をした心臓に激しい運動はあまり良くないわよ」

光洋は苛立ちを露わにし、冷ややかな視線を向けた。「俺のことに口出しするな」

雨音にとって、そんな拒絶はどうでもよかった。

彼女が愛しているのは、最初から最後まで、彼の胸の中で脈打つ、その心臓の持ち主だけなのだから。

この心臓を守るためだけに、3年間、雨音は光洋のあらゆる要求に応えてきた。

光洋は、雨音が池田家の財産や権力を目当てに嫁いできたと思い込み、彼女の献身を当然の権利として享受してきたのだ。

だが、沙耶が突然帰国したことで、 その均衡は崩れ去った。

光洋はもう、一刻も早く沙耶と結ばれたくて仕方がないらしい。

それなら、望み通りにしてあげよう。

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