フォローする
共有
春待青は春を待っている の小説カバー

春待青は春を待っている

僕の幼馴染、春待青は誰もが見惚れるほどの美少女だ。しかし、彼女にはあまりにも浮世離れした奇妙な一面がある。周囲の空気を読むことはおろか、他人の名前すら一向に覚えようとしない自由奔放な性格。さらには、常識では考えられないことに、その手から冷たい氷を自在に生み出すという不思議な能力まで持っているのだ。そんな彼女の正体は、人間社会に紛れて暮らす「あやかし」だった。本作は、あまりにマイペースで予測不能な青と、彼女に振り回され続ける僕の日常を描いた現代ファンタジー。次々と現れる個性豊かなあやかしたちが騒動を巻き起こし、事態はいつも想定外の方向へと転がっていく。時にシリアスな展開を交えつつも、基本は笑いと賑やかさに満ちたドタバタ劇が繰り広げられる。氷を操る風変わりなヒロインと僕が織りなす、少し特殊で賑やかな恋の行方は一体どこへ向かうのか。現代を舞台に、あやかし要素をたっぷりと詰め込んだ新感覚のラブコメディーが幕を開ける。青が待ち望む「春」の意味とは何か、二人の奇妙な関係性から目が離せない。
共有

2

『初心者から上級者まで、幅広くスキー、スノーボードが楽しめる、春待ファミリースキー場! キッズパークも併設されていて、ソリ滑りや犬ゾリ体験も楽しめます。

 麓には温泉もあり、冷えた身体もポカポカ! オフシーズンにはグリーンスペースとなり、草ゾリ遊びや、季節の花が咲き乱れる彩り豊かな景色を観ながらの食事を楽しめます。また、標高の高いエリアでは、上級者向けに春、夏の滑走エリアもオープン。

 ――さあ、ゲレンデで輝くような思い出を。春待ファミリースキー場!』

※※※

 体育というものが嫌いになったのは、いつ頃からだろうか。

 広々とした体育館。その半分を仕切り、男子はバスケ、女子はバレーボールの授業をしている。

 僕はと言えば、蛍光ピンクのゼッケンをつけつつ、自陣ゴールの斜め下で、ぼんやりとボールの行方を眺めていた。

 身体を動かすこと自体は、別に嫌いじゃない。だけど体育は嫌いだ。小学生の頃には、既に嫌いだった気がする。

 高校二年。この歳になって、バスケットボールの授業を受けることに、なんの益があるのかなんてさっぱり分からない。大会に出るわけでもないし、きっと将来的に趣味にすることもないだろう。ただ、少しばかりボールを器用に扱えるようになったからって、なんになる?

 足音、声援、ボールをつく音。それらの隙間を縫って、外の雨音が耳に届く。閉めきられた体育館内は、じとりとした熱気で満ちていて、僕は手の甲で額を拭った。

 同じ蛍光ピンクのゼッケンをつけた背中が、遠くに見える。それは、ガードをかわしながらぐんぐんと進行方向へ進み――そしてキュッと靴底を鳴らすと、身体と腕を伸ばしてボールを放った。綺麗な放物線を描いたボールは、不思議なくらい綺麗に相手ゴールの円に吸い込まれていった。

「よっしゃ!」

 ボールを投げた奴と周囲の仲間が、嬉しげにハイタッチを交わす。僕はそれを眺めながら、二、三回パチパチと手を叩いた。仕切りの向こうから、「光一(こういち)くん、すごぉい!」と黄色い歓声が上がる。

 再び始まるゲーム。僕はまた、そそくさと、また自陣ゴール下へと移動しようとした。そのとき。

「あっ」

 偶然、人の間を抜けるようにしてボールがこちらに飛んできた。思わずキャッチする。

「桜庭(さくらば)っ!」

 味方の呼ぶ声。僕は迷わずそのまま、手を振る味方へとボールを投げた。足音と玉突き音が、また遠ざかっていく。

 やがてゲームが終わり、試合チームが入れ替わる。端に寄って座り込むと、仕切りの向こうで女子の数名がバレーをやっているのが見えた。コート内に、自然と視線が向く。

「やっぱり、春待って目立つよなー」

 誰かの呟きに、複数の同意の声が上がる。

 春待青。高校二年生の六月という、中途半端な時期に突然転校してきた女子。背は小さいが、くるくるとよく動き回り、今もコートの中で際どいボールも掬い打ち上げた。なにより、スタイルが良く、制服に比べ布地の薄い体操服姿だと、それが強調される。

 春待が打ったサーブが、相手チームの陣地ギリギリに入り込み、一点追加のホイッスルが鳴る。「やるぅ」と誰かが口笛を吹いた。

 そのためか、春待がこちらをちらりと見た。うっかり目が合った僕は、ぎくりと身を強張らせる。春待はにこりと微笑むと、前に向き直りもう一本サーブを打った。追加点を知らせる笛が、再び鳴った。

※※※

「ミナミ。一緒に帰るですよ」

 放課後。鞄を持って教室から出ようとする僕に、春待がそう言うと、一瞬にして教室がざわついた。

 分かる。君たちの気持ちはよく分かる。

 春待のような女子が、どうして僕みたいな男と帰るのか――想像を膨らませて信じられない思いでいるんだろう?

 僕だって、客観的に僕がどう見えるかなんて百も承知だ。背が高いわけでもなく、眼鏡はかけているけれど勉強ができるわけでもなく成績も中頃。

 ――分かってる。分かってるさ。

「僕、先生に呼ばれてて。後から行くから、先帰ってて」

 ぼそぼそと早口で答えると、春待は軽く眉を上げて、返事もせずに踵を返した。体育館のコート内で動いていたときのように、髪を揺らしながら身軽な足取りでスタスタと教室を出ていく。

 その背中を見送って、未だにこそこそと話している女子らの視線を感じながら、僕はこっそりと息を吐いた。

※※※

 先生に呼ばれているというのは嘘だったけれど、僕は紺色の傘をさしながらゆっくりと学校を出た。この数日間、しとしととしつこく降り続いている雨が、乱雑に傘を叩く。

「梅雨……いつ頃明けるんだろ」

 衣服も空気すらも、身体にまとわりつくような湿度。不快感が、じりじりと頭を苛めたてる。

 僕は濡れた地面を蹴りながら、うつむきかげんに歩き続けた。湿気だけではない――これからの予定に、げんなりしながら。

※※※

 春待ファミリースキー場。

 学校の最寄り駅から三十分ほど電車に揺られた先にある、この近辺ではメジャーなスキー場だ。

 標高の高い区域では、春夏にも上質な雪で滑ることができるため、コアなファンが県外からもやってくるらしい。

 とは言え、ファミリースキー場として解放している下の方は、今の時期、草滑りとドッグランとしての運営しかしていない。

 その一角にあるカフェに入ると、聞き覚えのある声が、不機嫌に僕を迎えた。

「遅いです」

「ごめん、ごめん。駅で落とし物探してる人がいてさ。手伝ってあげてたら、電車一本乗り遅れちゃって」

 だぼっとした薄手のパーカー姿の春待が、奥の席でアイスティーのストローをかじりながら、じとりとした目で僕を見ていた。迷彩柄のパーカーの下には、白色のミニスカートを穿いている。僕は慌ててそちらに駆け寄り――慌てすぎて、引こうとした椅子に躓きかけ、ガコンと大きな音が立った。幸い、他に客がいないため、赤面するだけで済んだが。

「お嬢。桜庭くんを苛めては可哀想ですよ」

 そう声をかけてくれたのは、カフェの女性マスターである田巻(たまき)さんだ。盆に載せたアイスコーヒーを、僕の席の前にそっと置く。

「ありがとう、ございます」

 恥ずかしさに言葉をつかえさせる僕に、田巻さんはとろんと目尻の垂れた目を更に愛想よくにこりとさせ、「いつもおつかれさまです」とだけ言って奥へと下がっていった。

「苛めてなんて、ないですよねぇ?」

 春待はストローでくるくるとグラスを無意味にかき混ぜながら、拗ねるように呟いた。語尾は疑問系だけど、僕に確認しているというよりは、田巻さんに弁明するような言い方で、返事は期待していなかったらしい。「それより」と、さっさと僕に目を合わせ、本題に入ってくる。

「"調査結果"を、聞きたいんですけども」

 「分かってるよ」と、僕はコーヒーを一口すすった。苦い。が、その苦味が、湿気の不快感を拭ってくれる気がする。

 スマホを取り出し、画面を二、三回タップして、目的の画像を表示させる。そこには、一部のクラスメイトらが昼食を食べている姿が写っていた。

 そのうちの一人を、僕は指差す。コロッケパンを片手に、爽やかな笑顔を浮かべている男子。

「高嶺 光一(たかみね こういち)。彼が――ターゲットだ」

おすすめの作品

アルファに捨てられ、王冠に抱かれた の小説カバー
9.2
アルファであるダミアンとの間に真の番としての絆を持ち、その正当な後継者を身籠っていた私。しかし彼は、群れに招き入れたはぐれ者の女・リラと、彼女との間に生まれた仔を優先し、妊娠四ヶ月の私を命名式から排除した。リラが自作自演で負った傷を私のせいにすると、ダミアンは真実を確かめることもなく、私にアルファの絶対命令を下して追い払った。その後、リラの卑劣な襲撃によって私は重傷を負い、お腹の子供の命も危うい状況に陥る。リラはさらに自身の仔を投げ捨てて私が殺そうとしたと叫び、駆けつけたダミアンは、血を流し倒れる私を冷酷に見捨てて彼女たちの元へ去った。死を覚悟したその時、私の心に母の声が届く。縄張りのすぐ外には、私を救うための迎えが来ているという。ダミアンはまだ知らない。彼が身勝手に捨て去ったオメガの正体が、実は世界最強の一族に連なる高貴な姫君であったことを。裏切りに満ちた過去を捨て、私は真の運命へと歩み出す。
神になる の小説カバー
8.3
雲上の高みから転落し、卑しき奴隷の身へと零落したゼン。しかし、自らの肉体を武器として錬成するという数奇な転機を経て、彼の運命は激動の渦中へと投げ込まれる。神器に匹敵する強靭な身体と、何事にも屈しない不撓不屈の信念を武器に、彼は再び頂点へと這い上がるための歩みを始めた。各地の豪傑たちが覇権を巡ってしのぎを削り、一刻一刻と情勢が変転する乱世において、ゼンの出現は巨大な抗争の幕開けを告げる。あらゆる強敵をその身一つで圧倒し、打ち破ることを誓った彼が真に目覚めたとき、比類なき伝説が静かに、そして力強く動き出す。これは、過酷な境遇から這い上がり、己の力ですべてをねじ伏せていく男の軌跡を描いた壮大な冒険譚である。神のごとき躯を持つ彼が歩む道の先には、果たしてどのような結末が待ち受けているのか。周囲の思惑をよそに、ゼンはただ己の道を突き進んでいく。新たな時代の覇者となるべく、伝説の第一章が今ここに刻まれる。
Death Real ~現実での女子高生は憂鬱すぎるので、ゲームの世界でPKしまくります!~ の小説カバー
8.7
革新的なオリジナリティを追求し、世界中から熱い視線を浴びる最新のVRMMORPG「Beyond Ideal Online」。通称「BIO」と呼ばれるこの仮想現実の世界に、突如として正体不明の最凶プレイヤーが姿を現した。その人物は、情け容赦のないプレイヤキラー(PK)として瞬く間に悪名を轟かせ、全ユーザーを恐怖に陥れていく。本名はおろか、その素顔や目的さえも一切が謎のベールに包まれており、プレイヤーたちの間では様々な憶測が飛び交っていた。しかし、血も涙もない残虐なプレイスタイルを貫くその正体は、現実世界では誰もが羨むような完璧な美貌を持つ17歳の女子高生、柏崎葵であった。清楚な外見からは想像もつかないが、彼女は日々の鬱屈した現実を忘れるかのように、ゲーム内での殺戮行為に歪んだ悦びを見出していたのだ。「キルたのちい」と独りごちながら、彼女は今日も仮想世界で獲物を狩り続ける。美しき女子高生による狂気的なPKライフが、今幕を開ける。
離婚後、偽令嬢の正体がヤバすぎた。 の小説カバー
9.2
松本星嵐が「偽の令嬢」だと露呈した瞬間、夫や両親、兄までもが彼女を冷酷に切り捨てた。婚家を追われた彼女が次に選んだのは、名門の重鎮・坂本凛斗という新たな盾だった。周囲が破滅を予見し嘲笑うなか、星嵐は隠し持っていた真の姿を次々と解放していく。その圧倒的な実力は並み居る権力者たちを戦慄させ、跪かせるほどであった。復縁を狙う愚かな元夫を地獄の底へ突き落とす一方で、彼女は凛斗に対し「私のヒモになりなさい」と微笑む。しかし、彼もまた底知れぬ正体を隠し持つ男だった。凛斗は静かな笑みを浮かべ、妻を支配せんとする本性を現す。実はこの二人、世界を揺るがす国際組織にとって最大の脅威となっていたのだ。星嵐の離婚と凛斗の結婚、そして最強の夫婦が裏社会で手を組み、縦横無尽に暴れ回ること――。無数の裏の顔を使い分け、実力を隠して暗躍する二人の規格外な物語が幕を開ける。正体を隠した最強夫婦による、痛快な逆転劇と愛の駆け引きが今、世界を震撼させる。
武道の神 の小説カバー
9.0
武術の実力が人々の敬意を左右するロスランド大陸において、スティーブンは周囲から「負け犬」と蔑まれる不遇な日々を送っていた。しかし、空から飛来した謎の火の玉が彼を直撃したことで、その運命は劇的な変貌を遂げる。九死に一生を得た彼が手に入れたのは、他の生物が持つ才能を自らのものとして吸収できるという、常識を超越した異能であった。圧倒的な力を手にしたスティーブンは、最愛の妹や家族を理不尽に傷つけた者たちへの復讐を開始する。かつて自分を虐げたすべての人間に「いつか必ず俺の前で膝をつかせてやる」と心に誓い、彼は過酷な戦いの道へと足を踏み出す。どん底から這い上がった男が、強大な才能を奪い取りながら武の頂点へと突き進む、壮絶な復讐と成長の物語が幕を開ける。失った尊厳を取り戻し、家族の仇を討つための孤独な旅路の果てに、彼はどのような景色を見るのか。運命に抗い、己の力で世界を屈服させるための冒険が今、ここから始まる。
血に染まる羽衣 の小説カバー
9.6
世間では美談として語り継がれる、天上の仙女と人間の皇帝による愛の物語。しかし、その裏側に隠された凄惨な真実を、娘である阿狸だけは知っていた。母は法力の源である羽衣を奪われ、父によって無理やり人間界に繋ぎ止められていたのだ。七歳の夜、阿狸が目にしたのは、皇帝の腕の中で屈辱に耐え、心身ともに衰弱しきった母の姿だった。母は死の間際、娘の身を案じて「早く逃げなさい」と告げ、自らの命を賭して阿狸に自由を託す。血に染まりながらも、最後には呪縛から解き放たれたような晴れやかな笑みを浮かべて息を引き取った母。その冷たくなった亡骸を抱きしめ、阿狸の手には一本の小刀が固く握りしめられていた。母を苦しめ、その尊厳を蹂躙し続けた者たちへの激しい憎悪が、彼女の心に消えない復讐の火を灯す。母が命を懸けて切り拓いてくれた孤独な道の先で、阿狸は誓う。母を虐げたすべての人間に、必ずや死の報いを受けさせることを。悲劇の連鎖を断ち切るため、彼女は修羅の道へと足を踏み出す。